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13-38 天上の結晶庭園

 転移特有の浮遊感に包まれ、彩華は滲んだ視界が正常化すると同時に景色が一変している事を認識――


「ッ」


 すると同時に、周囲の景色が屋内ではなく屋外。それも高高度から東都の街並みを見下ろすような絶景を文字通りの肌を裂く様な冷たい風と共に感じ取り、即座に自身が宙へ放り出されている事を理解してぐるりと身を捻る。

 一秒一瞬すら惜しい、落下に向けて徐々に傾いでゆく身体を無理やり仰向けにし、目に入った逆さ吊りになった空中回廊へと思い切り腕を伸ばす。


「咲け――!」


 彩華の袖袖口から、鈍色の蔦が爆発的な勢いで伸びて行く。

 元々彩華は周囲に物質の無い場所での能力行使が出来ないというデメリットを解消すべく、普段から服の下に幾重もの鉄板を解して編み込んだ繊維を持ち歩いており、それを再編することで蔦を伸ばして浮遊島に掴まろうとする。

 最悪は服すらも分解して距離を延ばすしかないと覚悟を決めていたが、幸いにして自身の落下速度と蔦の成長速度で僅かに成長速度が上回ったことでランドマークと敷地内の施設を繋ぐように作られた空中回廊の先端に接続することに成功した。


「ッ、痛っ……はぁ、心臓に悪いわ」


 体全体を支える程の余裕がなかったこともあり、一瞬片腕で全体重を支えることになった彩華は顔を顰めつつ、すぐさまハーネス状に蔦を伸ばして自身の身体を支え直し一息吐くと、現在の状況を理解する為に周囲と、それから頭上へと目を向ける。


「(近くにいるのは私だけ、転移事故、で良いのかしら。……なるほど、濃い(・・)のね)」


 するすると蔦を巻き取る様にしながら空中回廊へと近づくにつれ、肌で感じる異変に彩華は納得する。

 能力者だからこそ感覚的にわかる、今でこそ能力の素とも認識されている想念因子を使う側だからこそ、その濃淡が肌感覚として理解できた。

 その証拠に浮遊島に近づくにつれて能力の出力とも言うべきか、物質再編の速さや本来必要とするはずの物量が軽減されている。


「ふぅ。息吐く暇もないのね」


 逆さになった空中回廊の裏側、今は正規の足場として機能している側へと着地した彩華はすぐに周囲をうろつく結晶人間が気付き、足を踏み鳴らすと同時に足場の一部が鈍色の光沢を纏った植物へと変じて結晶人間達を瞬く間に呑み込んでしまう。


「(やっぱり勢いが上がってるわね……少し使い方に気を付けないと手を滑らせてしまいそう)」


 さりさりと擦れる音を奏でながら発育を続ける刃の植物群を一瞥する。

 それらは彩華の制御下にありつつも普段以上に伸びやかに活き活きと生い茂っていて、ともすれば彩華の意識以上に周囲を侵食してしまっている有様で、彩華は塔へ向かって歩き出しながら鉄の植物群を脇へと押しやり飾りとして残してゆく。

 これはいわば足跡だ。彩華がそうであったように、他の面々もこの想念因子の濃度によって転移に不具合を起こしていた場合、彩華だけでもどこへ向かったのかが分かれば合流もしやすいというもの。

 ぽつぽつと点在し、彩華を認識して襲い掛かってくる結晶人間など物の数ではない、そう思えるほどに、今の彩華は好調であった。


「……あら。私が一番乗りかしら」


 逆向きの塔、その内部へ入る際、当然本来の通路すらも反転している事から扉は足元にひっくり返ってしまっている為、即席で迂回する階段を作って侵入するが、内部の閑散とした様子に思わず呟く。

 以前侵入した時と全く変わらない内装が逆を向いて、固定されていなかった装飾類が吹き抜けの先へと乱雑に落下している様は現実感を損なわせるのに十分な演出ではあるものの、既に敷地全体という大地そのものが浮かび上がっている現状ではそれを超えるだけのインパクトはない。


「(ここで待つ……? いえ、一刻も猶予はないのは確かだもの。少しは道を切り開いておく必要があるわ。それに、迎坂くん達が()に転移していたとしたら、私だけ足踏みすることになってしまうし……)」


