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13-54 世界の先端2

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いします。

 世界を作り変えんとする能力の暴威。その頂点と言える場所で、ふたりの人影が対峙していた。

 方や、銀と黒が互いに絡み合う様に螺旋を描く槍を携えた黒髪に黒い学生服の少年。

 対するは、色相を絶えず揺蕩わせて移ろわせる宝石のような結晶石で全身を形成したような青年の様にもみえるナニカ。

 黒髪の少年、冥界の主。迎坂黄泉路は油断なく相対する人外となった男を見据える。

 その姿は一見すると元の老齢の研究者然とした男とは比べるべくもない別物だが、よくよく見れば顔の造形など、かつて見た若かりし頃の写真とそっくりであり、目の前の存在が我部幹人の人格を、魂を持っている事は疑いようもない。

 その上で、黄泉路は結晶体の青年――我部の腰から下へ目を向ける。


 ギリシャ彫刻の様な無駄のない人間としての最適解とも言える機能美すら感じる裸体を模った上半身のそれとは違う。

 これまでも数多く見てきた想念因子結晶の鉱脈めいた巨大な塊に埋まった下半身は存在すら不確かであり、まるで、これからその続きが掘り出されるのだと言わんばかりの有様で、目の前の男は(・・・・・・)完成していない(・・・・・・・)という印象を抱かせていた。

 にも拘らず、


「少なくとも、それほど焦っているようには見えない。でも、本当に余裕があるわけじゃない、でしょう?」


 我部の表情に揺らぎはなく、その声の抑揚にも落ち着きが見て取れ――どちらも想念因子結晶が形作った人型のそれであるので、真の意味で表情を読もうというのは無理筋な話ではあるのだが――少なくとも、黄泉路の直感では眼前の男は余裕を保っている様に見えていた。

 とはいえ、それも完全なる、勝ちを確信したそれではないとも黄泉路は感じていた。


「それも、君の持つ感覚というやつかい?」


 落ち着いた声音、穏やかな表情。しかし、その外見は完全な人型のそれではなく、未だ羽化途中のように見える上半身のみの姿。

 歩深の作り出した可能性を司る想念因子結晶に同化した我部は最初、腕1本を突き出した形であったことから考えるに、順当に進行してはいるのだろう。だが、


「(上半身だけが出た、身動きもできない状態が完成だとは思えない。つまり、アレはまだ完全な状態じゃない)」


 完全体になったらどうなるかは分からなくとも、少なくとも、我部にとっての良い事が自分にとっての良い事ではないことは確信できる黄泉路は考える。

 不完全な状態でありながらも黄泉路だけがこの場に招かれた理由は何故かと。


「そもそも、この浮遊島自体が壮大な時間稼ぎだったはず。大量の結晶人間を投下して真下を守りつつ侵蝕し、能力による防空網で戦闘機やミサイルすら迎撃してみせる鉄壁の居城。その中も、空間を歪めた迷宮と無限に湧き続ける結晶人間による防衛と、この中央塔事態を物理的なアクセスを遮断することで、徹底して僕らが踏み込むまでの時間を稼いでいた」


 黄泉路の、恐らくは正鵠を射ているだろう推測を前にしても我部の表情は変わらない。

 それが作りものであるからなのか。前提にすら満たない当たり前の事実だからなのかは定かではないが、黄泉路は言葉を続ける。


「結晶人間の中身が吸収した能力者や一般人なのは知ってます。でも、本当ならそんなことをしたくはなかったはずだ。だって、折角統合した能力者を別の器に出力して使っていたらいつまで経っても全能には届かないから」

「なるほど。魂の知覚、それで君達が結晶人間と呼ぶ彼らの中身について知ったわけかい?」


 黄泉路の推測を肯定するように、面白いと表情を作る我部の様子に黄泉路は静かに思考を重ねる。

 完全ではないからこそ、先に黄泉路が語ったような遅滞戦術を、自らの成長性を遅らせてまで黄泉路達の妨害をしていた。それはつまり、完成する前にこの場に到達されては困るということだ。

 そうした全ての妨害が破られ、塔に乗り込まれた現在。黄泉路達3人が分断され、それぞれ塔内の別々の場所へと飛ばされた事をひそかに魂を探知して把握した黄泉路は、自身の黒銀の槍の穂先を向けながら告げる。


「そうまでして僕らの――僕の到着を遅らせたかった貴方にとって、今の状況は計算違い、違いますか?」

「ほう?」


 変貌した我部の表情が初めて、明確に変わる。


「塔に踏み込んだものをランダムな階層に飛ばすだけならこれまでの妨害とさして変わらない。だけど、この塔の内側を覆う結晶は全て貴方に繋がっていて、塔内の空間を自在に操れるはずの貴方が僕だけをここにたどり着かせる理由がない。本当は、ここに連れて(・・・・・・)きたかったのは別の人(・・・・・・・・・・)だったんじゃないですか?」

