13-49 刃の様に煌めいて
銀の槍と漆黒の短槍が持ち主の対立を示す様にぶつかり合い、より深く互いの敵へと踏み込まんと拮抗して押し合う、
「――なーんて、な!」
「っ」
かに思われたが、漆黒の短槍を持つ己刃が短槍をマチェットに変形させて受け流せば、拮抗が崩れて手押し相撲の如く黄泉路の姿勢が崩れる。
黄泉路もそういった懸念は武器の可変性を見た瞬間から想定していたこともあり、その隙は一瞬。
だが、己刃はその一瞬ですら十分だと言わんばかりに半歩、さらに黄泉路に密着する様に踏み込みながら銀砂の槍を皮一枚ですり抜けて黄泉路の左鎖骨を砕かんばかりの斬り上げを繰り出す。
胸から肩にかけて衣服の繊維が紙の如く切り裂かれるが、黒の切っ先が肉に届くすんでのところで全身を後方に倒して躱し、
「こ、のっ!!」
「あ――はっ」
斬り上げたばかりで前のめりになった肩めがけ、黄泉路が背から倒れ込みながらも穂先を付き出せば、己刃が握りしめた黒楽葉をマチェットから逆さ持ちの大斧へと変化させて刺突を刃の腹で受け切ってしまう。
どうやら変化するのは質量、重量も同様であるらしく、見た目相応に重さを持った黒楽葉が断頭台めいて黄泉路に太ももへと振り落ちるが、槍を突き出した時点で既に身を捩り次の動きへと繋げていた黄泉路は素早く己刃の足元から抜け出し背後から噴き出した赤黒の粒子で巨腕を形成する過程で自らの身体を支える様に立ち上がる。
「(黒楽葉……己刃に持たせちゃいけない類の武器だよこれ……!)」
至近距離での目まぐるしい攻防の最中、黄泉路は苦い顔を隠しながら内心で文句を叫んでいた。
再び、間髪入れずに撓る様な軌跡を描いて振るわれる長剣を槍で受け流し、更に踏み込んだ黄泉路に対して間合いを合わせる様に形状を小回りの利く片手剣に縮めながら嬉々として武器を振るう己刃の技量は武術的な型こそないが、人体を理解し尽くした殺人鬼としての無軌道かつ合理的な身のこなしはある種の武術の真理に通じているのではないかと思うほど。
そんな己刃が自らの意思でタイムラグ無しにありとあらゆる武器を間合い、身体の重心、姿勢に適した形で使いこなすというのは悪夢に近い。
加えてその武器自体、既に体感済みの事実として黄泉路の本体にすら刃が届きうる鋭さを持っているとなれば、いかに不死身の黄泉路と言えど普段通りの被弾を度外視した立ち回りなどできるはずもなく、こと、この場に限って言うならば己刃は黄泉路の天敵――相性が悪い相手ですらあるのだった。
「あっはっはっ! お前のキラキラはそんなもんじゃねーだろー?」
一合の間にもフェイントも含め2回も3回も武器の形状が変わる。
射程は勿論のこと、インパクトの際の質量の想定すらも狂う近接戦に置いて使いこなせるならばおおよそ最悪の兵装と言える黒楽葉を槍と背面から生えた塵の巨腕で受けながら、黄泉路は考える。
「(己刃は分かってる。黒楽葉が僕を傷つけられるとしても、それは一時的なもの。出来るかもわからない即死を狙わない限り、回復の暇を与えない猛攻で僕を削り切るのが唯一の勝ち筋……。だけど、僕と違って己刃には体力の上限がある)」
だからこれは、どちらが先に底をつくかのチキンレース。
黄泉路はあえて顔に笑みを張り付ける。それは対面する己刃の顔にも近いもの。
「楽しんでくれて俺も嬉しーぜぇ!!」
「はっ。楽しいわけじゃ、ないっ!」
己刃の振るった黒楽葉の尺が一瞬にして伸び、手首のスナップのみで突き出された槍が黄泉路の首すれすれを抜けて後方へ。
黄泉路はそのまま身を低くして黒槍の射線とも言えるラインから全身を外しながら己刃の足元へ薙ぎ払いを見舞う。
