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13-45 黒曜造り2

 普段であれば足裏から靴、靴底を通して床へと伝播し発動するはずだった物質再編、しかし、強く踏んだ足裏から伝わる能力が阻害される感覚に後手を悟った彩華は咄嗟に右腕を振るい、袖の内側に仕込んでいた鉄板に能力を集中させて鈍色の花を咲かせる。


「ぐ」


 急速に開花した刃の花はすんでのところで黒曜の刃を受け流し、合わせて顔を逸らした彩華の頬に浅く腺を描いて後方へと抜けて行く。


「(分かってたのに……!)」


 黒曜造りによって作られた、覆われた構造物は能力による干渉を阻む。その事を知っていたにもかかわらず、より強く干渉すれば無理やりにでも変質させられるかもしれないと、まだ余裕のある初手で検証に走ってしまった自身の失策――過信に内心で舌を打つ。

 真麻の手元の刀から枝分かれするように肥大化した黒曜石の先端がぼろぼろと欠け、同質の床へと降り注ぐ雨音のような連続性をもって硬く響く。


「勿論、素直に殺されるつもりはありませんよ。私は私という作品を最期まであきらめない事にしたので。それでも殺されるというのならばそれが私の終わりでしょうから受け入れますけどね」


 完全に後手に回ってしまったことで顔を顰める彩華に対し、黒曜の雨が降り止まないうちに滔々と語る真麻の表情は対照的で、


「歴戦の戦闘員(エージェント)として名の知られたあなたと正面切って戦えるとは、私も思ってないですよ。でも、この場所は私の武器庫、この建物そのものが作品にして縄張り。この環境でならば、手元に素材が無ければ能力が使えないあなたにも届きうる」


 宣言というよりは、自負するような、自らに言い聞かせる様な含みを持った言葉と共に短く、元のサイズにまで折れてしまった黒曜石の刀を横に薙ぐ。


「舐め、ないで――ッ!」


 事実、戦場彩華と揚町真麻の能力は類似性が高い。能力に対して特殊な抵抗性を持たない代わりに鋭さと硬さ、展開のすばやさを兼ね備え、周囲に物質がある限りあらゆる局面を打開しうる彩華に対し、鋭さ、硬さといったものを付与するにはそれなりの集中や準備が伴う代わりに基本的なスペックとして能力に対する抵抗性を付与する真麻の能力。

 展開速度に関しては真麻がやや劣るものの、それもこの場所という限定的な環境においては彩華を僅かに上回るほどにまで伸びており、この空間を覆う黒曜石そのものが、浮遊島が出来た瞬間から真麻が能力によって育て続けてきた(・・・・・・・)武器であることを証明していた。

 だが、埋められた差を以てなお、戦場彩華は冬服の下にしまい込んだ素材を引き出しながら巧みに切っ先が伸び、部屋の全域を薙ぐような横払いを斜めに跳ね上げて前へと踏み出す。


「――やはり使い手の腕ですか」


 既に黒曜の雨は止んでおり、彩華を阻むものは何もない。

 靴裏に仕込んだ素材を変質させ黒曜石の床を削り滑る様に、身体強化系もかくやという速度で肉薄した彩華がその靴裏の刃で真麻の胴を深々と蹴り抉る。


「ぐぅ!?」


 跳ね上げられたばかりの体勢の真麻は、再び元の長さにまで砕かれた刃ではその鋭すぎる蹴りを受けることは出来ず――というよりも(・・・・・・)


「……さっきの振りもそうだったけれど、貴女、素人(・・)なの?」

「く、ふっ……やっぱり、分かる人にはわかる、ものなんですね」


 元より、揚町真麻は戦場彩華に身体機能やその戦闘技術によって大きく開きがあったが故に、どうあっても彩華の蹴りを受けられたかは怪しい物であったというのが、正しい。

 だが、それがすぐさま戦闘の決着を意味しないのは、蹴った感触から即座に気づいた彩華の態度からも明らかで。


「その結晶、身体の内側にも根を張っているのね」

「ええ。気色悪いことに、私にはその自覚が全然ないんですよ。怖いですよね。自分の身体なのに自分がどうなってるのか分からないなんて」


 真麻の胴体に深々と靴裏の刃が突き立てた足に力を籠め、真麻を蹴り飛ばすと同時に身を引いた彩華は、腹部の敗れた服の内側に除く、流血ではない独特の光沢を目に捉え、それを肯定するように真麻が敗れた服の切れ目に指を差し込んで服の隙間を広げる。

 そこにあったのは、胸元に尖る様に突き出した想念因子結晶と全く同じもの。

 彩華の目には目の前の女性は健常な人間のように映っていた。胸元の結晶、それだけが異物であろうと、あえて蹴りの位置を低くしたのもそのためで。

 だが、今となっては揚町真麻という女性の肉体が人間とかけ離れてしまっていることは疑いようもなく――


「それでも貴女は最後まであがくと」

「モノづくりを志した以上、命尽きる瞬間まで注いだ作品というものには憧れも、矜持もありますから」

「芸術家ではないから分からないけれど、途中で投げ出すのは居住まいが悪いというのは同意だわ」


 再び、真麻が刃を振るう。

 だが今回は初撃の縦振りでも、部屋そのものを薙ぐような横振りでもない。

 下方、自らの足元に付き立てる様な仕草をした瞬間、彩華は同系統の能力者として真麻が何をしようと(・・・・・・・・・)しているのか(・・・・・・)を悟り、


「《黒剣山(・・・)》」

「《重刃盾菊(かさねばしゅんぎく)》!」


 靴裏の刃を鋭く伸ばして高く飛ぶ、同時にロングスカートの内にフレームの様に張り巡らせていた金属糸を即座に変形させて重厚な花弁を真下へと咲かせた。

 一瞬遅れ、床を覆っている黒曜石が鳴動と共に鋭く隆起し、彩華が作り出した鈍色の菊の花弁をがりがりと削りながら天へとそそり立つ。


「っ」


 彩華の身体を隠してあまりあるほどの大輪の脇を抜け、幾本物黒々とした杭が宙へ飛んだ彩華の頭よりも高く生える光景に彩華は静かに息を呑み、形成直後に砕けて散った黒曜石の杭という侍従を失った彩華もまた地面へと降り立つと同時に鉄の菊を再び糸状に戻してスカートの内へと引き戻す。


