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最終回 とある少年の日常回帰

最終回です。ここまでお付き合い頂き有難う御座いました。最後までお付き合いいただければ幸いです。

また、評価・感想・レビューなど頂けましたら大変助かります。

 ◆◇◆


 世界が結晶化という滅びを迎えてから一夜明け。

 一日にして滅ぼされた世界が一夜にして復活を遂げた事実は人々に強い衝撃を齎す一方、当たり前の様に昇った朝日が色を取り戻した世界を鮮やかに照らし出していた。

 河川は山から海へと湧き水を届け、生い茂った植物はその影を行く動物たちへと恵みを与え、人里では無機質な静寂から一転してお祭り騒ぎの様な喧噪が取り戻されている。

 まるですべてが幻だったかのような、世界が壮大なペテンに騙されたのではないかという錯覚。

 だが、東都の様に災害級の倒壊や事故が起きた土地以外にも、暴動によって似た様に荒らされてしまった土地は世界各地に数多くあり、そうした痕跡が人々に世界終焉の瀬戸際であったことを強く認識させていた。


 混乱冷めやらぬ、何がどうなったのかという詳細を知らぬまま滅びを迎え救われた人々はしかし、魂という形で世界と溶け合い全てを見届けさせられたことで余すところなく理解していた。

 はるか極東で起きた、ひとりの人間が起こした世界規模の大災害。それが此度の全てであり、そして解決したのも、ひとりの少年であったことは世界全てが知るところとなった。




 世界を救った英雄に感謝を。

 世界を滅ぼしかけた能力という脅威の排除を。




 両極端ではあるが、当然の反応であった。

 前者は純粋な感謝からあわよくばその力を自国へ、ひいては自分の側で揮うことを期待し、はたまたその力が自分達へ向けられない事を祈る様に。

 後者は純粋な恐怖を遠ざけるため。または、再びこのような事が起きた際にその時も都合よく世界を救う存在がいるのかという純然たる危機意識による管理の徹底を求めて。


 数日と経たず世界各地の復興の機運とコインの表裏の様に沸き上がった議論は留まることを知らず、その波及は当然の如く震源地でもあった日本にも最速で到達することとなった。

 各国の高官や首脳、メディアなどが多数押しかけ、復興もままならない東都に一時混乱が生じたものの、政府職員や企業、果ては民間の能力互助会の存在などが協力して対応に当たることで事態が大きくなる前に一定の秩序をみることとなる。

 そうして受け入れられたメディア達が能力先進国を謳っていた日本の対応を窺うように記録媒体を巡らせる中、日本はその肩書に恥じない働きでもって僅か1ヶ月後に壊滅的被害を被っていた東都の再建に目途を付けるに至っていた。

 これは政府が特段有能だったというよりは、我部が残していた国の能力者登用制度や、終夜グループをはじめとした日本国内の大手企業への被害が軽微であった事、終夜グループが大手を振って東都復興へと多額の出資や資材の提供、事業計画の教義などを官民の間に立つように調整した事が大きな要因であったと、後に学者らがメディアの取材に対して分析を発表することとなる。

 元より日本は能力者の人口が比較的多く、その上能力者に対する差別意識などは近年急速に薄れていた事もあり多少の小競り合いこそあれど概ね平静に災害復興という共通目的に向けて足並みをそろえるに至っていた。


 対して国外、とりわけ能力者差別が多かった地域などでは対能力者への反発や危機意識の高まりによって分断が加速する一方、日本の目まぐるしい復興を目の当たりにした一部の政府や企業などはそうした風潮を逆手に取り、能力者保護の名目で囲い込む方針に転換するなど、混沌とした情勢が広がりつつあり、いくつかの国では内戦が始まるなど、原因や理由に違いはあれど、世界は以前とさほど変わらない姿を見せていた。




