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13-69 我部幹人

 我部の顔を形作っていた結晶が割れた。

 そこから覗くどす黒いものに、黄泉路は思わず背筋が泡立つのを感じて槍を強く握る。


「あ、がっ、ご――げぇ……ッ!」


 溺れる様な嗚咽が漏れ、粘性を感じさせる黒々とした液体状のナニカが悶える様に顔を抑える我部の結晶の顔を伝う。

 顔を抑える手から零れおちた粘液が顔の輪郭、首筋に沁み込む様に跡を刻み、その身を模る透き通った想念因子を黒く変質させてゆく。

 何が起きているのか、これまでの我部の言動や結晶に覆われた世界の現状から推察した黄泉路でも理解しきれない状況の変化に警戒を強めていると、


「違、私……界――能、者、を救、ぐげ、ごぼッ……!」


 黒紫とでも形容すべきだろうか。元は透き通っていたはずの結晶の指はもはや見る影もなく、腐食した生物の死骸にも似たグロテスクな様相へと変貌してしまっているその間から、ぼたぼたと粘性を感じさせる黒々とした何かが滴り、腕を伝う。

 首筋から胸にかけての変色と同じく、腕にも黒い線を描きながら滴った粘液が我部の身体を離れ――




 ぽたり(・・・)




 想念因子の、我部の身体を構成しているものと全く同質の大地へと降り落ちた。


『■■■■■!!!』


 ゴゥ、と。黄泉路は突風が吹いたような錯覚に思わず目を細め槍を強く握りしめたまま身構える。

 風はない。大気などとうに大地と共に結晶に飲まれて消えている。思念とも声ともつかない絶叫にも似た気配が()を伴って駆け抜けた、その衝撃が黄泉路の身体を突き抜け、前髪を浮かせ、全身の感覚を総毛立たせた。


「何……あれ!?」


 視覚を通じて脳を、魂が刺される様な不快感に思わずつぶやいた黄泉路の肩に、背後から手が置かれる。


『おそらくは我部の内に貯め込まれていた憎悪だろう』


 背後、頭上から降る様な深い声に、黄泉路はハッと振り返る。


「リーダー!?」


 何故、どうして。そのような言葉が続きかけ、黄泉路は直視したリーダー、神室城斗聡の姿を見て理解した。


「――能力者、だったんですね」

『さすがにこの状態では気づかれるか。そうだ』


 黄泉路の肩に手を置いていた斗聡の身体は先に手を貸してくれた皆の様に半透明に、粒子の集合体のような朧気な姿として揺らめいていて、その形を保つ核である魂に能力が刻まれていることを見て取った黄泉路に、斗聡は言葉少なく首肯する。


