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13-32 能力徴収

 大型のスクリーンに映し出される中継映像に一同が絶句する。

 空高く浮かび上がった大地、その下部から零れ落ちる様に降り注いだ想念因子結晶で出来た人形のようなナニカが地表のクレーターと化した大穴から這い出し人々を襲う光景はさながらこの世の終わりのようであった。


「ッ!? うわっ、おいアレ――」


 画面を見上げていた遙がソレに気づき、追って他の面々も遙が声を上げた理由に気づいて黄泉路が小さく息を呑み、彩華が小さく喉を鳴らすような悲鳴を上げた。

 遠方からカメラをズームさせて映し出された混沌とした街並みを逃げ惑う民衆、それらを追い立てる様に無差別に襲い掛かる結晶人間が鋭化させた腕を突き立てる。

 太い結晶が胸部を深々と貫通しており誰がどう見ても致命傷だが、それ以上にショッキングな光景が修羅場慣れした彩華に悲鳴を上げさせていた。

 民間人らしき男性を貫いた結晶が伝播するように、傷口に埋まった結晶人間の腕と全く同じ光沢を放つ想念因子結晶が男性の傷口から腰や首元へと瞬く間に広がってゆき、数秒と経たずに全身が結晶に覆われた男性のうつろな顔が沈む。


『怖っ……!』


 新たな結晶人形、そう呼んで差し支えない様相へと作り替えられてしまった胸を貫かれた男性の残骸が、その体積を吸い取られるように萎ませ、その体表をまるで粘性の物体であるかのようにうごめかせて結晶人形へと統合されてゆく姿に、標の戦慄した思念が沈黙する一同の頭に響いた。


「あれも、我部が世界を作り直すための手段って事になるのかな」


 画面内だけでも、そこかしこでそういった光景が繰り広げられ、刻一刻と被害が拡大してゆく地獄絵図を見つめながら黄泉路は呟く。

 我部の宣言が嘘偽りないものであると証明する様だと見えていたのは黄泉路だけの様で、姫更が首を傾げる。


「どういうこと?」

「あ、うん。あの結晶人間……って呼ぶけど、あの結晶人間は、中に居るのは人だ」

「!?」


 魂を知覚できる黄泉路だからこそ。画面の向こう側で前代未聞の災害とも評すべき人型の異形による虐殺という表面上の情報以上のものが見えていた。


「誰っていうのは明確には分からないけど、あれは確かに人間、たぶんだけど、対策局の能力者……なんじゃないかな」

「我部は自分に従う部下をあれに作り替えたってこと?」

「たぶんね。それに、襲われて溶けて消えた人たちもただ殺されてるわけじゃない、身体を失った魂が結晶人間を通じて空に、タワーの中に吸い込まれて――あ、今の人、能力者だ」

「わかるの?」

「うん。普通の人と能力者だと、魂の色っていうのかな。個人の識別は近しい人じゃないと難しいけど、能力者かそうじゃないかはわかる」

「さっきの人、飲み込まれるまで時間があった」

「能力者なら吸収に抵抗できるってことか!」

「どの道吸収はされている以上、僕達も過信は出来ないでしょうね」

「じゃあ、アレが幹人君のやろうとしている世界再誕の手段って事かーぃ?」


 黄泉路の証言に怪訝な顔をしつつ、食い入るように画面を見つめながら紗希が問う。

 だが、同じく画面を見つめていた斗聡は首を振った。


「恐らくアレはただの尖兵、もしくは護衛(・・)のつもりだろうな」

「護衛?」


 何かを守る必要がある、そう断言する様な斗聡の物言いに彩華は目を細める。

 謎多きリーダーは何を知っているのか、否。何を隠しているのか(・・・・・・・・・)

 問いかける眼差しを受け、斗聡はちらりと自らの娘、姫更へと視線を落とし、


「仮に。あの塔まで転移するとして、どこからならば届く?」

「……能力が阻害されてるから。ここからじゃ無理。近くまで行ければ届く、と思う」


 親子のやりとりにしてはやや硬い、とはいえ不仲とまではいかないやりとりで斗聡が意図している所を理解する。

 だが、彩華は納得する反面やはり何かへの言及を避けている様に感じて改めて口に出して問いを投げかけることにした。


「だとしても。どうしてアレが本命の手段だと考えなかったのかしら。アレは見たところ、人を襲って魂を徴収している。なら、迎坂君の様に徴収した魂を使って新たに尖兵を生み出すことだってできるんじゃないかしら? それなら時間を掛ければアレだけで地表を覆い尽くすことだって出来るはずだわ」


