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13-61 静けさを破って

 空間そのものを埋め尽くすかのような銀砂の軍勢と多彩な能力による嵐の中心。

 想念因子の巨大な結晶塊から同質の上半身のみを浮き上がらせ、杭めいた分厚い刃に変化させた両腕を縦横無尽に振るう青年の姿をした我部と、捻じれるように黒と銀が混ざり合った槍を巧みに操って双撃の間を掻い潜りながら黒の刃を閃かせる黄泉路の限りのない応酬が一瞬硬直する。


「馬鹿な」


 それは我部の表情に現れた僅かな驚き、そして、今しがた吸い上げた魂から回収した情報を知覚して察した目の前の少年の奇策にしてやられたという動揺。


「はぁっ!」


 その隙を逃す黄泉路ではなく、硬直から立ち直るまでの僅かな停滞に滑り込ませた槍の穂先が我部の胸を深々と切り裂き、


「ぐぅっ!?」

「どうも、下で何かがあったみたいだね」


 それも貴方にとって都合の悪い、僕にとって好都合なことが。と。

 黄泉路は目線のみで語りかけながら、振り抜いたばかりの槍を流れる様に斬り上げる。

 しかし、すぐに杭めいた刃が槍の軌道に差し込まれ、我部の腕の上をカカカッと硬質な音を立てて穂先が滑り受け流された。

 片手で受け流し、もう片方で同時に突き出した杭剣が半歩下がりながら身を捩ることで回避した黄泉路の肩を掠めて赤黒い塵を散らす。


「さぁ、それはどうだろうね? 君にだけ都合がいい事が起きているとは思わない事だよ」

「ちっ」


 迸る眩い光(・・・)に、黄泉路は咄嗟に槍を振って雷撃を受け流し、押し戻されるように数歩たたらを踏む。


「それは……」


 バチ、バチバチ、と。我部の身体を形成する結晶が帯電する。それは眩いばかりの白。その鮮烈な力に黄泉路は見覚えがあった。


「おや、喜ばないのかい?」


 雷撃が飛ぶ。

 多少強化された程度の身体能力では到底反応しきれない速度に応じた背面の巨腕が黄泉路を庇うが、僅かな拮抗の後に腕を形成する銀砂がばちんと弾けて白い一閃が黄泉路の首筋に火傷を刻む。


「ッ!」


 巨腕によって減衰してなお黄泉路を貫通するだけの熱量を保った雷光が駆け抜ければ、黄泉路は顔を顰めながらも足と巨腕、両方を器用に使って高速なランダム軌道を描きながら再び我部へと接近する。


「喜んでる、よ!!」


 我部がこれまで使ってこなかった強力な能力を行使し始めたこと、それはすなわち階下で仲間が――遙が勝利したという証だ。

 我部があえて雷撃というわかりやすい札を温存する理由もないと判断し、黄泉路は遙の大金星に勇気付けられた気持ちでこれまで以上に意識が研ぎ澄まされてゆく。

 火球や氷塊、不可視の衝撃などが飛び交い、銀砂で構成された巨体や樹木の根がそれらと喰い合う混沌とした戦場を雷撃が駆ける。

 他の――恐らくは能力使用者のものが大半であろう能力と比べるのも烏滸がましい圧倒的な暴力が黄泉路を中心に降り注ぐ。


「その割には苦しそうな顔をしているね。虚勢というのは騙し通せてこそだと思わないかい?」


 飽和火力を体現する様な能力の洪水とも言える我部の力に対抗し、黄泉路は自身の内に眠っている死者たちに頼りそれらが自身だけを狙って降り注ぐことを防いでいたが、


「御高説どうも! さっきつらつら語ってた予想が外れたのに涼しい顔しているだけある」


 軽口めいた応酬の最中にも降り注ぐ雷、それを黄泉路はするりと抜けながら、再び近接距離へと身を滑り込ませて黒銀の穂先で迫る影も、雷光も、一緒くたに切り落とし、


「(悠斗君の能力、やっぱり芯に響く……! だけど、能力をただ垂れ流してるだけならっ)」


 両腕が変化した我部の剣を穂先と石突を器用に使いまわしながら弾き、いなし、巨腕が傘の様に能力を弾く中で黄泉路は我部の能力の使い方の甘さを突きながら確実に我部に攻撃を通してゆく。

