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13-34 世を穿つ塔

 ◆◇◆


 三肢鴉の本部での話し合いを終え、黄泉路達は東都の県境に足を運んでいた。


「事前に告知した通り、今回の一戦は世界の存亡にすら関わるものだ。無論、危険度も比類なきものになるだろう。それでも良いという者だけを招集したつもりだが、今からでも辞退したいという者は名乗り出てくれ。この場で前線拠点の維持に従事してもらって構わない」


 三肢鴉リーダー、神室城斗聡の低く落ち着いた声が響く。

 無理強いはしないというリーダーの言葉に対し、返ってくるのは威勢の良い声ばかりだ。


「ここで逃げたら夫にも息子にも危険が及ぶんだから。どこかで危険を冒すならチャンスがあるうちの方が良いもの」

「ウチは逃げへんでー。世界の終わりっちゅうんはスクリーンの中で見るもんやからな!」

「これまでも誰かの助けになれるように活動してきたんだから、やることは変わらない」


 口々に戦う理由を発するのは、三肢鴉を支えてきた各地の支部の精鋭たち。

 黄泉路も以前から地方の依頼などで支部に顔を出し、それなりに交流を持っていた者達の姿がそこにはあった。


「……そうか。すまない。私の因縁に付き合わせてしまう形になるが、よろしく頼む」

「事情は知らんけど、リーダーがこれまでぎょうさん気張ってウチらを纏めてきたんはよう知っとる。だからそんなこと言わんといてや」

「……すまない。ありがとう」


 ふるり、と。斗聡は自罰的に傾いた思考をリセットし、これからの作戦概要を改めて説明する。


「主犯である我部幹人は空に見える構造物から想念因子結晶とみられる人型の攻性存在を使い都内を侵攻している。構造物――仮称、浮遊要塞と名付けるが――浮遊要塞は強力な能力により守られている為、物理的な侵入は難しいだろう。姫更が事前に転移マーカーを刻んではいるが、浮遊要塞に搭載された巨大な想念因子結晶による干渉から遠距離からの転移は難しい。その為、転移可能な要塞直下の地点まで戦力を送り届ける必要がある」


 既に作戦は周知であるため、斗聡が改めて口にする内容は確認に近い。

 異論もなく、遠くに聞こえる非日常的な喧騒に逸る心を宥める様にリーダーの声に一同は耳を傾けていた。


「加えて、我部は今回の事件において能力者の能力を奪うことが確認されている。それがどのような条件下で起こっているのかは情報が少ない為断定できない。その為、各自は能力の有無に細心の注意を払い、少しでも違和感があれば声を掛け合って即座に安全圏まで身を引くことを念頭に活動するように」

「要は結晶人形ぶっ壊せばいいのは分かってるんだけどさァ。どうして突入組にあたしが居ねぇの?」


 おおよその説明が終わった段階で、一際派手な格好で人目を惹く嬉々月勇未子が手を挙げて、まるで教師にそうする様に斗聡へと問いかける。

 その視線がちらりと黄泉路に向けられ、面白くなさそうな色を宿していること。先の本部で黄泉路とちょくちょく衝突を繰り返している事を知っている者達は、ああまたかという感想を抱かなくもないものの、今回に限って言えば勇未子という最大火力を本陣にぶつけない事への疑問は尤もであると言える。

 斗聡はそうした視線を一心に受け止めつつも、自然体のままサングラス越しの眼差しで真っ直ぐに勇未子を見つめ返して理由を口にした。


「本件発生当時、現場に居合わせた迎坂黄泉路は水端歩深の救助の為潜入していた。その際、我部の能力収奪プロセスに魂への干渉を確認した為、本件では迎坂黄泉路以外の能力者が我部と相対するリスクが高いと結論付けた。破城槌、魂に対する干渉法(・・・・・・・・)は見つけられたか?」

「……チッ」


 勇未子はきまりが悪そうに小さく舌を打つ。

 その姿だけで、勇未子が引き下がったのは誰の目にも明らかだった。

 未だ、模擬戦という環境であっても黄泉路に本当の意味での有効打を与えられていない勇未子では、魂に干渉する術を持つだろう我部と相性が悪いというのは本人としても納得せざるを得ないもの。

