13-59 残雷
前回は平素以上にリアクションを頂き、誠にありがとうございます。
どうやらランキングの仕様なども変わった(?)らしく、リアクション等も加味された物になったらしいと小耳にはさんだのでおねだりしてみた次第でした。
今後もリアクションや感想、レビュー等々頂けますと大変ありがたく励みになります。
引き続き拙作をよろしくお願いいたします。
真居也遙は凡人だ。
突出した身体能力はなく、熟達した格闘技術も持ち合わせていない。
先を見通すような視野もなければ、天才的な武器の運用センスもない。
ひとりで軍勢を相手に出来る程の広域な火力はおろか、人ひとり直接傷つける事すらできない能力は、彼の生来の優しさが故か怯懦が故か。
強力な能力に晒されるまでもなく、たった一発の銃弾ないし短めの刃物による傷ですら、容易にその命を奪ってしまう程度の、どこにでもいる普通の人間。
それが真居也遙という少年の芯である。
遙という少年はその事実に誰よりも自覚的であった。
外付けで特殊な力を得られると喜び高揚したのも今は昔、得た当初こそ浮かれはしたものの、すぐに周囲と違う能力を得た事による興奮よりも、仲間外れになってしまった疎外感が勝ってしまう。
それでも自分は特別な存在なのだと言い聞かせ、自分ならば何かが出来るはずと勇んで踏み込んだ世界では、なんのことはない、毒にも薬にもならない埋没する程度の個性でしかない事を突き付けられて。
――それでも。
凡庸極まりない、足手まといであることなど自他共に承知の遙を心配こそすれど、邪魔だなどとは一度も言わず仲間だと言ってくれた。
何処にいても浮いている様な疎外感と、何に対して抱いているのかもわからない漠然とした空虚な感覚を埋める様な暖かさに救われた。
彩華という高嶺の花に振り向いてもらいたいという想いは依然としてあるものの、恋のライバルたる黄泉路に対しても、嫉妬よりは連帯感や、ともすれば尊敬の方が強くあるほどだ。
それらを全部包んだ上で、家族とも友人とも違う、独特の空気感は遙にとって居心地が良くて。
だから遙も。何かを出来ないかと思ってここに来た。
「(つっても、こんなのオレひとりでどーすんだよマジでェ!?)」
内心で悲鳴を上げながら、極度の緊張から粗くなることを自覚している呼吸を極力抑え込む様に口元を手で覆い、遙は扉を盾にするように身を屈めて部屋全体を広く視界に入れながら目を凝らす。
――バリバリッ。
もはや、耳が壊れたかと思うほどに聞き飽きた高温によって一瞬で空気が爆ぜる音と、目で追うことすらも難しい閃光が迸る。
同時に遙の姿をした大気が霧散して解れ、遙はすぐさまその側へと新たな幻を発生させて走らせる。
かれこれ十数分もの間――遙がこのフロアへと足を踏み入れたと同時に始まった命がけのかくれんぼに、遙の精神はガリガリと軋む様に削れつつあった。
雷。
本来であれば真上から振り落ち、人の目で追うことも、ましてや回避動作を取る事すら出来ない自然現象の暴力。
それを扱う者がいるという話は聞いてはいたが、その当事者は既に亡くなっている事もあってまさか自分がこの場でそれと相対することになるとは露にも思っていなかった遙は必死に息を潜めて様子を窺っていた。
「(またやられた、幻出すのだってタダじゃねぇのに、くそ。息切れなんてありませんってかぁ!?)」
部屋に踏み入る際、先んじて自身の姿を隠す様に周囲の風景を映す幻を被りながら、自分の姿を浮かべた虚像を先行させたはいいものの、室内という射程に入った瞬間、まさか間髪入れずに雷が飛んできて幻が打ち抜かれることになるとは思っていなかった遙は大いに仰天し、その後は慌てて扉の外に引き返して扉越しに幻を送り込んで様子を見る事しか出来ずにいた。
「(落ち着け、落ち着けオレ、大丈夫、ここはまだ安全だしちゃんと分析だって出来てるんだ)」
能力の性質上、自らの本体である生身を敵の前に晒すことはそもそも望ましくなく、幻という暴かれるまでは一方的にアドバンテージを稼ぎ続けられる能力を使って相手を分析し、そこから導き出される隙を突くように黄泉路達に教え込まれていた遙は早鐘を打つ心臓を落ち着かせるために内心に言い聞かせ、現時点で集まっている情報を整理する。
「(とりあえず、扉の外にいるオレの方には一度も攻撃が飛んできてないってことは、オレの場所はバレてない。幻は、バレてんのかどうなのか判断できねぇけど、とにかく視覚情報やらはオレたちとさほど変わらない)」
バリィン、と。耳慣れた音に肩が跳ねそうになるのを息を止めて堪えることで耐えた遙は、思い切って幻をふたつに増やす。
片方は遙の身のこなしそっくりの、これまで出してきたものと同じもの。
もう片方は遙の背格好はしているものの、明らかに身のこなしが常人のそれを上回る――黄泉路を参考にして描き出した――素早いもの。
バリバリバリッ!
