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13-31 宣戦布告

 三肢鴉リーダー神室城斗聡の後に続き、黄泉路達はホテルの地下へと降りる。

 その道中は上階のホテル同様、痛々しい戦闘の痕が残されていた。


「本部への対策局の襲撃は確かにあった」

「……」

「だが、それは既に支部襲撃などの積み重ねもある――備えのできる襲撃だった」

「!」


 黄泉路はてっきり、夜鷹がそうであったように突然の奇襲に内部まで切り込まれて血みどろの撤退戦をすることになってしまったものだと考えていただけに、斗聡のフォローに目を見開く。

 斗聡は前を向いたまま、一定の歩幅で歩きながら言葉を続ける。


「葛木本部長と嬉々月勇未子が何故本部配属なのか、考えた事はあるか?」


 そういえば、と。黄泉路は回想の中で何度も喚き立てる様に自身を夜鷹配属へ変えろと吼える嬉々月勇未子の姿を思い出す。

 個人的な性格の相性が悪い――身内に対して押しの弱い黄泉路が我を出せるという意味では相性が良すぎるとも言う――勇未子だが、その能力は確かに破格。

 勇未子が触れたもの、触れるものを問答無用で破壊(・・)するという、黄泉路とはまた別の不条理の化身。

 攻勢でこそ発揮されるであろうその能力を、本部という前線に立つことなく全体を統括すべき部署に置いているのかは謎に包まれていた。

 当人が本部勤めでありたいというならばわかるが、勇未子は狩野美花を尊敬しており、同じ支部に属することを熱望していたのは周知の事実。

 それが叶っていないということは誰か――それこそ、直属の上司である葛木修吾か、三肢鴉そのものの統括者である神室城斗聡が差し止めていたということになる。


「葛木本部長の能力は【必中】。狙った場所に確実に誘導する能力だ。そして――」

「嬉々月、さんは触れたものを破壊するから、破壊を誘発する弾丸を(・・・・・・・・・・)必中で当てられる(・・・・・・・・)?」

「そういうことだ」


 あまりにも無法な組み合わせに、事前にそれを知っていたであろう姫更や標、廻以外の面々が驚きに包まれる。


「本部が海に囲まれた孤島だったのもそういう理由だったのね」

「転移能力にも制約があるから、大規模に戦力を送り込もうとなるとどうしても飛行船なり船なりで接近する必要がある」


 彩華の納得に黄泉路も同調すれば、遙のぼんやりとした理解が補強されたことで一拍遅れて目を見開いた。


「うわエグッ!?」

「それだけやってもここまで攻め込まれたって考えると、やっぱり我部は本気で三肢鴉を潰すつもりだったんだろうね」

「攻め込まれたというよりは、元よりここを一時的に放棄するつもりだった」

「そうなんですか?」

「徹底抗戦などしても、結局は補給もできない孤島だ。ならば足止めを行いつつ人員を退避させ、無人の拠点を制圧させたほうが傷は浅い」


 人に比べれば建物などいくらでも替えが利く。そう告げる斗聡の背中に、黄泉路は斗聡の価値観を見た気がした。

 見れば、確かに建物のあちこちに傷はあれど流血の痕などといった汚れは見当たらず、本部の撤退戦が適切に行われたことが見て取れるようであった。

 程なくして、黄泉路達はかつて会議で使っていた部屋の前へとたどり着く。


「やぁやぁ。待っていたよーぅ」

「御心先生も居たんですね」

「幹人君が動き出した以上、私だけ知らぬ存ぜぬもしたくないしねーぇ」


 部屋に入れば、巨大なスクリーンに映し出された宙に浮くランドマークタワーを中継する生放送のニュース番組が映し出されていて、そのスクリーンに背を向ける形で席に着き黄泉路達へと声をかける御心紗希の姿があった。


