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13-56 影の名残

 ◆◇◆


 浮遊島の中央に聳える塔、その下層の広々としたワンフロアそのものを戦場として誂えた広場に影と光が躍る。

 光の素はガラスの球体。世間一般ではビー玉と呼称される、特に変哲もない玩具の一種。

 それが、超高速の瞬間的な加速によって飛翔し空気との摩擦、先端に押し固められて圧縮された空気の熱によって燃え上がり、プラズマ化しながら宙に一条を描いていた。

 対する影はそうした原理を持たない、ただただ純粋な非実体であるはずの光の濃淡によるもの。

 にも拘らず、それらは生き物のように蠢き、鞭のように撓りながら宙空に留まってプラズマ光を纏うガラスの矢弾を相殺するだけの物的質量を携えていた。


「おいおい、だんまりか? あん時の熱狂的なお喋りはもうしてくれねぇのか!?」


 煽るように声をかける青年、【落星】の明星ルカが広々とした空間を猫の様にしなやかさで駆ける。

 その挙動は一見するとよく鍛えられており、運動を日常として熟す身軽な者のそれだが、常人の域を出ない。しかし、周囲と彼の相対的な動きを見れば一目で彼がただの常人ではない事が理解させられる。

 彼が踏み出す一歩、影の鞭を避けるべく飛び上がった姿勢、それらすべては常人でも再現できる動きであるにも関わらず、その結果として齎される身体の振りの速さ、目的地へ到達するまでの時間、たいして力を入れず飛んだようにしか見えない姿勢に反する様な高い跳躍など、まるでルカの周囲だけが時間を早回しにしているか、何か別の物理法則でも働いているかのようなゲームのバグめいた挙動が、常人の身のこなしであるにも関わらず影の群れとも評すべき猛攻を未だその身に掠らせても居ない理由であった。


 対して影の操り手――女性を模る様な起伏に揺れ動く光沢を宿した結晶の人形は立ち尽くしたまま。足元から無限に溢れ出て居るようにすら思える影を縦横無尽に広げ、周囲を駆けまわる青年を絡めとり、突き刺し、絞り殺そうという殺意がむき出しになったかのような物量攻撃を絶え間なく繰り返し、その飽和火力による制圧性能によって反撃となるルカからの攻撃をことごとく弾き落していた。

 一見すると両者ともに引かず互角。だが、表情の見えない結晶の女とは裏腹に、駆け巡る足を止めることなく隙を窺うルカの顔は現状を物語るように渋いものであった。


「(体力勝負なら自信あったんだけどな。こっちは弾数制限もあるってのに……)」


 チラリと自身のコートのポケットへ目を向ける。

 じゃらりと重みを感じるビー玉のストックが幾分か軽くなったのを感じつつ、


「(あっちの能力は無尽蔵ときた)」


 進路を遮る影に向けて手元からビー玉を2つほど放る。

 手元を離れ、僅かに宙を水平に飛ぶガラス玉。本来ならばそのまま重力に引かれて緩やかに下降して床に転がるだけのそれが、落下するよりも早く――というよりは、落下という現象そのものがかき消されたかのように水平に、尾を曳いて影の群れへと突き刺さり、熱と光の軌跡が影を溶かして道を開く。

 再び影が覆い尽くすよりも早く、自身の移動速度そのものに働きかけた能力で駆け抜けたルカは意識を割きつつも、発生源たる結晶体――その素となった人物に対して思考を向ける。


「前に遭った時よりも随分素直(・・)になったじゃねぇか」


 投げかけた言葉に対する返答はない。とはいえ、それは既にルカも承知の上のこと、ただの独り言に近いものであった。


「(あの姿になったからかは分からないが、案の定頭はトんじまってると見て良い。確かに出力は上がったみたいだが)」


 ダッ、と。結晶の人形に向けて走りだしたルカへ、広がった影が凝縮して棘を成し弧を描く様にルカを包み込まんとその前方視界一杯を埋め尽くす。

 だが、ルカはそれ自体は読めていたと言わんばかりに急制動――能力によって文字通りビタ止めの慣性も何もない急停止――を掛け、直後に片足を強く踏み込んでサイドへと飛び出しながら両手指の間にビー玉を構える。


「――残念だ」


 ルカの手を離れたビー玉が幾本もの軌跡を宙に焼き付け結晶人形へと殺到する。

 一瞬遅れ、ルカを捉えんと凝縮させていた影をバラして迎撃に充てるも、これまでの牽制とは違う、本気の掃射を前に薄く延ばされた影が次々と食い破られて本体である結晶に摩擦と直線運動で細り尖ったガラスの針がズガズガと音を立てて突き刺さる。