 もし仮に、現段階でも収奪した能力を自在に扱うことができるのだとしたら勇未子が捕らえられた時点で物理的な干渉はほぼ無意味となるだろう。

 それらのリスクを鑑みれば、サポートも何も届かないだろう本陣に勇未子を送り出すわけにはいかないというのは理に適った決定であると言えた。


「他に異論はないな。では先発組から順次行動を開始せよ。各自、奮迅に期待する」


 斗聡の号令に各々の声が上がる。

 それぞれはバラバラでもひとつの方向を見据えたそれは自然と纏まりを伴った音となって大気を震わせる。

 先発組――黄泉路達を中心地へと送り届けるより以前に、都内に取り残された民衆を救助しながら現地の状況把握に努める為のメンバーが出発するのを見送っていた黄泉路は、ふと、蒼く澄んだ空を見上げた。


「どうした?」


 黄泉路の視線の行方を追って、斗聡もまた遠くの空へと視線を巡らせる。


「――唯陽さん?」


 ぽつりとつぶやかれた声、黄泉路が呼んだ人名に心当たりはひとりしか居ない。

 程なくしてバラバラとテールローターが大気を裂く音が響き始め、浮遊塔とは逆方向――県外の側から1機のヘリが黄泉路達の集まる大き目の公園の平地へと舞い降り、


「黄泉路さん!」


 エンジンが止まり、プロペラが慣性に任せて緩やかに失速して静止する中、ヘリから降りてきた唯陽が黄泉路へと早足で駆け寄ってきた。

 県境とはいえ既に東都は危険地帯だ。態々そんな場所へやってこようとした唯陽を止めなかったのだろうかと、同じくヘリから降りてきた護衛の白峰へと視線を向ける。


「お嬢様がどうしてもと言い出したら止められる人はいないからな」

「……それで、唯陽さんはどうしてここに?」


 少なくとも、理由もなく危険地帯に足を向ける様な人ではないと、黄泉路が問いかければ唯陽は小さく息を整えて斗聡へと身体を向ける。


「此度の件、私達終夜グループも座視できないと緊急決議が取れました。私は三肢鴉のスポンサーとして、皆様の全面バックアップを取り付けてまいりましたので、こちらで皆さんの後方と共に指揮に当たります」

「御助力痛み入る」

「間も無くこちらに人員が集まる予定です。後方拠点はこちらに?」

「その予定だ。前線の状況に応じて都内のポイントに前進することもありうる」

「わかりました。ではその際には兵站を伸ばして後方に民間人を運搬できるように手配しましょう」


 三肢鴉が再起するに辺り、終夜財閥――特に唯陽が代表として交流を図っていただけあり、ふたりのやりとりは非常にスムーズだ。

 端末でこちらへ向かっているらしい支援部隊に連絡を入れた唯陽が、ふと、空を見上げたまま固まっている黄泉路に気が付いた。


「黄泉路さん?」

「あ。うん。何?」

「いえ……何を見ていたのかと……」

「ほら、あれ」


 先ほどと同様、空から何かがやってきているのか。黄泉路の視線を追う彩華や遙だが、しかし、一向に何の変化もない事から首をかしげて黄泉路を見やり、


「なぁ、何か見えてるってまだ見えてんのか? オレにはなんも見えないんだけど」

「私もよ。教えてくれるかしら?」


 ふたりの問いに、黄泉路はぱちりと瞬きする。

 見えているものが自分にしか見えない物なのだと気づき、改めてそれに意識を集中させた黄泉路は理解すると同時に小さく息を呑んだ。


「リーダー。魂が、塔に向かって集まってます」

「何?」

「どういうことでしょう?」


 斗聡と唯陽が黄泉路を見る。

 周囲で先発組とは別に配置されていた能力者達の視線も集まる中、黄泉路は空に見える光景を率直に告げる。


「流れ星みたいに、色んな方向から魂が飛んできて――いや、引っ張られて……これはあの時のと一緒……?」


 思い出すのは神蔵識村にて交戦した雷使い、渡里悠斗の最期。

 自らの魂すら消費しながらも黄泉路に一矢報いんと、過剰に能力を引き出す道具まで持ち出した結果、死した際に魂が引きずられて遠方へと飛んで行ってしまった光景。


「直接魂を奪うなんてどうやって……!」


 黄泉路は普段、他人の、生きた人間の魂をどうこうすることはない。

 それは倫理の問題もそうだが、少なくとも生きた人間に直接干渉するには黄泉路自身が密接に接触し、魂そのものに触れなければならないことから現実的ではないという理由もあった。

 魂の支配、運用に関するスペシャリストたる黄泉路ですらその有様であるのに、一部を掠め取ってその本質の一端を得ただけの我部が黄泉路をはるかに超えた運用をしている事は驚くべき、同時に悍ましいものだ。