「さて。まずは何があったのか聞かせて貰おう」


 各々が席に着く。斗聡の問いかけに黄泉路を代表としてランドマークタワーの裏側に隠されていた領域のこと、穂憂が自ら捨て石になって黄泉路に時間を作ったことなどを、各々の視点から補足を交えつつ話してゆく。

 そう長くない時間、斗聡と紗希は話を聞き終えるとどちらともなく深く静かな溜息を吐いた。


「……やはり、か」


 小さく、落胆と納得が入り混じった声で呟く斗聡の言葉に、黄泉路は僅かに眉を寄せる。


「その言い方だと、リーダーは予想していたように聞こえますが」

「計画の全容を知らずとも、我部が憑り付かれている思想(モノ)には心当たりがあった」

「……」


 斗聡と紗希、我部の間になんらかの確執があることを知っていた黄泉路は、斗聡がそれ以上を語らぬ様子に暫し見つめた後に今すべきことを優先する為に意識を切り替える。


「とにかく。時間がありません。リーダー、三肢鴉全体に応援要請を求めます」


 黄泉路の要求に、斗聡もまた意識を切り替え組織のトップとしての態度で黄泉路に向き直る。


「了承した。直ちに全支部へ状況を通達するが、此度の危険度は過去類を見ないもの。招集をかけるにも万全を期すにも時間がかかる」

「……それは、分かっているつもりです」


 これまでも悠長にしているつもりはなかったものの、主体的に動くことが出来ずに準備にただ待たされるという状況は黄泉路に焦りを抱かせるに十分なもの。

 斗聡が現実的な話をしており、全面的に正しいと理性で理解してなお、感情だけが先行してしまっていることを自覚しつつ小さく返答する。

 その歯切れの悪さこそが焦りを飲み下しきれず、納得できていない事を示すような黄泉路の態度に、紗希が落ち着かせるように口を開こうとした、その時だった。


『全世界へ。聞こえているかい?』


 突如、頭上から降る様な声が響く。


「今のは――!」

『私じゃありませんよぅ!?』

「でも、感覚は近かったわ」


 ハッと顔を上げた黄泉路が周囲を見回すと、各人も同様に声を聴いたらしく顔を見合わせて標は自身の能力を疑われて首をブンブンと振っていた。

 だが、再び降るような男の声に一様に身動ぎをやめて意識を研ぎ澄ます。


『混乱しているだろう。私は我部幹人という。この言葉は思念を伝達する能力により全世界に同時に発信されている』


 どうやら狙って黄泉路達に掛けられた言葉ではないらしく、中継をしているテレビの向こう側からもリポーターやスタジオのざわつきがそのまま放送されていた。


『私の能力に似てますけど、全世界同時となると出力が桁違いですよぅ』

「考えられる理由はあの想念因子結晶――」

「もしくは、あの塔そのものだろうな」

「塔?」

「幹人君が何の理由もなしにあのランドマーク建設計画に介入してあれだけの施設を宙に浮かせることはしない、ってコトさーぁ」


 塔そのものが電波よろしく思念の発信を補うような役割があるのであれば可能だろうという見立てに黄泉路達が納得を示す中、我部の思念は世界に向けて言葉を紡ぐ。


『諸君は能力者をどう考える? この世界をどう考える? 私はこう考える。くだらない(・・・・・)、と』


 思念という形だからだろう。我部の言葉に包まれていた感情――全世界へと向けられた憎悪とも呼べる意識が叩きつけられるように降り注ぐ。


『能力者だというだけでそうでない者から畏怖され、忌避され、嫌悪される。能力者による犯罪が怖いから、人と違う能力を持っているから。だからなんだというのか。能力を持たぬ者が多い人類がこれまで何をしてきた? 戦争により多くの命を奪ってきただろう。犯罪を起こす人間は大多数の非能力者だろう。君達はただ、能力者が妬ましいのだ。数で優っている、ただそれだけの理由で只人が能力者を虐げる。今のこの世界は間違っていると、私は結論付けよう』


