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13-58 アメノミハシラ

 ◆◇◆


 足元を貫くような激しい地揺れ、空中にあるはずの浮島で起きるはずのない――今の時点では想定すらしていなかった振動に黄泉路の態勢が崩れた。

 咄嗟に槍を床へと立て、増えた支えを利用して飛びのこうとするが、


「ッ」


 黄泉路よりも早く階下の状況を把握した――この塔そのものの支配者でもある我部はこの機を逃すまいと、これまで使う素振りすら見せなかった影の群れを足元から沸き立たせる。

 光源に溢れ、明確に色のついた影など黄泉路の足元にしかなかったはずのフロアに我部の本体とも言うべき結晶体の底から瞬く間に黒が広がり、黄泉路の影に結び付く。


「ぐ、ッ!?」


 すんでのところで槍を支点に身体を浮かせた黄泉路だが、洪水時の浸水の如く床に広がった影から立体化した黒々とした無数の腕が黄泉路の足を掴んだ瞬間、黄泉路の身体がずぷりと、影に沈み込む。

 影が黄泉路の足を、腰を絡めとるにつれて起きる変化に黄泉路は顔を引きつらせる。


「な、ん――」


 黄泉路の身体を門として内側に無限にも等しく広がる、外部の揺れも届かない常闇の水底。

 地平を覆う銀の砂丘、聳える銀光を纏った大樹が周囲を仄かに照らす静寂の世界に佇む、魂の姿たる黄泉路の本体は、常闇に滲む地平線の彼方よりやってくる気配に手にした黒銀の槍を強く握りしめる。

 銀砂の上を這うように、銀砂そのものを食むように迫りくる影の津波(・・・・)

 それは現実の世界で黄泉路に絡みついた影そのものが、我部の意思の触角として黄泉路の内側にまで侵略してきた合図であった。


「この能力(スキル)は、ッ!」


 迫りくる影を黒銀の穂先で打ち払う。

 あっけなく解れる影だがその数が尋常なものではなく、黄泉路ひとりでカバーするには到底足りない。

 つい先ほど現実で起きた、そして今まさに侵食してきている影という能力の形にすぐさま思い当たった黄泉路は我部に吼える。


「自分の、部下も切り捨てて――!」


 黄泉路が生まれ故郷である神蔵識村の調査に乗り出した際、病院跡地にて急襲してきた女。ランドマークタワーの地下にあった隠し空間で門番の如く道を阻んでいた、我部が重用していたであろう部下の持つ能力を、我部が自在に行使しているという事実。

 それが意味するところを察した黄泉路の魂が吼えた言葉が現実の身体を伝い、空気の振動として我部の知覚領域を揺らせば、結晶で象られた男の顔がふっと微かな笑みを浮かべる。


「最終的には全て私に統合されるのだから、何の問題があるというんだい?」

「――ッ」


 一寸の迷いもない、部下を食いつぶした男の態度とは思えない言葉に黄泉路は一瞬言葉を失う。

 同時に、我部は黄泉路の精神を揺さぶるつもりなのだろう、階下の様子まで把握している、浮遊島全ての所有者である我部だからこその情報を投げかける。


「君のお仲間が頑張ってくれたお陰で門番として置いてあった彼女が無事私の下へ戻ってきてくれたよ。彼女にはこの島全体を縫い留めておく役割もあった、いわば要石だったのだがね」


 お陰で島が崩落しかけているわけだが、それも君の仲間のお陰で(・・・・・・・・)、外に置き去りにしたお仲間ごと真っ逆さまだ、と。

 全て、黄泉路の仲間――明星ルカが悪いのだと言わんばかりに振舞う我部の意図には気づきつつ、黄泉路はあえて無視して我部に応じる。


「良いの? まるで悪手みたいに語ってるけど、敷地そのものを島みたく浮かせたかった理由だってあった癖に」


 黄泉路にその理由は分からない、だが、我部が態々見栄えの為に主要機関だろう塔以外まで巻き込んで浮かせるリソースの無駄遣いをするとは到底思えない、新たな情報が出れば御の字程度の問いかけに、我部は気にした風もなく、むしろ肯定するように口を開いた。