 否定する根拠は何だと問いかける彩華に、暫し沈黙した斗聡であったが、やがて静かに口を開く。


「我部幹人の目的はこの世界を作り替える事だ。人類の殲滅だけでは、足りないだろう」


 やはり、何かしらの確信がある。そう感じ取った黄泉路達、だが、それは斗聡にとっても口にするのは躊躇われることなのか、続く言葉を紡ぐための口は重い。


「……幹人君は、やっぱり引きずってるんだねーぇ」


 斗聡の代わり、引き取る様にぽつりと口を開いた紗希の呟きがしんと静まった室内に滲む様に浸透する。

 それこそが斗聡が口を閉ざしていたことなのだろう、斗聡の態度は躊躇っていた痞えをむりやり飲み下したような苦い雰囲気を纏っていはしても、不快というわけではない様子で改めて白状する様に口を開く。


「私と上代縁は、結婚こそできなかったものの、内縁の夫婦の関係にあった」


 僅かに姫更へと視線を向け、それから一同を一瞥した後に視線を黄泉路へと合わせて斗聡は過去の蟠りを紐解いて己と我部との間にあった因縁へと触れる。


「姫更が産まれたのは御遣いの宿が襲撃された後の出来事だが、私と縁はそれ以前から交友の中で良き関係を築いていた。……我部とは、互いに縁に思いを寄せる者同士、友人でもあり、ライバルでもある関係だった」


 突然の告白、それも娘の前でかつての甘酸っぱい青春を語る斗聡に一瞬戸惑いを見せる一同だったが、すぐに、その話がそれだけで終わるものではないと続く斗聡の言葉で思考が引き戻される。


「私と御心、我部は同じ大学の研究室に属していて、研究の為に能力者を多数囲い込んでいた御遣いの宿へとフィールドワークに赴いていた。その交流の中で私は教祖として崇められていた奇跡の女……上代縁のその人となりに惹かれて行った。同時に、我部も縁に惹かれていることは理解しつつも忖度することはない、互いに最善を尽くすだけだと、当時はそう考えていた」


 それは懺悔の様でも、戻れない過去の選択に対する後悔のようでもあった。


「そこからはふたりを友人として近くから見てた私が話すよーぅ。さすがに、当事者の片方だけの話は偏るだろうしねーぇ」

「すまない」

「客観的な話で言えば、あれは幹人君が悪いで終わる話。まぁ、タイミングが悪かったんだよねーぇ。私達3人とも、同じ研究室で能力について研究しては居たけど、テーマはそれぞれ違うもの。その中で、たまたま斗聡君の研究に進展があったタイミングで、かつ、幹人君が行き詰っていた。そんな時期に斗聡君と縁さんが結ばれて、関係性が決定的になってしまって。そのタイミングで、政府から幹人君に接触があったんだ」

「それは、もしかして――」

「そうさーぁ。御遣いの宿の能力者を創るプロセスや、御遣いの宿に所属していた能力者の当時の時流を考えれば強力すぎた能力者達。それらを恐れ、あわよくば手中に収めたかった政府と一部政治家達の暗躍、その片棒を担いでしまったんだよーぅ」


 御遣いの宿が壊滅した直接の要因は政府によるもの。しかし、表向きには奇跡を用いて人を救い、教団内では信者やその次代に能力者になることを望ませるような思想を掲げて能力者と一般人の融和を求めた宗教。決して過激ではない、問題として取り上げることも難しい宗教であったはずの御遣いの宿が政府の摘発によって一夜にして凶悪な危険思想を持つカルト集団として世間に周知され、その残党を含めて今に至るまで指名手配されるなどして世間に傷を残している。

 その手引きをしたのが我部であることは理解していた。だが、それがもしかするとボタンの掛け違いに悪意がねじ込まれた結果だったのだとしたら。


「……それで? あの男がそのことを後悔してるからって許される事ではないわ」


 我部のしたことは許されるべきことではない。だが、その行動原理が悔悟によるものであるならば、と、斗聡は先ほど濁していた、恐らくは間違っていないだろうと確信している我部の目的について言及する。


「そうだ。我部は恐らく、縁を裏切ったこの世界を、自分の過失によって生み出された多くの負債を、全て洗い流してしまうつもりだろう。それは人類の滅亡や殲滅などではない。惑星(ほし)そのものを、もしかすればこの世界と定義されている概念全てを、一度白紙に戻して新たな世界をいちから作り直すつもりだろう」

