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13-28 羽化

 割れたガラスの屈折率などお構いなしに全周囲に眩い極彩色を振りまいた発光を前に、黄泉路は僅かに目を細めて警戒する様に槍を引き抜く。


「何……これ……!?」


 極彩色の閃光を裂き銀の奔流が穂先をなぞる様に黄泉路達の前を流れれば、程なくして収まった光の発生源――巨大な想念因子結晶に向けて倒れ込んだ我部の姿がないことに、黄泉路は思わず言葉を詰まらせる。

 代わりにその場にあるのは、淡く色相を変える透き通った結晶の中に浮く、銀白色の心臓の様ななにか。


「……死なない人」

「歩深ちゃん?」

「すぐに――」


 歩深が黄泉路の袖を引く。明らかな異常を前に目を離すことも憚られた黄泉路は振り向かぬままに問いかけるも、想念因子結晶に起きた異常は歩深の返答を待たずに進行する。




 ――ドクン。




 結晶の中に浮いた、形状はまるで違うにも拘らず見るものに心臓を想起させる不可思議な銀白色のそれが震える。

 まるで鼓動のよう。そう考えてしまうのも、最初に抱くことになったイメージによるものか。

 再び、脈動する様に震える。それはまるで、想念因子結晶の中に血管を通すかのように極彩色の光沢の中に銀白色の筋を走らせ。


「すぐにここから離れないと――!」


 三度震えれば、銀白色の脈が中心の鼓動に合わせて結晶の中で胎児の様に外殻を創る。


「でもまだ皆が」

「待ってたら間に合わない!」

「っ」


 歩深が何を知っているのか、それを問う間でもなく、変化はさらに変遷し――




 パキリ。




 想念因子結晶の内側でうごめいていた銀白色のナニカが殻を突き破ろうとするように表面へと触れる。




 パキパキパキ……。




 それは結晶が砕ける音ではなく、結晶がその硬度のままに再形成している音。


「う、で――?」


 結晶の側面、黄泉路達に向けて伸ばされたそれを形容するならばそう呼称するのが的確だろう。

 想念因子結晶特有の光沢を反射する成人男性のものが一番近いだろう腕が突き出していた。

 その内側には銀白色の光があるのだろうが、結晶本体よりもやや濃い色合いの所為で窺い知ることはできない。

 人体で言えば二の腕のあたりまでが結晶塊から形成され表出すると、発光がやや沈静化して形成が止まる。


「死なない人」

「歩深ちゃん?」


 目の前の変化が一旦止まり、静寂が戻ってきたことで黄泉路はやっと、先ほどから何かを伝えようとしていた歩深へと視線を向ける。

 歩深は未だに黄泉路の服の裾を握り、出来る限り結晶から距離を取ろうとしているのが見て取れる重心で黄泉路を見上げていた。


「いますぐ、ここから離れなきゃ。あれは繭、羽化したら、能力者を取り込む、死なない人は、取り込まれちゃダメ」

「でも、それならあれをそのままにするわけには」


 黄泉路がせめて一太刀とばかりに槍を強く握る、僅かな所作すらも咎める様に歩深の引く力が強まる。


「ダメ。あれは想念因子の塊。死なない人の槍は、あれと同質でも、規模が弱い、から」

「力負けする……」

「それだけなら良い、けど、取り込まれたら、最悪の場合、死なない人の力が奪われちゃう」

「っ」


 先ほど。歩深を救い出す際に力が抜けた感覚を思い出し、黄泉路は警戒を引き上げ、むしろつい先ほどまでの状態がまだ危機感が薄かったことを理解する。


「わかった。一旦引くとして、理由は?」


 能力者が相対するのが不味いというのであれば、もはや目の前の存在に対抗できる手段がないとも言える。

 先の我部の発言から、能力者を取り込み力を統合すればその分だけ複数の能力を使えるということにもなるのだろう。そうすれば、能力に依らない現代兵器など豆鉄砲にも等しい程度の脅威にしかなりえなくなる。

 抗能力素材という物もあるにはあるが、あれも結局は精製時に素材に能力を付与しているようなものだ。能力は互いに阻害し合うという特性を無機物に付与しているに過ぎないそれが、果たして能力者をも喰らう能力の塊の様な存在に対抗しうるかは甚だ疑問であった。