直撃すれば両足首が木っ端の様に砕けるだろう一撃を縄跳びの如く飛んで躱した己刃がにぃっと口の端を吊り上げ、宙空で黒楽葉を両手に握り直す。
「へっ、やっぱ良い勘してるよ相変わらずさ」
「その武器のデタラメさはいくら警戒しても足りないからね」
斬る、というよりは引く。
伸ばした腕を身体に密着させ、腰を捻る様に引き切った黒楽葉の槍先が弧を描き、大鎌の切っ先が床をガリガリと斬り削りながら黄泉路の背に迫る。
黄泉路は薙ぎ払った槍の慣性を利用して片足を軸にその場で回転、迫りくる弧を描いた刃に対し、その刃の軸たる柄に向けて槍を振り上げた。
鎌ごと弾かれた己刃が更に宙へ――いや、黄泉路が鎌に対して上に弾くのを見て取った瞬間に更に上空に飛ぶことを意識して動きを合わせていた己刃の手元、短く、銃口でも向けるかのように構えられた黒楽葉を見た瞬間、黄泉路は咄嗟に後方へ飛びながら槍を短く構えて射線に対して挟む様に振るう軌道を描く。
刹那、己刃の手元から高速で射出された黒い弾丸が連続して空を切り、黄泉路が先ほどまで居た場所へと深々と突き刺さって地面を抉る。
そのままスライドする様に黒を吐き出しながら照準が黄泉路へと向けられるも、既に迎撃態勢を構えていた黄泉路の槍によってそれらが硬質な音を立てて叩き落される。
「まさか飛び道具まで完備してるとは思わなかった」
「いやー。奥の手だったんだけどなー。初見でたいおーされるとかちょっとショック」
弾いたもの、そして地面に突き立ったものへと視線を一瞥しながら再び警戒なく己刃へと意識を向ける黄泉路は、射出されたものが黒楽葉を形成する黒曜石の破片であることを理解し、近接武器だけの警戒をしていなくてよかったと内心で息を吐く。
――黄泉路の知る行木己刃は殺人鬼だ。
ヒトを殺す、ただそれだけの結果のためにありとあらゆる手段に精通し節操なく数多の武器を十全に操って見せる、暗殺者などより数段性質の悪い戦闘巧者。
その己刃が、大幅に手持ちを圧縮できるとはいえ近接武器だけを手に襲い掛かってくるだろうか。
「(凡そ、武器と呼べるもの全ての形状に変化出来ると考えた方が良い)」
あり得ない。そう断定し、黒楽葉がどんな変化をすることも想定し警戒を敷いていた黄泉路の考えは正しかったと言えるだろう。
だが、その警戒を以てなお、黄泉路は己刃が黒楽葉を持つ意味を過小評価していた事を知ることになる。
「じゃー、まぁ。タネも割れちゃったってことで。こっからはもっとギア上げてくから、もっとキラキラして魅せてくれ」
「ッ」
近接距離へと駆けだした己刃の手元に握られた黒の形状から銃――それも軽機関銃の類と読み取った黄泉路が即座にジグザグにステップを踏んで狙いを絞らせない様に駆け出すのと同時、ばら撒かれた弾丸が連続して周囲の結晶を叩き砕く甲高い音を奏でる。
銀砂の槍の間合いギリギリで己刃の手元で黒楽葉が形を変え、両の手を黒が包み込むと、左手の甲で槍の側面を滑らせながら内に入り込んだ己刃が右拳を――ご丁寧に先端に棘がついたメリケン仕様で――構え、黄泉路は咄嗟に身を躱そうとするも、
「だーめ」
「あ、ッ!?」
左手で流された銀砂の槍、その柄を、保護されている事をいいことに掴んで引き寄せた事で、己刃の方へと持ち手ごと僅かに重心を引きずられた黄泉路の下顎に横殴りの右フックが突き刺さり、突起が皮膚を破り骨を砕く。
ふらりと傾いだ黄泉路に追撃を仕掛けようとした己刃だが、突如横合いから吹いた恐ろしい気配に咄嗟に踏み込んで黄泉路の肩を蹴りつけ宙へ舞う。
瞬間、蹴りだして伸び切った足のつま先をすれすれに赤黒い風が吹き抜け、黄泉路の眼前にあるもの全てを抉り取る様な巨大な腕の薙ぎ払いが地を舐める光景に己刃は知らず冷や汗を垂らす。