 逡巡した末、彩華は作り出した足元を広げ、吹き抜けを埋める形でエレベーターに接岸できるように新たな足場を作り出す。

 黄泉路はともかく、遙がもしこの反転した回廊を抜けてやってきた時に足場が無くて立ち往生する可能性を見てのことだが、彩華はそれだけにとどまらずエレベーターの脇に一輪の鈍色に艶めく彼岸花を咲かせ、自らがこの足場を作り、先に進んだという証明を残してエレベーターのボタンを押した。

 程なくして、チン、という、この場においては逆に違和感すらある聞きなれた到着ベルが鳴り、エレベーターが開く。


「(逆向きでもしっかり運用できるのね……というか、そもそも動いていること自体が異常なのだけれど)」


 電源がどこにあるのか、そもそも、このエレベーターは本来この塔の現在地――地上階から、今は下に伸びている頂点へ向けて稼働しているはずのもののはず。

 にも拘らず、先ほどのエレベーターの稼働音からするにエレベーターの箱は上部、反転した塔の、本来であれば地下に埋まっていた側からやってきたことを示しており、彩華は困惑しつつもエレベーターに乗り込んでボタンを押す。

 閉まった逆さの箱がぐんぐんと高度を上げていく。身体が下に引っ張られるような特有の浮遊感の後、先ほどと同じ到着音が鳴った。


「(さて。どうなるかしらね)」


 ここまで露骨な侵入だ。迎撃が構えられていても不思議ではなく、開くと同時に飽和攻撃が来ても不思議ではないと身構えていた彩華は、しかし、


「――これは、いったい何なの……?」


 左右へと引いてゆく扉から見える先の光景に言葉を失う。

 本来あるべきはずの塔の内部は跡形もなく。

 ただ見えているのは広々とした屋外と、夥しい数の想念因子結晶が所狭しと生えた結晶で作られた絶景だった。


「これだけの想念因子結晶があればこの濃度も納得だわ。だけど、どういうこと……?」


 警戒しながらも、彩華はエレベーターの箱から一歩を踏み出す。

 どちらにせよ、箱の中に居続けても仕方がない上に、開いた直後に襲撃されなかったとはいえその後も襲撃されないということにはならないのだから、狭い空間に隙だらけで身をさらし続けるというのも憚られた。

 警戒を張り巡らせた彩華の靴裏が煉瓦敷の通路についた途端、背後で揺らぎの様な気配を感じて咄嗟に振り返る。


「うそ……やられた……!」


 先ほどまで彩華が乗っていたエレベーター、それ自体が影も形もなく消え去ってしまっていた。

 元は西洋風の庭園だったようにも見受けられる、煉瓦と生垣で仕切られた広々とした敷地がゆらゆらと色相を変える結晶が覆い尽くされ、まるで水族館の回廊展示の様に透ける壁を持つ洞窟の如き姿として彩華の視界いっぱいに広がっており、初めからこの場所はそうだったと言わんばかりの光景に彩華は小さく歯噛みする。


「転移系……この結晶全部が空間を乱してる? どちらにせよ悠長に合流なんて待っていられないわね」


 ここからはどこまでも動き回り、怪しきものを叩いて回って運が良ければ合流できるだろう、そういう勝負だと彩華は理解する。

 結晶に能力を伝達すれば、幸いな事に彩華の能力であれば道を新たに作り出すことは出来るらしく、本来は鈍色の刃の花へと変わるはずのそれらが、想念因子結晶の光沢を纏ったまま、結晶の草花へと変化するのを僅かに眉を寄せながら、新たにできた道を歩き出す。


「(まずは手近な建物を目指しましょうか)」


 向かう先は結晶の透明度によって向こう側の景色として見えていた、黒い結晶に覆われたちょっとした商業施設ほどもあるだろう平屋の建造物。

 洞窟化した結晶の道筋を辿れば道に迷うだろうそれも、彩華にとってはただの直進できる散歩道でしかない。

 かつかつと靴裏が石畳を、結晶を踏みしめて歩く音が反響して彩華の姿が消えていった。




 彩華が立ち去って暫し。

 通路に穴を穿った結晶の造花が盛り上がった結晶壁に押しつぶされて砕ける音が響く。

 壁としての機能を取り戻そうと想念因子結晶が蠢く姿はまるで生物の修復のようにも見え、後には何事もなかったかのように迷宮を構成するつるりとした結晶の壁だけが残されていた。

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