それらが、ほぼ同時に二方向へと放射された雷によって打ち抜かれて霧散する。
遙は雷の発光、その予兆を見ると同時に既にその分身それぞれと同じ場所に幻像を映し出して走り出させつつ、雷を纏った青年の形をした結晶体を注視しながら思考する。
「(ターゲットに区別はなく、ただ部屋の中で動いている事を条件にしてる、のか? さすがにあの動かし方だったら間違いなく片方は偽物だってわかるはずだし、思考そのものが無くて、機械的に迎撃してる……?)」
まるで何かを守るかのように直立したままの結晶体はその場から動く様子もなく、ただ部屋の中にある異物を迎撃している、遥かの目にはそう映るが、だとして、その確証を得る為だけに自身が室内にもう一度足を踏み入れる勇気は持てなかった。
扉をひとつ隔てた先で、自身を投影した分身が次々と一瞬にして光に焼かれて消えてゆく光景は未来の予行演習でも見せられているかのようで、自身がそう映し出している幻であるにもかかわらず、そのリアリティは遙に嫌が応にも死を連想させる。
「(怖ぇ……。今までもめちゃくちゃ怖かったけど、今が一番怖ぇ……!)」
遙の幻には質量が無い。
質量を持たないということは、物理的な干渉が行えないということで、その欠点は常に遙の戦闘に重い枷を嵌めていた。
何をするにも遙自身、または仲間が物理的に干渉する、出来る位置まで相手に接近しなければならず、幻はあくまでその接近を補助する為の目晦ましでしかない。
だが、今この状況で遙が取れる手とはなんだろうか。仲間もおらず、直接接触による現実を誤認するほどの幻覚を脳内に叩き付ける手法も結晶体に通るかどうかは怪しいもの。
思いつくものはあるが、それは確証も何もない賭けに近い不確かなもの。そんなモノに命を懸けられるか。
「(くっそ……ッ!)」
今までの、仲間と共に立ち向かう状況や、迫りくる命の危機に戦わなければ死ぬのみの状況とは違う。
仮にではあるが身の安全は確保できていて、その上で、死地とも言える危険に自ら飛び込めるかどうか。
その覚悟を、遙は決められずにいた。
黄泉路ならば自らがやらなければならないこと、そうしたいと思ったならば、それが必要だと思ったならば、きっと不死身を頼れなくとも結局は飛び込んでいっただろう。
彩華ならば、必要であると自らが判断したならば、危険を承知の上で自らの道を切り開くために立ち向かうだろう。
廻ならば。姫更ならば。
頭に過る仲間は皆、どこか死を覚悟しているように毅然と立ち向かう姿が容易に想像できる。
「(じゃあ、オレは?)」
今、この場で蹲っていること。それそのものが答えであるかのようで、遙は扉に体重をかけて額を押し付ける様にしながら頭を抱える。
扉一枚、その先へ迎えるかどうか。それこそが自分と他のメンバーとの差であると突き付けられたような、喉元にせり上がる吐き気にも似た不快感に息が詰まる。
「(覚悟キメてきたつもりだってのに)」
分析が出来た所で、打開するための一歩を踏み出すことができない。それが遙という個人の限界だと、遙自身が理解している。
自分という人間の薄っぺらさの証であるかのようで。目の前にある線を跨いで、向こう側の人間が持っている資質を、自分が持ち合わせていないということを改めて突き付けられるかのような感覚に自己嫌悪しつつも、どこか、自分は真っ当な人間なのだからという諦めにも似た甘い囁きが心にじくりと染み始める。
その囁きを振り切ってこその、仲間の居る場所だと分かっている。分かっているのに、
「(結局オレは――)……おわぁっ!?」
自己嫌悪と陶酔に溺れかけていた思考を引き戻す様に、足元を貫く様な揺れが遙を襲う。
思わず上げた悲鳴、それ以上に、重心を預けていた扉がぎしりと音を立てて、遙の身体を室内へと引き込んで――
「や、べ」
幻に向けられていた意識が確実に自身へと向いた、その予感が正しいと証明する様に、扉へと向けて水平に雷が奔る。
「ッ!?」
咄嗟に、自分の姿を隠す幻の上から直立して扉を開けた自身を投影した遙の頭上すれすれ――虚像の胸の辺り――を光が駆け抜け、雑に創られた不動の幻が掻き消える。
元より身を屈めていたこと、扉に慢心せずに幻を纏っていたこと、揺れによって崩れた姿勢が更に頭を低くさせていたことなど、総じて言えば運とも言える咄嗟の判断が遙の命を繋いだ。
「(ヤバいヤバいヤバいヤバい!! 早く扉に隠れな、い、と――)」
態勢を整えるよりも先に幻の自身を室内へ走らせ、部屋から逃げ出そうと立ち上がった遙は気づく。
意思があるかも定かではない結晶体、その凹凸の無い青年の顔が、隠れているはずの遙へと向けられたままであることに。
「ッ!!!!!!」
転げる様に横に跳んだ遙のすぐ傍を一瞬遅れて雷光が駆け抜け、明らかに遙本体を狙った雷が床を焦がした。
不規則な地揺れが転げる遙の飛距離を僅かに伸ばしていた事も奇跡的な回避が間に合った要因にもなっていたが、そうした細かな奇跡的な要素を噛みしめる猶予もなく、遙は次弾が自分を狙っている事を明確に肌で感じて飛び起きる。
「ああ、クソ!」
冷や汗が出るだけの自覚もないまま、遙は自身の周囲に寄り添うように幻を描く。
弾避け――または少しでも照準がズレてくれれば御の字であると、自分に言い聞かせながら遙が扉の側ではなく、結晶体へと向けて駆け出したのと同時、再びの雷光が室内を眩く照らした。