 であるならば、今後完成度が上がってしまうだろう目の前のそれを一旦放置して尻尾を撒いて逃げる理由はどこにあるのか。そう問いかける黄泉路に、歩深は自らが精製に関わったからこそと私見を述べる。


「まだ、取り込んだ規模は歩深と、死なない人がちょっと(・・・・)だけ。それでも消化に時間がかかってるから、あの状態なんだと思う。大きな力が取り込まれる度に、消化しきるためのインターバルは、必ずある」

「その間に対抗策を見つける必要がある、か」


 とりあえず事情は理解できた。そして撤退の合理性も。

 だが、それを実行するには看過できない問題点が残されていた。


「……となると、僕らが退いたとして、インターバルを引き起こすだけの能力者が取り込まれる必要がある」


 そう。この場には黄泉路達しかいない。

 そして黄泉路と同規模の能力者を取り込まなければ確実な長時間のインターバルを見込めないとなるならば、選択肢はひとりしかいない。


「歩深ちゃん」

「……」


 黄泉路の服の裾を掴む歩深の腕を、槍を消した黄泉路が掴み返して固定する。


「僕達は歩深ちゃんを助けに来た。だから、君がここで足止めに死ぬなんてこと、僕は許さない」

「でも……」


 それしか方法がない。眼差しでそう告げる歩深の瞳は僅かに揺れていて、そこにあるものが命を懸けた賭けに臨む覚悟と不安であることを理解している黄泉路は首を振る。


「他にも方法はあるはずだよ。どっちにしても、アレはこれから能力者を取り込んで行くつもりなんでしょ? それなら暫く時間が――」


 とにかく、ここは皆と合流して退こう、そう告げようとした時だ。

 地鳴りのような振動が足元を、壁を、天井を伝って塔そのものを揺らす様に激しい音を伴って巻き起こる。


「う、わっ」

「――死なない人、あれ!」

「ッ!」


 歩深の声にハッとなった黄泉路が想念因子結晶の方へと振り返る。

 震源は先ほどまで腕だけしか出来ていなかった結晶。見上げる程の大きさを誇っていた結晶は今や僅かに嵩を減らしたように縮小しているが、代わりに圧縮された様な濃い色合いの人体のパーツがじわじわと組みあがりつつあるようで、


「我部……幹人……」


 突き出した片腕、そしてその上部に浮かび上がった人の顔らしき造形に先ほど消失した男の面影を見てしまった黄泉路が思わず小さく呟いた。

 眠る様に瞳と口を閉じた人の顔の様なそれは老人とするには若すぎる男の顔。しかし、部分部分から我部の若かりし頃がそうであったのだろうとわかってしまう。

 黄泉路の声が触媒となったのか。閉じられていた瞳がパキリと音を立てて開かれる。


「ッ」

「こ、れは。ああ。そうか。成功したようだね」

「……その姿は」

「これかい? 私もこうなるとは思っていなかったがね。何、存外悪くはない。これならば外部から命令を送信する手間もリスクもない」


 自身こそが能力を統べる神となる。図らずしもそうなった事に結晶の表面に浮かんだ我部の顔が静かにほほ笑む。

 そこに危機感はなく、ただ全能感からくる余裕とも呼べるものがあるだけのように黄泉路には思えた。


「今ならば能力者(きみたち)の事が良くわかる……身の内で力が循環しているのが手に取れるようだ」


 結晶から突き出した手が動く。

 咄嗟に黄泉路が歩深を庇って横へと飛べば、直前まで立っていた場所に閃光が迸り、瞬間遅れて大気を焼く轟音が室内を蹂躙して抗能力素材だろう床に焦げ跡を刻む。


「今のは」

「君にとっては最近のことだから馴染みのあるものじゃないかい?」


 密室で突如発生する落雷規模の轟雷。

 それだけの事をたやすく起こせる存在となると、先の神蔵識村で戦闘になった青年の姿が脳裏を過る。

 その上で、我部がそれを持っているという事実はあの日見た青年の最期の答え合わせを受けたようなもので。


「お前……!」

「睨まないでくれたまえ。どうあれこれこそが私が目指す未来への道筋なのだから」


 自らの命を削ってまで雷の権能そのものと化した青年の力を内包している我部の脅威度に黄泉路は内心歯噛みしながらも、先ほど歩深が提案した撤退、それが難しくなったことに必死に思考を回す。


