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13-53 世界の先端

 彩華と姫更を殿に解放された主塔へと足を踏み入れた黄泉路達。

 ガラス扉の奥に見えていた通りのがらんとした、小奇麗というよりは未整備という印象を受けるエントランスを駆けていた3人だったが――


「――ッ」


 ぐわん、と。視界が歪み、内臓がぐるりと混ぜ返されるような不快感から、遙は思わず足を踏みそこなって勢いそのままにつんのめる。

 咄嗟に頭だけは守ろうと腕を前へ出して受け身を取ることで怪我自体は避けられたものの、不意打ちとも言える現象を前に遙は定まらない視界に酔いを感じながらもすぐさま転がるようにして立ち上がった事でぐわんぐわんと揺れる頭の気持ち悪さに顔を顰めた。

 既に敵の縄張り、何が起きても良い様に覚悟を決めた直後だったこともあり、すぐに数度瞬きをして視界を安定させた遙は、


「なに……はァ!?」


 自身を取り巻く景色ががらりと変わってしまっていることに思わず声を上げてしまう。

 閑散とした見通しが良いだけのエントランスが映るはずの遙の視界が一変し、大人が5人ほど並んで歩けるかというほどの緩く曲線を描く通路らしき空間に立たされている事を認識した遙は咄嗟に周囲の景色に溶け込むために視線を巡らせる。

 遙の得意とする幻による光学迷彩は一見万能の様に見えるが、その実、遙自身が周囲の状況を理解していなければそこに溶け込むような幻を纏えないという弱点があった。

 それ故、遙は新生夜鷹に身を寄せてからというもの、基礎体力の向上や体術の特訓に加えて初動での状況観察や適応力と言ったものを重点的に鍛えられてきた。

 その甲斐もあり、遙は素早く視線を巡らせたことで自身の置かれている状況を理解する。


「(――オレ、ひとり!? っつか別の場所に飛ばされてんなこれ……どうする!?)」


 共に突入したはずの黄泉路とルカの姿が見当たらず、遙の様な能力を持っていないふたりが姿を消すことはまず不可能な地形から、引き離されたと確信したルカは思考を巡らせる。

 元々、ルカは自分の役割をサポートだと割り切っていた。

 世界を相手に支配するだの作り替えるだのと、大言壮語を吐く巨悪――少なくとも遙はそう認識している――の居城へと乗り込む、ゲームや漫画よろしく盛り上がる最終局面と言えるだろう。

 そんな大舞台に自分が立っている、というシチュエーションには興奮を覚えないでもないものの、一方で、現実的な視点が、黄泉路の様な圧倒的な能力者でもない自分が混ざっている事の場違いさを実感する出来事があったばかりだ。


 遙自身が尊敬――それと恋愛感情――をもって慕っている戦場彩華の負傷と事実上の離脱。


 それが突入前に固めていたはずの遙の覚悟を揺さぶったのは間違いない。

 黄泉路やルカのような最前線を行く強者には弱者の機微は伝わらず、遙もまた、この期に及んで弱音など吐けないという、現実よりも理想と感情に寄った態度で突入組に加わった反面、そのことで泣き言を漏らすつもりはなかったが、だとしてこうしてひとりきりにされてしまうのは、また話が別だ。


「はぁー……マジかぁ……」


 幻による所在の隠蔽が機能している事を、自身の立っているはず(・・・・・・・・・・)の何もない空間(・・・・・・・)をうっすらと表面に反射する想念因子結晶の壁を見つめながらため息を吐く。


 ――想念因子結晶の壁。

 遙が立っている通路のような、ゆるく曲線を描く一本道の片面を覆っている結晶の存在は遙もさすがに見慣れたもの。

 この浮遊島にやってきてからはむしろ目にしない時間の方が少ないのではないかというそれは、ただ綺麗なだけではない。

 迷宮の中でもそうであったように、同質の人形がいつその壁面から湧きだしてくるかもわからず、遙は知らず息を殺す様に壁からやや距離を取って弧を描く通路の内側に身を寄せる。


「(どうすっかな……退路はねぇし、合流も無理っぽいしなぁ。このままここで膝抱えて助けが来るの待つ……? いや、そりゃ黄泉路が勝つ方に賭けるのが前提な以上は待ってても良いんだろうけどそりゃナシだろ!)」


 転移してきた自身の背の側へと視線を向け、結晶に覆われた袋小路に放り出されていることを確認した遙は悩まし気に眉根を寄せた後、パン、と、自身の頬を強く叩く。

 我部が勝てば世界が終わる。その前提がある以上――そうでなくともだが――黄泉路が勝つことを信じた上で自分はどう動くのか。

 ただ待ってるだけでも良いのかもしれない、けれど、


「折角ここまで来たんだ。やれることをやる、それしかねぇだろオレ」


 気合を入れ直した遙は曲線を描いて先の見えない通路を歩きだす。

 黄泉路やルカと合流出来ればヨシ、合流できなければその時はその時だと、攻撃手段が乏しい事を自覚している遙は普段以上に能力の精度を上げて幻を維持しながら慎重に足音を殺して歩く。

