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13-65 瞬きよりも眩く疾く

 仄暗い水が重力という現実法則を塗りつぶし空間に滞留する様に帯を引いて、少年の身動きに合わせる様に周囲を汚染する。

 足元に溢れる銀砂が描き出す回廊を踏みしめ、空中すらも自らの領域(テリトリー)と言わんばかりに縦横無尽に駆ける黄泉路が黒と銀が混ざり合った身の丈を超える程の槍を軽々と振るえば、対する青年の形をした想念因子の結晶が両の腕を変質させた杭めいた剣に雷光を纏わせてその槍を受け止める。

 次の瞬間には結晶の青年――我部の姿が黄泉路の前から立ち消え、即座に背後から襲い掛かる影に黄泉路は見向きもせずに背面から生えた銀の巨腕を振り回して打ち払うと、その陰に紛れる様に下方から突き上げる様に突進してきていた我部の剣先に槍を合わせて独楽の様に円運動を描きながら空中を滑った。


「ほう、これも対応するのかい……!」

「僕の世界で、思い通りに動けると思わないほうが良い」


 黄泉路が動き回る度、その軌跡を筆で塗りつぶす様に幽世が現実を侵食する。

 もはや我部と戦闘を繰り広げていたアメノミハシラ最上階の空間は完全に塗りつぶされ、見渡す限り仄暗い水と淡く輝く蒼銀の砂が敷き詰められた世界が広がっていた。

 それは間違いなくこの世の生き物全てに対する猛毒であり、生者という概念を否定する死の世界の具現だが、その世界の内側に呑まれてもなお、生者という判定ですらないからなのか、我部は結晶の身体で呼吸をしている風もなくただ水中を自らの能力で縦横無尽に動き回っていた。

 仄暗い水の中を影が泳ぎ、雷光が僅かに周囲を照らしながら水を焼く。

 かと思えばその姿が丸ごと一瞬で掻き消え、黄泉路の死角、間合いの内側に突如として転移した我部が剣を構えていることもしばしば。だが、


「甘いよ!!」

「っ――」


 転移した先に滑り込む様な黒の穂先。

 咄嗟に構えた剣先が振れ、貯えられた雷光が弾かれて水中に火花が舞う。

 隆起し、宙へと波の様に舞い上がった銀砂を足場として膝を畳み引き絞った弓の様に飛び出した黄泉路の銀の槍が仄暗い水の中で流星の様に煌めき、我部が咄嗟に構えた影を纏う杭剣に強かにひびを入れる。


「(腕の修復が早い、けど、胸の傷までは治させない。畳みかける!)」


 我部の内側から溢れた影が黄泉路の背面から突き出した銀砂の巨腕と組み合って千切られ、至近距離槍を器用に振るう黄泉路の技量が、我部の身体能力任せの力押しの防御を僅かにだがすり抜け始めれば、我部の能面めいた感情の読めない結晶の顔から苦し気な呼気が漏れた。


「(表情を取り繕えても人間だった頃の癖は抜けないよね。能力の扱い方も、戦闘経験がないから意識が読みやすいから転移も――)」


 更に加速した黄泉路の攻め手に我部が咄嗟に転移を切って距離を取る。だが、黄泉路は一度の空振りのみで即座に転移先を特定すると同時に距離を開けさせない様に攻め続ける。


 周囲を埋め尽くした幽世の中はいわば黄泉路の領域だ。

 そのすべてが感知範囲であり、その中にいる限り我部の大きすぎる存在は――ただそこにあるだけで黄泉路の領域を侵食する能力を纏った存在は――あまりにもわかりやすく、転移という奇襲性の高い力を使ってなお黄泉路が対等以上に戦えている理由でもあった。


 黄泉路は当初、幽世を展開していながらもその範囲を広げることを良しとしておらず、専ら我部が繰り出す使用者から簒奪したと思しき雑多な能力への対処として幽世の砂や根を張った巨樹の力を借りるのみであった。

 それは我部が現在の様に領域に入り込むことによって、事実上黄泉路と我部が接触した状態に陥り能力制御権の奪い合いに発展することを危惧したためでもあり、途中から乱入した裕理を巻き込まないための措置でもあった。

