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13-26 ひとり先へ

 ◆◇◆


 足早に過ぎ去った扉が背後で閉まる音がし、黄泉路がハッとなって振り返る。


「廻君!」


 共にここまでやってきていた少年の姿が見えず、即座に部屋に取り残された事に気づいた黄泉路が思わず踵を返そうとした時だ。


「ダメ」

「駄目って、どうして――」


 塞ぐ様に、閉まった扉を背に立つ姫更に黄泉路は戸惑いと焦りの眼差しを向ける。

 真っ直ぐに視線を受け止めた姫更は事前に打ち合わせていたのだろう。廻からの伝言を黄泉路に託すべく口を開いた。


「これは最善。黄泉にいは先に進んで。ここで、立ち止まらずに進むこと。それが黄泉にいがすべきことだから」

「……廻君は大丈夫だよね?」


 黄泉路の問いかけに姫更は僅かに沈黙する、しかし、


「大丈夫。わたしが、何とかする」


 黄泉路がそのことに言及するより先に発された姫更の強い断言、そこに込められた意図に黄泉路は静かに頷いた。


「わかった。じゃあ、僕は行くよ」

「うん」


 廻の言葉が正しいならば、ここでの問答にすら時間をかける余裕がないのだろう。

 そう理解していればこそ黄泉路は言いたい言葉を全て呑み込み、姫更の視線に背を向ける形で足早に緩く螺旋を描く通路を駆けだした。


「(歩深ちゃんが耐えられる時間は、そう長くない……!)」


 ひとりになり、他のメンバーに気を遣う必要がなくなった事で一気にトップスピードに乗った黄泉路は手摺りを蹴り、吹き抜けの底へと飛び降りる。

 寄る辺なく空中にあるという浮遊感と、髪を逆立てる空気抵抗だけが落下の事実を伝える暗闇の中、体感としてはほんの十数秒という極々短い自由落下は終わりを迎え――


「っと」


 ドシャッ、という肉と骨が砕ける音と共に底へと降り立った黄泉路は当たり前のように足元に赤黒い塵を纏わせながら立ち上がる。

 これまでは道中に階層(フロア)があったことで螺旋階段が中断するように床の中へと引き込まれていた。しかし、最奥にあたるはずの底にはそれらしきものはなく。


「(反応は……下か(・・))」


 これまでは多数の抗能力材によって阻まれ、朧げにしか感じられなかった歩深の魂。それが壁一枚を隔て存在している事を確信した黄泉路だが、しかし、


「――っ」


 歩深のものであることに疑いはないにも関わらず、その魂の存在規模があまりにも小さく、すぐ傍にある何かに吸い寄せられている様な有様に黄泉路は息を呑む。


「(本当に、皆が送り出してくれなかったら間に合わなかった……!)」


 瞬間、全身が青白く輝き、銀と蒼の粒子が全身を包む。


「ふっ!!」


 人体の強度を無視した、黄泉路の体躯からは想像もつかないほどの衝撃を伴った拳が床に叩きつけられる。

 床は一瞬、黄泉路の拳――その表面を分厚く覆った蒼と銀の粒子の奔流を受け止めた際にチカチカと鈍く、衝撃の拡散を可視化するように煌めいたが、刹那に追ってきた黄泉路の拳本体と、外殻以上に強く硬く流動する銀砂は許容量を大きく超えたらしく、黄泉路の真下の床を中心に細かなヒビが蜘蛛の巣状に広がり――


「よし――ッ!?」


 落ちる。

 黄泉路の身体が床の崩落と共に部屋の中へ。

 落ちる(・・・)

 直後、逆巻く様な浮遊感に包まれたかと思うと、黄泉路は先ほど入ってきた穴に吸い込まれるように頭の側が引っ張られ――落下している事を理解し、咄嗟に穴の端に指をかけて部屋の中へと転がり込んだ。


「(今のは――いや、それよりも!)」


 転がりながら床に手を突き、跳ね起きるように立ち上がった黄泉路は改めて部屋の中を、暗闇から一転して蛍光灯の白に包まれた室内に視線を巡らせる。

 室内スポーツが出来るほどの大きさ、調度品らしきものもないこざっぱりとした、倉庫を思わせる様ながらんとした部屋はしかし、その中央に置かれた2基の巨大な機械がそれらの印象を塗りつぶして余りある。


