13-40 想念渦巻く結晶塔
下層、天地逆転した本来のランドマーク施設を駆け抜け、中央塔内部に新たに作られた足場に彩華の痕跡を見た黄泉路が上階にたどり着いて暫し。
黄泉路達に先んじて単身乗り込んでいた元孤独同盟の何でも屋であり、黄泉路と同じ御遣いの宿の忘れ形見であった明星ルカと遭遇した時まで遡る。
「んじゃあ、俺は行くぜ」
「はい。気を付けて」
「そっちもな」
互いの事情を擦り合わせた両者が自然と言葉少なに別行動に移り、ルカの姿が遠のき、結晶の屈折によって見えなくなってゆく。
元々敵同士であったルカとここまで打ち解けていられるのも、過去の一時的な共闘から彼の気質に触れ、それが信頼に足るものであるとわかっていればこそ。
何かひとつでも違っていれば、黄泉路が孤独同盟に、ルカが三肢鴉に居たかもしれないと思えるほどに、黄泉路はルカを信用していた。
そしてルカも、そんな黄泉路の敵意の無い態度に満更でもないからこそ、黄泉路から頼まれた仲間を見かけたら助けてほしいという頼みを渋りもせず二つ返事で了承していた。
「(僕も、出来る事からやらないとね)」
ルカを見送った黄泉路は背後を振り返り、天高く聳える想念因子結晶に覆われた塔を見上げる。
大地の上部を覆い尽くす想念因子結晶のドームにも似た迷宮を突き破る形で更に天に向かって伸びた塔は、淡い光沢の中に透ける塔は下層に逆転していた本来のランドマークタワーをそっくり鏡映しにしたような外観をしており、薄く氷のような澄んだ結晶は黄泉路の力であれば容易く粉砕できそうなほどに儚く見えた。
しかし、その感想は既に、黄泉路とルカの実証によって打ち崩されている。
「(まさか、別の次元にあるなんて言葉を実際に聞くことになるなんてね)」
徐に結晶に向けて手を伸ばす。
未知のものに対してあまりにも不用心な行為だが、黄泉路の手は結晶に触れる、その数ミリ手前でぴたりと空間に固定されてしまったかのように停止して、それ以上はどうあっても進めない透明な壁があるかのように微動だにしなくなる。
この現象をルカ――速度支配という能力によって物理的な運動の全てを無視し、速度という結果のみに干渉して事象の停止すら起こせる能力者――は自身の作る静止状態に似ていると評していた。
ルカが飛来物を無効化する際、その物体を動かしている運動ではなく、その物体が移動した結果として観測されている速度という概念そのものに0を代入することで、その物体がそこにあり、運動しているにもかかわらずその場にとどまり続けるという事象を引き起こす。
その後、速度を持たない物体に対して現実が逆算する様に反映され、飛翔物であれば推進力を持たない事で落下をすることになる。
塔を覆う結晶が持つ見えざる防壁はその、現象の種類を問わず、結果だけに干渉した後に現実を反映するプロセスがそっくりだと言い、黄泉路はそれに加えて自身が感じている世界とのズレ――内側に死後の世界という別世界を格納しているが故の感覚で、結晶が纏っている空白は物理的なものではなく、薄い世界そのものなのではないかという直感を齎していた。
幾枚も重なった紙の上に描かれたものが世界だとして、その世界の下に敷かれた紙に飛び移ることができないのと同じように。
目の前にあったとしても、それは別の紙に描かれた物である以上干渉できない。
「(まぁでも、これはあくまで我部が作り出したもの。なら、僕達にだって何とかする方法はある)」
これが本当に紙の上に世界を描き出した神が如き存在の手によるものならば覆すのも容易ではないだろうが、あくまで目の前にあるのは我部という同じ紙面の上に生まれた存在が作り出した仕掛けにすぎない。
何よりも、黄泉路自身が内側に別の紙を内包している様な存在と言ってもいいだけに、そこに突破口があると考えるのは自然な流れであった。
