13-55 能力統合結晶体
数多の能力が一点に集中して降り注ぐ。
本来であれば互いに干渉し合い、相殺し合う様な能力でさえ、その指向性――完全に統制されて向かう先を絞られていることによって射線が確保されていることでそれぞれの破壊力が独立し、しかし着弾点で完全に混ざり合うことで爆発的な火力を生む。
音も光も呑み込むような破壊痕が起こす煙の中へ、遅れて結晶で形作られた無数の腕が突き刺さる。
元の人間では到底届かないような長射程、しかし関節などなく、先端が手の形をしているから辛うじて腕なのだと認識できる程度の名残しか持たないそれらにしてみれば離れた位置に腕を届かせるなど造作もないことであった。
あれだけの破壊に呑まれれば常人であれば――それが例え上澄みの能力者であっても――無傷ではすまないだろう能力の暴力。そこへ突き入れられる無数の腕はいっそ過剰ともいえる程の追撃だが、
「理想、ねっ!」
突き入れられた腕を避ける様に横っ飛びで煙の中から飛び出してきた黄泉路の姿は無傷。
顔色には焦りひとつ浮かばず、煙の中から直角に曲げてきただろう腕の追跡を手にした黒銀の槍で的確に打ち払いながら着地、即座に部屋の中央を陣取る我部の側面へ回り込む様にトップスピードで駆け出し、
「(来るとわかっててもちょっと心臓に悪かったな。でもやっぱり、今の我部は完全じゃない。あれだけ自信があったのも嘘じゃなさそうだけど――)」
なおも絶え間なく追い縋る手、雨の如く降り注ぐ能力による攻撃の中を駆け抜けながらも思考を回すだけの余裕があった。
槍を回し、火球を刃の腹で打ち払い、遠心力の載った先端があと一歩まで迫っていた結晶の腕を手首から切り落とす。
「考え事をする余裕があるのかい?」
「思ったよりも温い攻撃だったからね」
「ほう。ならばより手数を増やすとしよう」
宣言通り、黄泉路を追いかける手が物理的に増える。
それは我部の本体である結晶体からさながら海栗の棘が如く突き出し、蠢く様に全周囲から黄泉路を包み込まんと殺到するが――
「ふっ!」
同時に爆撃の様に降り注ぐ炎を受けながら、炭化する足を即座に再生させて赤黒い塵を纏いつつ跳躍、身体全体を捩じるように宙に回しながら球を描く様に槍を振い射程に入るものから順に手を砕き、着地と同時に前へと加速して後方から迫る手を振り切って駆ける。
「(あの姿からして、我部はあの場から動けない。能力を複数使えるって言っても、見た限り吸収した能力を元にしたものだけ。それも完全に自由に制御できてる訳じゃない)」
考察をするだけの余裕、それは我部の現状が主な理由だ。
一見すると今この瞬間にも世界中から能力を徴収し、その手札が増え続けている手の付けようがない相手にも思えるが、実際に対面し、その攻撃に晒された黄泉路は我部の抱える欠陥に即座に気づいていた。
絶え間なく襲い掛かる遠隔攻撃系の能力は強力ではあるが、その本質が能力を介した物理攻撃でしかない以上は黄泉路の芯にまでダメージを与える事は出来ず牽制の域を出ない。
腕による直接接触がどう作用するか分からないためそちらを強く警戒するが、遠距離系能力に関しては現状ではそれを通すための目晦ましとしての役割しか出来ていない以上、黄泉路からすれば脅威足りえない。
「(そもそも、遠距離から攻撃できる様な能力を持っている人は多くない。世界中から蒐集したとしても足りない頭数を能力使用者の人工能力に頼って補ってるのが良い証拠。でもそれは能力者のものと違って形状や弾速は変えられない画一的なものでしかないから対処は容易)」
黄泉路の回りに上澄みの能力者が多かったが故に感覚が麻痺している所もあったが、炎や雷、風といった自然現象を巧みに操る能力者など世界的に見ても両の指を零れるかどうかだろう。
全員を漏れなく吸収できたとしてもその種類は限りがある。それらを解決するために人工能力者の能力すら併用しているのも先の火球などからも見て取れるが、我部の持つ莫大なリソースを活かしきれているとは言い難い。
何よりも――
「(能力者の大半は身体強化系。今の我部にとっては全く使えない能力が大半なのは、さすがに想定外だったんじゃないかな)」
世の能力者の大半は常識よりも自らの認識を優先した時に――それは例えば突発的な事故や事件によって命の危機に陥り、死を免れるために自らの肉体を常識の枷から解き放つという様な方向でだ――自然と発現したものだ。
