4-3 依頼3
黄泉路は封筒の中から現れた写真に視線を向ける。
そこに映っているのはちょうど、小学校に上がった程だろう少年の姿であった。
健康的な、日差しによって色素が抜けたらしい茶髪。子供らしいくりっとした愛らしい鳶色の瞳。
まだまだ発育途上の華奢な体躯。それを包む白いシャツにサスペンダーで固定された黒い七分丈のズボンといった格好はどことなく身なりのよさを感じさせる。
一見してごく普通の、それどころか良家の子息とも思える普通の子供であった。
何故この少年と接触しなければならないのかという疑問が黄泉路の中に生まれる。
続いて目を向ける資料によってその疑問は氷解する事となる。
「――これは」
白地の紙面に踊る文字には、少年についての詳細が記載されていた。
“未来を観る者”朝軒廻。
出自は東都某所。一般家庭に生まれる。
5歳まで都内にて両親に育てられるも、事故によって両親が他界。その後駿馬県に在住している祖父母に引き取られる。
現在は7歳で小学校1年生としてこの春駿馬県の公立小学校へ入学。
ざっくりとした来歴には特に変わった所はなく、黄泉路はそのまま読み進め、その後の文章に目を留めた。
両親の死に塞ぎ込む廻を元気付けようと祖父母が遊園地へと連れて行こうと提案した際、廻は明確な怯えと共に拒絶。
祖父母が不審に思い尋ねても部屋から出てくることはなく、その日は遊園地にいくことはなかった。
翌日、ニュースにてその遊園地で大規模な事故が発生。
祖父母がニュースで事故を知って尋ねると、廻は最初から知っていたと言う風に答えたらしい。
その後類似の事例が幾度かあった事で、祖父母から三肢鴉の相談センターへと連絡。
祖父母は能力者かもしれない廻の相談役になってくれる人物の紹介を求めている。
以上の情報が書き連ねられた書類を一通り読み終わり、黄泉路は顔を上げた。
「……内容は理解しました。でも、何で僕なんでしょう。この内容だけなら、その、相談センターっていう所でも問題ないような?」
むしろ、能力者かもしれない少年の相談役、など、能力者として自覚してからようやく落ち着いてきたばかりの自身に勤まるのだろうかと、黄泉路は不安げにリーダーへと問いかける。
「相談センターといっても表の構成員はほとんど一般人だ。能力者への理解があるとはいえ、一般人というだけでは能力者の悩みには答えられまい」
「えっと、この子が住んでる場所に一番近い能力者が所属してる支部が夜鷹だけだった、って事ですか?」
「能力者として立ち回れる職員の居る支部、という条件では夜鷹が最適だった」
「……わかりました。内容は相談に乗る、だけでしょうか?」
「書類上はそうなっているが、実際には祖父母を接触した後の現場判断に任せる事になる」
「了解しました」
黄泉路の返事を聞き、リーダーは席を立つ。
話は終わりだろうと黄泉路も席を立ち掛けた所でリーダーは付け加えるように口を開く。
「最寄には表向きの支部がある。支部長は能力者ではあるが一般人とほぼ変わりないが裏の活動も承知している人物だ。何かあればそちらを頼るといい」
「はい、わかりました。これ、出発とか期限とかってあるんですか?」
「特に設けられては居ないが、早いほうが良いだろうな」
「わかりました」
「それと、“孤独同盟”に気をつけろ」
「……“孤独同盟”?」
聞きなれない言葉に、黄泉路は書類を纏めて封筒に戻す作業の手を止める。
「能力者同士の横のつながりによる犯罪者集団だ。外で活動する能力者は勧誘や敵対、様々な経路で彼らと接触する危険が高くなる。故に自衛のできる能力者が好ましかったんだ」
「そ、そんなのが居るんですね」
「まぁ、遭遇頻度としては限りなく低い。気負う事もないだろう」
「わ、わかりました」
事前知識があるのとないのではずいぶんと違う。
今ここで教えたのも、リーダーなりの気遣いなのだろう。
黄泉路はそう納得する事にして、出発する前に詳しい話を果から聞いておこうと、姫更と共に消えるリーダーを見送った。
「……あ」
リーダーが去った後、黄泉路はある事に気づいて思わず声を上げる。
「山、どうやって降ろう……」
目下、陸の孤島となっている【夜鷹の止まり木】から、車を持っているわけでもない黄泉路が自力で降りる手段がない事に思い至ったのだ。
普段町に降りる用事があるのはカガリや美花くらいであり、必要な物資に関しては専門の業者が納入しにくるので果が宿を離れることはない。
誠もほぼ旅館と支部内、山の中で行動が完結しているらしく、町に下りるといった様子は見られない。
標などは外見が未成年なだけの黄泉路と違い、立派に未成年であり、学校にも通っていない為、支部内でほぼ全ての活動が完結してしまっている。
それについては黄泉路も似たような者なので言えた義理ではないのだが、こうして町に向かう用事ができるまでその事実に思い至らなかったというのは引きこもり癖というには少々重症であったと自覚せざるを得ない。
小さくため息をついて、この事も果と相談しようと書類を片手に今度こそ部屋を後にするのであった。