「そんなこと……出来んのかよ……」

「全ての能力という名の権能を束ねれば叶うだろう。銀冠の魔女、彼女の力がその一端を示してしまっている」

「現実を掌握する、魔法の力……」

「加えて、迎坂黄泉路をはじめとする能力者の一部は世界の法則を書き換えて自らの世界を侵蝕させる現象にまで手を伸ばしている」


 能力により世界を書き換える、その方法の具体例を示されてしまえば、黄泉路達は反論を持てずに押し黙ってしまう。

 そこに水を差し、話を強引に進ませるべく廻が手を叩いた乾いた音が響く。


「なんにせよ、僕たちはアレを墜とさない限り座して終わりを待つことになります。事前に姉さんのマーキングをあの塔の敷地内に設置していますが、所感では恐らく浮遊大地の真下、あのクレーターのある位置まで行かなければ転移は難しいでしょう」

「廻君、そこまで見えてたんだ」

「念のための処置ではありましたけどね。ともあれ、突入手段はあっても僕らには我部の能力徴収に対する対策がありません。まずはそれを考えなければ、戦力の集中も配置も難しい」

「あ、そうか。じゃあ皆には地上の結晶人間を――」

「嫌よ」


 黄泉路が慮って声を掛けようとした出鼻をくじく様に、彩華がぴしゃりと断言する。

 頑なな言葉に黄泉路が言葉を途切れさせ、視線を巡らせる。


「わたしが居ないと、行けない、よね?」

「オレも、ここまで来たら最後まで付き合うぜ!!」


 視線を受け止めた姫更と遙の決意表明は彩華と同じく。

 同行を断言しなかった面々に関しても、


『私は後方ですけど、三肢鴉の皆さんを繋げて地上戦力の対応が必要ですからねぇー。それに、現場近くならもしかしたらよみちんになら繋がるかもしれないですしぃ?』

「僕は、もう手を出せることはありませんし、同行しても足手まといになるので、突入側にはなれません。けど、伝手はありますから、兄さんたちを安全に現地に連れて行く手助けならできます」


 参戦出来ないなりに各々が出来る最大の支援をするのだと、決して黄泉路ひとりに背負わせないという様に真っ直ぐに黄泉路を見つめる眼差しに囲まれる。

 そんな中、唯一言い募るでも退くでもなく、ただ自分の手を見つめていた歩深が迷いながら黄泉路を見上げた。


「歩深は……」

「もう無理をする必要なんてないよ。歩深ちゃんはもう普通の女の子だ。能力がなくても僕達が歩深ちゃんを嫌ったりするわけじゃない。でも、これから向かう場所は、今の歩深ちゃんには危なすぎる。だから無事に戻ってこれるように、ここで待っていてくれる?」


 歩み寄った黄泉路が目線を合わせて問いかければ、歩深はややあってから小さく頷いた。


「歩深は、出来る子なので」

「うん。ありがとね」


 姿勢を起こし、歩深の頭を撫でた黄泉路は改めて斗聡へと向き直る。


「オペレーター、進捗はどうなっている?」

『はいはーい。各支部で戦闘可能な人員を募って転移系の能力者が一カ所に集めてる最中ですよぅ』

「……我部の能力徴収に対する解決法はない。だが、迎坂黄泉路。この世界で恐らくお前だけが、あの力に抗う可能性を秘めている」

「それは、僕が神子だったからですか」

「厳密に言えば、今のお前だからだ。魂ごと能力を蒐集する我部の能力の着想がお前の力にあった事は間違いない。であれば、その能力の大本にあたるお前ならば、我部の能力徴収を無条件に受けることはない」

「……」

「だが、それも我部本人を前にしても同じだという確証はない。強いて言うならば、あれだけの力を持っていても我部は能力に目覚めたばかりだということくらいだ」


 結局は目の前の少年に全てを押し付けてしまう、そんな心苦しさに、同じく全ての因縁を抱えてきた紗希は服の袖を握り、黄泉路に頭を下げる様に目を伏せる。


「大丈夫です。今の僕は皆のお陰でここに居て。僕はまだ、この世界を守りたいと、自分の意志でそう思える。だから強制されたことじゃないし、僕は僕のやりたいようにやります」


 落ち着いた声で応える黄泉路に、紗希はハッとなって黄泉路を見つめ、斗聡は出しかけていた言葉を呑み込むべく沈黙し、ややあってから、その決意を汲む様に指示を下す。


「戦力招集と作戦立案に並行して突入部隊の編成も行う。柱は迎坂黄泉路、やれるな?」

「はい」


 黄泉路の短くも力強い返答に、斗聡は静かに目を閉じる。


「では、今から30分後。三肢鴉による浮遊島への突入作戦と、我部幹人の身柄の拘束――または撃破作戦を決行する!」


 再び目を開き、黄泉路達を見回したリーダーの宣言が標の念話によって三肢鴉の人員たちの頭に強く響いた。

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