己刃の視線が、既に顎のダメージを外面上は修復しつつある黄泉路の見上げる視線と交わる。
黄泉路の射抜く様な視線から咄嗟に手を覆う黒楽葉を変形させながら振りかぶり、壁に向けて投射して先端を埋め込むと同時に形状を短い得物へと作り替える収縮を利用してワイヤーアクションめいて空中を駆ければ、宙に浮いた己刃を掴まんと赤黒い巨腕が地獄の亡者の如く追いすがってくる。
「うわわっっとぉー!?」
けれど。己刃の口から洩れるのは楽し気な悲鳴。
猛スピードで反り立った想念因子結晶の大岩とでもいうべき柱へと引き寄せられる己刃が寸前で突き刺し、巻き上げていた黒楽葉を抜いて慣性のままに高度を下げながら宙を滑り、同時にもう片方の手を振るい先と同様に射出した黒楽葉の片割れが別の大岩へと突き刺さって巻き上げて己刃の軌道を空中で捻じ曲げる。
もはや芸術的と言わざるを得ない即興のワイヤーアクションの最中にも己刃が黄泉路へ向けて散弾をばら撒けば、黄泉路はそれに対処すべく己刃を追うための足を緩めて回避行動を交えた迎撃で応じざるを得ない。
そうこうしているうちに着地した己刃が自らの足で再び地を駆けながら、時折先も見せたワイヤーアクションの挙動で以て黄泉路の側面や後方に回り込もうという動きを見せ、同時に飛び道具で牽制が挟み込まれる。
「(弾自体は銃より遅いから見て対処できる。ワイヤーも、色が固定されている分罠としての機能はないから移動向け、あとは――)」
黄泉路の周囲をガリガリガリという硬質なモノが抉り削られる雑音が反響しながら駆けまわる。
目まぐるしく移動し、黄泉路の対処の穴を探りつつ対処能力の飽和を狙うような己刃の嵐の様な立ち回りの中央、台風の目として据え置かれ、黒い暴風を一心に受ける黄泉路は銀の穂先で弾丸を叩き落し、飛び込んできた己刃の振るう刃を弾きながら打開策を探る。
「(耐久戦なら気力さえ保てば僕の勝ち、だけど今は時間が惜しい……!)」
無尽蔵の体力を持つ黄泉路からすれば、如何に優れた身体機能を持っていたとしても常人でしかない己刃はいつまでもこのペースで攻勢をかけ続けることはできない。
故に、耐えていればいずれ綻びはできるはずだが、果たして己刃の体力がどこまで続くのか。
それは我部の大望が成就してしまう、その決定的瞬間を阻止できるだけの時間的猶予を遺してくれるのか。なにより、
「(我部は恐らく僕に対応する手段を持ってる。だったら、ここでの消耗は極力避けなきゃいけない)」
黄泉路という、物理面における耐久度で言えば世界でも最高峰の存在と明確に敵対しており、その能力についても造詣が深い我部が全くの無策などとは黄泉路も思っていない。
であればこそ、未だ見えざる我部の切り札を警戒する為の気力は取っておきたいという切実な展望から、黄泉路はジッと黒の嵐が落ち着くのを待ち――
「っ!」
嵐の様な攻防の中、一撃離脱を旨として縦横無尽に駆け抜ける己刃を目で追っていた黄泉路は咄嗟に槍を投射する構えを取る。
本来であれば己刃とは違い無二の得物を手放すに等しい愚行。しかし、
「おっ、わぁ!?」
地を滑る様に駆ける己刃の眼前、咄嗟に身を起こした己刃がすんでのところで銀の軌跡をやりすごすと同時、黒楽葉が床に深々と傷跡を刻むガリガリという音が途切れる。
その瞬間、黄泉路は見た。
地面――想念因子結晶に突き立った黒楽葉が刃先から赤々とした脈動を内側へと引き入れ、それに対比する様に輝きを鈍らせる想念因子結晶、その両者の間に想念因子の流れが存在しているのを。
「見つけた」
明確に足を止めた己刃に、投げ刺した銀砂の槍を解き、改めて手元に作り直した銀色の穂先を構えた黄泉路は静かに呟いた。