「今、確認しました。全世界で能力者、および能力使用者が突如昏睡する事件が多発しているようです」


 黄泉路の話を聞きながら既に調べていたのだろう。唯陽が端末から世界各国のニュースサイトなどを巡り、速報として流れている記事を読みながら告げる事実は重い。

 既に我部は世界中から能力を収奪することができるということは、下手をすれば既に都内に展開している先発組や、今この場に居る皆まで次の瞬間には魂を奪われてしまうかもしれない。

 顔色を悪くする黄泉路だったが、それを否定する様に斗聡は見えないはずの魂の行く先、浮遊するランドマークタワーへと視線を向けたまま、周囲の不安を払しょくする意図も含めた推論を口にする。


「無差別に能力を収奪する手段があるならば、あえて地上部を結晶化した配下に守らせ、収奪手段の一部にはしないだろう。おそらく、世界各地とはいえなんらかのマーカーがあるはずだ」

「わたしの転移、みたいに?」

「――その解釈で間違いないみたいだぜ」


 斗聡の推測に姫更が合いの手を入れて周囲が納得していると、不意に、この場に居なかったはずの人物の声が割り込み黄泉路は声の主へ振り返る。


「常群!?」

「どうしてここにっつーのは野暮だろ。それよか、ほら」


 そう言って常群が鞄から大型の端末を取り出すと、モニターに映し出されたのは世界各国に輸出、横流しされた政府謹製の覚醒器や能力者拘束具の大まかな分布が示されていた。

 同時に、唯陽が自身の端末で見た昏睡者の記事を比較し小さく声を上げる。


「これは、まさか、覚醒器と拘束具が……?」

「だと思うぜ」


 皆の意識が集まっていただけありふたりの声は自然と人々の耳に届く。

 覚醒器の製造法の流布されて以降、遙の様に能力者に憧れて非合法のルートで手を出して野良能力使用者となった経緯を持つ者なども多くが三肢鴉に保護され、合流していた。

 そのため、この場にも能力者ではない、能力使用者もそれなりの人数が集まっていた。

 そんな人々からすれば今の話はとてもではないが冷静に聞き流せるものではない。

 中にはその場で覚醒器を取り外そうとするものまで現れ、俄かに騒がしくなってしまう。

 大事な作戦の前に士気が崩壊してしまってはまずいと、流れを断ち切る様に斗聡はあえて大きな声でその推論に注釈を入れる。


「恐らくマーキング効果があるのは政府が製造したものに限られるだろう。政府内で能力関係の研究開発を統括する立場にあった我部が仕込むならば政府謹製の物になるはずだ」

「……横流しが多いのも、流通量を増やすための我部の工作ってことか」

「そうだ。加えて、終夜財閥も能力開発に関して政府から圧力があったはずだ」

「そうですね。政府が覚醒器と拘束具を完全に管理下に置きたいが故の独占とは思っておりましたが、その推察を踏まえると、流通する覚醒器を限定することで能力者に憧れる者、能力使用者になった者達が頼る先をマーカー付きに限定する意図もあったのですね」

「我部の最終目的が現在の状況であるなら、まずはマーカーたる覚醒器や拘束具の装着者。そこから収奪能力の成長に比例して周囲の人間にまで手が伸びる可能性が高い」


 声が浸透するにつれ、動揺は波を引く様に凪いでゆく。

 三肢鴉を纏めてきた実績も相まって、理路整然とした推測で騒ぎの沈静化に成功した斗聡は改めて周囲を見回して指示を出す。


「だが、事態が更に進行したのは疑いようのない事実だ。これ以上我部に収奪を許せば先に言った事態以上に、無差別な収奪へと遷移することも有り得るだろう」

「!」

「先発組に続き、至急道を開く。各自、最善を尽くせ」

「はい!」


 唱和が重なり、落ち着きを取り戻した三肢鴉の能力者達が一斉に動き出す。


「私達も動きましょう」

「そうだね。皆、行こう」


 彩華に応じ、黄泉路達もまた都心へ向かおうとしたところで、背後から黄泉路の袖を引かれる。


「唯陽さん?」


 振り向けば、唯陽が遠慮がちに黄泉路の袖を白くすらりとした指先で摘まんでいた。


「申し訳ありません。このようなタイミングでない事は承知なのですが。……どうしても話しておきたいのです」

「……」

「わかったわ。迎坂君、行ってきなさい」


 唯陽の決意の籠った視線に何と返答しようか迷う黄泉路の背を彩華の声が押す。


「彩華ちゃん……うん。じゃあ、少し離れるね」


 他の面々もちらりと見回せば特に異論はない様子で、黄泉路は小さく頷いて唯陽と共に集団から離れるのであった。

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