「隠し持つにしては、随分と重装備じゃないですか」


 物質再編能力、とはいっても、物体の元の質量を減らすことは出来ない為、どうやって彩華がそれだけの量を隠し持っていたのかと首をかしげる真麻だったが、それを素直に答える彩華ではない。


「あら。良い女は秘密が多いってどこかの名言だった気がするのだけど?」

「質量の話じゃないでしょ」


 冗談めいた応酬を最後に、真麻が再び刀を振りかぶり、彩華は服の内から流体めいた鈍色を引きずり出す。

 黒曜の刃が枝分かれして天地を喰らう顎の様に室内の空白を塗りつぶし、彩華が袖口から作り出した鈍色の蔦でそれをやすやすと切り砕いて身体をねじ込む隙間を作る。


「(準備はしていたつもりだったけれど、こうも物量で押されると手数が足りないわ……)」


 上層の結晶迷宮に到着し、初めて黒曜石で覆われた建物を見た時から。

 彩華はこの場が揚町真麻の領域(テリトリー)であることを理解し、彼我の能力から相手の舞台で戦うことの不利を承知していた。

 それ故に、元から仕込んでいたものに加えて、迷宮を直進する最中でそれらの一部すらも分解して自身の服の内側に仕込んで素材量をストックしてこの場に立っていたのだ。

 だが、それでも。物量で押し負けている事に変わりはない。


 刀が振るわれる度、床に突き立てられる度、その刀身が伸び、枝分かれし、鋭く尖った原初の刃物としての黒曜石が彩華を襲う。

 彩華も負けじと刃の蔦で杭を根元から切り砕き、靴裏に生やした刃で黒曜石の床を滑る様に移動し、真麻へと肉薄するべく室内を縦横無尽に駆ける。


「身体強化能力者でもないのに――!」


 竹林の様に狭く乱立する黒曜の刃の隙間を縫うように、または隙間を押し広げる様に。宙も地も隔てなく動き回る彩華に瞠目しつつも黒曜石の生成速度を上げて対応する真麻が歯噛みする。

 これまで真麻は能力を使用する際、速度よりも密度や質を重視してひとつひとつの作品(・・)に集中して製作できる環境にあった。


「もっと、早く、強くしない、と……!?」


 しかし今、それらを犠牲にしても素早く展開しなければならない真麻は自らの能力を限界以上に引き絞ろうと、自らの内側、その更に深い所に繋がった――繋がってしまっていたモノに触れてしまう。


「ッ」


 黒曜の光沢で満ちた竹林めいた杭の隙間に身をねじ込み、鈍色の茨で周囲を砕きながら隙を窺っていた彩華が咄嗟に身体を大きく捻る。

 直後、彩華の服の表面をスレスレに、いくらかの繊維を切り裂いて抜ける細い黒曜が煌く。


「(速――)」


 突如として跳ね上がった構築速度、思考するより先に能力を使うことを訓練していた彩華は咄嗟に服の内側の素材をふんだんに引き出して全周を覆う様に茨を編み上げ、




 ギャリギャリギャリギャリッ――。



 鈍色の籠の外を激しく擦る硬質な音が響き、彩華の聴覚を攪拌した。


「何が……!」


 身体に触れたままの茨の一部を通し、外周を覆う刃の結界を維持するべく神経を注ぐ彩華は激化した攻撃に対して真麻がこれまでは余力を持っていたのかと考えるも、すぐにその考えは外部から響いた()によって覆される。


「アアアァアアァアアアァアッ!!」


 悲鳴、そう呼んで差し支えない、普段声を荒げることも多くないだろう真麻の喉から絞り出されるような大絶叫が響き渡る。

 彩華を覆う茨の結界の外。黒曜石の刃を途切れることなく生成し続けていた真麻の身体が歪に隆起し、皮膚を突き破る――否、皮膚が変質するように同化した想念因子結晶によって服のあちこちが破れ、辛うじて人型を保ちながらも角ばったシルエットへと変異しつつあった。


「ごほっ、が、ぁ、アァアア……!」

「何が起きてるのかは、考えたくないけれど」


 外から聞こえる痛ましい声に眉をしかめた彩華は、静かになった外の気配を探りながらも覚悟を定める様に、手元へと視線を落とす。


「もう、なりふり構ってはいられないのはこちらも同じ」


 深くイメージするのは己の覚悟。

 初めて、人を殺そうと思い描き、能力が芽吹いた際に自然と手にしていた殺意の結晶。


「私にも、私のやりたいことがあるの」


 茨の結界が解ける。

 表面を削られ、面積を大きく減らしたそれらを彩華は自らの身体に纏い、巻きつける様にしながら手にしたひと振りの牛刀を構え――


「押し通らせてもらうわよ」


 一閃。

 それだけで細く尖った黒曜の竹林の一部が切り落とされ、床に散らばる硬質な音を奏でる中、彩華は身体中から想念因子結晶を生やして泣き笑う様に黒曜石の刀を握る真麻へと躍りかかった。

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