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13-47 紅の刃華

 脇腹から溢れ、酸素に触れた事で急速に赤黒く変化して服を染める血液が不自然に脈動する。

 次の瞬間にはそれらが夥しい量の深紅の花へと変貌し彩華の身体を彩る様に茎を伸ばし枝葉を広げ――


「ぎ、ぃっ!?」


 戦場に空いた不自然な空白を埋める様に生い茂った、鉄の香りを纏った花が周囲の黒曜石の槍を絡め、斬り砕きながら真麻へと殺到する。


「――私達の能力、基本的に生き物には使えないわよね。詳しい話は、意思がどうとか、言っていたけれど」


 ざりざりざりざり、と。

 黒に染まっていた空間を押し返す様に広がる毒々しい紅の奔流の中、彩華は独白するような声量で呟く。

 真麻に向けたものであると同時に、自らの納得を声にすることで、世界に、自分を主張するための声を。


「なら、極端な話だけれど。自分の身体(・・・・・)なら生きていても素材に出来る」

「血を――媒介にっ……!?」


 真麻は迫りくる鋭さを増した刃の花群に対応すべく刀を、周囲の黒曜石を総動員して分厚い槍衾を構築するのに必死で、さらにそれらがぶつかり合って激しく削り合う音でその声が届いているかすら定かではない。

 彩華は血にまみれた手を、指し示す様に真麻へと向ける。

 それだけで鮮やかな花が彩華の思考速度をトレースするかの如き速度を発揮する。

 明らかに精度も速度も、硬度すらも上がった刃の群れに真麻は刀の柄を握りしめ、刀身に力を注いで黒曜石を急激に肥大化、もはや大剣とでも評すべき漆黒の塊を叩きつける様に大降りに振り下ろす。

 急造された黒曜石の外周があっけなく砕けるも、その重量はひとつひとつは細く華奢な印象を与える刃の花々を砕くには十分なもの。

 とはいえそれですべての花を叩き潰せたわけではない。後から後から湧いて出る真っ赤な花の群れは既に人の身を捨てさせられた真麻をして背筋を寒くさせる、それが()で形成されているかを考えれば群体恐怖症でなくとも恐怖を感じざるを得ない光景を前に、真麻は黒曜刀を我武者羅に振り回して応戦する。


「本当なら、こんなことをするなんて。自殺行為なのだけれど」


 静かに、しかし熱の籠った声音で彩華が能力を操る意識を研ぎ澄ませば、過去、これほどにまで素早く、鋭く刃を躍らせたことなどあったかと本人でも思うほどの狂い咲くという表現こそが適切とでもいう様な花の嵐(・・・)は止むことなく、


「死、にますよ、あなたも――!」

「あのまま、追い込まれて死ぬのと。死ぬかも(・・)しれない可能性。どちらを選ぶまでも、ないでしょう?」


 これまでとは違い、明確に黒曜石が削れ割れて行くのに対し、紅の刃華はまるで元から流体であったかのように欠けたと思った箇所が急激に流動して新たな刃を形成し、真麻の生成速度を上回って防御を削る。


「う、ぐぅううっ!!」


 深紅の生垣の中心から躍り出た彩華が、どす黒く染まった牛刀を振り下ろす。

 辛うじてそれを受けた黒曜の刀がピシリと音を立てると同時、真麻はこの戦闘が始まって以来初めて自らの意思で身体を引き、衝撃を逃がそうと刀を支える腕を下げた。

 牛刀はそのまま天から地、大きく振り下ろす形で彩華の全身の重心を持って行くように前傾するが、その大振りの隙を埋める様に腹部から咲いた爛々とした光沢で着飾った彼岸花が細胞分裂でもするように溢れ出して視界を塞ぐ。

 彩華の言っている事は一見正論に聞こえる。だが、その身の削り方は言葉に反して自滅的とすら言え、その様子に真麻は自身の理解の外にある狂気に触れたように思えてしまう。

 いまや彩華の全身を絡めるように蠢く赤黒い蔦、それらが彩華の身体を外側から動かし、さながらパワードスーツのように失血による身体能力の低下を補って余りある駆動を実現させていた。


「能力で無理やり身体を……! どうしてそこまでして」


 自然と零れた疑問。問いかけというよりは、自身が抱いてしまった恐れにも似た感情を内にため込んでおきたくなかったが故に漏れ出てしまった真麻の小さな声は極至近距離で互いの能力で牽制しながら手にした牛刀と刀で切り合っている彩華の耳にも届いていた。