 我部自身、自身が能力者として、戦闘者として黄泉路の経験値に大きく劣っている事も自覚している。それ故に我部は執拗に物量に頼り、距離を開け、黄泉路の射程での戦闘を嫌いながらその圧倒的な出力でゴリ押しするという正攻法に拘っているのが黄泉路の目から見てもはっきりとわかる。

 だが、黄泉路の側が自由に動き回れるのに対し、我部は未だ巨大な結晶から上半身のみを露出させた状態であることも手伝って、形勢は徐々に黄泉路へと傾いている――そう、両者共に認識していたのだろう。


「(胸の傷にもう一撃入れられれば――)」


 黄泉路はここで、あえて決着を急く様にこれまでであれば慎重さがうかがえる攻め手に一切の迷いを捨てたような強気の大ぶりを構えた。

 見え透いた誘い。これが戦闘巧者であれば更に乗ったふりをして誘いを逆手に取る事もできただろうが、元は研究者に過ぎない我部にとっては誘いであろうとも飛び込まざるを得ない。だが――


「損傷を修復する余裕もない。さすがは()……なりふりなど初めから構ってはいなかったが、全く世界とは予想を上回るものが多い」

「命乞いなら聞かないよ」


 我部は極めて冷静に、その大振りから繰り出される一撃を両の腕を交差させて受け止め、感慨深いとばかりに、内心を感じさせない平坦な言葉を紡ぐ。

 武の領域では黄泉路には勝てない、そう両者が理解しているからこそ、これもまた知の領域で我部が仕掛けてきたと判断した黄泉路は早急に会話を断ち切ろうと槍を握る両腕に力を籠める。


「たしかに少しばかり時間が稼げればという意図もなくはないがね。それよりは有益な話をしようというだけだよ」


 だが、槍の穂先と交差した結晶の杭剣の位置は変わらず。我部の身体を構成する想念因子結晶の塊としてのスペック、その質量と、青年に成れなかった(・・・・・・・・)黄泉路という少年の矮躯の差は能力による補正が掛かっていてなお拮抗している事を示していた。

 我部はギリギリと両者の間で金属が潰し合う様な歪な音を涼し気な表情で流しながら、険しい顔を浮かべる黄泉路に語り掛ける。


「本当に階下が君にだけ都合のいい状態になっている、そう思っているのかい?」

「時間稼ぎ、も、繰り返すなら見苦しいだけだよ……!」

「ふむ、手厳しい意見だ。では時間稼ぎかどうかは見てから(・・・・)判断してもらうとしよう。何、こうして取っ組み合っている中でも見れる。安心したまえ」


 我部の視線――意識とでもいうべき気配が自身から離れるのを黄泉路が察し、我部の言葉に耳を貸すことなく更に強く槍を押し込もうとした、その時だった。




 周囲の()が変わる。




 正確には、密室だった空間を形成していた壁面を覆う想念因子結晶――透明感の上に複雑な光沢をもつそれらの多重積層によって濁り、空間を隔てていた、その色相が一斉に失われ、極めて純度の高い透明へと。外の景色を透過する程に澄み渡った無色へと変容したことによる、光の変化が、黄泉路の視界に否応でも異変を認識させる。


