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13-30 時計の針は進む

 ひとまず方針が決まると、次にすべきこととして皆の頭に浮かんだのは現在合流が出来ていない廻と姫更の所在についてだった。


「標ちゃん、姫ちゃん達との連絡は?」

『なーんかちょっと感度悪くてー……。あ、繋がった。もしもーしキッズ共ー今どこに――』


 ふわ、と。屋内に仄かな自然の――土と緑の混じった懐かしい香りが漂い、何もない空間にふたりの少年少女が飛び込んでくる。


「兄さん、落ち着いて、まずは万全な準備を整えてから向かうべきです」


 転移してくるなり、黄泉路へと駆けよらんばかりの勢いでそう口走る廻の焦り様に、黄泉路をはじめとした面々は思わず虚をつかれた様に身を硬くしてしまう。

 室内を漂った気まずい沈黙から1秒。黄泉路達の反応に困惑していた廻が再起動すると共に、黄泉路は苦笑交じりに小さく首を縦に振った。


「うん。ちょうど今、その話をしてたんだ。まずは三肢鴉に行って助力を得られないかってね。その為に姫ちゃん達と合流したかったんだけど……」

「ぁ……」


 いつの間にか仮面を外していたらしく、転移してきた時から晒していた廻の素顔、その頬にさっと朱が差した。

 どうやら先走っていたらしいと自覚すれば、気遣わしそうによこから見ていた姫更が廻の頭をそっと撫でる。


「……」


 それが決定打だったのだろう。廻は静かに深々と息を吐くと、姫更の撫でる手を振り切る様に黄泉路へと駆け寄り、頭ごと隠す様に黄泉路の胸に顔を埋めてしまう。


「追い打ちじゃん」

「思っていても言わないであげるのも優しさじゃないかしら」

『たぶんふたりがトドメ刺したんじゃないですかねぇ』


 遙と彩華の言葉も耳には届いているだろうが、それすらも無視して抱き着いたままの廻に黄泉路は困惑しつつも頭の後ろを軽く叩く様に撫でていれば、程なくして気を取り直したらしく、黄泉路から身体を離した廻が小さく咳払いして口を開く。


「……兄さんは自分でその決断に至ったんですね」

「予知では焦って突っ込んでた?」

「そういう時もありました」

「?」

「それよりも、これからどう動くかでしょう」


 言葉がすれ違っている様な違和感に黄泉路が首をかしげるも、話を本筋に戻そうとする事に異論はない。

 黄泉路は頷き、姫更へと視線を向ける。


「姫ちゃん。僕達を三肢鴉の本部――リーダーの所に連れて行って欲しい」

「わかった。……この人はどうするの?」


 姫更が事の成り行きを見守って壁際に身を引いていた葉佩へと顔を向ける。

 この場に居て戦闘が起きていない以上敵ではない程度の認識でしかなく、この人物が何者なのか、一緒に連れて行くべきかも分からないための疑問だが、それに対して葉佩自身が手を胸の前に挙げて固辞の姿勢を示す。


「私はこちらに残り、私に出来る事をしたいと思います。現状は恐らく政府としても想定外の事態でしょう。私ならば対策局副長の地位がまだ生きていますので、穂憂さんや我部幹人の代理という形でアポイントが取れるかと」

「わかりました。政府へはどの様な?」

「現政権は我部幹人の意向を強く含んだ人員で構成されていますが、それはあくまで政治的な――現存する世界秩序(・・・・・・・・)の上での利害(・・・・・・)あってのこと。我部が世界の崩壊と新たな世界の創世を目論んでいる以上、既に関係は破綻している。その証拠に、この計画は内閣、昵懇の間柄だったはずの的井総理にすら秘匿して進められていましたから。私は的井総理と面会し、事の次第を伝えてそちらに協力するよう要請してきます」

「ありがとうございます。よければ、こちらの念話が繋がるようにしても?」

「構いません」


 念話の使い手であることを示す様に、黄泉路が標を一瞥しながら確認を取れば、葉佩は動揺した様子もなく即答で頷く。

 思念を繋ぐということは思考を盗聴されて機密さえも抜き取られる可能性や、精神を直接攻撃されて廃人にされるリスクもあるとわかった上での即答は葉佩の覚悟と黄泉路達への信頼とも言えた。


『はいはーい。じゃあちょーっと失礼しますねー』

「まだ聞こえていないわよ」


 無言のまま葉佩へと歩み寄る小柄な仮面女子という絵面に思わず突っ込みを入れる彩華だが、標本人の素人そのもの――それも運動ができない寄りの身の熟しと、どことなくコミカルに見える身振りから警戒心を抱く暇もなく手を握られた葉佩は、直後に頭に響く高い女性の声にピクリと眉を動かす。