「貴女と違って――こんな所で、死にたくないのよ。私はっ!」

「ッ!?」


 出血に重ね、能力によって自らの血液を体外にて武器へと作り替えている彩華の顔色は青を通り越して土気色に近く、いつ失血死してしまうかもわからないほど。

 にも拘らず、彩華の口調は力強く、その動きは先にもましてキレがあり能力と自身の身体、手にした牛刀を巧みに組み合わせた波状攻撃は反射速度が上がれど戦術的な思考の素地を持たない真麻には対処に余り、既にいくつもの亀裂を結晶化した身体に刻み込まれていた。


「何のために」

「?」

「だって、あなたは私とは違う!」


 刀が枝分かれし、鋭い牛刀の一閃を瞬間的に受け止めて枝分かれした根本が断ち切られる。

 砕けた黒曜の破片が瞬く間に棘となって彩華の腕を狙うも、彩華の腕を覆う様に咲いた赤い彼岸花がそれを絡めとってすり潰す。


「私は作ることが目的で、作品が作れればそれでよかった! でも、あなたは使う側(・・・)でしょ!?」


 作り手と使い手、真麻の中での線引きとして、真麻から見た彩華は自身とは似て非なる存在だった。

 同じ物質を作り替え、造形する能力者、一見すると植物の形として出力する彩華の在り方は自身と同じ作品を手掛ける作家に近い物を感じるが、その本質は真逆。

 真麻は作品が結果として戦闘に使われるのに対し、彩華は戦闘のために作品とも言うべき鈍色の草花を作り出す。

 自身が死を恐れないのは、受け入れてしまっているのは、既に作品を多く遺したから。自身という存在そのものも、最終的には作品と呼んで差し支えがない今があるからであり、そうした拠り所の無い彩華が同じく死へと向かうチキンレースを真正面から、自分よりも更に踏み込んで勝ちに来ている事実を、真麻はどう処理して良いのかわからなかった。


「あなたは死んだら終わりじゃない! なのにどうしてそこまで必死に戦うのよ!?」


 わからない、元来戦う者ではない真麻には、戦場彩華の精神が理解できない。

 ぶわりと足元が波打つように力が伝播し、床一面に広がり、欠け、散らばった黒曜石が小刻みに震え、


「《黒匠剣雨》!!!」


 理解できないものを恐怖し拒む、原始的かつ根源的な衝動に突き動かされ、真麻は刀を強く握りしめて吼えると同時に、浸透した力がバネの様に爆ぜる勢いで彩華へと牙を剥く。


「《一華繚乱(いっかりょうらん)・艶色彼岸》」


 同時に、彩華の腰元から零れ、全身を巡る様に流動していた赤黒の流体が彩華自身を茎に見立てた彼岸花の様に花開き、


「簡単な事よ。私はいつだって自分の未来は自分で()り拓いてきた」

「く、ぅぁ……!」

「今だって、それは同じ」


 黒と赤が拮抗する。だが、その操り手の表情は明確に動と静に別れていた。

 苦し気な表情を浮かべ、外周から深紅の刃華を削り砕こうとする黒曜を受け止め、その範囲を縮めながらも自身が真麻へと距離を詰めることでその収縮を感じさせない、静かな表情で詰めへと向かう彩華。

 既に刀を振り翳せるだけの余白の無い近接状態の中、赤い刃が糸の様に、巨大な彼岸花の傘の下に収まった彩華の牛刀が真麻の胸に吸い込まれるように突き刺さる。


「私自身の恋だもの。全力を尽くすのは当然でしょう」


 囁くような、外部の音の中に溶けてしまいそうなほどにか細い声はしかし、それを当然とする彩華の精神性が芯に通った真っ直ぐな言葉として、胸に突き立った牛刀を通して真麻の魂に触れた。


「――あぁ……(そうか)」


 バキリ、と。

 真麻の手元で漆黒の刀身が砕けたのと同時。


「(私結局、作品だけ見て、使う人、見てなかったから……)」


 作り手として数多の作品を手掛けていつつも、結局は作品を作る自分、自分が作り上げた作品にのみ焦点を向けていた。

 そんな自分では思いつけなかった、自身を端に発しつつも相手を想う献身(・・)が込められた彩華の感情がなだれ込んできた瞬間、真麻は自分では勝てないと悟ってしまう。


「(眩しい、生き方ですね)」


 胸元に突き立った牛刀への痛みはない。痛覚という人体に不可欠な要素は早期に立ち消えてしまっていたが故の戦闘能力も、真麻という核が降された事で全身から力が失われてゆく。