 滅ぼされる前の世界と蘇った後の世界。それらはどちらも変わりない様に思われたが、唯一、大きく異なる点が存在していた。

 それは世界再生に伴った大規模な蘇り(・・)という事象について。

 全人類が肉体を溶かされ、魂の状態となって想念因子結晶に取り込まれるという体験を経たことで、自身が死んだという自覚も、世界が救われる過程も、認識の差は有れど全人類が共通して理解しているという事実(・・)

 その上で現在こうして肉体を取り戻し現世を闊歩できるということは、これだけの人間を一斉に蘇生しうる能力者が存在するということを示していた。


 当然の帰結として、人々が世界を救った能力者を血眼で探し始めるのにさして時間はかからなかった。


 ある者はかつて失った人との再会を。

 ある者は世界が滅ぶ前後に死別し、蘇生されなかった者がいることへの不平を。

 ある者は、自らの命が尽きてなお蘇生による無尽の生を。

 またある者は、生死を弄ぶことは神への冒涜であるという理由で。


 誰しも死は恐ろしく別れは厭わしく、存在を許せない者に確実な死が届くのかもわからないという有様は耐え難いもの。

 それぞれの思惑を持って、救世の能力者を探し出さんという機運が高まるのを止められるものはいない。

 かくして、社会の復興、能力者と非能力者の軋轢に並び、死者の蘇生の是非やその実行者の所在についてが世界中で共有される大きな話題として定着したのは、世界が再生されて3か月ほどが経過したころになってからであった。


 当該国であろう日本政府ですらその所在を掴むことはおろか、登録すらされていない野良の能力者であるという以外の情報が綺麗に抜け落ちていることもあって捜索などできるはずもなく、日本国内でも多くの是々非々が唱えられる中対応に追われる中、それは起こった。


 かつてはランドマークタワーが聳え立ち、その周辺に複合施設が併設されていた、クレーターとそれを埋め戻す勢いの残骸が散らばるばかりの事件の爆心地とも呼べるかの地の真上。




 空の一部を切り取って(・・・・・・・・・・)揺蕩う仄暗い水と(・・・・・・・・)その上に煌めく(・・・・・・・)蒼銀の砂の海(・・・・・・)




 突如として上空に出現した異界に人々は色めき立ち、すわ第二の世界の危機かと身構える。

 しかして空中の異界は黙したまま語らず、空模様の一部に異常を抱える以外、地上の東都は何ら問題なく日常を運行できていた事から、その話題は次第に終息するかに思われた。

 だが、得ダネ欲しさに都内のメディアがヘリを飛ばしたことで事態が一変する。

 カメラにはヘリコプターが水のすぐ傍で滞空したのち、引き込まれるように水中へと没した瞬間が捉えられており、本来ならばその時点で事故。上空の水場という異常な立地もあり生存は絶望的と思われたものの、無事にヘリコプターごと帰還したクルーの持ち帰った映像により、それ(・・)は世界全土に放送されることとなった。


 映し出されたのは蒼銀の砂丘。レポーターが必死に呼吸しようとする姿が映し出されているが、ややあって水中であるにもかかわらず息ができるという事実を認識する。

 その後、頭上にさかさまの東都が見えるという異常を抱えつつもクルーたちが砂丘を見回していると、目の前にひとりの少年がやってきた。

 その少年の顔はクルーも見知っており、かつ、再生された世界に生きる者ならばだれもが魂で理解している存在。

 世界を救った少年の突然の出現に色めき立つクルーを前に、少年は淡々と語った。


『あの日命を落とした人に限り、世界全ての蘇生に合わせて蘇らせた。それ以外の蘇生は受け付けない。前後の死者については逢いたければここを訪れるといい』


 ただ事実だけを、業務連絡の様に落とす少年に身を引き締めたレポーターがここは何なのかと問いかける。


『ここは幽世。新たな冥界。この世界全ての裏側にある、死者が行き着く最期の地。これからは、ずっとここにあるよ。僕がここで、皆が流れ着き、新たに旅立つのを見届ける』


 映像はここで途切れ、次に映像が始まった時にはクルーたちはヘリの中、すぐ傍に揺蕩う幽世を前にレポーターが困惑しながらも離脱を指示する所で映像が終わる。

 短く簡素でありながら、少年の声だけはどの言語であっても理解できるという異常性も相まって瞬く間に世界へと流出し、少年の語る新秩序は新たな世界の価値観として広く議論の的となった。


