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13-43 迷い猫の匣探し

 ◆◇◆


 本来は天に向いていたはずのランドマークタワー表層。

 地上に表出していた箇所が下を向いたことで、本来の設計上はかかるはずのない負荷によって静かに、しかし確実に軋み始めている浮遊島底部の一角で、小さく空間が揺らぐ。


「……ここも、違う」


 上下逆さまの商業施設の屋根に足を置く様に現れた神室城姫更は周囲を見回すと小さくため息を吐いた。

 営業開始前であったことが幸いして建築時に固定されて建てられた調度品ばかりの室内は電気もないことで仄暗く、下を見下ろせば本来の屋根にあたる床を闊歩する結晶人間がかしゃかしゃと音を響かせながら徘徊しているのが見て取れる。


「いそがないと」


 だが、姫更が注視するのはそういった平衡感覚の狂いや直接的な脅威としてある敵性存在ではなく、天井――浮遊島本体により近い場所――から霜が降りる様に壁面を侵食しつつある想念因子特有の光沢を纏ったつらら状の結晶体の存在であった。

 姫更は改めて意識を研ぎ澄ませ、何かを手繰る様に再び転移を発動させその場から姿を消す。


 皆を浮遊島に送り届けてかれこれ数十分が経過しようという現在。

 姫更は単身で浮遊島の中を飛び回っていた。

 当初、姫更は転移先を浮遊島の下部に突き出した中央塔、そのエントランスに設定していた。

 中央塔の中に転移できそうになければ次善として廻の指示でランドマーク周辺の施設にバラ撒いてきたマーカー、そのいずれかに皆纏めて転移する、その予定であったが、転移する瞬間に姫更は自身の能力が干渉される感覚――より具体的に言えば、手を繋いでいたのに突然よそから叩かれて手を離してしまったような――を受け、気づけば単身、逆さまのエントランスに投げ出されていた。

 姫更はすぐさま自身の転移の痕跡を追って散り散りになった夜鷹のメンバーを迎えに行こうとしたものの、その段階になって、浮遊島そのものを覆っている想念因子に対する違和感に気付くに至っていた。

 それは姫更という、生まれながらにして能力者を身近に接し、自らも転移という稀有な空間認識力を求められる能力を持つからこそ知覚しえた違和感。


 ――転移を阻害しているのは単に想念因子の密度や流れだけじゃない。誰かの意志が混ざっている。


 想念因子は本来、偏在する素粒子のようなものに過ぎない。

 それ自体に力はなく、意志を持つ者の世界に対する認識によってその性質を変異させ、ミクロの変化が現実そのものを改変することで能力という超常現象を引き起こす。

 ただ濃度が高い、特定の流れがあるだけで、姫更という想念因子を転移という形で使いこなす存在の意志を曲げられるのかと言われれば、当然否だ。

 であれば、何が原因で転移という現象が阻害されているのか。姫更はその答えを感覚として正しく認識していた。


「(皆と合流するためにも、探さなきゃ)」


 浮遊島という巨大な範囲を覆い尽くせるほどの能力者、それも、姫更と同じ空間に作用する能力を持つ存在がいると察した姫更は黄泉路達との合流を優先するより先にその能力者を探し出すことにしたのだった。

 姫更であれば各人に施したマーキングを頼りに合流することはできるだろう。だが、誰かを伴っての転移が成功する保証はなく、仮に再び失敗すれば合流する意味がないどころか、今度こそ他のメンバーがどこに飛ばされたかも分からなくなってしまう恐れがあったからだ。

 であれば、この空間の歪みの中で正常に座標を認識して移動できる自分が原因を取り除くのが一番皆の為になる(・・・・・・)。そう判断したが故の単独行動であった。


「(ここも。ちがう)」


 次に姫更が現れたのは浮遊島底部の中でも一際結晶人間の密集したランドマークタワーの()最上部。

 展望エリアとなっていたはずのそこは投下される直前の結晶人間がひしめいており、姫更は一瞬罠かとも思うも、よくよく見れば単純に結晶人間をこの場に集める為の空間の歪みを捉え違えていた事を理解する。


「む、ぅ」


 固定された双眼鏡の台に足を乗せる形で逆さまの展望台の天井にとどまっていた姫更に結晶人間達が気づく。


「……じゃま」


 鋭化した硬質な腕を姫更の方へ突き出し、何かをしようという素振りを見せる結晶人間達に対し、姫更が取った手段は非常にシンプルであった。


 ――ゴロゴロゴロ(・・・・・・)


 姫更のふわりと広がる踝まであるロングスカート。その内側から零れ落ちたのは特徴的な外見を持つ楕円型の球体(・・・・・・)

 既に能力によってピン(・・)が抜かれたそれが重力に従いひとつ、ふたつ、みっつ……。

 元が展望スペースということもあり、この空間自体はそれなりに広い。だが、それはあくまで観光客が闊歩する床面に限った話であり、先細ってゆく塔の先端が床となった今となっては3つの手榴弾でも十分すぎる程の威力があった。