「おやおや。心配してくれるのかい? だが無用だ。外周の島はただの統合した能力を置いておく貯蔵庫(プール)に過ぎないのだからね」


 我部は自らの結晶によって作り上げられた手の甲を透かし、影によって胸元にまで拘束が達しつつある黄泉路を見る。


「私が完成(・・)した今となっては極論、このアメノミハシラ(・・・・・・・)さえあれば事足りるのだからね」

「アメノ、ミハシラ……」

「不要部分を切り捨ててくれて助かったよ」


 クツクツと笑う我部を無視し、黄泉路は主塔と仮称していた天高く浮いた鏡映しのランドマークの正式名称が神話における神々が儀式に用いたものであると思い当たるも、それ以上に思考を割く余裕もなく内の世界で影を打ち払いながら我部の口ぶりをそのまま額面通り受け止めることはないと言葉を返す。


「負け惜しみ? 結局、門番は倒されて、僕の仲間が無事だってことを教えてくれただけだよね」


 黄泉路も自身が口にした言葉がそのまま本心ではないことなど自覚している。だが、我部が会話に興じるという余裕を見せている間に、内側に侵蝕してきた影を何とかする必要があるとあえて会話を投げかける黄泉路に対し、我部は薄く笑ったまま小さく首を振り、


「随分と楽観的な考え方を持とうとしている様だがね。君のお仲間のお陰で今まさに君が追い詰められているという現実は変わりない。外に残した仲間と一緒になって崩落を食い止めようと足掻いている様だが、ただの能力者がひとりふたりいた所でどうなる規模でもないと、分かり切った事だとは思わないかい?」


 崩落し始めた大地、その足止めに向かっている以上助けは来ない。そう我部が言外に告げると同時、会話を切り上げる様に現実の黄泉路の身体が影に埋もれ、同時に内側への影の浸食が激しさを増す。


「う、くッ!」


 黄泉路が止めきれない影が、砂丘を掘り起こし、貪り始める。

 それはまさしく能力の収奪と呼ぶに等しく、黄泉路もまた身体を影に噛り付かれるたびに身を割かれるような鋭い痛みが奔り、顔を歪めた。


「死者の能力を、奪うつもり……!?」


 影が銀砂を掘り起こし、貪るように黄泉路の能力の形とも言える銀砂を貪る。

 それらを通して我部が黄泉路と結びつきの弱い――ただ死者として取り込まれただけの、黄泉路に従うつもりのない能力者の魂が取り込まれてゆくのを感じ、黄泉路は自身に噛みつく影を切り払い砂に鎌首を突っ込んだ影を断ち切りながら駆ける。


「(僕ひとりじゃこの数は対処できない! でも――)」


 手傷を負いながらも逡巡するように黄泉路は顔を歪める。

 我部との戦闘が始まって以降、黄泉路は己刃に託された黒銀の槍――能力を殺す想念因子の槍しか用いていなかった。

 それは自身の内に受け入れた魂が我部の能力簒奪によって魂ごと収奪されることを懸念していたが故。

 しかし今、こうして内側にまで攻め込まれ後手に回ってしまった黄泉路は、迷う。


「(手が借りられたら一番だけど、それでも、僕は)」


 死して眠りについた人。大事な人も居れば、敵として相対した者も居た。

 それらの力を使うという行為は黄泉路にとっては絶対的な支配権の行使などではなく、あくまで自身の内で眠りについた者たちに任意の協力を要請するものだ。

 無論、敵対的な者からは無理やり従わせて能力を利用することもあるが、それは黄泉路の内にある死者の中でも極々一部に留まるほどで、むしろその能力者こそガチガチに黄泉路が支配を効かせていることもあって我部の手が入り込む余地はない。

 これまでの黄泉路の死者へのスタンスが裏目に出た形ではあるが、それでも、黄泉路はこの瞬間に彼らに頼ることに躊躇いがあった。

 黄泉路が保護する砂の下に溶けていれば影に食われる可能性もそれなりに下がるが、魂というひとつの形になり能力を行使し始めれば、それは我部の持つ能力収奪の適用圏内に入ってしまうだろう。