「気付きませんでした」

『言いふらすことでもない。私の能力は至極些細なもの。私とて縁に指摘されなければ気づけなかった程度のものだ』


 どこか、懐かしむ様な色が宿る声に黄泉路はどう反応すべきかと言葉を詰まらせる。

 しかし斗聡は感傷は不要とサングラス越しの視線を宙に浮かぶ我部へと向けた。


『我部自身も眼を逸らしていた、いや、本当に自覚すらしていなかったのかもしれん憎悪が、迎坂黄泉路の指摘によって表出した、その結果だろう』

「世界に向けた憎悪――」


 今も尚、留まることを知らず零れ落ち、世界を汚染する様に黒紫の粘液が零れ落ちる姿は痛々しい。

 独り世界を呪った男の姿と言われても納得の姿だったが、斗聡は憐れむ様に呟く。


『あの時のことを、未だに悔いているのか』


 その声音があまりにも寂し気で、黄泉路は斗聡のそうした声を聴くことがなかったこともあって視線で問いかければ、斗聡は静かに口を開く。

 時間がない。それを誰よりも理解している斗聡が、その上で黄泉路に伝えるべき言葉を紡ぐために。


『私達と上代縁は良き友だった。そして、私と我部は共に縁に心惹かれ――』


 語る斗聡の言葉――上代縁という名に反応する様に、黒が蠢く。


 ごぁっ、と。濁流と暴風が混ざり合ったような濁った音と共に地に滴り落ちる粘液の量が膨れ上がり、水溜まりを作るそれが無数の亡者の手の様に黄泉路達へ迫る。


「ッ」


 黄泉路が咄嗟に飛びのけば、黒紫の濁流が触れた結晶がどす黒く染まり、世界が悲鳴を上げる。


『私は縁の手を取り、縁は、私の手を取った』


 青春を思い返すような内容だが、その声は何処までも深く後悔する様な斗聡の声が高速で迫る粘液をかわしながら駆ける黄泉路の背後に憑いて続きを紡ぐ。


『失意の我部は、政府の工作員の手を取った。そのことを私は非難できない。その結果齎されたものが御遣いの宿に対する政府の虐殺行為だとしても、あの時の我部にそこまでを想定しろとは、私は断罪することが出来なかった』


 御遣いの宿が保有する奇跡(・・)を欲した政府が工作員を通じて我部を内通者に仕立て上げた。その結果起きた惨事は斗聡や縁の人生を大きく捻じ曲げた事は間違いない。

 だが、それを非難することは、自身の抜け駆けを棚に上げた、かつて確かに友情があった我部に対してすべきことではないと、斗聡は聡明すぎる頭脳でそう結論を出していた。


『あれは世界以上に己のことを呪っている』


 だが、それが本当に正解だったのか。こうして我部の内側から溢れ、自身を焼き焦がしながらもなお世界を呪う旧友の姿を見てしまえば、


『私は、もっと早くに我部と話をすべきだった。互いに抱えた傷が、罪が大きすぎた』


 自身を憎み、世界を憎み、逃れる様に救済を求めた男を見つめ、斗聡は黄泉路へと語り掛ける。


『本来ならば私が向き合わねばならないことだった。それを託すことを申し訳なく思う』


 声が薄らいでゆく。

 それは、自身でも些細な能力と言っていた斗聡が持つ自身をこの場につなぎとめる限界が訪れている事の証左。


『迎坂黄泉路、最後の依頼(・・)だ。我部を(・・・)止めてやってほしい(・・・・・・・・・)


 斗聡――三肢鴉のリーダーからの依頼に、黄泉路は大きく頷いた。


「――了解!」


 ドッ、と。黄泉路の足元で沸き立った銀の枝葉に乗って駆けあがった黄泉路を見送る様にその場にとどまった斗聡の身体が解れて行く。

 そこに言葉はなく、ただ、黒銀の槍で憎悪の澱を切り裂きながら宙を舞う、かつて諸人に求められた奇跡の体現として生まれた少年に全てを託し、男は静かに世界に溶ける。






 駆けあがる黄泉路の目に映る我部は既にその全身が澱に汚染され黒くくすんだ結晶が弱弱しく明滅しながらも、残された片目のない顔は黄泉路を認識すると同時に口からも澱を吐き出しながらその手を黄泉路へと伸ばす。


「ごぼっ、おごぐげぐォッ」


 薄黒く染まった腕がひび割れる。既に我部の身の内を全身まで澱が満たし、その内で抑えきれないほどに膨れ上がっている事を示唆する様に勢いよく吹き上がる黒紫色の液体は水道事故でも見る様な激しさで黄泉路の視界を埋め尽くすほどの広がりを見せて空を、視界を黒く覆う。


「近、づけない――っ」


 咄嗟に横へと跳び、同時に槍を勢いよく振えば刃の付け根に付いた鈍色の彼岸花の意匠から刃で出来た無数の花が咲き乱れる。

 傘の様に開いたそれらが澱を弾いて離脱の時間を稼ぎ、澱を受けた刃が見る間に腐食するのを見て黄泉路は咄嗟に声を上げた。


「彩華ちゃん、もういい!」


 黄泉路に応じる声はない、だが、花弁はわかっているとばかりに根本から分離して腐食した金属片がばらばらと地表へと降り落ちて行く。


「(操木さんの樹も――! ……あまり皆に無理はさせられない。でもどうしたら)」


 もはや全身が内側から溢れる澱に飲み込まれ、外観からは黒々としたタールめいた粘液の塊が歪な肉塊のように蠢いているようにも見える我部。その奥へと透き通る様に透過した視界で中心にある我部を見据える黄泉路の背を推す様に、一陣の風が吹いた。


