13-48 己が世界の中心で
◆◇◆
風景に混じる様な淡い桃色の髪の青年が低空で駆け、相対する少年もまた、その世界から浮いたような黒髪を風に嬲られるままに真正面から距離を詰める。
「ふッ!」
「あはっ!」
黒髪の少年が持つ銀槍の穂先が粒子の尾を曳き、桃髪の青年が振り翳した漆黒の斧が赤黒い軌跡を描いて互いの軌道とぶつかり合う。
「これさこれさ! お前の為に作って貰ったんだ! もっともっと、楽しもーぜ!?」
黒髪の少年――迎坂黄泉路の人を超えた膂力からなる槍の突きと、その重量と技量のみで拮抗して弾き合った斧を素早く引き戻しながら桃髪の殺人鬼、行木己刃が満面の笑みを浮かべる。
戦いを、命の奪い合いを楽しんでいる事を前面に押し出すような己刃とは対照的に、黄泉路は手元で槍を回転させながらも次の一撃の為に更に一歩踏み込んで槍を薙ぐ。
ギィィ、ン。
斧の側面を傾斜して横薙ぎを流した己刃が、踏み込んだ黄泉路の間合いの外から両手で握って初速と小回りを利かせた斧の先端で黄泉路の伸び切った腕を断とうと振り上げる。
槍を薙いだばかりの黄泉路の腕に吸い込まれるように命中するかに思われた斧が、黄泉路の学生服、その奥の腕関節の肉を浅く裂いて通り抜け、
「シッ!」
背に生えた翼の様な赤黒い腕状の粒子塊で身体の位置をむりやり引いていた黄泉路が、今度はその背の巨腕で地面を押して飛び込む様に、己刃の胸めがけて螺旋状に撚られた槍の先端を突き出した。
「うぉっとぉ! 危ねー、な!!」
身体を更に低く落とし、振り下ろしたばかりで地面に深々と突き立った斧に自身を引き寄せる様にしながら身体を捻った己刃のこめかみスレスレを通過する。
地面スレスレにまで落とし込んだ身体を駒の様に、斧の持ち手を軸に両手で逆立ちの如く蹴りを繰り出して黄泉路の手首を蹴り上げ、槍を跳ね上げた隙に重心を傾けることで倒立前転、引き抜いた斧を空中で横旋回すれば、胴を薙ぐような一撃に黄泉路が背中の巨腕を防御に回す。
刹那の割り込みに間に合った赤黒い巨腕がやすやすと漆黒の斧に切り裂かれるも、黄泉路はその猶予を使い斧の間合いの外に脱出していた。
赤く滲むような摩擦傷と髪の一部を巻き込んだ槍を目の当たりにしながらも己刃の表情は口調とは裏腹に喜色に溢れており、今の状況をこの上なく楽しんでいるのが黄泉路にも手に取る様に分かってしまう。
「それ、普通の武器じゃないよね」
「おうよー。【黒曜造り】ちゃんのごきんせーだぜ」
刃先を天に向け斧を肩に担ぐ己刃が笑う。
黒々とした澄んだ輝きを見るにそうであろうと思っていた。
能力を阻害する能力は既に黄泉路の頬、腕の傷の鋭い痛みが証明しており、その刃が幽世に届きうることは互いに理解するところ。
となれば黄泉路は普通の武器を相手にするような無茶は出来ず、多様な能力を借り受けられるとはいえ、歴戦の戦闘巧者である己刃の虚をつくのは容易ではない。
「これでやっと対等にヤれる」
ずっとこの瞬間を待っていた、言葉にせずともそう告げているのが分かる様に、笑みを深めた己刃が構える。
先ほどまでの焼き直しの様な低い姿勢。しかし、
「こっからもっと、楽しくなるんだ――!」
「っ」
斧を背に、左腕と両足を使い三肢の獣の如く地を滑る様に駆け出した殺人鬼が吼え――
「堪んねーよォ! 黄泉路ィ!!!!」
黄泉路の真下から。
抉る様な角度で背から抜き放たれた黒が翻る。
「なっ!?」
黄泉路が咄嗟に銀砂の槍を構えて斧を迎え撃とうとするが、その目測は身体を動かしながらも認識したソレを見た瞬間に間違えていた事を遅まきながら理解する。
「ぐ、あっ――!」
斧をいなそうと構えた黄泉路の左腕、その下をすり抜ける様に脇腹へと深々と漆黒の曲刀の先端が抉り込む。
そのまま手前に向け肉を裂かんと滑り始める力の起こりを察した時には、黄泉路は既に痛みを堪えながらも槍を回して黒曜の刃を跳ね除け、同時に丁度いい位置にあった己刃の肩を蹴り飛ばして後方へと吹き飛ばす。