「何、を――」


 黄泉路と我部は共にアメノミハシラと名付けられた宙に浮く巨大な塔の最上階にて戦闘を繰り広げ、少なからず階下の戦況がその経過に影響を及ぼしあってきた。

 両者の認識として違いがあるとするならば、我部は階下の現在の状態(・・・・・・・・)を知っており、黄泉路はただ遙が勝利したということしか知らないということだろう。

 周囲の異変、そして、その光景が意味するところを理解するのに若干の時間を有した黄泉路に講義する様に、我部の声がするりと停滞した戦場に響く。


「確かに君の仲間は勝利したのだろう。ならばこの光景は君の仲間が作り出した、そう言い換えても良いのかもしれないね?」


 黄泉路が展開した自身の内面――銀砂に覆われた仄暗い水底が広がる一角を除いた室内の全周がクリアになり、黄泉路の視野が中央に据えた我部以外のそれらを認識してしまう。


 足元まで透けた結晶から覗く、高く聳え立っていたはずのアメノミハシラが階下、半ばほどで溶断されるように途切れ、そのさらに下には浮遊島という体裁すら失って巨大な岩の塊として地表へ向けて降下しつつある残骸。


 それらが強制的に我部の言葉によって意識の中に強く刻み込まれ、黄泉路は言葉を失う。


「確かにこの結果は私が望んだ最善ではないが、だとして、君が望む最善からは程遠いと思うのだがね」


 透ける結晶の向こうにある光景が全て嘘であるとは、黄泉路は思わない。

 先ほど我部が雷撃を、渡里悠斗の能力を回収して行使し始める直前にあった僅かな横揺れ、その後不自然なほどに静かになった足元の原因がこれであるならばと当然だという納得が頭の片隅を過る。


「そうそう。君が期待していた幻使い(かれ)も、崩落と共に塔から投げ出されていたはずだ」

「っ」

「この高さ、加えて島全体には今も想念因子結晶が大量に残留している。いくら中身(リソース)を全て引き上げているとはいってもそれだけで繊細な能力を狂わせるにはあまりある。……さて、君達が頼る転移能力者は、果たして崩落する島の中から彼を見つけ出すことが出来ると思うかい?」


 畳みかけられる情報、それらすべてが嘘とは思えない――事実、能力の研究者として正しく傑物であった我部が嘘を言う必要もない情報であることもあって――黄泉路はハッとする。

 遙は確かに予想を超えてくれる人物だと黄泉路は評価していた。

 だがそれは、決して全てをご都合主義に乗り越えられるほどの無法な人物であるということを意味しない。

 確かに運は良いし機転も利くが、それでも、遙自身は黄泉路とは違う、ただの一般的な高校生に過ぎないのだ。

 そんな少年がこのレベルの高所から投げ出されて、しかも遙自身にはそれをどうにかする能力など持ち合わせていない。

 彩華は重症、ルカも島の崩落を考えるに手を伸ばす余力はなく、姫更は我部の指摘した通り。

 助けを期待するのも難しい状況であることは明白であり、我部があえて持ち出したのも、お互いの間にその認識が間違っていない上でゆさぶりをかける為のものだと黄泉路は理解する。

 嘘ではない事実に基づいた揺さぶりは黄泉路に反論を奪い去り、鍔迫り合い、拮抗した状況が僅かに揺らぐ。


「くっ」

「ふふ。何より――今君は漸く独り(・・)になった。その事実を忘れてはいないかい?」


 トドメの様に言い放たれた我部の言葉が、黄泉路の揺らいだ均衡に更に太い楔として打ち付けられる。


「君は器だ。願いを束ね、奇跡を叶える。他者に乞われることを(・・・・・・・・・・)前提として設計された(・・・・・・・・・・)存在……他者がいなければその指向性すら滲むのが君の本質、違うかい?」


 黄泉路の出生からしるからこその本質を捉えた我部の毒が黄泉路の耳に届く。

 歯を食いしばり、黄泉路は状況をまずはリセットしなければと大きく跳んで身を引けば、我部は追撃することもなく滔々と語り聞かせる様に黄泉路へと言葉という名の刃を振るう。


「どうだろう。今最も身近にいる他人はこの私だ。君も内心では思っているんじゃないか。私の望みに迎合するのが、この場で最も自分の本質に沿うことであると」

「……」


 人間、そう簡単に本質は変わらない。強力な能力者であればあるほど、その本質は抗いがたいほどに自身の内に根を張っているもので、黄泉路自身、言い当てられた本質とは向き合い始めたばかりだ。

