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13-57 解れた影縫い、差し戻す時の針

 なおも続く激しい揺れに脳みそが直接かき混ぜられるような不快感が合わさり、ルカは覚束ない足取りをそのままに壁に手を付けながら通路を降っていた。

 逢坂愛の残滓と戦闘を繰り広げていた場所から既に1階層分ほどは移動しただろうか。

 外の様子を窺う事も出来ない分厚い結晶に覆われた通路は光源もないにも関わらずどこからか差し込んだ光を想念因子結晶が乱反射してどこまでも照らしていることで今のルカにとっては目に悪いほどに明るい環境の中、ルカは吐きそうな調子から意識を逸らすために思考を逸らす。


「(あー……クソ。揺れが収まらねぇどころかどんどん激しくなってきてやがる。頭も痛ぇし)」


 頭の中で愚痴を零しながらも留まることのないルカの歩みが下へ下へと続いてゆく。

 体感ではすでにワンフロア分ほどは下っただろうか。

 激しい揺れの中、外がどうなっているのかを確かめる術のないルカであったが、壁の外(・・・)が速度を持ちつつあることから、最悪の想像が頭に焼きつけられていた。

 戦いの直後、全てを黄泉路に任せてあの場に寝転がって意識を失えればどれだけ楽だっただろうか。そう考えてしまう思考を無理やり蹴飛ばし、部屋から進んだ先、元はエレベーターがあったのだろう垂直のシャフトがぽっかりと闇を孕んでいるのを見つけて足を止めた。


「(この、先しかないっぽいな)」


 ゆらりと視界を巡らせ、想念因子結晶に覆われた壁面のどこにも、これまで進んできた道も含めて、目の前の縦穴と化したエレベーターシャフトの先にしか道がない事を再確認したルカは静かに息を吐く。

 数度、大きく呼吸を繰り返して脳に酸素を送り込めば、多少なりマシになった思考で無理やり能力を回すリソースを確保して虚空に片足を乗せ、


落下速度(・・・・)、着地直前だけ、ゼロ(・・)に」


 ヒュン、と。両足が虚空に浮くよりも早く、瞬く間に重力によってルカの身体が暗闇の穴の底へと引きずり込まれる。

 耳を貫く風切り音がゴウゴウという連続した音へとすり替わり、足元から頭の先へ大気の壁が引き裂かれて流れて行く。

 身体が垂直に落下している状況を、落下速度を把握しながら意識を尖らせていると、不意に、穴の底の方が光を帯び始めた。


「(――今!)」


 ふ、っと。全身を包んでいた落下という、惑星に居る以上は誰しもが避けられない重力という力が失われる。

 厳密には重力自体は存在するものの、重力が力として出力された結果の落下という現象、そこに付随するはずの落下速度(・・・・)が消失したことで、ルカの身体は想念因子結晶に覆われた床の数センチ上で急静止していた。

 純粋な物理法則に真正面から喧嘩を売る自身の能力が正常に作動したことで十数メートルの高さから落下したにも関わらず、段差を降りる程度の衝撃でふわりと着地したルカは片手で頭を抑える。


「ってぇ……! 二日酔い中にロデオした気分だ……」


 回復しきらない内に能力を使用したことで再びぐわんぐわんと回り出す視界に思わず膝をついてしまうルカだったが、揺れも、周囲の速度の異常も依然として変わらない事は意識の内にしっかりと認識しており、痛みを押さえつける様に視線を周囲へと向けた。


「いい加減、見飽きたな」


 視界を眩く照らす、壁面全てを埋め尽くす想念因子結晶を前に、ルカはボソッと息を零す。

 恐らくは地下。それも天窓や人工灯なども見当たらない完全な閉鎖空間であるにもかかわらず、想念因子結晶はそれぞれが持つ不規則な凹凸の表面にどこから差し込んだのかも定かではない光を乱反射させ、灯を必要としないほどの光量を空間に供給していた。


「(光の出どころはこの穴のどこか、いや、考えるだけ無駄だな)」


 エレベーターシャフトから出たばかりとは思えない、想念因子結晶による浸食で無理やり拡張されたような歪な空間を観察するルカは、一見すると煌びやかな密室でしかない壁の方々に穴が開いている事に気が付く。

 その穴は高さも大小も様々だが、一様に壁面と同じく想念因子結晶によってびっちりと覆われており、穴の先がどこまでも続いている様な様子はまるで根を張っているかのように感じられた。