 死者の蘇生の是非を少年の独断と偏見に頼ることに不満を持つ者たちは法律で枷を掛けようとするが、だとして彼はどの国に属しているのかという問題や、仮に国際会議の場で採択されたとして、かの少年がそれを受け入れる理由があるのかという点など。

 あまりにも空虚な議論が溢れる中、最も幽世に近い国となってしまった日本では終夜グループからの提言により政府主導でかつて存在したランドマークタワー、アメノミハシラの再建に着手することとなる。

 その目的は従来のランドマーク建設ではなく、冥界神となった少年との接触。

 丁度、かつての塔の高さとほぼ同じ位置に滞留しているかの冥界に直接地続きで乗り付ける為の移動経路としての計画であった。

 その提案をした終夜グループの重役はこう語る。


「死者に逢いたければ来るといい、というのは、彼から私たちへの招待でしょう。塔が再建されれば、この地は新たに死者と面会できる場所(・・・・・・・・・・)になる。彼の協力があればあらゆる殺人などは被害者本人から証言を得ることができ、不慮の別れを体験した方は最期の時をやりなおせる。素晴らしい試みになるとは思いませんか?」


 世界各国からも集まったメディアを前に堂々と語った少女の発言は世界中に一定の理解と、宗教上の理由などから明確な拒絶と言ったふたつの反応に別れることとなった。

 とはいえ、拒絶している一派にできることなどそうそうなく、着実に建設された塔が公開されるや、世界各国から人々が押し寄せ1日と経たずに数年規模の予約制へと移行することとなる。


 顕著な変化としては、新たにできた確実に存在する死後(・・・・・・・・・)という価値観と向き合う事で、世界規模で汚職や犯罪、自殺や殺人などが減少したという事だろう。

 死後を知らぬが故に裁かれない、逃げ切れるという思考で犯罪を犯す者が減った事や、生前悪事を働いていた者は死後管理者によって詳らかにされて裁きを受けるといった言説が流行したことにより、襟元を正す人々が相応に居たことも、この言説が一時の流行に留まらず価値観として定着した理由にもなっていた。

 加えて、死後という価値観が身近になった事で、今という命と前向きに向き合いながら生活を送る者が増加したことで治安が改善傾向に落ち着いたことなども要因として語られている。


 ついで、未だ検証段階ではあるものの、ここ数か月の間にも能力に目覚める人々が世界全体で増加傾向にあるというデータも示されており、能力研究の第一人者でもある御心紗希がこの傾向を、世界が一度想念因子という純存在へ還元され、その後少年の能力によって蘇ったことによって能力を受け入れ、発現させる素地が作られたのではないかという分析を発表すると、その内容は概ね受け入れられているようであった。

 そうしたデータをもとに、再生後も過熱傾向にあった能力者差別や搾取と言ったものも時代と共に減少するのではないかという社会学者の希望的な分析が添えられている事も、人々が意識を変えつつあるという証左であろう。


 そうした紆余曲折もありながらも、世界は確実に前へと進み始めていた。






 ◆◇◆


 ――世界再生からおよそ半年が経った4月。


 世界は未だ新秩序に適応する為の調整に追われているものの、こと日本に関しては平素と変わらぬ日常が戻りつつあった。

 東都の一部は新たな観光名所兼あの世との窓口として世界中の注目を集めているものの、地元に暮らす者としてはもはや見慣れた光景となっており、頭上に幽世があるとしても地上で生きる者にとってはあまり関係がないとすら割り切る者も多いほどだ。

 逆に、作業現場や店頭などで能力者が自らの能力で業務を円滑にしている姿も数は少ないながらも見られることもあり、以前に比べれば能力者に対する偏見や差別は明らかに少なくなったことが見て取れる。