「何故そう思うんだい? 私の目的は君だ。君さえ取り込めれば私は完成に」

「至りませんよ。僕が持っているのは、あくまで魂の支配と、僕の中に納めた人たちだけ。全能には程遠い。貴方は他にも能力者を取り込む必要がある。だけど、強力な能力者を取り込むたびに、その同化の為に相応のインターバルが必要になる」

「……」


 それこそが、我部が時間稼ぎをしたかった理由であり、黄泉路が自身を最初に呼び込んだことが想定外だと考える理由。


「本当なら、僕以外をここに呼び出すつもりだった。僕を階下で足止めしている間にふたりを取り込み、万全の状態で僕を迎え撃つ、それが貴方の作戦だったんじゃないですか?」

「順番などどうとでもなるとは考えないのかい?」


 我部の声音こそ変わらないものの、黄泉路はその奥で、結晶の光沢の中に脈打つ銀の拍動が僅かに揺らいでいるのを、確かに見据えて口を開く。


「今僕を取り込めたとして、確実に訪れる長いインターバルの間に分断されたふたりがここにやってくる。その状態でふたりを相手にするのは危険なはずだ。だから僕のことは極力最後に回したかったはず」


 何せ、この島にいる者だけが事実上この世界で我部に手が届く距離に居るのだから。

 本来ならば弱い者から順に取り込み、短いインターバルを遅滞戦術で誤魔化して順次取り込みながら力を蓄えておきたかったはずだと黄泉路が断言すれば、


「――ふ、くっ、はははっ……!」


 我部は参ったと言わんばかりに破顔して見せ、黄泉路の推理を褒める様にその結晶の手を打ち鳴らして喝采する。


「いやはや、憶測に憶測を重ねた、本来ならば落第ものの回答だが、それでも正答なのだからさすがだと言っておこう」

「……」


 黄泉路の推測が正しいと認めつつ、しかし、何も問題はないと言わんばかりの態度で我部は告げる。


「だとして、君以外の者がここにたどり着くことはない。もとより君を足止めする為の駒だが、言い換えれば、君でなければ突破は不可能だ。ならば何も問題はない、そうだろう?」


 黄泉路の前提は、もし仮に自分が取り込まれてもその間の無防備な時間に他の者が我部を倒すだろうというもの。

 そもそもとして自身の前にたどり着くことはない、そう断言する我部に、黄泉路はふっと口の端を吊り上げる。


「そう思っているならそれでもいいよ」

「ふむ?」

「その言葉のお陰で」


 黄泉路の些細な表情の変化に気づいた我部が何かを問うより先に、黄泉路が一足で距離を詰めて黒銀の槍を振り下ろし――


「僕は運命(穂憂)を実感できたから!」

「むっ!?」


 黒銀の刃が袈裟に奔り、我部が腕を差し込んで刃を弾く様に受け止める。

 瞬間、金属同士がかみ合うというよりは、世界が軋み合う様な歪な衝撃を伴った音が周囲の空間を攪拌し、鮮やかな火花が両者の間に舞い散った。

 刹那にも満たない僅かな線香花火にも似た明滅の中、我部は、黄泉路の瞳の中に()を――血よりも濃く鮮明に(・・・・・・・・・)結ばれた糸(・・・・・)を見た。


「なる――ほど、これが()の運命の採択というわけかい?」


 取り込んだはずの運命の権能(・・・・・)が牙を剥いてきた事実に瞠目する我部に、黄泉路は引き戻した黒銀の槍を身体ごと捻るように回して石突で我部の腕を跳ね上げる。


「(思った通り、黒楽葉を取り込んだ銀槍なら拮抗できる(・・・・・)! これなら!)」


 再び甲高い音を響かせて弾かれる腕、がら空きの胴に黄泉路は穂先を突き出し――


「貴方の野望は、ここで終らせる!」


 裂帛と共に突き出した槍。黒と銀が交じり合った、能力によって作られ、能力を否定する槍の穂先が我部の胸へと突き立つかどうかという瞬間。


「させると思うかい?」


 我部の腰から下に連なった巨大な塊のままの想念因子結晶が唸るような振動と共に無数の結晶の腕を生やし、沸き立つように突き出された老若男女入り混じったような腕の群れが黄泉路を掴もうと蠢く。


「くっ!?」


 咄嗟に床を蹴って距離を取った黄泉路へと、限界まで突き出された縋る様な腕が、その無数の手のひらを向け、指を向け……


「わかるかい? これが人々の意思、ひとつに纏まるという理想(きれいごと)の顕現だ」


 そこから吐き出された炎が、光が、風が、衝撃が。

 夥しい数の能力の奔流が黄泉路へと向けて解き放たれた。

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― 新着の感想 ―
あけおめです。 数年間に渡って追ってきたこの作品もいよいよ大詰めですね。最後までよろしくお願いします。
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