 まるで自分が能力者であるかのような語り口に黄泉路は内心で違和感を抱く。だが、その違和感の芯に迫るより早く、我部の言葉は世界に対して最後通牒を突きつける。


『故に私はこの世界を否定しよう。能力者だというだけで迫害される世界など必要ない。私は世界をやり直す(・・・・・・・・・)。全ての人類が能力者のみの世界を私が創造する』


 世界に向けた宣戦布告。

 そのあまりにも広大なスケールに絶句していると、ライブ中継の方で動きが起きる。


「――! ご覧ください! 飛行機……でしょうか? 物凄い速度で――あっ、何か発射されました! ミサイル、ミサイルです!! ランドマークに向かって――」


 リポーターが遠方を凝視するように手で目元に影を作りながら見上げる空。ランドマークと周辺の大地ごと浮かんだ浮島に向かって飛ぶ小さな飛翔体へとカメラが素早くズームすると、流線形のシルエットが高速で宙を裂いて白煙の線を空に刻み、戦闘機らしきそれから投射された細長いナニカが一瞬遅れて火を噴いて飛び出してゆく。


『抵抗するのも構わない。旧人類の足掻きが無駄であることを、滅ぶべき世界であることを証明しよう』


 我部の演説が脳を揺らす。同時に画面の中が眩く明滅して塔の先端から発された閃光が飛翔するミサイルを焼き、空中に爆炎が舞った。


「あれは……!」


 その雷光(・・)に見覚えがある黄泉路は画面を凝視しながら、塔の中にいるであろう我部を睨みつける様に目を細める。

 塔への攻撃に失敗した戦闘機がぐるりと旋回して塔から離脱を図ろうとする。だが、直後再び塔の先端が瞬くと、空中を水平に迸った稲光が戦闘機を貫いた。


『賛同する者は新世界へ連れてゆこう。抵抗する者は世界の終わりと共に去るがいい。よく考えるがいい。選択の時はそう長くない』


 思念が途切れた、そう感じたのは黄泉路達がその感覚に慣れていたからだろう。

 ふっと上から降る様に圧力が消えた事を感じ、誰ともなく口を開こうとしたところで、再び画面の中で新たな動きが映される。


「い、今のは……あ、カメラ下に向けて!! ご覧ください! 何かがランドマークの下から投下されているようです! ……人型の、結晶でしょうか……? ひっ、人を襲っています!!」


 カメラがズームしたのはランドマークが大地ごと引き抜かれてクレーターの様に抉られた都心の空き地。

 影に覆われた大地に頭上からぼとぼとと雨の様に落ちる様に揺らめく色彩を湛えた人型の結晶が突き刺さり、それらが落下の衝撃などまるで無いという風に次々と立ち上がるとクレーターの外へと動き出し、野次馬をしていたのだろう民衆へとその四肢を鋭く変形させて襲いだす。


「ランドマークに近い住民の方々は直ちに避難を!! 我々は状況を追ってお伝えする為にこの場からカメラを回します!」


 リポーターの緊迫した声音が響き渡ると同時にカメラが引き、地上の様子と塔を映す画角で固定され、悲鳴と怒号混じりの喧騒が遠くから響く映像だけが中継に彩華すらも固まってしまう中、黄泉路は立ち上がり、改めて斗聡へと声をかける。