「……やるしかない、のはそうなんだけどさ!」


 風が告げる言外の要求。

 それは黄泉路に力を貸している多くの人間の総意。


 自分達を酷使してでも、アレを止めろという捨身の決意。


 黄泉路は小さく喉を鳴らし、今一度強く槍を握り直して声を張る。


「皆、我部を倒して世界を救う。力を貸して!!」


 駆け出した黄泉路の周囲に、無数の気配が集う。

 それは黄泉路が知るものもあれば、そうでないものも。もはやこの世界の主導権は我部にはなく、ただ滅亡へ、崩壊へと向かう世界の中核と、それを阻もうとする取り込まれた種々の存在達。

 黄泉路と我部の間で激しくぶつかり合う澱と能力群はまさしくそうした存在が顕現していると言える光景であった。


 黄泉路に向けて降り注いでいた火球が我部の澱を焼く為に煌々と燃え、黄泉路に降りかからんとする澱を吹き抜ける冷気が押し固めて留め、黄泉路の道行きを無数の風が後押しする。


「ごぼご■■■ぉ■■ゲ■が■――」


 黒い澱の肉塊が動く。突起の様に突き出した幾本もの柱の先が枝分かれし、まるで黄泉路の背を支える巨腕のような造形を成して放射状に黄泉路を囲い込もうと降り注ぐ。


「く」


 黄泉路の思考が何かを決断するよりも早く、背後から突き出した三対の巨大な銀腕が組み合うようにそれらを迎え撃ち、拮抗――


「結乃さん!」


 腕は語らず、ただ進めというように、黄泉路の背から離れて光の塊を根としてその場に固着するように腕が澱と掴み合う。


「ありがとう!」


 ずっと支えてくれていた女性へ礼を告げ、黄泉路は組み合った澱の間を潜り抜ける様に先へ。


「(もう、少し……)」


 黄泉路の槍が届く間合いまであと十数メートル。身体強化能力者であれば瞬く間だが、今はその距離が果てしなく遠く感じてしまう。


「■■■■■ッ!!!」


 もはや言語の体を成していない我部のものとも、憎悪の澱そのものが発しているものともつかない水底で発したような濁音交じりの咆哮が世界を揺らす。

 一瞬僅かに縮んだ様に見えた澱の塊が、次の瞬間には膨張して黄泉路の前方全てを覆う巨大な壁の如き津波となってゆく手を塞いだ。


「なっ」


 避難先を探す。

 下方は論外。左右も、今から駆けて間に合う距離は全て津波の射程の内。


「(上に跳ぶ!? 一番現実的だけどそれじゃあまた距離が――!?)」


 既に澱の汚染によって悲鳴の大合奏となってしまっている世界にこれ以上の負担はかけられない。今上に跳べば急場はしのげても再び距離が空けられてしまう。


「――うわ」


 逡巡する黄泉路の足元、これまで足場として道行きを支えてきた操木の操る銀の枝が蠕動する。

 まるで、自らを盾に黄泉路の道行きを守ろうとするかのように瞬く間に急成長した銀の大樹が黄泉路の真正面にそそり立ち、直後、黒紫の津波が大樹を真正面から殴りつけた。


「操木さんっ」


 一瞬の迷いを振り切って駆けだした黄泉路が大樹の幹を駆けあがる。

 後を追うように、大樹を回り込んだ濁流が黄泉路の足元を掠めていく中、猛スピードで津波の上まで育った大樹の枝葉の先まで到達した黄泉路は大きく跳躍。

 そのまま、黒紫の海に浮かぶ塊へと槍を構えたまま振り落ち――


「やっぱり、そうくる――!」


 まだ我部の意識があるのか。はたまた、ただあるものを使おうとしているだけか。

 洪水痕のような有様の黒紫の海そのものが立ち上がる様に澱の柱となって黄泉路へと襲い掛かる。

 今の黄泉路にこれ以上のリソースはない。彩華の力を借りても柱の質量を耐え凌ことは出来ても吹き飛ばされるのは確実で、姫更の転移を借りようとも転移直後は速度がリセットされる上に既に足場となるべき枝葉はなく。