 だが、我部が転移という能力を切ってきた以上、その奇襲性に対応できず黄泉路自身が接触されてしまえば元も子もない。

 さらに言えば、今この状況を仕切り直すために、黄泉路をはるか上空に浮いたこの場に釘付けにして放置し、地上への侵略を再開するなどと言った盤外戦術を取らせないためにも、我部を自らの領域の内に閉じ込める必要が出てきたことから、黄泉路はアメノミハシラ最上階を自らの領域で塗りつぶすことに決めた。


「(案の定、我部の転移は境界を超える程の練度じゃない。跳び先は目視範囲に限られてるみたいだし、跳んだとしてもこの中ならすぐにわかる)」


 領域が我部のいる場所だけ削り取られている感覚を頼りに転移先の予兆を捉えて槍を振るう。


「やはり、跳び先が割れていると効果が薄いようだね!?」

「元の使い手ならもっとうまい切り返しもあったんだろうけどね!」


 胸の傷を庇う様に身を捩る我部の苦し紛れにも聞こえる言葉に応じつつ、黄泉路はこの優勢を喜ぶこともなく杭剣を槍でいなしながら頭の中でそろばんを弾く。


「(とはいえ、内側に我部を捉え続けている限り僕の世界は少しずつ我部に食われていく。我部の狙いではないんだろうけど、膠着状態になりかけてるのは……)」


 顔には出すことなく、これぞ自分の優勢であると言い聞かせる様な立ち回りを見せる黄泉路だが、現時点で黄泉路の打てる手はおおよそ出しきってしまっていた。

 幽世に眠る多くの魂は、それぞれ既に我部の雑多にまき散らされ続ける能力の排除や黄泉路が槍を切り込むための隙を作る牽制としてフル稼働しており、その都度押し負けた際に少量ずつではあるが我部の能力によってそのリソースが簒奪されてしまっており、その点もまた長丁場を避けなければならないと黄泉路が考える理由でもあった。


「だが、良いのかい? 君とてこの状況が自分にばかり有利でないことくらいは理解しているだろう?」

「そっちも手詰まりなんじゃない? その証拠に、さっきから防戦一方みたいだけど!」

「はははっ、耳が痛いな。だが」


 我部の声がブツリと途切れる。


「ッ」


 同時に黄泉路は転移の予兆を感じて振り返るが、先ほどまでと違うのは我部が転移した先――彼我の距離が接触せんばかりの近さであるという点に、黄泉路は思わず身構え、


「こうして君が防がざるを得ない状況を作れるのならば」


 すぐ目の前に出現した我部の内側から雷光が迸る。杭剣のみならず全身を覆う様な眩い光に思わず眼を細めた。

 幽世の水で満たされた空間であるにもかかわらず膨大な熱量を――黄泉路の本体を焼くほどの出力を――感じた黄泉路は咄嗟に銀砂の巨腕で顔を庇うと、我部はその砂に影を絡めるように突き立て、


「純粋なリソース勝負に持ち込めるとは思わないかい?」

「ぐ、っ、この……!」


 雷光がバチバチと弾け、水を蒸発させて余りある熱量が黄泉路の槍を伝って腕を焼く。

 周囲の砂が即座に黄泉路を修復するとはいえ、幽世の中でのやりとりである以上痛みは黄泉路自身に直接届いてしまい、痙攣して硬直した筋肉が槍をこわばらせた隙に杭剣が奔り、


「(痛みに固まってる暇なんてない動け動け動け――!)」


 組み付かれた形となり、電流が絶えず流れ込んで黄泉路の身体を焼きながら動きを咎める中、杭剣が黄泉路の脇腹へと深々と突き刺さる。


「が、ああッ!?」


 剣を通して体の芯へと流し込まれた電流に目の前が明滅する。

 身体機能自体は砂による修復で即座に回復し続けるものの、黄泉路の身体が負傷し続ける限りその修復はリソースを使って行われ続けることを理解している黄泉路は何とかして我部を引き離そうともがくが、先んじて銀砂の腕は影と噛み合っていて新たに生やすことも出来ず、迸る雷光の発生地点が密着してしまっている事で黄泉路の周囲に展開した砂の人型や銀の大樹の根などが諸共に焼き払われてしまい近寄ることが出来ないでいた。


「確かに能力の練度という意味では大きく開きがあり、それをこの場で埋めきることは難しい」

「ぐ、ッ、ぁ……」

「君が私に対して考察していたように、私も君のことを見ていて気付いたことがある。何かわかるかい?」

「……!」


 槍を握りしめた手が硬直し、舌が回らず言葉が出ない黄泉路は身体の端々から赤黒い塵を吹き出しながら骨と筋肉からなる肉体ではなく、幽世の砂の塊である黄泉路という存在そのものとして身体を無理やり定義して我部の拘束を弾こうと槍を振るう。