 真麻の身体が膝から崩れ落ち、服の内の結晶が床にぶつかって硬質な音を奏でる。

 彩華達を覆った彼岸花に降り注いでいた黒曜の雨が止む。


「……この島の上部分の結晶、貴女が一枚噛んでいるわよね。これでどうにかなるか、答えてはくれるのかしら」


 仰向けに転がった真麻へと、自らも体力が底を突き、悪寒が押し寄せるのを顔に出さない様に務めながら彩華が問いかける。


「それ、は。わかりかねます。だって、ホラ。私、使われるばかり、でした。ので」

「そう……」


 完全な無駄足、ではないだろうが、徒労の可能性もあると示唆されてなお、彩華は静かに腰を落として真麻の側に座り込み、周囲を覆っていた流血からなる刃を身体へと引き寄せ、


「(さすがに血を流し過ぎたわ。……どうにか、元の血に戻せないかしら。元々自分の身体の一部だったのだし、それくらいの無理、効いてくれても良いと思いたいところなのだけど)」


 失われた血をどうにか補填しようと、刃へと編んだ血液、そしてその際に巻き込んだ元々持ち込んでいた素材を分解して傷口から体内へと押し込もうとし、痛みに顔を顰める。

 このまま彩華が出血かショックで倒れてしまえばほとんど痛み分けに近い決着になってしまう中、明確に敗者として床に転げた真麻が小さく口を開く。


「……不思議な、気分です」


 ぽつりとつぶやかれた言葉は一転して静寂に満ちた室内に溶ける様に染み、傍で聞いていた彩華はゆるりと視線を向ける。


「痛みは感じない。体の感覚がない。ここにいるはずなのに、どこか、遠い。私が現実に居ない。妙な感覚です」

「……」


 その有様は、ともすれば自身の想い人の状態に近いのではないだろうかと、彩華は脳裏に今も同じくこの浮遊島のどこかにいるであろう黒髪の少年を思い出す。

 そんな彩華の内心など気づくはずもない真麻は、独白の様に、自らの最後を、看取る相手に手渡す様に、言葉を紡ぐ。


「これから死ぬと、わかっているのに。実感が、湧かないんです。ねぇ、こんなに、死ぬって、簡単でしたっけ」

「知らないわ。経験が、ないもの」

「……そちらの、【黄泉渡】さんなら、この感覚、共感してもらえた、でしょうかね」

「かも、しれないわ」


 今際の自身を引き留めているというよりは、自覚のない自分が、これから死ぬことに対して納得を得ようとしている様な語り口に、彩華は静かに言葉を返す。


「後悔は、今の段階になってもないんです、よね」


 走馬灯を見るほど朦朧ともしない意識、それなのに着実に死へと向かっているという感覚だけがある奇妙な状態の中、真麻は自身の人生を振り返って断言する。


「考えてみれば。私の最高傑作(・・・・)は既に作っていましたし……最期が美しいものに囲まれて終れるなら……作家冥利に尽きる、と、私は結論付けます」


 四肢の先、か細い場所からぽろぽろ、さらさらと、真麻の身体が微細な塵へと変わってゆく中、


「あの作品は、()ならきっと……使いこなしてくれる。作り手にとっての後の幸いは、正しく使ってくれる持ち主あってのもの、ですから……」


 彩華は続く言葉に不穏なものを察して僅かに息を呑む。


()はこれで完成。あとは、あなたの完成も、楽しみに――」

「ちょっとっ」


 問いただす間も無く、真麻の身体が消えて行く。朽ちて行く。

 身体を侵食する想念因子結晶がついには首から上まで急速に進行し、それと同時に砕けて崩れて人の形を奪い、


「最後に後味悪くしないでほしいわ……」


 そのひと欠片までもが粉の様に崩れ、床を覆う黒曜石の上にきらきらと光を反射して仄かに輝く中、彩華は静かに息を吐いた。


「っ……。はぁ。傷は、さほど深くないのが幸いだけれど」


 血を使い過ぎた。

 そう口の中で呟いて、彩華は静かに身体を横たえる。


「(血を、戻して、止血。そう、止血するには、傷口を閉じないと……)」


 緊張が解れ、急速に眠気が襲ってくる中、彩華は腹部の熱とも痛みとも言える刺激のみを頼りに能力を使い続け、


「(すこし、疲れた)」


 慣れない応急処置を終えると共に、彩華は眠気に負ける様に意識を手放すのだった。

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