「(銀砂の槍よ。僕の力の全てを)」


 覚悟を決め、自らそのものを槍先に込める様に構えた黄泉路が透ける視界の中に捉えた我部の本体へと穂先を合わせてただ振り落ちる中――






 黄泉路を追い越す様に。

 赤い髪の青年(・・・・・・)の影が視界の端を駆け抜け、






 全てを溶断する様な熱波が吹き荒れ、黄泉路へと迫る黒紫の間欠泉が蒸発するように霧散する。

 眼を見開き、先ほど固めた決意もはじけ飛んでしまいそうなほどの驚愕に思わず口を開けてしまう黄泉路の耳に、


『よう』


 いつか聞いた青年の声が木霊した。


『見違えたな』


 聞き間違いようもない、黄泉路を窮地から救い上げてくれた恩人。


カガリさん(・・・・・)……」


 杳として行方が知れないまま、諦めるべきだという理性とは裏腹にいつまでも生きているのではないかという縋る気持ちを捨てきれないでいた青年の姿に、黄泉路は涙で歪む目元を何度も瞬きして振り払う。


『全部背負わしちまってって気持ちもあるが、今はとりあえず、進め!』

「はい!」


 熱波が溶かした澱の名残を抜け、我部にあと一歩まで迫る。


「これで」

「■■■■!!!」

「ぐっ――往生際が、悪いっ」


 巨大な肉塊めいた澱が蠢く。それは我部の防衛本能か、それとも現状の世界に不満を抱く亡霊の類か。

 膨れ上がったそれが歪んだ人の顔めいた波紋を描きながら、黄泉路をまるごと呑み込もうとするように大きく口を開ける。


「こ、の――っ!?」


 振り払おうと槍を持ち上げようとした、その時。




 ――チリン(・・・)




 転がすような鈴の音。

 あまりにも場違いな澄んだ音が時間間隔を引き延ばす様に黄泉路の意識を引き寄せる。


「あ……」


 極限の認識の中で、黄泉路は自分の前に飛び出した存在を認識する。


 特徴的な茶トラ柄の四足歩行。小動物。

 東都の地下で。黄泉路達を地上まで導いた猫。


「美花、さん」


 実態を持たない、半透明に透けるその存在に、思い浮かんだ名前を呼んでしまった黄泉路の前で、猫の姿が滲み、膨れ上がる。


『やっと気づいた』

「美花さん!!」


 黄泉路の呼び声、茶トラの猫――美花は特徴的な獣じみた顔で僅かにほほ笑む。


『大丈夫。このまま行って。私達の、世界を』

「!」


 爪痕を思わせる斜めの斬撃。

 膨れ上がった顔が引き裂かれ、澱の膜を破ったことで黄泉路の眼前に我部の本体である薄汚れてしまった想念因子結晶の人形が見える。


『お願い』


 背後で消えてゆく美花の声が黄泉路の背を推す。


「はああぁっ!!」


 強く握りしめた穂先に自らの能力を纏わせ、修復も間に合わない澱の間を突き抜け、






「ご、は……っ」


 我部の胸部に刃が深々と突き立った。




 抵抗なく沈み込んだ黒銀の刃に注がれた黄泉路自身の魂から抽出した力が我部の内側で暴れ、結晶の黒い歪みが蒼銀の光に押し流されてゆく。


「こ、の……!!!」


 槍を通じて力を流し込む。

 黄泉路は自分の内から流れ出ていくものをより強く、押し込む様に槍を強く握る。


「ぐ、がぁ、あぁあがぁっ!?」


 我部が澱を吐血のようにはきながら呻き、蒼銀の光と澱が我部の内側で鬩ぎ合っていた。


「(僕自身を全部吐き出してでも、このまま……!!!)」


 黄泉路の足元が僅かに透けはじめ、黄泉路自身もまた、此度参戦した多くの能力者たちと同じように身体が解れていくのも構わず、ただ力強くそこにある槍へと力を流し込み続け――




