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13-46 黒の宝匠

 遠目から見てもわかるほどに、服の内側――目立たぬ場所にしかなかった結晶化の現象が全身に及び始めるという異変を目の当たりにした彩華は即座に先の能力出力の増大と紐付け、手にした牛刀でばっさりと行く手を阻む黒く艶めいた杭を切り裂いて駆ける。


「(何にしても静観は出来ない、なら――!)」


 黒曜石で出来た竹林めいた鋭い杭の間を駆け、真麻が振りかざした刀と、彩華が握りしめた牛刀が宙でぶつかり合って火花を散らす。


「っ」


 互いに弾き合った感触から、彩華は真麻の手に握られた黒曜の刀身を持つ刀が切り砕いてきた周囲の黒曜石とは比べ物にならない強度を持っている事を理解する。


「(私の牛刀(これ)と同じ、この人にとって特別な意味のあるものなのね。手ごたえからして下手な蔓草では裂かれてしまいそ――)なっ!?」


 同じく弾きあい、反動で同程度逸らされたはずの刀が彩華の目の前で急速に引き戻され、再び振りかざすための溜め(・・)の姿勢まで取られてゆくのを目の当たりにし、彩華は咄嗟に靴の裏に形成した刃で間合いの外へと身を逃がす。

 彩華の居た場所をすれすれにかすめて大振りの袈裟斬りが通過し、更に刃を手の内で返した逆袈裟に切り上げる構えを見せながら間合いを踏み込んで埋めてくる。

 通常の人間――能力者と言えど、身体能力に作用する能力でもなければ大抵の場合は常人の域を出ない――ではありえない身体機能、素人臭さは抜けない構えだが、それを補って余りある力任せの固定によって成り立った鋭い剣閃に、彩華は服の一部を再編して即席の刃の花を多重に生み出して対応する。


 ギャリリリリリリッ。


 鈍色の花弁が黒曜の刃に削ぎ切られる歪な音を無視し、彩華は牛刀を振るう。

 上がり切った真麻の左腕を狙った牛刀の刃先が袖を切り裂くが、その奥に煌めく艶やかな光沢を放つ鉱石の皮膚を僅かに切り砕くのみで、そもそものリーチ差から深入りも出来ないことから彩華は仕切り直すために数歩距離を取る。

 それを見た真麻はこの戦闘が始まって初めて、自らの足で彩華へと大きく距離を詰めて刀を振りかざす。


「(動きは素人のまま、でも、反応速度が格段に上がって……それに純粋な身体能力が桁違いだわ)」


 縦横無尽に振るわれる刀の軌道を人体の――腕の可動域から目算しつつも、それよりもいくらか余裕をもって軌道の外に身を置くことで人の身を超えつつある苛烈な攻撃に対処しつつ、彩華も負けじと自身の強みを押し付ける様に能力を行使する。


「グ、ガ、ゥウウゥウ!!!」


 彩華の強み、それは真麻とは違い、物質干渉を行うのは常に戦闘中であることによる展開速度と、一撃で相手に致命傷を与えられる鋭さ。

 服の内から咲き乱れた鈍色の蔦が、葉が、花が、刀を対処する正面の牛刀とは違う角度から挿入され、まるで彩華とその刃の植物群が一個の生命かのように真麻を全周囲から切り砕く。

 数合もしない、戦闘においては瞬く間と言ってよいほどの時間の間にも、真麻の纏っていた服は随所を切り裂かれ、その内側に見える想念因子結晶と化した歪な人体も、まだそうなり切っていない血の通った柔肌も、その一切の区別なく裂創を刻まれていた。


 意識はあるのだろう。明確に殺意を持って彩華へと振り下ろされる太刀筋には彩華をしてひやりとさせられるが、それでも彩華からすればわかりやすいもの。

 牛刀(さつい)を握りしめる程に身近な感覚は向ける側としても向けられる側としても彩華は真麻の上を行く。その上、戦闘というステージに置いても真麻のそれは彩華には遠く及ばない。とはいえ、


「くっ、う……! (そりゃあ考える頭が残ってるなら学習もするでしょうね!)」


 彩華が自ら戦う以外にも能力によって全周囲からの攻撃を仕掛けていれば、当然、真麻も同じことができる能力者であるが故に同様に黒曜石を隆起させて彩華の周囲に展開した刃華とせめぎ合う。