 しんと静まり返った通路は当初遙が警戒していたように壁面から結晶人間がわらわらと湧き出して通路を埋め尽くして圧殺する様なこともなく、結晶越しに差し込む天高い位置故の雲一つない陽光が降り注ぐ通路は柔らかな光に包まれていて、ともすれば神聖な雰囲気すら醸し出していた。


「(っつか、結局ここはどこなんだろうな。太陽の位置的に島の中なのは間違いないけど)」


 恐る恐る。遙は結晶の側に近寄る。

 これまで通路には何一つ異変らしい異変もなかったこともあり、結晶に近づいたくらいでは反応しないか、もしくはこの結晶の壁からは結晶人間が出てこないのかもしれないというある種の賭け。

 もし結晶人間が出てきてしまったらその時は全速力で駆け抜けるしかないが、何処にあるかもわからない場所をもしかしたら延々と歩かされているハメになる可能性を考えてしまえば、一時の勇気は必要経費と割り切った遙は結晶の壁面を透かして外の景色を覗き見る。


「――なぁるほど。こうしてみると壮観ってやつだなー」


 見下ろして(・・・・・)、遙は自身が何処にいるのかを瞬時に理解する。


 壁面と同じく光を受けて複雑に淡い色相を変化させる結晶が所狭しと覆い尽くした天蓋付きの広大な庭園、それらを見下ろせる場所は、自身が乗り込んだ塔の上層以外にはありえない。

 真下を覗き込むように見れば、音こそ聞こえてこないものの、破砕の跡やよく見知った鈍色の植物が生い茂っており、彩華がまだあの場所で戦ってくれている事は容易に想像が出来た。


「……っし。急ぐか」


 呟いた遙は表情を消して、歩くだけだった足取りを小走りに通路を進む。


「(ここが塔の中ってんならそう長い周回にはならねぇ。なら……!)」


 予想した通りに通路の終着が見え始めた遙は足を緩め、摺り足の要領で極力気配を殺して扉に耳を当てる。

 扉が分厚いのか、それとも、中になにもいないのか。

 遙は自身の鼓動の音だけが返ってくる耳を扉から離し、慎重に、ゆっくりと扉を開いた。

 即座に攻撃が飛んできても不思議ではない、そんな緊迫感の中視界が通る程度の隙間にポケットから取り出した鏡を反射させて中を窺う。


「(……広いな。っつか、ここあれか。地下ん時のフロアか)」


 鏡の角度を調整し、中に見える広い空間の仔細を把握した遙は、元々の塔とその位置関係から扉の先の空間が先日潜入した地下の塔の逆さフロアであることに理解が及ぶ。

 そして、鏡の反射の中、遙はとうとうそれ(・・)を見て、鏡を持つ手が固まってしまった。


「(いや、マジかー……)」


 部屋の最奥、行く先を守るように鎮座した見慣れた人形の結晶――。

 それは、遙が単身で結晶人間と戦わねばならない事を意味していた。


「(……さーて。どうすっかな)」


 知らず、口元を引き攣らせながら、遙は慎重に室内に足を踏み入れた。





 ――同時刻。塔内別階層にて。


「ハッ。知ってるぜその能力!」


 蠢く影(・・・)が鞭のように撓り空間を抉るように疾駆する中を、まるで生きている世界が違うかのように早回しになった身のこなしで器用に駆けながら【落星】明星ルカが吼える。


「見ないうちに随分豪華(・・)な身なりになったじゃねぇか! 前のほうが、好みだったけどな!」


 空中で側転、上下逆さの世界の中でビー玉を構えたルカが黒い輝きを内側に湛えた女の姿をした想念因子の人形に向けて音速を超えたビー玉を放つ。

 一瞬にも満たない時間の中で加速によって摩擦熱で光を帯びたビー玉が影の鞭と幾度も交錯し破裂音が断続して響いていた。






 そして。

 塔の最上階。世界を見下ろすに相応しい、最も天に近い場所で、全周を結晶によって透かされた広間に声が響く。


「随分と余裕そうですね」


 銀と黒が入り混じった捻じれ槍を構えた黒髪の少年の、声変わりしたかどうかという本来柔らかな声が鋭く問いかけに、


「余裕? 君にはそう映るのかい?」


 光沢を帯びた結晶で全身が象られた青年にも見える存在が、その硬質な外見からは想像もつかないほどに柔らかな人の声を奏でて応える。

 短い問答の余韻の様な静寂はお互いの立場を表すように相容れない拒絶に満ちたものとして、両者の間に横たわっていた。

年内最後の更新になります。

今年も1年、定期更新でゆっくりしたものだったにも関わらずお付き合い頂きましてありがとうございました。

来年年内には完結する予定ですので、来年も最後までお付き合いいただければ幸いです。

それでは、良いお年を。

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