「今のお前からは()を感じねぇ」


 能力としての質のような、使いこなすことによって生じる経験値とも言うべきある種の厚みの様なものが一切消えてしまっている。

 それ故に読みやすく機械的に能力を出力するだけの装置に成り下がった逢坂愛の抜け殻へと駆け寄りながら、


「俺から同類への餞だ!」


 ルカは躊躇なく結晶の顔部分を鷲掴みするように右手で触れる。

 再び形を持ち始めた影が自らを突き刺そうと迫るのも構わず、ルカは吼える様に、自らの能力を限界ギリギリまで引きずり出し叫ぶ。


「――ブラックテイル・クロックオーバー!」


 ルカの手を伝い、速度を支配する(・・・・・・・)という破格の力が荒れ狂う。

 結晶体に突き刺さったままの異物(ガラス)が悲鳴を上げる様に軋み、微かなひびでしかなかった傷口が、時間の流れを早回しにするように風化し、その谷間を深く、範囲を広げて行く。


「ぐ、うぅっ!!」


 ルカの顔の側を浅く撫でる様に影が抜け、ざくりと頬に大きな赤い線が刻まれる。

 青を通り越して土気色になったルカの顔色とは裏腹に鮮血が頬から下を染めて首筋に垂れるのも構わず、ルカは手の先に、目の前の結晶体に力を集中させながら、荒れ狂う外面のせめぎ合いとは裏腹のどこか達観した心境で逢坂愛の名残を見ていた。


「(思えば、俺は運が良かったんだろうな)」


 目の前の女と自身、その違いは恐らくその程度だったのだろうと。明星ルカは――證司(あかしし)(はるか)は思う。

 同じく御遣いの宿によって望まれて生まれた。生まれたのが少しだけ早く、我部が手引きして政府が収奪しにくるまでに多少なりとも能力を使いこなす研鑽を積む時間があったこと。

 両親に恵まれ、自身が逃げるために片親が捨身で時間を稼ぐ決断をするほどに、愛されていたこと。

 その後も追われ続けて逃亡生活をするようなこともなく、片親とはいえそれなりの生活を送ることが出来たことなど。

 挙げればきりがないが、自身と逢坂愛との違いなど、その程度でしかなかったのだろうと、ルカは思う。

 何かが違えば自分が結晶体に(こう)なっていたかもしれない。そう思えばこそ、ルカは目の前の敵を確実に殺すことを念頭に、正真正銘自らの奥義――まさしく、必殺の技たる禁断の加速概念――時間の加速を使うことを早々に決意していた。


「……っ (覚悟してたが、保てよ……俺の頭……!)」


 頭の中を金槌が暴れまわっている様な鈍痛に目の前がちかちかと明滅する。速度を支配するという概念の領域に手を伸ばした、我部に曰く権能の域まで昇華された能力系統の頂点にも等しいそれを以てしても尚、時間の加速という、本来の領分から足をはみ出した能力の過剰行使はルカの脳をぐずぐずに溶かす様に意識を苛んでゆく。

 それでも手を止めないのは、もう一度距離を取ってしまえば再び接近するだけの残弾が既に存在しない事と、なにより――


黄泉路(あいつ)もどっかで背負ってんだ……同じ立場の俺だけ、日和ってる訳にはいかねぇんだよォ!!」


 血を吐く様な裂帛と共に強まった速度支配の能力が瞬く間に結晶全体を罅割れさせ、ぼろぼろになった末端が砕け散ってゆく。それは対象のみに掛けられた加速度が現在の時間とぶつかり合う時空の摩擦。風化する現象すらもただの余波と言わんばかりの、純粋な時空間のねじれによる圧殺が結晶体の身体をすり潰してゆく。


「――■■■■■」


 結晶の顔から声の様なものが漏れた。だが、その音はルカには言語には聞こえず、それを解読しうる者も、この場にはいない。

 ただただ、音として漏れ出たナニカすらも溶ける様に消えて行けば、跡には結晶だったものの残滓が僅かに散らばるだけのまっさらな床と、


「う、お……ッ!?」


 足元の更に下、大地そのものが蠕動しているかのような激しい揺れに襲われ、精神力と体力を極限まですり減らしてしまっていたルカは大きくしりもちをつく。


「何――あぁ?」


 ぐわんぐわんと揺れ動く頭と意識を必死につなぎながら、このまま倒れてしまえばしばらく立ち上がれないという確信の下でギリギリのところで座った状態を維持しながら周囲へと充血した目を向け、


「オイオイ、マジかよ」


 なおも止まない地揺れ(・・・)の原因を、能力という第六の感覚によって感じ取ったルカは震える膝に鞭を打つようにゆるゆると立ち上がると、足元の揺れも相まってふらつく身体で結晶体が塞いでいた部屋の続き、奥へと続くだろう扉へと歩き出す。


「帰ったらオムライス作ってもらうように約束しとくんだったぜ」


 胃の中をかき回すような気持ち悪さを誤魔化す様に、ぼやいたルカは通路の奥に続く闇の中へと足を踏み入れる間際、僅かに視線を上へ。


「……こっちはなんとか時間稼ぎ(・・・・)くらいはしてやるさ。だから、勝てよ」


 激しくなる地揺れ、その中心へと、ルカは迷いなく進んでいった。

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