『――』




 薄れかけていた黄泉路の意識を女性の声が掠めた。

 それは一度も聞いたことがないはずのもの。にも拘らず、黄泉路はそれが誰の声なのか本能的に理解していた。


上代(・・)()……ずっと、そこに居たの……?」


 ぼんやりと滲んだ視界の中で、嫋やかな印象を与える女性が淡く微笑む。


『私が全てを狂わせてしまったから。最期くらいは、私の奇跡(ねがい)の残滓が届く様に。祈っていたの』


 奇跡の残滓――自らをそう呼称する姿に黄泉路は納得する。

 魂というにはあまりにも儚く、能力と呼ぶにはあまりにも弱弱しい。

 自らの能力を些細だと言っていた斗聡のものにも劣る程に存在感がない、まるで幽霊だと、黄泉路は柄にもなく思ってしまう。


「よ、すが……」


 我部の崩れかけた顔が、残されたパーツが、歪む様に言葉を紡ぐ。

 同時に、槍を通じて黄泉路の意識に我部の記憶が、後悔が流れ込んでくる。




 ――どうして神室城ばかり認められる。私とて神室城は認めている。

 何故縁は私に振り向いてくれなかった。私に躊躇があったから。

 私が国に認められれば御遣いの宿も大きくなる。私が認められれば縁も私を。

 何故、何故、何故。どうして国の機関が御遣いの宿を襲っている。私が手引きした所為だ。

 国が私に能力者研究のポストを。私が認められた。私が生き残った。私が、縁たちを殺した。

 能力者を自由にできる私の研究所。私の仮説が正しいならば。私の研究が実を結ぶならば。

 私が救わなければ。私が成さなければ。私が能力者を。縁が目指した世界を作れば。そうすれば私も……。




「(世界を救うことで、自分も許されたかった……だけどそれ以上に、自分も世界も、許せなかったんだ……)」


 許しを請うようでも、祈りをささげるようでもあるその声音とともに伸ばされた指先に、上代縁の幻影がそっと寄り添うように手を結ぶ。

 我部の口が、かすかに動く。


「――あ、あ……わたし、は、ずっと、きみに」




 あやまりたかった(・・・・・・・・)





 黄泉路には、我部がそう呟いたように見えた。

 身体から黒が抜けて行く。

 それと同時に縁の幻影も急速に形を失い、やがて、我部から漏れ出していた黒紫の澱が止まった。


「はぁ、はぁ……」


 黄泉路の荒い息だけが後に残され、世界が再び静止した様に静寂に包まれる。

 ぐったりと弛緩した我部の結晶の身体が浮力を失って緩やかに降下すれば、黄泉路もまた、突き刺したままの槍と共に地表へと降下して、




 ――カツン、と。

 押し固まる様に黒ずんだ結晶の大地へと、我部の胸部を貫通して突き出していた槍の穂先が小さく当たる音が響いた。




 槍が地面と接した微かな衝撃で我部の亡骸がガラスの様に砕け、突き立った槍の周囲に散らばる。

 同時に、世界を塗りつぶさんとしていた黒が槍を中心に広がった蒼銀の粒子によって瞬く間に駆逐され、元の揺れ動く光沢を纏った想念因子の結晶へと浄化されてゆく。


 山の裾野が、流れ出した河川の形が、整然とした無人の街並みが、命を宿して輝きを放つ。


 幻想的な光景に言葉もなく座り込む黄泉路は、蒼銀の光が世界を照らしてゆくのをただ眺めていた。

まだ完結ではないのであと数話、お付き合いいただければ。

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