 だが、深く懐に入り込んだ我部を相手に槍を振るうだけの器用さを奪われた黄泉路の槍は力任せに影のいくつかを裂き、雷光を散らすのみで。


「出力ならば私と君は互角、そして君は自身から展開するよりもこうした染め上げた周囲から引き出すことを得意としている。であれば、この至近距離で私が自分を起点に能力を集約させて君と組み合えば、局地的に私が有利となるのは自明だと、そう考えたわけだが。……答え合わせは貰えないのかい?」

「――」

「ほう。まだ動けるのか。やはり君は特別だ」

「(痛いのは慣れないし現状も良くなってないけど、動くだけなら、なんとか――)ぐ、ぅ、あぁあッ!?」


 この状況が一番まずい、そう理解して頭の中で鳴り響く警鐘に従って身体を捩じる様に動かし、杭剣を引き抜きにかかる黄泉路をあざ笑うかのように、突き刺された杭剣を通して、流し込まれる電流とは逆に黄泉路の中から何かが吸い上げられる怖気に悲鳴が上がる。


「(やっぱり、直接接触が鍵……! はやく、引きはがさないと)」

「慌てなくとも良い。これで世界がより正しい姿へと踏み出せるのだから。君も、本来の役割を果たす時が来たと諦めたまえよ」


 諭すような声音が酷く煩わしく感じ、黄泉路は睨む様に我部を――眼が潰れんばかりに発光する結晶の男を見据える。

 だが、睨みつけるだけ、その後に行うべきアクションを、黄泉路は見いだせずにいた。

 どれだけ出力を集約しても杭剣を刺された時点で黄泉路の身体を素通りして我部へと流れてしまいかねず、かといって幽世の中にある魂たちの助力を得ようにも、我部が中心となって集約された電流と影の攻勢網を潜り抜けるだけの出力は持ちえない。

 襲い来る脱力感に抗いながら、焦りだけが募る数秒。

 槍を握る手を構成する幽世の砂すら解れはじめ、黄泉路の視界が明滅を始めた、その時だった。



「――」



 耳元を撫でる様な微かな声がした。

 その声は激しい電流に晒されて、普通ならば聞こえるはずもないほどに小さく密やかなものだったが、黄泉路はその声を聴いた瞬間に目を見開いて、表情が変わったことに怪訝な雰囲気を抱く我部――その奥へと視線を。意識を投げかける。


()

「何を」

()()


 掠れた、呂律の回らない黄泉路の微かな呟き。


 ――それを食いつぶすような、甲高い音がどこかから響く。


「何をしようと――」


 音に気付いた我部が黄泉路から視線を逸らさぬまま詰問しようと声を発した、だが、それ(・・)は既に我部の背後、遠く幽世の地平の彼方から眩い光を放ってやってきていた。


「逃が、さない……!」

「ッ!?」


 我部の纏う電光と似た、しかし、それとは比べ物にならないほどに眩く、純度の高い熱量を持った光点を見た黄泉路が自らの傷が深くなるのも構わず我部へと組み付き、腹に刺さった杭剣ごと我部を固定すれば、我部はその行為が自暴自棄なものではないと見抜いて咄嗟に剣を退こうとする。

 引き抜けない、数瞬の間にそれだけを理解した我部が転移をしようとする、その直前。




終局合砲(ラストモーメント)()嵐雷賛歌(グングニル)




 ふたり分の青年の声が我部と黄泉路の意識に響き。


 ――耳元で世界が爆ぜたかのような激しい炸裂音が駆け抜けて。


 風を纏って飛来した世界を裂くほどの眩い雷閃が我部の背面を貫いた。




「ご、はっ……!?」


 我部の身体から雷光が消える。まるで、突き立った雷閃に全てが集約されるように光がひいて、後を追ってきたゴロゴロという余韻が闇を引き連れて来たかのように幽世本来の明度へと落ちて行く。


「ば、かな。な……に……が……」

「ふたりの声……ああ、そういう……」


 悲鳴じみた困惑の声と、安堵と呆れ、納得が入り混じったため息が重なる。

 我部の背中から正面――胸の傷を貫通した大穴から、血しぶきの様に想念因子の粒子を吹き上げて仄暗い水中を淡く照らしていた。

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