「すこし、ボリュームを絞って頂けると」

『あ、ごめんなさーい。でもま、これでお互いどこでも連絡オッケーっと。あーでも、あまりあの浮島に近づかれると感度落ちちゃうかもー?』

「留意します」

「それじゃあ、繋ぎも出来た事だし……歩深ちゃん、さっきからどうしたの?」


 一同を見回し、いざ行動開始といった具合で声を掛けようとした黄泉路だったが、これまで会話に加わることもなく佇んでいた歩深の様子を思い出して声をかける。

 ジッと、先ほど目を向けた際と同じように自身の手へと目を落として何かを考えこんだ様子の歩深が顔を上げると、困惑した様な表情で黄泉路を見上げ、


「あそこに居た時から、変だったんだけど」

「変、って何か体調に問題が?」


 もしあの場から無理やり引き離したことが原因だったなら、と、黄泉路の脳裏に嫌な想像が過るが、歩深は小さく首を振って彩華が元通りに直したばかりのテーブルへと近づく。


「身体は平気。でも、能力が、変……?」


 テーブルへと手を置いた歩深が彩華の能力を模倣した物質再編能力を発動させようと集中する。

 手とテーブルの間から淡く光が漏れ、接触面からテーブルがぐにゃりと形を変える、だが――


「ん。これが、限界」

「……」


 歩深がテーブルから抜き出したのは、1本の針。

 それも裁縫に使うような極々小さなサイズのもので、今までの歩深であれば身の丈を超える程の凶器を即座に精製で来ていた事を考えると異常事態と言えた。


「もしかして、能力が奪われたことで……?」

「そうですね。完全に奪われてこそいないものの、大部分が吸収されている、そういうことだと思います」

「廻君? 何か知ってるの?」

「……完全に能力を奪われた人間は、死にます(・・・・)

「!?」


 突如投げ込まれた衝撃的な断言に一同が身を強張らせて廻を凝視する。

 更なる説明を求める様な視線の中、廻は黄泉路を見つめ、


「兄さんは、あの場所で違和感を覚えませんでしたか?」

「違和感――は、あった」

「それは、何かが抜けていく、そんな感覚でしたか?」

「……まさか」


 自身の能力であるが故に、誰よりも早く結論にたどり着いてしまった黄泉路が目を見開く。


「はい。能力は魂からの発露(・・・・・・・・・)。能力が奪われる時、魂もそのまま肉体から引き剥がされ、常人であれば死に至ります」

「そんな――!?」

『うわぁ……』

「マジかよ!?」


 ぎょっと目を剥く。この中の誰もが――否。能力研究の権威でもある御心紗希ですら知りえない、能力の本質への言及だが、数多のループをやり直してきた廻が知りえた真実を、魂の支配権を持つ、魂そのものを確たる認知として観測できる黄泉路が肯定していた。


「じゃ、じゃあ、オレも能力剥がされたら死ぬのか!?」

「……遙君も、能力使用者ではあっても魂にしっかりと能力が根付いてるから、そうなる危険はあるよ」

「ッ」


 使用者であることは逃れられる理由にはならない。そう断言され、しかし、遙はブンブンと首を振って拳を握る。


「だ、だとしても、オレは降りたりしねーからな!」

「うん。これからも頼らせてね」

「――」


 黄泉路の直球過ぎる言葉に遙は意気込む姿勢ごとフリーズしてしまい、そんな遙に標はやれやれと首を振りながら脇腹を突きながら笑い掛ける。


『今更そんなこと気にする人いませんってー。ほら、あまり長く話してても時間が勿体ないですし、移動しますよー?』

「お、おう! そうだな!! 行こうぜちびっこ!」


 照れ隠しの様にずかずかと大股で姫更に歩み寄る遙に促され、各々が姫更に手を差し出す。


「わかった。じゃあ、送るね」

「皆さん、御武運を」

「葉佩さんも、よろしくお願いします」


 次々に姫更の手によって転移していく仲間を見送り、最後に残った黄泉路が葉佩の言葉を受けて頷き返す。

 葉佩が目線のみで頷く光景を最後に、姫更の手が触れて一瞬で視界が切り替わる。


「っと、来たな」

「ここは?」


 見渡せば、黄泉路は既視感のある景色に一瞬目を瞬かせる。

 壁面や床が所々補修された跡が残るホテルのエントランスにも似た広場、それは三肢鴉がかつて本部としていた離島の地上建物部分の1階であった。


「来たか。迎坂黄泉路」

「リーダー……!」

「ついてこい」


 どうやら、黄泉路達を待ち構えていたらしいリーダー、神室城斗聡が日頃と変わりない低音の落ち着いた声を響かせ踵を返す。

 黄泉路達は逸る気持ちを抑えながらもその後に続き、地下に広がる本部へと再び足を踏み入れるのだった。

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