 理屈や理性といった冷静な部分で我部の言葉を否定する。そんなことはない。自分の目的は明確だと。

 だが、感情の奥底、本能に近い部分が、周囲から人を失い、自身を守るために側にいる死者だけが侍る状況で沈殿した無意識に埋もれた欲求として語り掛けていた。


「この身になって、私も強くそう自覚しているよ。能力者とは世界を差し置いてでも自身の我を、本質を通そうとする者の発露なのだと。こればかりは御心君の論文を読むだけでは実感しえなかった成果と言えるだろうね」


 返答がない、沈黙をこそ肯定と捉えた我部が愉快そうに右腕を剣からすらりとした男性のそれへと戻し、黄泉路へ向けて掌を上にして向ける。


「さぁ、ここにはもう新世界を望む人類しか居ない。君こそが最後のピースだ。迎坂黄泉路――いや、道敷出雲。創世の片割れよ」


 あの手を取れば、世界は終わる。だから取るわけにはいかない。

 それを理解して黄泉路は槍を握る自身の手へと視線を落とす。


「(答えは明確だ。迷う余地なんてないし、ここで皆の決意を無駄にするなんてバカげてる。皆は僕に託したんだか、ら――)」


 下へと落ちていた視線が、自然とそれを捉える。

 それは必然だったのかもしれない。あるいは、魔法(・・)だったのかもしれない。

 どちらにせよ。黄泉路は顔を上げる。その目にはもう迷いはなく、口元には笑みすら浮かんでいた。


「漸く理解できたかい? 君の役割が」

「ええ。目が覚めました」

「ならば――」


 緩やかに、しかし、数歩で強く踏み込んだ黄泉路が跳躍と共に黒の刃を叩きつける。


「なっ!?」


 半ばから立ち折られた自身の腕が砕けた結晶を散らしながら宙に舞う光景に我部が驚愕する。

 勢いあまって叩きつけられた黒銀の穂先がひびを入れた透明な結晶の床の先で、紫炎が光の天幕(・・・・・・・)を張っていた。


「遙君が掴みとった奇跡だ。無駄にするのは勿体ないからね!」


 そのまま本体を両断せんと、動揺する我部の懐に飛び込むべく床を強く蹴った黄泉路に対し、我部は咄嗟に腕の断面から影を、左の剣先から雷を出力に任せた無秩序な力の暴走として吐き出した。


「うっ――! この」

「は、はは、想定外、想定外だとも! だが、だからこそこの素晴らしい()が正しく運行される世界にしなければならない!! 何故それがわからないのだね!?」


 追い詰められた、間違いなくそう言えるだけの状況で、我部は自己の正当性を主張する様に叫ぶ。

 雷撃による白の閃光が影をより際立たせ、その影が持つしなやかで鋭い切断性能が黄泉路の前進を押し留める。

 同時に能力使用者たちから徴収した能力が再び黄泉路だけを狙って降り注ぎ、それを死者の能力たちがカバーしようと黄泉路の周囲へ集まろうとした、その時だった。


「――その喧嘩(・・・・)俺も混ぜろよ(・・・・・・)!」


 聞こえるはずのない第三者の声が大気を震わせる。

 それは両者の意識の隙間を突く様に、外壁の結晶が一瞬にして粉々に砕けると同時に飛び込んできた人影が雷光も、砂も、影すらも。纏めて圧縮する様に外壁の外へと押し流し、両者の間の宙に悠々と立ちふさがった。


「き、みは」

「――何故。このタイミングで戻ってきたんだい」


 両者の意識が戦闘の推移から突然の乱入者へと向けられる。

 飛行機の航空高度を遥かに超えた、今も尚上昇を続ける天の塔に当然の如く割り込んだ存在。


瀬河(・・)裕理(・・)……!」


 かつて。雷神の片割れとして君臨した対策局のエース。東都能力テロの際には一時黄泉路とも肩を並べた空域の支配者――瀬河(せがわ)裕理(ゆうり)は、上司であり養育者でもあった我部の言葉に口の端を挑発的に歪めて笑った。

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