それ故に、身体強化や自身を周囲環境から切り離すような能力はその強弱はあるにしても数多く、逆に、生命の危機を直接的に脱するというにはやや捻りが強い現象を能力とする能力者は多くない。
「(あの状態じゃ筋力とか速力の強化は意味がない)」
世界中から能力を徴収していても、その母数の比率だけは我部にとってどうしようもないものだ。
我部の想定外は世界中の能力者を徴収した後の運用。
「生粋の能力者じゃない貴方じゃ、能力の使い方を事前に学習することなんてできなかった」
「何が言いたいんだい?」
炎や風といった遠隔攻撃が役に立たないと見るや、その運用比重を手による物理的飽和に切り替え出した我部は、それすらも器用にしのぎながら紡がれた黄泉路の言葉にぴくりと結晶の相貌を揺らす。
「能力の使い方がなってない、って話」
「なるほど。今後の参考にさせてもらうとしよう」
どっ、と。踏みしめた足が赤黒い塵を散らし、これまでの円を描く様な動きから一転、我部本体へと一直線に距離を詰める黄泉路が振りかぶる槍の穂先が黒の軌跡を描く。
「はぁっ!」
「さっきの焼き直しとは芸がない……」
重い黒の一撃を無数の腕が本体を庇う様に受け止める。
結晶の腕が折り重なった分厚い守りがざっくりと削られ、表出している我部の身体に薄く線が刻まれた。
「これは――!」
「そっちが準備をしているんだ。こっちだって準備をしていても不思議じゃないでしょ」
追いすがる腕を切り落とし、能力による現象を打ち払い続けた黒銀の槍。
黄泉路が元々持っていた祭器としての、能力の指向性を向上させ、能力そのものを増強する想念因子の塊であった槍は、今や別の因子が混じり込んでいた。
能力殺しの黒楽葉は、切った対象から想念因子を汲み上げ自らの糧としてその質量や切れ味を上げて行く性質を持つ。
銀と対を成す黒にその性質を色濃く継承した今の黄泉路の槍。既に我部の結晶の手を幾度となく切り砕き、手にしている間も密かに黄泉路の内なる銀砂を取り込み続けていたそれは、我部の身体を傷つけるほどにまで鋭利に育っていた。
「(浅い! 踏み込み切れなかったのは痛いな……!)」
不意の一撃で致命傷に持ち込むことを理想としていた黄泉路は内心で歯噛みする。
「(警戒が厚くなって――いや、純粋に硬くなってるのかな)」
超至近距離で黒銀の槍を振い、明らかに硬度を増した腕をいなし、切りつけ、息吐く暇もない物量の嵐の中で表情を隠しながら黄泉路は仕切り直すべきか迷う。
黄泉路としてもこの物量を前に足を止めている事は危険なのは間違いなく、至近距離ともなれば巨大な結晶の全景を視界に収めておくことは難しく、どこから生えてくるかもわからない手を警戒するための意識が絶えず割かれてしまう。
その上で迫りくる結晶の腕全てに対処しながら我部本体を狙わなければならないという状況は黄泉路の神経をすり減らすに十分な圧を持っていた。
加えて、
「顔色が芳しくないな。さっきの言葉は虚勢だったのかい?」
「(思ってた以上に、黒楽葉の燃費が悪い……!)」
図星を指す我部の言葉を聞き流しながらも現実で槍を奮う黄泉路とは裏腹、自らの内に広がる仄暗い水底に立った黄泉路の本体は手にした黒銀の槍が足元から吸い上げ続けている銀砂の量に、それに伴って身体を蝕む虚脱感に抗いながら苦笑を浮かべてしまう。
「……己刃。もしかしてこれも、僕を殺す策だったりする?」
既に亡き、魂すらも黄泉路の下に来ることを拒んだ殺人鬼が最後の手向けとして渡してくれた武器に問いかける。
あの殺人鬼ならやりかねない、そう考えてしまう意識のブレを自覚して頭から追い出しつつ、黄泉路は我部の適応が終わる前に決着をつける方が良いと結論付け、
「手が足りない、技量が足りないのは認めようじゃないか」
「っ」
不意に、足元が揺れた。
階下で何かがあった、そう確信させるだけの異変が咄嗟に黄泉路と我部を同時に襲うが、黄泉路にとって意識外のものであっても、塔そのものと繋がり、階下を把握していた我部にとっては既知の物。
「ならば今しがた戻ってきた手を借りるとしよう」
黄泉路の目論見を突き崩すように、巨大な結晶からはい出した影の群れが黄泉路の足を掬い、結晶の腕が群れを成して殺到した。