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3-22 夜鷹の蛇7


 『……えっと。それで、私に何の用なんですぅ?』


 漸く落ち着いたらしい標に持ってきた食事を勧めれば、標はこれ以上余計な行動はしないようにと自身を戒めるつもりなのか、やけに粛々と黄泉路に従って食事に手をつけ始め、そういえばと今更の様に黄泉路へとたずねた。

 当初の目的でもあった話題にようやっと到達できたという安堵を浮かべながら黄泉路が訪ねてきた理由を説明すれば、小動物のようにご飯を頬張ったままの標がなるほどと念話で話し始める。


 『あー。つまりよみちんは能力の使い方について聞きにきたんですねぇー』

 「うん。カガリさんには種類が違うから参考にならないって言われちゃって」

 『とはいってもぉ。やっぱり能力ってその人にしかわからない部分が多いんでぇ、あまり参考にはならないかもですよぉ?』

 「それでも、もし差し支えなかったら教えてもらえないかな」

 『うー……わかりました。じゃあじゃあー、今日私がっていうか、私がだらけてた姿は見なかったことにしてくださいねぇ』

 「それくらいでよければ」


 黙秘を約束すれば、標は漸く話す気になったようで、食事を続けたままの状態で黄泉路の脳内へと声を響かせる。


 『そもそもよみちんって、何で能力で発現する効果が千差万別なんだって思いますぅ?』

 「え、えっと」


 突然向けられた問いにしどろもどろする黄泉路を見つめ、標はふっと笑みを浮かべる。


 『あー、別にそんなに悩まないでいーですよぉ。正確な答えなんてまだ見つかってないですしぃ』

 「そうなんですか?」

 『ですです。それが判ってればとっくに政府が能力者開発してますってー』

 「あ。それもそうですね……」


 言われて見ればもっともな事で、あれほどの人体実験を平然と行うのであれば、1から能力者を作り出す実験も当然進められているはずである。

 そして能力者を安定して“生産”できる環境であったならば、わざわざ黄泉路の様な一般人から覚醒した、足のつき易い存在を実験動物にする必要もない。


 『まぁ、これはあくまで私の意見って事で聞いてほしいんですけどぉ。……能力って、その人にとって“本当にほしかった物”、なんじゃないですかねぇ』

 「ほしかった物……?」

 『はい。私これでも連絡員として色んな支部の能力者と話してるんで、その人たちとか、私自身を見てて、そう思うんですよねぇ』

 「標ちゃんも、この能力は――」

 『私、声出せないんですよ』

 「……え?」


 遮る様にして脳内に響いた標の声音。

 そこに諦めた様な乾いた笑みを飲み込んだような音色が混ざっていたことに、黄泉路は思わず言葉を失う。

 そんな黄泉路の様子に箸を置いてパタパタと手で気にするなとジェスチャーをして、苦笑するような表情のまま、標は念話で黄泉路に語りかける。


 『失声症、っていう奴です。喋れなくなったのは、大体小学校4年生のときでしたねぇ。 ……あ、病気っていっても感染したりする物じゃないんでだいじょーぶですよー? 心因性、まぁ、心の病気みたいなモノですしぃ』

 「や、えっと……」

 『まぁ、そんな感じで、小4の時に事故に遭いまして。その時から声がでないんですよ』

 「じゃあ、喋らなかったんじゃなくて、喋れなかった……?」


 言われて見れば、黄泉路は標と初めて会った1ヶ月前の歓迎会の時も、今話しているこの時ですら、標の肉声を聞いた事がなかったという事実に思い至れば、愕然とした気持ちで目の前の少女を見つめた。


 『やだなぁ、そんなに見つめないでくださいよぉ。私これでも照れ屋なんですよぉ?』

 「あ、えっと、ごめん」

 『あはは、じょーだんです。……まぁ、なんでこの話を今したのかって言うとぉ、私が今こうして喋ってるのは、能力があるお陰じゃないですかー』


 小学生の頃から今に至るまで喋ることができないというのは、どれだけ辛い事だろうか。

 自分の意思を周囲に伝えられないという事がどれだけの重荷であるか、それを経験した事のない黄泉路には想像に難しかったが、その標がこうした能力を獲得したという事は、幾分かの救いであったのだという事だけは、黄泉路は理解できていた。


 『で、ですね。私が能力に目覚めたのは、声が出なくなってから暫く経って、私もう喋れないんだー、誰とも言葉で繋がれないんだーって、ちょーネガってた時に、すっごくよくしてくれてた通院先の看護婦さんが寿退社するって言うんで、手紙じゃなくて、ちゃんと声でおめでとうって言いたくて。 気づいたら、こんな風に喋れるようになってたんですよ』

 「それで、その看護師さんには……」

 『ああ、ちゃんとおめでとーっていえましたよぉ! すっごくびっくりしてたけど、本当に喜んでくれたみたいで。こっちまでうれしくなっちゃいましたよぉ』


 本当に楽しそうに当時の事を語る標に、黄泉路は先ほどまでの沈んだ雰囲気が払拭されていくのを感じていた。


 『ま。よーするにですねぇ。能力って、その人が本当に心の底から必要としたモノになるんじゃないかって話です。 私は声でないお陰で普通の学校に通えないし通うつもりもないですけど、今はこうして夜鷹でぐーたら生活してても文句言われませんしぃ』

 「あ、はは……」


 冗談で言っているのがわかるような、あえて大仰なリアクションで現状を語る標に、だらしない妹、そんなイメージを浮かべてしまった黄泉路は小さく苦笑する。

 標はガツガツと残った昼食を食べ終われば、すっとトレイを黄泉路の方へと寄せて笑う。


 『だから、能力の種類とか系統とかで括るんじゃなくて、よみちんが能力を持った時、能力が必要だと思った時。何を考えていたのか、が大事なんじゃないですかねぇー?』

 「……そっか」

 『というわけでー。よみちんお皿お願いしますぅ。私これからギルド攻城戦があるんで!』

 「え、え!?」

 『ほらほら、乙女の部屋に長居しちゃやーですよぉ。あはは』


 思わずトレイを受け取ってしまった黄泉路の体を部屋の外のほうへと向けて、ぐいぐいと背中を押しながら笑う標に、黄泉路は気づけば流されるままに部屋の外まで追い立てられてしまう。

 ハッとなった時にはすでに部屋の外に立たされており、慌てて振り返ればちょうど扉が閉まってゆくところであった。


 「え、ちょっと!?」

 『柄にもなくまじめな話しちゃったんで、これもヒミツでお願いしますね』

 「……」

 『よみちんも、自分の能力が好きになれるといいね』

 「――ッ!?」


 囁く音量で、諭すような優しげな音色が黄泉路の頭に流れた。

 その言葉の意味をかみ締めて、黄泉路は静かに標の部屋を後にしたのだった。

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