 けたたましい金属音が鳴りやまず、ふたりの周囲に火花が散る。

 一見すると互角――戦闘技術という点において彩華が優勢であるようにも見える至近距離での攻防だが、彩華の瞳には僅かな焦りが滲んでいた。


「(猿真似をされても根っこの技術では圧倒的にこちらが上。とはいえこの物量はさすがに厳しいわね。スタミナ切れを狙おうにも、スタミナの概念があるのかすら怪しいもの)」


 さすがに、素人――それも現在進行形で身体が作り替えられ、奥底から感じる本能的な恐怖と魂そのものへ干渉されるような拒絶感が痛みとなって表出する感覚に半ば発狂しながらも、自らの芸術性、作家性のみを柱に自我を保ち刀を振るっている様な状況の真麻に悟らせるほどの焦りではないが、それでも戦況が徐々に彩華にとって不利に傾いている事実は変わらない。


「(それに――)」


 ちらり、と。刃を弾いたばかりの牛刀を見やり、それから周囲をほとんど無差別に突き暴れる黒曜石を受け止めた植物型の刃へと視線を一瞬だけ向ける。

 刃こぼれひとつなく今も刃物特有の妖しい光沢を魅せる牛刀とは打って変わり、植物型の刃の方はぶつかった黒曜石と相殺する形で花弁が欠けてしまっていた。

 それが意味することはすなわち、彩華の手持ちの資材が削られつつあるということ。

 彩華はこの場に臨むにあたって周囲から多くの物質を回収して金属に再編し服の内へと仕込んでいた。

 それによって発生する重量増加や行動の鈍化などを服の内に張り巡らせた金属を自身の動きを補助する、いわばパワードスーツのような形で運用していた事でそうと悟らせなかっただけのことで、彩華の服の内側は圧縮された金属が満載された武器庫の様相を呈していた。

 だからこそ彩華は相手のフィールドであろうが戦えると踏んでいたし、事実、真麻がここまでの覚醒をしなければ接近戦に持ち込んだ段階で勝つことも出来たはずであった。

 計算が狂ったのは真麻が想念因子結晶を埋め込まれており、能力が格段に強化されていたこと。加えてその結晶が人体を代替するようになったことで知覚能力や動作のラグが非常に少なくなり、元の人体を超えた膂力や可動域を得てしまっていることで、彩華は素人相手の接近戦でここまでの苦戦を強いられる羽目になっている。

 そうした戦力の拮抗状態の中でも彩華の攻撃は幾度も真麻を切りつけ、その身を侵食する想念因子結晶を僅かながらにでも砕いているが、逆に彩華は自身の身を守る資材の総量が秒間で目減りしていくのを実感しており、この均衡も長くは続かない事は容易に予想できてしまう。


「(大技は使えない、かといって物量差で勝負は元からできないし、唯一の救いは切れ味は私の方が上ということくらい)」


 蔦を節約したことでわずかながら抜けてきた漆黒に染まった槍が頬をすれすれに掠めて赤い筋を刻む。

 代わりに彩華の牛刀が真麻の左肩を深々と抉った事で想念因子結晶が舞い散り、左腕がだらんと重力に沿って垂れ下がる。

 だが、これも一時的なものだと彩華は深追いせず、否、できないまま、痛みによってますます狂乱した真麻の攻撃をやり過ごすべく大きく右回りに出来たばかりの死角へと回り込む。

 黒曜の杭がそのすぐ後ろで肉食魚の群れの様に床へと突き立つ様子にも目もくれず、彩華は肩の傷が想念因子結晶の浸食と結合によって復元しつつあるのを観察しながら次の手を探す。


「(本当に埒が明かないわ。わかりやすい弱点なんてある方がおかしいのだけれど)」


 更に再生される前に少しでも傷を、彩華がそう考えてしまうのも無理はない。だが、


「ウァアッ!!」

「あ――(まずッ)」


 裂帛。真麻の口から発されたのは、まさにそれであった。

 これまでの痛みにのたうち回る様な悲鳴ではない。真麻が意図して気合を(・・・・・・・・・・)入れた声(・・・・)を聞いた瞬間、彩華は自身の失敗を悟り――


「ぐ、ぅッ……!!」


 ぞぶ、と。彩華は生涯で初めて、自身の内側に異物が入り込む冷たい感触をその身で実感する。

 咄嗟に逆手に持ち替えて進路を遮った牛刀は確かに黒曜の刀に当たっている。

 だが、それ以上に、元より長い黒曜の刀の刃先は彩華の脇腹、その肉に深々と食い込んでいた。


「ッ、ふっ!」

「!?」


 彩華は腹部に感じる冷たい熱さとでもいうべき悍ましい感覚に悲鳴を上げる意識をねじ伏せ、諸共引き裂かれた服の内にのこっていた素材を全て使って黒曜刀を正確に入射角に沿って押し戻して距離を取る。