「お願いします。早急に人を集めてください」

「良いだろう。可能な限り準備を急がせよう」


 端末を取り出し指示を出す斗聡から目を離した黄泉路は、改めて画面の中で暴れる結晶人間とも言える存在を強く見据える。

 そこに宿る魂が、高く塔の中に繋がれているのを、黄泉路の目にははっきりと認識できていた。






 ◆◇◆


 我部の宣戦布告が世界中へと発信され、結晶人間が都内に広がりを見せ始めたのと同時刻。

 政府内閣の臨時本部は怒号と喧騒に包まれていた。


「総理! あれは一体なんなんですか!?」

「各国から大使を通じて確認の連絡が来ています! なんと応じたら!?」

「中継映像はご覧になられましたよね!? 直ちに住民を避難させるべく自衛隊の派遣を――」


 政治家や面会申請すらすっ飛ばして押し通ってきた駐日大使などが閣僚へと殺到し、大臣たちも総理大臣へと救いの目を向ける地獄絵図。

 そんな中にあり、現総理大臣である的井史三郎の内心は混乱の極致にあった。

 的井は元々、能力や能力者に関する議題などで幅を利かせる族議員であったが、十数年前には十把一絡げの知名度しかない政治家に過ぎなかった。

 それが一躍、たった10年と少しで総理大臣にまで上り詰めたのは、我部と裏で手を結び、彼の研究成果や暗躍勢力の力によるところが大きかった。

 だからこそ、的井は我部の宣戦布告に対して何も知らされていない事にこの場の誰よりも困惑し、詰め寄る政治家達の喧騒もまともに応じることができない有様になってしまっていた。

 そんな大騒ぎの渦中、大きく開かれたままの入り口の方で別種の騒めきが起きた事で議員たちの声がトーンダウンする。


「ば、化物がっ!!」

「はやく逃げ――ぎゃああっ!?」

「ひいぃっ!?」


 臨時とはいえ内閣。国家の中枢たる機能を容易に他県に移すことも出来なかった故の立地が仇となった形で、東都に散らばりつつある想念因子結晶で出来た人型の怪物――結晶人間が襲来してきてしまったことを知らせる悲鳴に、室内にいた者達は一斉に顔を引きつらせてパニックを起こす。


「速く避難を!!!」

「何処へ行けばいいんだ!?」

「皆さん落ち着いて、冷静に――」

「総理! 対策局はどうなってるんです!!」

「馬鹿!! 対策局のトップが起こした事件だぞ!?」

「静かに!!! 大声を出すと奴らが来るかもしれないだろう!?」


 先ほどとは違い、もはや収拾が付かない勢いにまで膨れ上がった恐怖と混乱。それがピークに達するかという段階で、部屋の外から政治家達にとって聞きなれない、平和を享受してきた者達にとっては耐え難い暴力の音が響く。


「ひっ……!」

「き、来た!!」

「嫌……嫌よッ、こんなの……」


 鋭利に尖った腕から赤黒い液体を滴らせ、結晶人間ががしゃりがしゃりと硬質な足音を立てて部屋の入口に現れる。

 出入口などひとつしかない密室で入口を塞がれたことで、これから起こるであろう惨劇に皆が一様に息を詰まらせた。

 顔もない、四肢を持ち頭部らしき突起があるだけの、辛うじて人型をしていると認識できる異形が一歩踏み出す。

 血溜まりを踏み越えて付いたのだろう足裏の血が絨毯を黒く踏み固め、その軌跡の一部に迎え入れんと腕を振りかぶって手近な人間に襲い掛からんとした、その時だ。




 ――パァン。




 乾いた音が響く。それは襲われた人間の脳が爆ぜた音でも、運よく狙いが外された異形の腕が床を叩き砕く音でもない。


「御無事で。的井総理。緊急の要件があって参りました」


 異形の影から忍び寄る様に入室していた武骨な印象を与える男が、手に持った大型拳銃で結晶人間の頭部を吹き飛ばした音であった。


「君は、対策局の――」


 的井の半ば呆然とした言葉が静寂に強く響き、救いを見出した人たちの視線が一転して怯えを孕んだものへと変わる中、葉佩宗平は自然と別れる人波の中を悠々と歩いて的井へと歩み寄る。


「此度の件は我部幹人の独断によるものです。対策局からも多数の離反者が出ましたが、道敷穂憂の献身により事態の遅延化に成功したことを報告します。また、別働として迎坂黄泉路以下、在野の能力者達が自体の収拾へ向けて尽力しています。状況の説明の後、国としての行動を要請いたします」


 的井の立つ壇まであと数歩もないという所で立ち止まった葉佩の毅然とした声が、室内にいる全員に聞こえる様な声量で響き渡った。

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