 そんな東都の新しく整備された街並みに再建された大学の前で、ひとりの青年(・・)が肩掛け鞄を手にキャンパスを眺めていた。

 襟ほどで整えられた夜空のような黒髪が日光に反射して艶やかな光輪を描き、髪と同色の深い黒瞳を備えた顔立ちは若干の幼さが残るものの、これから大学へと通うというのならばさもあらんという大人に近づきつつある男性のもの。

 ちらりと周囲から視線が向けられる程度には整った顔が浮かべる表情はその顔立ちを引き立てる様に物静かで、年相応にはしゃいでいる同年代と比していくらか年上の様な印象を与えていた。

 淡い色のシャツに紺色のカーディガン、ベージュのスキニーパンツとラフな格好で、一見すると細身で華奢な印象を与えるが、よくよく見るとその端々には男性らしい筋肉の付き方を思わせるふくらみが見受けられる。

 総じて、大学で青春の延長戦を求めている女子から熱い視線を向けられるのも仕方がないという立ち姿であるが、反面、青年に声を掛けようという勇者は今のところ現れていなかった。

 というのも、青年は待ち合わせをしているらしく、時折腕時計に目をやり、それからキャンパスとは反対の駅方面へと視線を向けていたからだ。

 講義の時間も迫っており、この時間に登校する学生であれば近い講義の時間を気にしないわけにもいかず青年に声をかけるのを諦めて立ち去ってゆく者が彼を追い越してゆく。

 そんな中、軽快な足音が青年に迫り、青年の背に軽い衝撃が走る。


「わっり、遅れた。待たせたな」


 駆け込んで青年に肩を組んできたのは、青年とは逆に垢抜けた印象を与える赤茶色の髪の青年だった。

 こちらは黒髪の青年と並ぶと幾分か年上の様に感じられ、ふたりはどうやら先輩後輩の様に見える。

 そんな茶髪の青年に対し、突然背中から叩く様に肩を組まれたにも関わらず体幹を一切揺らさないまま受け止めた黒髪の青年が小さく笑う。


「また仕事?」

「そうそう。今日くらいはーってめちゃくちゃ予定空けてこれなんだよ。まったく嫌になるぜ」

「頼られてるなら仕方ないよ」

「まぁなー。……ともあれ出雲(・・)。大学入学おめでとう。また一緒に通えるな。――っつっても、俺もうそろ卒業なんだけどさ」

「ありがと、常群」


 黒髪の青年、出雲がはにかみながら答えれば、常群は嬉しそうに組んでいた肩を離しながらゆったりと歩き出す。

 並んで構内へと歩き出した出雲がそういえばと口を開く。


「結局、常群は終夜に就職するの?」

「お嬢様が手放してくれないとそうなるな」

「大出世だね」

「誰かさんのお陰でな」


 聴く人が聞けばギョッとするような、とてもではないが一般の大学生が口にするような内容ではない会話。

 仕事疲れでやややつれているように見える常群の言葉もその就職先であれば卒業を翌年に控えた大学生であれば誰もが羨む就職先にハンカチを噛んだことだろう。

 構内を歩き、校舎にたどり着くまでの短い時間。他愛ない会話が続けられるなか、ふと話題が途切れたタイミングで常群が静かに声を落とし、表情を潜めて問いかける。


「……良かったのか?」


 主語を持たない、仮に聞き耳を立てている者が居たとしても要を得ない問いかけであったが、しかし、それを受け取った出雲にしてみれば何を意味しているのかは明白であったようで。