「てっきり制御装置か何かあると思ってたんだがな……くそ、頭が働かねぇ」


 今も尚続く揺れ、その振動がダイレクトに頭を揺さぶるのにもいい加減慣れてきたと思い込むことにしたルカの愚痴が小さく反響する。

 逢坂愛の結晶体を倒した直後から発生した現象であるが故に、ルカは逢坂愛が守っていた何かが作動したものだと考えて奥を目指していた。

 だが、いざ最奥にたどり着いたルカを待ち受けていたのは相も変わらず結晶で覆い尽くされた小さな空間だけ。

 何か手を考えようと思うも頭痛と疲労から上手く思考がまとまらないまま、じわりと背筋を這い上がる様な焦燥感だけが膨れ上がる、そんな時だった。


『ルーカー!!!!』

「ッ」


 良く知る女の声(・・・)が突如として頭に響き渡り、ルカの肩がびくりと跳ねる。


「う、お……痛ぇ……頭に散弾銃ぶちまけられたみてぇなんだから少しボリューム下げろよ……」

『知らないわよそんなこと! ひとりで勝手に突っ走ってまた無茶しただけじゃないの!? 何度同じこと繰り返せば学習するのこのゾウリムシ! クロオコックス!! ツリガネムシー!!!』


 【潮騒】海張涼音の特徴的な罵声がガンガンと頭に響くたびに頭痛が酷くなると、思わず耳を抑えてしまうルカであったが、思考に直接投げかけられているらしい声には全く効果がなく、


『私を置いて行って勝手にくたばってるんじゃないわよ! さっさとそっちの状況教えなさいよ、外凄い状況なんだから!!』

「答えさせる気があるなら……すこし静かにしてくれよ」


 思わずため息を吐いた、その思考も向こうに届いているのだろう。再び発火しそうな気配を直感し身構えるルカであったが、代わりに聞こえたのは今度こそ正真正銘聞き覚えの無い女の声であった。


『はいはい、痴話喧嘩は後で対面でやってくださいねぇっと。あーあー。こちら三肢鴉オペレーターですぅ。【落星】さんでお間違いないです?』

「ああ。あんたの能力か? これ」

『ですよぅー。感応能力で思念を繋げる能力です。さっきまでそっちの影響で繋がりにくくて漸く繋がったんですよぅ』


 そういえば塔の前で黄泉路が地上の情報を得ていたなと頭の隅で考えつつ、ルカは簡潔に今必要な情報を求めるために思念を飛ばす。


「こっちも上で色々あってな。たぶんだがその影響で能力を阻害する力が弱まってる。ついでに激しく地揺れの真っ只中でな。快適な空の旅とはいかない状況だ。そっちは?」

『それよそれ!! 空に浮いてる島が端から崩れ出しちゃってるの! 三肢鴉の人が数分と立たずに島全体が崩落、そのまま地上に降ってきちゃうって大慌てで――』


 再び念話の主導権を譲ってもらったらしい涼音の声が伝える地上の情報に、ルカはため息にも似た声を漏らす。


「マジかよ……」


 空に浮かんだ島で地震だなんてと、頭の片隅にあった嫌な予測がぴたりと当たってしまった事にルカは思わず手で顔を覆う。

 酷使明けの能力由来の知覚でも、確かに周囲――塔内の自身の立ち位置からするに地中だろう――が下方向へ向けて速度を付けつつあることは把握していた。

 島そのものが高度を下げているだけならば黄泉路達のいずれかの奮戦の影響なども考えられたが、島が崩落しかかっているという話を聞いてしまえばそうではないと嫌でも想像がつく。なにより、


「悪いな。たぶん俺の所為だ。あの女、影で島全体を繋ぎ合わせてやがったな……!」

『どういうことよ!?』

「影使いの女が元になった結晶人形が居たんだよ。そいつをぶちのめした直後に地面が揺れ出したうえに、俺が今いる場所は恐らく島の中枢。塔から島全体の地中に想念因子結晶を張り巡らせて、そこに影を流し込んで縛り上げてたんだ」

『何やってんのよバカルカ!?』

「仕方ないだろ……俺だってこんなことになるなんて思っても見なかったんだから」


 そもそも、我部が島を浮かせていること自体にも理由があると考えるのが自然であり、その島を早々に崩落させるような安易な仕掛けを施すかという点でも、ルカは我部が島を切り離すとは考えていなかった。

 とはいえ、現実として島が崩落しかかっている以上は何かしらの手を打たなければならない。


「なぁ、三肢鴉の」

『はいはい、お呼びですぅ?』

「あんたの能力、声を届けるだけか? それとも、思考が同調したり共有できてるってことは、演算(・・)なんかも中継できたりしないか?」

『そちらの情報処理能力の一部をこちらで肩代わりする、ってことですぅ?』

「ああ。俺の能力は頭を使う。キャパオーバーすると今みてぇに頭が割れるくらい頭痛と吐き気がするし、最悪頭が使い物にならなくなる。そこをあんたの力で分散させて補ってほしい」