 今ですら黄泉路の下から離反する目的で食われてゆく魂がある程だ。我部が魂を喰らえないという希望的な観測はもはやないに等しい。


「そろそろ観念したらどうだい? 君だって判っているんだろう、君は束ね満たす器(・・・・・・)でこそあるが、指導者(・・・)にはなれないと」

「(どうすれば、どう、したら……)」


 魂の内側から貪られるような虚無感に沁み込むような我部の声が木霊する。

 砂に足を取られ、躓いた黄泉路に影が殺到しその姿が覆われようとした、その時――




 ぶわり、と。




 黄泉路の背後、銀砂の山が急速に膨れ上がり、黄泉路を呑もうとする影を阻む様に人間の大人ほどのサイズに隆起した銀砂が黄泉路を抱きしめた(・・・・・)


「っ」


 黄泉路の耳元。囁くような、黄泉路でなければ聞こえない、受け止められない()が文字通り魂を震わせ、


「……ありがとう、結乃さん(・・・・)


 自らにしな垂れかかるような砂の腕に、そっと手を重ねて小さく呟く。

 編まれた髪を前に流した下半身の無い女性の姿をした砂が、柔らかさすら感じる体躯で黄泉路を抱きしめていた。

 それはかつて、祭器と呼ばれた想念因子結晶と共に黄泉路に取り込まれたひとりの女性。


『いいの。私がこうしたいって思ったんだから。あなたは、あなたの自由にしていいんだよ』


 黄泉路の耳にだけ届く、柔らかな女性の声の残響が自然と身体を立ち上がらせる。

 背後から抱きしめる様な女性の背に銀の風が宿ると同時に、再び迫らんとしていた影がねじ伏せられるように砂地に叩き潰され、眩く瞬いた銀腕が大きく振りかぶられれば、常闇の水底を覆わんとしていた影が焼き切れるように千切れて行く。


「行こう」


 同時に、現実でも同様の変化が起き、影の繭とも呼称すべき密度で成されていた黄泉路の拘束が内側からはじけ飛ぶ。


「なっ」


 我部が初めて、結晶の顔を驚きに染めて銀の奔流をその背にまとった黄泉路が宙から降りてくるのを見上げる中、


皆も(・・)力を貸してください(・・・・・・・・・)


 黄泉路の魂が常闇の水中に気泡を交えて静かな号令を響かせる。


『うぉおおおおお!!!』

「何が――」


 響き渡る、魂を揺さぶる咆哮が黄泉路の内側の世界を満たし、その音無き振動は魂を直接的に知覚することは出来ない我部をしても何かが起きている(・・・・・・・・)と理解させられるに十分な圧を発していた。


「皆、貴方の世界は嫌だって」


 黄泉路が背面の銀腕に抱かれるように我部と距離を取って着地した黄泉路がそう告げれば、不意に、縦に激しく鳴動していた塔事態の揺れが引いてゆく。

 それが意味するところを両者はすぐに察し、黄泉路は静かに口の端を吊り上げる。


「――さっき貴方は無駄な足掻きだって切り捨てたけど、僕は仲間を信じてる。答えはこうして示されてるしね」


 あえて、挑発する様な笑みを浮かべた黄泉路が再び槍を構えると同時、我部は返答の代わりに無数の能力を吐き出して黄泉路へと差し向ける。

 火球、氷塊、風弾。先ほどまでも見たものの他にも、黄泉路が見覚えのある(・・・・・・・・・・)能力が降り注ぐのも構わず、


「“天逆鉾(さかしま)氾濫深界(はんらんしんかい)”」


 黄泉路は静かに槍を、祭具の様に緩やかに振う。

 足元に広がった銀砂の砂丘が沸き立ち、黄泉路の周囲が仄暗い水底に沈む。

 降り注ぐ火球を膨れ上がった砂が形作った巨人が受け止め、氷塊を銀の巨腕が砕いた。

 風の弾丸を丸太の様に太い銀の根が散らしながら、先ほどとは逆に我部の空間である想念因子結晶に覆われたフロアへと広がってゆく。


「さぁ、仕切り直しだ!」


 黄泉路が駆け出す。砂丘を抜け出してなお残り続ける領域から生み出された砂の巨人と木の根が影と食い合い、近距離で黒銀の槍と我部が結晶を変形して作り出した杭めいた刃がせめぎ合う。