「逃げるつもりかい?」

「……」

「わかるとも。読心などなくとも君たちの会話は聞こえていたからね。だが、君たちを逃がす理由がないのも承知のことじゃないかい?」


 いつから会話を聞かれていたのか――さほど大きな声での会話でもない。距離があったこともあり通常ならば聞き取られることもないだろうことを考えるならば、身体強化に相当するものが既に内包されているか、はたまた結晶によって構成された身体そのものが人体とは異なる感度を持っているか、どちらにせよ黄泉路達の目的は見透かされている以上、黄泉路は即座に動き出す。


「おっと、ここで立ち向かう選択を出来るのが、君の経験値ということかい?」

「当然……!」


 素早く槍を取り出し、一足で踏み込もうとする黄泉路に我部が先んじて雷撃を放射する。

 咄嗟に槍先で雷を防いだ黄泉路が踏み出そうと重心を傾けると同時、塔そのものが鳴動する振動を強め始めた事で黄泉路は僅かにたたらを踏んだ。


「迎坂くん!」

「おい一体どうなってんだよ!?」


 黄泉路が踏み出し損ねた一瞬に滑り込むように、背後にあった扉がぐにゃりと形を変えて黄泉路達の良く知る男女が駆け込んでくるなり、黄泉路が相対するモノに目を瞠ったような声が上がった。


彩華ちゃん(リコリス)!? それに狐憑き(フォッスク)も――!」

「んなことどうでもいいから状況説明しろよな!?」

「水端さんを救出出来た、にしては状況が混沌としているわね」

『はいはーい、私もいますよぅ……でも、状況はすごーくマズいみたいですねぇ……』


 幻影を被せられ透明人間と化した標の念話が全てを物語る様に塔そのものの鳴動が予断を許さない状況へと向かいつつある中、黄泉路達の合流に水を差す様に我部の声が降る。


「ふむ。物質を再編する――君がリコリスかい? そっちは幻影を操る能力に、高出力の念話能力か」

「ッ!?」

『うぇえっ、やっぱり気づかれてますぅ!?』

「うっそだろ!? オレが完璧に隠して――」

「ただの能力者ならばまだしも、今の私は能力の根源そのもの。君たちがどんな能力を使っているのかくらいは手に取る様にわかるとも」


 巨大な想念因子の結晶から顔と片腕だけを出したヒトのようなナニカが、喉ではない、何かを振動させて言語を紡ぎ出すような違和感のある声で指摘する言葉に一同が絶句する中、黄泉路はハッとなって問いかける。


「姫ちゃんたちは!?」

()()……っ!?」


 今この場に、朝軒廻と神室城姫更の姿はない。

 本来であれば合流したらすぐさま撤退を考えていた黄泉路達の、唯一の即時脱出の手段がない事に今更気づいた(・・・・・・)様に狐面のままでもわかるほどの驚愕を示す遙に、黄泉路は咄嗟に全員を庇えるように合流して我部と相対する。


「どうやら、君たちの側で想定外があったようだ」

「だったら?」

「何、君たちもこの場に至れるほどに優秀な能力者だ。そんな君たちを手始めに統合できるとなれば幸先が良い、やはり運命を味方につけていて正解――」

味方なんてしないわ(・・・・・・・・・)


 浸る様な我部の声音に水を差す、この場に無かった少女の声。


「ッ!?」


 突如、間に割り込むように姿を現した男女に黄泉路は目を見開いて驚愕する。

 黄泉路達に背を向け、我部に相対する様に立つ、ポニーテイルの少女。年齢に似合わない子供らしいチープな髪飾りが背後からだと一層目を引く少女は、黄泉路にとっては間違いようもない――


()!?」

「話はあと。兄さん、私はいず兄を(・・・・・・)信じて託すから(・・・・・・・)

「どう――」


 突如現れた実妹、道敷穂憂の宣言と共に向けられた、振り返りざまの真っ赤な視線(・・・・・・)に射抜かれた黄泉路が返事をするよりも早く、穂憂と共に現れていた少年が黄泉路達へと手をかざす。