「(似てるようだけど、これ自体は他の想念因子結晶じゃない……そこに何かヒントがあるはず……)」
手を引き、変わらず沈黙を保つ澄んだ水のような透明度の高い結晶をじっと見つめていた黄泉路はゆっくりと歩き出す。
下層にぶら下がったランドマークタワーと同等の規模だけあって塔の外周を回るだけでもそれなりの距離があるが、幸いにしてこの塔周辺は想念因子結晶の迷宮自体もドーム状に開けたものになっており、結晶人間の姿もたどり着いてからはとんと見かけないほどに安定した場所になっていた。
どこか綻びがないかを改めて見て回る黄泉路は、今もなお離れ離れになっている夜鷹の面々を感じ取れない事に後ろ髪を引かれつつも考察を重ねる。
「(上層に来る直前まで、彩華ちゃんと姫ちゃんのことはしっかりと感じ取れてた。それがこっちに上がってきてからは存在自体は感じられるのに詳細な居場所となると靄がかかったみたいにしか感じられない。間違いなく、この結晶が悪さをしてるんだと思うけど――)」
上層に到着してから、深く広く感知をしようとして感じたのは、曇りガラス越しのシルエットのような曖昧な感覚。
それは今もなお変わらず、彩華、姫更、遙の3名がこの上層に居る事はなんとなくわかるのに、それがどこにいるのかまではまるで分らないというもどかしさの中に、黄泉路はふと、変わった感覚が肌を撫でるのを感じた。
「っ、これは――」
感覚に導かれるまま、内側の世界で意識を集中していた黄泉路は現実の肉体が映す違和感の先を見据える。
塔を覆い尽くす透明な結晶、その内側を、細く薄らとしたなにかが流れている。黄泉路は改めて目を凝らし、魂を見るのと同じような視点でじっくりと結晶を観察する。
「(これは、魂……とは違うけど、凄く似てる、力――能力? 結晶を経由して能力を行き渡らせて障壁を生んでるとしたら、この流れを逆に辿れば能力を解除できる!)」
バッと、顔を上げた黄泉路は流れが流入している場所を特定しようと視線を巡らせる。
糸の様に細く、意識して目を凝らさなければ気づかなかっただろう流れは浮遊大地の外周から流れてきているらしく、丁度、本来のランドマークが敷地の外周の施設群から空中回廊で繋げられていたのを思い出していた。
「ここで歩き回るよりは建設的かな」
どの方角から強く流れてきているなどの差異はないものの、結局は外側へ向かう必要があるため、黄泉路は塔に背を向ける。
いざ歩き出そうとした、その時だった。
「ッ!?」
頭上。空中に浮いた島の、塔よりも更に上方で突如として発生した爆発の衝撃が天蓋の結晶を揺らして島全体に轟音を響かせる。
「何が――」
不規則に移り変わる光沢が何重にも折り重なって結晶の向こう側を見通すことは困難を極めたものの、煙を上げながら降り注ぐ破片の一部から爆発したのは飛行機――それも、旅客機のような複数人を乗せることを想定したものではなく、戦闘機の様に高速で巡行する為のもの――であると当たりを付けた黄泉路だったが、残骸を目で追ううち、そのうちのひとつの挙動がおかしい事に気づいた。
バラバラに爆発して尾の様に黒煙を吹きながら落ちてくる断片の中に紛れ、明らかに風の影響を受けている挙動とは違う動きで浮遊島に向かって落ちてきている小さな影に、黄泉路はじっと目を凝らす。
戦闘機が撃墜されたこと事態は、乗り込む前にニュースでそういった行動に出た国の機体が撃ち落とされたのを知っていたため、またどこかの国が諦めずに挑戦したのだろうという考えが過る程度であったが、指向性を持って落ちているように見えたそれが何であるかは黄泉路には見当もつかなかった。
「(どっちにしろ外周のどこかしらには向かう予定だったし、丁度いいか)」
丁度、落ちて行ったのは外周の方であることを理由に、黄泉路は落下物の確認も兼ねてそちらを目指すべく駆け出すのだった。