「うん。折角向こうの僕が(・・・・・・)迎坂黄泉路を(・・・・・・)引き受けてくれた(・・・・・・・・)からね」


 迷いなく答えながら、黄泉路はゆるりと首を回し、はるか遠方の空に浮かんだ仄暗い異界へと目を向けた。


「……」


 言葉もなく、同じく幽世へ目を向ける常群だったが、


「げっ」


 ポケットの中で震える端末を引きずり出し、アラームが示す時刻を見てハッとなる。


「時間?」

「おう、悪いな! また昼頃学食で!」

「おっけー。初日くらいは奢ってくれるんだよね?」

「あー、くっそ。任せろ!」


 短く言葉を交わすと常群は足早に校舎の中へと駆け込んでゆく。

 その後ろ姿は出雲にとっては慣れ親しんだ、ある種懐かしさを感じさせるもので、出雲は思わず小さく笑いながら見送り、改めて視線を幽世へと向け、あの日、あの瞬間に起きた事を思い返す。






 ――世界再生の直前。

 世界を救った迎坂黄泉路と、世界を渡ってやってきた幽世の主たる迎坂黄泉路が対面し、互いの魂が触れ合った事でお互いの思考と意志が繋がり合った時のこと。


『世界を救えば、その重荷は否応なく肩にのしかかる。望むと望まざるとに関わらずね。僕達に終わりはない。無限に続く一生を救世の神として消費することになる』

「仕方ないよ。そればかりは、僕は力を持ち過ぎた」


 少年が語る未来予想は黄泉路とも一致しており、黄泉路はその覚悟を決めて世界を、大切な人々を救おうと決意してこの手段に及んだ。


『そっちの僕がやろうとしていること。僕が引き受けるよ』

「……どうして?」


 黄泉路の意図を読み取った少年の提案、その意図している事も理解していながらも、黄泉路は問わざるを得ない。

 それを少年が肩代わりすることに、何の意味が――メリットがあるのか。

 そう問いかける黄泉路に、少年はゆらりと滲む様な笑みを浮かべて答えた。


黄泉路(きみ)黄泉路(ぼく)だから、分かるよ。仕方ないとは言っても、望みがないわけじゃない。本当は、失った時間を埋めて(・・・・・・・・・)人間として(・・・・・)普通の生活を送りたい(・・・・・・・・・・)。そうだろ?』

「……」


 図星、というよりは、自分自身の本音が自分の口から零れた様に、黄泉路には感じられた。


『だから、僕がそれを阻む障害を引き受ける。もう僕は別の世界で世界そのものを幽世として統括してしまってるし、そんな僕が今更神の称号がひとつふたつ増えたくらいでたいして変わらないしさ。お互いに覗いたから分かるだろ? この僕は君よりも精神性が人から遠い(・・・・・・・・・)

「……うん」


 魂が触れ合い、互いに同じ能力を持つからこそ、お互いの事が手に取るようにわかってしまう黄泉路は小さく首肯する。

 目の前にいる自分は、人間であることを諦めてしまった自分なのだと、人間でない部分の自分自身が共感してしまっていたが故に。

 羨む様な、寿ぐような。同じ顔をした少年の眼差しに、黄泉路は言葉もなく静かに見つめ返していた。


『今から行う世界の再生、その時に、君と僕とで力を合わせて、君の存在と僕の存在を別けるんだ。君の目的通り世界は再生され、その功績の神輿には、君の代わりに僕が座ることになる。そうすれば、君は人としての一生を取り戻せる』


 それにさ、と。少年はさも何でもないという風に、


『君よりも僕の方が機構(・・)に近い精神性をしている自分ならば公平に世界を見守れるだろ?』


 おどけるような調子で、しかし黄泉路自身否定も肯定もしづらいことを平然と言ってのける少年に黄泉路は脱力してしまう。

 少年の提案通り、黄泉路は自らの第二の名前を少年へと託し、


『迎坂黄泉路、君は――道敷出雲に戻るんだ(・・・・・・・・・)


 世界を再生する際、近しい人間以外から迎坂黄泉路という能力者の情報と、道敷出雲という少年の情報を分離したことで、世界は黄泉路の名前を、存在を。世界救世の英雄にして天に座す幽世の主の称号として認知した。