 傷口を作り塞いでいたものがなくなった途端、どばどばと服を赤黒く染めながら床にまで鮮血が零れだす。

 彩華は人体からの流血など見慣れているが、実際に自分がこれだけの量の血を流すことなどなかったが故に自分にもこれだけの血潮が流れていたのだとどこか他人事のような離れた思考が冷静に現実を見下ろしていた。


「(やられた……!)」


 とはいえ、彩華はこれまで何度も死線を潜り抜けてきた、ただの女学生には有り余るセンスと努力の持ち主である。

 自身が重傷を負わされた、そこに至るまでの過程はしっかりと把握できていた。

 無秩序に荒れ狂いながら刀を振りかざしていた素人だと、侮っていなかったといえば嘘になる。だが、先のあの瞬間。あのひと振りだけは開戦当初のような真麻個人の知性による計算と、半ば結晶人間と呼んで差し支えないほどに侵蝕の進んだ人外の身体機能、そのふたつによってなされた急襲であったことを正しく認識し、それ故に、咄嗟に刀に抗しえる牛刀を間に挟み込むことに成功していた。

 もし仮に牛刀を挟み込むのが僅かにでも遅れていれば、彩華の胴体は今頃半ばまで、いや、下手をすれば真っ二つになっていた可能性すらあったのだから、彩華の機転は確かに機能していたと言って良い。


「(まさか、再生速度まで、操れる、ようになっていたとは予想外だわ)」


 真麻がやったことは単純明快。彩華が傷をつけ、一時的に動作不良に追い込んでいた肩の傷。それがあの一瞬だけ急速に結合して両手持ちになったことで刀の振りを補助したのだ。


「っ……」

「……そ、の傷、だいぶ、深く、いけ――た、みたいですね」

「お陰、さまで。貴女こそ、頭の具合はもういいのかしら」


 刀に滴る血を払うでもなく、先ほどまでの狂乱ぶりが嘘の様に静かに佇む真麻に、彩華は皮肉気に微笑み返すことで応える。

 幸い、口から血が零れる事もない事から内臓には達していないと自身の傷の深さを考察してはいるが、彩華の動きは鈍い。

 片手で傷口を抑える必要性があることも加え、動けば動くだけ、手では塞ぎ切ることなど到底できない傷口から血液が流れだすのだ。下手な身動ぎひとつすら寿命を縮める確信があればこそ、彩華は静かに痛みを逃がす様に呼吸を繰り返す。


「――ふぅ」


 最後に、深く息を吐いた彩華が顔を俯けたことに、真麻は一瞬諦めたかと思うも、とどめを刺すのに何も自身の手である必要はもうないと思い返し、刀を床へ、最初に行ったように、周囲の黒曜石に干渉することで彩華を全周から貫くための槍を作り出す。


「どうや、ら、私の勝ち、で良、さそうです、ね」

「……」


 答えない彩華に、真麻は牙を振り下ろす。

 自身の終わりを予感して構えていたものの、こうして乗り越えて見ても代償が大きすぎて先がない。そんな感傷めいた思考を脳裏に描きながら、真麻は自身の黒曜の杭が、


 ――カシャ、ン。


「な」


 彩華に到達する直前で全て斬り払われる(・・・・・・)光景に思考が強制中断させられた。

 カランカラン、と。硬い音を立てて杭の先端だったモノが無数に同質の床へと転げる中、綺麗に新円を描く様に作り出された安全圏の中心に立つ彩華が血の気の失せた白い顔を上げる。


「いいわ」


 ゆらりと姿勢を正す彩華が傷口から手を離す。


「私も、覚悟を決めましょう」


 静かに、しかし決意の籠った声音で彩華が宣言すると同時。

 深紅に色づいた(・・・・・・・)大輪の華(・・・・)が黒に染まった空間に咲き乱れた。

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