「ッ、痛ぇー……。肩外れるかと思ったー」
「ふぅ……ふぅ……く、ぅ……!」
「あははっ。良い顔になったじゃん。どーどー? 驚いた?」
数回、想念因子結晶に覆われた硬い床を忖度なしにバウンドしながら転がった己刃が片手を軸に勢いに乗って回転着地をしながら冗談交じりの文句を口にしながらも、その顔はしてやったりといった具合の年相応の悪戯っぽい笑みのまま、立ち上がり姿勢をフラットに戻しながら黄泉路に自慢する様にその刃を向けた。
今まさに黄泉路の血を啜り、赤く色づく様に中心へと色が深くなる漆黒の刃。その姿が、様変わりしているのを再確認し、黄泉路は苦々しく息を吐く。
――湾曲刀。それが、現在己刃が握る武器の名称であった。
柄のすぐ先から半円状に弧を描く特徴的な刀身を持つ、盾をすり抜けることに特化した武器は黄泉路の槍の防御を素通りし、その奥の胴体に刃先を食い込ませるのには最適の選択。
斧を想定し、真正面から重量と遠心力で殴られると思っていた黄泉路には不可避の不意打ちだが、当然、疑問はある。
「その武器……」
「あっはっ。こんな不意打ちキマっても1度だろーからさ。驚かせたかったんだ。初見が斧ならそーゆー武器って印象付けられるし」
言いつつ、己刃が柄――刀身同様漆黒の鉱石質なそれ――を握りながら得意げにショーテルを振れば、一瞬の瞬きにも満たない間にその形が湾曲刀からさきほどの大ぶりな片刃斧に変わる。
「形状が自在だったとはね」
「あはっ。これが俺の完成武装。銘は聞いてねーから勝手に【黒楽葉】って呼ぶことに今決めた」
「黒楽葉……」
「月浦ん所でごしょー大事に寝かされてたからさっきの試作戦闘機と一緒にブン捕ってきた」
いえい、と。片手でピースサインを突き出してけらりと笑う姿は相変わらずで、黄泉路はそれがどうして月浦にあったのか、どうしてそれを己刃が知っていたのかを問い質す意味などないのだろうと悟る。
「(全部、僕と最後に戦うため……)」
「大体さー武器なんてわかりやすくて短い名前がありゃじゅーぶんなのに、対能力性可変式黒曜なんちゃらーとか言われても分からねーよなー……っと。よーやく本気になってくれた感じだな」
「うん。少なくとも、それを握ってる己刃相手に、気を抜いたりは出来そうにない」
「そっかそっか。そこまで買ってくれてるなら嬉しーぜ。これで存分にお前を愛せる」
黄泉路の頬に既に赤い線はなく。腕の傷も、脇腹の深手も銀の粒子が埋め戻し、外見上は万全になった黄泉路が銀砂の槍を深く構える。
対する己刃もまた、見栄え重視にしていたであろう黒楽葉を短刀サイズにまで縮めて足の具合を確かめる様に何度かその場で小さく跳ね、
「シッ!!」
「ラァ!!!!」
強く踏み出した両者が裂帛の声を置き去りに瞬く間に接敵する。
身体能力の面では黄泉路が圧倒。故に先んじて間合いに踏み込んだ黄泉路が槍を振るう――よりも早く、互いの速度差、得物の射程を計算に入れていた己刃が手元の短刀の形を瞬く間に変え、槍を絡めるように黒曜の鞭が撓り、音速の壁を破る音が爆ぜた。
「あっはっはっはっはっ!!」
「くっ――無掌幻肢!」
槍を弾いた鞭が撓るままに、手首のスナップを返す動作の中で両刃剣へと形を変えて黄泉路の胴を薙ごうとすれば、その腕を押さえつける様に黄泉路の背から生えた赤黒い粒子の巨腕が頭上から拳を振り下ろす。
「おーっとぉ!」
両刃剣が振るわれる間にも形を変え、振り下ろされる巨腕をすり抜ける様に短槍になった黒楽葉共々黄泉路の間合いの内へ潜り込みその穂先を突き入れんとする。
だが、態勢を立て直せるだけの猶予は得ていた黄泉路もまた槍を短く握り黒曜の槍と銀砂の槍が互いの密着距離でぶつかり合う。
「まだまだ、品は沢山あるから、しっかり全部喰らってくれよ!」
吼える様な、自らの内側にこもった熱を吐き出すような、己刃の楽し気な声が戦場に響いた。