 至近距離で切り合いながら互いに隙を窺うように言葉の応酬を重ねる黄泉路と我部の声が能力が荒れ狂う乱戦の中央で響く。


「君も、他者の力を我が物として使う点は共通していると、思うのだがね?」

「僕と貴方の違いは、それが強制か協力か、だよ!」


 己が部下を喰らったと非難した黄泉路を嘲るような問いかけを真っ向から切り捨て、


「そっちこそ、門番の回収は次善の策なんじゃないの?」


 振う刃と同じく返す様に黄泉路は我部の想定外を指摘する。

 想定では足止めをしている間に黄泉路を仕留めるか、足止めを介してルカや遙を取り込みその能力を用いて黄泉路に揺さぶりを掛けたかったのだろう。

 それを悉く失敗したから、次善の策として門番として設置していた能力者の魂を回収してその能力を黄泉路にぶつけているのだと指摘すれば、我部は黄泉路の黒銀の刃を受け流しながら薄く笑って見せ、


證司の子(速度支配)を取り込めなかったのは惜しいが、結局は誤差だ。それに」


 黄泉路が槍を引き戻す動作に合わせ、鋭く尖った結晶で胴へ突きを放つ我部が嘲る様に、黄泉路の手元を狂わせるのが目的だと言わんばかりの嘲りを意図した口ぶりで問いかける。


「もうひとりの闖入者(・・・)――幻使いの能力使用者(スキルユーザー)には何も言わない所を見るに、君だってわかっているんだろう? 教えてあげようか。アメノミハシラ全てを掌握する私だからこそ、今のアレの状況が手に取るようにわかる。アレは何もできない。先に進むことも、逃げることも出来ず、ただ時が過ぎるのを息を潜めて待っているだけだ」


 黄泉路と共に突入したもうひとりの仲間、【狐憑き(フォックステイル)】真居也遙の現状を情けないとでも言いたげに嘲笑う我部に、黄泉路は――小さく笑った(・・・・・・)


「何が、おかしいんだい?」


 思った反応と違うことに我部は訝しむが、黄泉路はそれでも笑みを隠さず、我部が突き出す杭めいた結晶を槍の芯でいなしながら、くるりと舞う様に結晶の剣を潜り抜けて踏み込み、


「たかが幻、実体を持たない事は既に割れている。そんな張りぼての偽物(スキルユーザー)に何ができる!」

「できるよ」


 思わず、声を荒げた我部に短く応じた一閃が根元から結晶の剣を断ち切って、切り拓いた大きすぎる隙に返す刃を深々と刻み込んだ黄泉路は断言する。


「あの子は想定外を引き寄せる天才で」


 確かに能力としては非力で。

 心身共に(・・・・)戦闘に向いているとは言い難い。

 だが、それでも。

 こうして我部の慮外に自然と身を置ける(・・・・・・・・)という、他の想像の上を行くことができる1点において、黄泉路は遙をこの上なく評価していた。


「僕の頼れる仲間だよ」


 言い切り、更に追撃を仕掛けようとする黄泉路を阻む様に目の前に熾った炎を切り払うが、その猶予を利用した我部は既に刃を再形成して構えており、


「戯言かい?」


 再び、斬り合う形になったことで結晶に刻まれた傷跡が徐々にふさがり始める中、我部はまだまだ自分のペースであると主張する様に黄泉路の断言を切って捨てる。


「さぁ。それは僕にも分からないよ」

「何……?」


 自信満々で仲間だと断言した舌の根も乾かぬうちに我部の否定を受け入れる様な態度の黄泉路に、梯子を外されたような感覚に陥った我部が思わず不快げに眉根を模った顔の造形を寄せる。


「なにしろ、運命も時間も(・・・・・・)飛び越えて(・・・・・)今この場に居るんだから」


 ――その偶然が何を引き寄せるかなんて、自分には分からない、と。

 激しさを増す剣戟が、能力の応酬が。両者の音を呑み込んで加速してゆく。

 そんな最中に浮かべた黄泉路の挑戦的な笑みと我部の不愉快そうに引き結ばれた口が、互いの心の芯を表す様であった。

どうやらリアクション機能が改修されたようです。

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