 ……そもそも、観光の為のガラス張りの空間が手榴弾を投げ入れられるような想定をしていないのだから、たとえ1個であろうと過剰な火力であったことは間違いない。


 ドォン、という炸裂音が響くと同時、飛び散った破片が周囲の結晶人間を薙ぎ払いながら飛散する。

 姫更はシレっとその段になる瞬間には転移で展望スペースから退避しており、鼓膜に届く下方で起きた微かな爆発音を確認して僅かに首を傾げた。


「(あれですこしは、下に落ちるのをじゃまできたかな?)」


 決して、八つ当たりではない。

 自身にそう言い聞かせる様な独白を内心で抱きながら、姫更はじっと何もない空中を見上げる。

 そこには間違いなく何もなく、ただ天井があるばかりの空間。

 しかし姫更には黄泉路がそうであったように、滞留する想念因子の流れから空間の歪み、その方向性が感じ取れていた。


「さっきのが出口、あっちのが入口だったから……」


 きょろきょろと、空間をなぞる様に指をさして思案した姫更は再度転移する。

 転移した先は浮遊島の上層と下層の狭間。想念因子結晶によって覆われた天蓋の迷宮が侵食して本来は浮遊島など形成する余地もない地盤を支える結晶の根が張り巡らされた、フードコートや売店などが立ち並ぶはずの地下区画。

 元の造形など知った事かとばかりに壁を突き破り、侵食しながら形成される結晶の根が壁の様にせり出し、ただでさえ入り組んだ地下区画が更に見通しの悪い物になる中、


「みつけた」


 濃くなった想念因子が邪魔をして短距離の転移にすら支障を及ぼしそうですらあったものの、姫更は迷宮の中に散らばった空間の歪みを観察した姫更は迷いなく歩き出す。

 その足取りに迷いはなく、正解の道を進んでいますと言わんばかりの態度。しかし、その進行方向は傍目からみればちぐはぐも良い所で、イートインスペースに立ち並ぶ机がぶら下がった区画をジグザグに歩き回ったかと思えば、元来た道を引き返す様に通路を逆戻りし始めたりと、まるで年端も行かぬ子供が遊びまわっている様にすら見える。

 だが、それらも全て姫更からしてみれば意味のあること。


「(この場所から繋がる場所があそこだから……)」


 そう、姫更が歩いているのはただの通路ではない。

 黄泉路達が上階に続くエレベーターで別々の場所へ放り出された様に。上層の結晶迷宮の中でランダムに座標が転移した様に。

 この場所にも、無数の空間転移トラップとでもいうべき座標配列の乱れが生じていた。

 姫更はそれを逆算して転移能力の発生源に向けて移動を繰り返していた。

 自身の能力による転移を使わないのも、非常に入り組んだ座標の迷路と化したこの場所で正解にたどり着くためにはかえって邪魔になる、そう判断したが故。


「(この能力……)」


 着実に根源に近づいている、座標の乱れに飛び込み、転移を繰り返す度に濃くなる想念因子とその流れを感じ取りつつ、姫更は島全域を包むほど強大な転移能力の行使者について思案していた。

 感覚的には既知(・・)。だが、この出力が果たしてあっただろうか。


「ううん。今は、急がなくちゃ」


 それに、たどり着けばどの道わかることなのだ。そう自身で納得した姫更が思考を打ち切り、そろそろ終着だと感じる程に濃い流れに飛び込み――


「……っ」


 景色が切り替わり、姫更の靴裏がこつんと硬質な音を立てて床を踏む。

 フードコートから一転、全面が結晶によって覆われた空間はある種幻想的ですらあり、上層を覆う結晶迷宮よりもより深い色で染まった結晶はそれ自体が生きているかのように規則的に光沢を揺らめかせていた。

 広さは先ほどまで居た地下区画と比べれば随分と狭まった、しかし、姫更の目に映る座標異常はこれまでの比でないほどに高密度かつ入り組んでおり、一挙手一投足に気を使わねばどこに飛ばされるかわからないほど。


「――ひどい」


 だが、姫更の目にはそれらのことは全て些事として脇に置かれ、正面に聳え立つ、この空間の中央――核とも言える巨大な結晶の柱へと注がれていた。

 床から天井までを貫く様に、もしくは、支える様に。でこぼこと表面が歪に入り組んだ円柱状の結晶は大社の御神木を想像させるほどの太さを誇り、外周を回るのも一苦労だろうと思えるもの。

 その中心、囚われる様に、封じられるように、半透明に透けた身体を丸めて身を庇う様に蹲った少年を、姫更は知っていた。


 菱崎満孝――黄泉路達を逃がすため、自ら死地に飛び込むことを良しとした対策局の空間転移能力者がそこにいた。


 姫更は静かに、物言わぬ菱崎の残滓を見上げる。

 既に肉体は結晶に呑まれ、今この場にあるのは菱崎の能力を利用する為だけに作られた仮初の核のようなものなのだろう。

 意図を感じられない、ただ能力を出力しているだけのように見える姿に憐れみを抱き、恋に生きたという少年に向かって一歩を踏み出す。


「今、解放してあげるから」


 追悼するように宣言した姫更は、無数に張り巡らせられた防衛目的だろう空間の歪みを慎重に乗り越えるように歩き出すのだった。

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