「気を付けて、転移の――」


 少年――菱崎満孝と過去に相対した事のある彩華がいち早く少年の能力を思い出し、警告を飛ばす。

 だが、その言葉が空気を伝播しきるより先に空間ごと黄泉路達の座標が切り取られ、ぶつ切りになった声の残滓が振動する塔そのものに呑まれて消える。


「……どういうつもりだい?」


 残されたのは、1体とふたり。

 結晶と融合したように非人間の身体を前面に出した我部の問いに、入れ替わる様に残った穂憂と菱崎、その代表だろう穂憂がこともなげに答える。


「元から、私と我部さんは利害の一致で手を組んでただけでしょ?」

「ああ。その通りだとも。では何故ここにきて命を捨てる様な真似をするんだい?」

「我部さんの目的が達成されると困るからに決まってるでしょ。理由なんて私がそう望んだ、それだけよ」


 運命を司る女神、そう呼称されて久しく、穂憂は堂々と広報向けに鍛えられた我の強い主張を押し通す様に宣言する。

 その様子に我部は僅かに沈黙するも、すぐに気を取り直したようにくつくつと笑い、


「だが、君が取り込まれるということがどういうことか、君ならば理解しているはずだろう? やはり運命は私の手に収まるべくして収まるのだよ」

「さぁ、現時点での運命は私のものよ。そして私が既に道は敷いた。なら後は我部さんが堕ちるか私が尽きるか。どっちが早いか勝負ってコト」


 あくまでも自分の――自分をここまで導いた運命(のうりょく)を信じると、穂憂はカツカツと想念因子結晶へと歩み寄り、その表面へと手を触れる。

 ぐにゃり、と。触れた箇所から沈み込むように結晶の中へと手が透けて行く。

 触れた箇所から侵食する様に穂憂の身体が透け、結晶と同化する様にその面積を失って――


「それで。君はどうしてそっち側に付いたんだい?」


 穂憂という少女が消失し、1体とひとりになってしまった塔の最奥で、我部の問う声が響く。

 結晶の真正面に立った菱崎は睨むように我部を見上げていたものの、その問いには自明のことを聞くなとも言いたげな呆れを含んだ顔を浮かべて口を開いた。


()


 あまりにも簡潔な。それでいて明確な答えに今度こそ我部は一瞬固まった様に、結晶で出来た瞳を僅かに見開く。


「じゃあね、先生(・・)


 その隙に自身を転移で逃がそうとした菱崎、しかし――


「させると思うかい?」

「ガッ!? な、んで……!?」


 結晶を乗せていた土台としての機械が突如として形を変え、菱崎の少年然とした華奢な身体を極太のケーブルが生物の様にぎしぎしと締め上げる。

 無論、それだけであれば座標を切り貼りして転移を行う菱崎にとって何の障害にもなりえないはずだが、菱崎が何度転移を実行しようとしても一向に景色が切り替わることはない。


「私は君たちの育ての親だよ? 今の私が君の能力を、二度も使わせるほど甘いと思うかい?」

「く、そ……っ」

「とはいえ君の力は素晴らしい。元より早期に取り込む予定だったからね、助かるよ」

「(穂憂さん……僕……)」


 ケーブルがうぞうぞとうごめいて、菱崎の身体が引きずられるように結晶に押し当てられて溶けてゆく。

 それだけで思考すらも融解する様な、内側から大切なナニカが解け蕩ける様な錯覚に菱崎の意識は急速に薄れ始めてしまう。


「さて、転移の能力も回収できた。あとは――」


 ぱぱぱ、と。広々としたフロアの方々に先ほどまで存在しなかった人影が次々と転移させられ、それらは一様に景色が突然変わった事、部屋の中央に座する異様な存在に対して目を見開いて驚く。


「君たちに選択の機会を与えよう。私と共に往くか。私のモノとなるか、ね」


 残滓として飲まれつつある菱崎の姿を見せしめの様に浮かべた我部の言葉に、対策局に属する能力者達は無言のままに慄く。

 どちらを選択しようとも、恐らく未来は決まっているのだと理解させるに十分な光景が静寂のままに空間を支配していた。

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