 紛れる様に現世に舞い戻った、魂に紐づいた不変性を預けた事で肉体は通常通り成長するようになり、ちょっと身体能力が高いだけの能力者となった出雲と。永遠の時を生きる幽世の主たる魂の支配者黄泉路。

 ふたりの存在として、今もこうして自分の足で世界に立っている。






 ふと、見知った気配を感じて遠く見える幽世から意識を離し、顔をそちらへと向けながら微笑んで呟く。


「僕はこの繋がりも手放したくない」


 口にすれば、しっかりと馴染む様な感覚がして、出雲は歩み寄ってくる少女に応じる様に手を挙げた。


「おはよう、彩華ちゃん」


 声変わりし、やや低くなった黄泉路の呼びかけに、凛とした少女がゆったりとほほ笑む様にして控えめに手を上げる。

 戦場彩華が合流し足並みがそろうと、ふたりは揃って校舎の中へと入っていく。




 世界は一歩ずつ、されど止まることなく前へと進む。

 かつて奇跡を願った女性が空想した、しかし思い描くことが出来なかった未来へと。











 ――ごぽり、と。気泡が地へ。逆さに聳える都会の空へとさかさまに昇ってゆく。

 蒼銀の砂地に出来た巨大な銀の大樹に寄り添うように背を預けた少年、迎坂黄泉路が、はるか下界で人の生活を送る出雲が建物の中へと消えてゆくのを見送ると、その視線を隣へと移した。


『良かったの?』


 問いかける言葉は短く、その意図は複数の意味を孕んでいる様に思えた。

 だが、それに応える幼い声に躊躇いはなく。


「ええ。僕が見届けたかった未来はそこにあります。それに」


 少年の茶髪が仄暗い水に立ち上る気泡に弄ばれてゆらゆらと揺れる。


こっちの兄さんも(・・・・・・・・)、隣に誰かいないと寂しいでしょう?」


 くすりと笑う少年に、冥界の主は一瞬固まったように身動ぎしたのち、


『そうだね』


 静かな水底に染みる様な、小さな声で応えた。

 これにて10年間連載を続けてきた本作品は完結となります。

 長らくお付き合いいただいた皆様には多大な感謝を。

 当初はこれほどまでに連載が長期化するとは思ってもみず、途中執筆環境の変化などもあって更新速度が著しく低下するなどのトラブルもありながらも、自分自身、この作品で書きたかったものは概ね書けたのではないかという着地点にたどり着くことが出来ました。

 ここまで長期の連載にお付き合いいただいた皆様には申し訳なく思う気持ちと、皆さまの人生にも一抹の何かを残せていればいいなという気持ちが入り混じって、結局最後は感謝になるんだなと思う次第です。


 折を見て途中で停滞してしまっていた登場人物紹介なども埋めつつ、気が向けば外伝やこぼれ話と言ったものを追加していこうかと考えています。

 ともあれ、本作品はこれにて完結。世界は蘇り、新たな一歩がこれからも続いてく。といった具合で、世界そのものがこれからも続きますが、迎坂黄泉路の戦いはこれでおしまいです。


 次回作については準備中ではあるもののまだ公開段階には至っておらず、暫く時間が空くかと思います。

 また、次回作は本作とは繋がりのない作品になる可能性が高いこともあって、もし気が向いたら、作者Xアカウントなり、活動報告なり、こちらで外伝を出すついでに宣伝を挟むなり致しますのでその時はまたよろしくお願いいたします。


 長くなりましたが、これにて。

 いつかまた逢える日を願って。また、次回作でお会いしましょう。

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― 新着の感想 ―
完結おめでとうございます! 独特な世界観と先の読めない展開が大好きだったので少し寂しいですが、綺麗な読了感で読んでてよかったなぁと思いました。素晴らしいお話をありがとうございました。
完結お疲れ様でした!ありがとうございました! この作品に出会えて良かった。また出会えるのを楽しみにしてます。
完結おめでとうございます! この小説は僕の日常の一部でした。 楽しませていただきました。 ありがとうございました!
感想一覧
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