『……何をするつもりですか?』


 ルカの真剣な声音――思念である以上慣れないうちは嘘もなにもつけないのだから当然と言えば当然なのだが――に真面目な調子に切り替わった標の問いに、ルカは端的に答える。


この島を浮かす(・・・・・・・)

『へ? はぁ!? 浮かす、浮かすって言いました!?』

「正確には、俺の能力速度支配(・・・・)島全体の落下速度(・・・・・・・・)を停める」

『そ、んなこと可能なんです?』

「理論上は。つっても、俺の能力は元々そんなに射程が長くない。長く能力を使い続けても消耗が激しいから、どっちにしても初めて尽くしなのは間違いない」


 言いつつ、ルカは静かに足元をも覆い尽くす想念因子結晶へと両手を触れる。


「それでも、俺に賭けてくれ」

『いいわ。私が受け持つ』

『涼音ちゃん!?』

『私だって音使いとして遠方に溢れる音を聞き分けたり、情報処理能力はあるつもりよ。処理の一部を私に横流しすればオペレーターもそこまで重い負担をしなくて済むでしょ?』

『それは、そうですけどぉ……』

「話は決まったな。始めるぞ」


 決勝に触れた手の平に伝わるひやりとした感覚。それを伝う様に、ルカの力が結晶という絶好の触媒を経由して島の方々へと伸びて行く。


『わ、わかりましたよぅ!! 出来る限り協力者を募って能力負荷を分散させますから、頭沸騰しないように気を付けてくださいね!』

「ああ。んじゃ、少し集中するから黙るぞ」


 頭の内側に何かが太く結びつくような感覚。それと同時に、そこから痛みが吸い出されて行くような手ごたえを感じながら、ルカは島全体へと力を行き渡らせるべく意識を深く集中させてゆく。


「ぐ、げほっ……! くそ……サポート貰ってこれか」


 力を維持しながら範囲を広げようとするにつれ、本来の射程である自身を中心とした半径10メートルを軽々と超えてしまった事で処理に脳が悲鳴を上げる。

 気づけばぼたぼたと目や鼻から赤く濁った液体が滴り、手の甲に雫を作るが、ルカは気にする余裕もないと、五感すら遮るように瞳を閉じて能力によって把握する島全体の有様に意識を傾ける。


「(あー、くそ……このままだと数分くらいしか保たない……手が足りねぇ……)」


 その感覚が告げる、自身の能力がいくら拡張しようとも、本来そこにあるべきでないものが物理法則に引かれる、その速度を停止させ続けることは自身には無理であると。


「いいさ、その数分で何かが変わるかもしれねぇってのは、中々、格好のつけ甲斐があるってもんだしな」


 誰にともなく、口に弧を描いたルカは呟いた。






 同刻。

 塔の前に陣取り殿として数多の結晶人形を打ち砕いていた彩華は、揺れを直に受け腹部の傷が軋むような痛みに顔を顰める。


「揺れ……ただごとじゃないわね」


 立っているのも難しいほどの激しい揺れに、能力で身体を支えた彩華の側で、同じく彩華の能力によって作り出された茨に支えられるようにして立つ姫更が頷く。


「きっと、中で何かあった」

「この島全体の揺れ……地面のつながりが脆くなってる?」


 いち早く足元の現象を分析した彩華の呟きの直後、ふたりの頭に仲間の声が響く。


『ふたりとも無事ですか!?』

「ええ。なんとか。それよりも島が崩れ始めてるわ。下の状況は?」

『そのことで! 今、島の内部でつなぎとめていた影使いの代わりに【落星】が能力で島を留めおこうとしてます。あーちゃんは出来れば能力で島全体の土壌を繋ぎとめて欲しいんですけど、できますか!?』


 矢継ぎ早に齎された情報は驚くばかりだが、すぐさま必要な指示を受けて彩華は小さく息を吸う。


「問題ないわ」

「大丈夫?」

「ええ。迎坂君たちも頑張っているんだもの。私もここで出来る限りのことをする」


 傷の状態を知っているからこそ、心配する姫更に淡く微笑み、彩華は自身を支える鈍色の茨を土中深くまで伸ばし、更にその周囲の地面そのものを巻き込む様にして太く、強い茨を編みながら地中に深く根を張り巡らせる。


「神室城さん。私はこっちに集中する必要があるから、他のことは任せても良いかしら」

「ん。大丈夫」


 お願いね。そう言い残した彩華の姿が鈍色の茨に覆われ、まるで繭のようになったそれに埋もれて瞬く間に見えなくなる。

 程なくして揺れが僅かに落ち着き始めたのを感じた姫更は転移で茨から抜け出し、


「みんなは、わたしが守るから」


 数こそマシに成れど、未だ枯れる様子の無い結晶人間達に向けて次々と集団の中に直接転移させた手榴弾が爆炎を上げる中、誓いの様に宣言するのだった。

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