「歩深ちゃん!!」

「死、なない、人……!」


 部屋の主とでも言わんばかりに鎮座した、巨大な機械の土台に立つ2本のガラス円柱。その片側に囚われている歩深を見た瞬間、黄泉路は一瞬の躊躇もなく反射的に駆け出す。


「おっと、少し順序を飛ばし過ぎじゃないかい?」

「ぐっ!?」


 パンッ、という炸裂音。銃声だと即座に理解するものの、本来であれば黄泉路にとって足止めにもならないそれに、黄泉路は思わずたたらを踏んで足を止めた。


「……我部、幹人」

「やぁ。先ほどぶりだね。壮健そうでなによりだ」


 何が楽しいのやら、口元に微かな笑みを浮かべたオールバックの男、我部幹人が拳銃を向けて立っている事に今更ながらに気づいた黄泉路は思わず視線を鋭くする。

 その右肩には服を貫通して丸く穴が開いており、赤黒い塵が血液の様にさらさらと零れ落ちていた。


「ふむ。高純度の抗能力弾ならば君相手でも足止めくらいにはなるようだ。とはいえ、君ひとりを足止めする為のコストを考えると決して安くはないが、受けてみた感想は何かあるかい?」


 ご丁寧にタネの解説をする我部の言葉を無視しながら状況を確認し、


「さぁ、ね!」


 よほど、歩深を取り戻されては困るのだろう。だからこそ発砲して自身の存在をアピールしてまで、黄泉路の足を止め、注意を引きたかった。

 それに乗ってやる必要などない。再び1歩でトップスピードに乗った黄泉路は我部の動体視力を置き去りに歩深の閉じ込められたガラスの前まで跳躍し、


「はぁ――」

「ダメ!!」

「ッ!?」


 拳を振りかぶり、歩深を解放せんと振り切る瞬間にガラスの中の歩深が悲鳴染みた制止を掛ける。だが、既に降りぬかれた拳を引き戻すには一瞬遅く……




 ガラスが砕け散る甲高い音が響き、割れた破片が降りしきる雨の様に、異様にゆっくりと宙に舞う。




 勢いそのままに飛び込んだ黄泉路は混乱もあるが、飛び出した瞬間から決めていた動作を違わず実行して歩深を抱えると、再び1歩で大きく跳躍した所で、黄泉路は身体が何かに引きずられている(・・・・・・・・)様な感覚に眉をしかめる。


「歩深ちゃん、無事?」

「だい、じょうぶ。歩深は出来る子なので……」


 床へと着地した黄泉路が歩深を後ろに庇うように降ろしながら問えば、歩深は疲労を滲ませた顔で、しかし、普段通りの言葉を返すことで無事であると示す。


「救出おめでとう、というところかい?」

「……随分と余裕ですね」


 再会に水を差す様に背後で起こる拍手。振り返った黄泉路の皮肉とも、余裕の正体を問うとも取れる言葉を受け、手を鳴らしていた我部は拳銃を黄泉路達へと向け直しつつも片手で眼鏡の位置を直しながら応える。


「これまでは次善策だったが、君がそれ(・・)を助けに向かってくれた事で最善手を取れる」

「何を……」


 歩深を根幹に据え、想念因子結晶を使って世界中の能力者の頂点に立つ、それが我部の計画のはずだと考えたところで、黄泉路はふと、違和感を抱く。


「何がしたいんですか」


 口から出た抽象的な問いは、黄泉路自身もその問いの本質について未だ理解しきれていないからか。

 曖昧な問いに我部は再び面白そうにくつくつと笑うと、


「何がしたい、か。気になるかい?」

「貴方は歩深ちゃんに裏切られた。計画の要を失って余裕がないのを誤魔化しているのかとも思ったけど、それも違う。これだけ長い計画を練って、政府の中枢にまで食い込むような人が、計画の要に裏切りを心配しなきゃいけないようなリスクのある人間を使うとは思えない」

「……それで?」

「歩深ちゃんは、(ブラフ)……」


 歩深を囮にしておびき出せるのは黄泉路達――恐らくは黄泉路自身が狙いになるのだろうが、だとして(・・・・)だとしてだ(・・・・・)


「僕をここにおびき寄せる、だけでは意味がない。だって僕は歩深ちゃん以上に協力する気なんてないから」


 そして、我部の独力では黄泉路を従わせることなどできはしない。あるとするならば、それこそ歩深を人質に取って一時的に従わせることくらいだが、そもそもをして歩深に反抗されてしまえばこうして時間を稼がれる程度には制御の手を離れてしまっている。

 どこまでが計算でどこからが計算外なのか。


僕達自体には(・・・・・・)直接用がない(・・・・・・)、なら、貴方は一体何を狙っているんですか」

「ふふふ……はははははっ」

「っ」


 黄泉路の問いが一定の核心を突いたからだろう。我部が愉快そうに声を上げて笑う姿に、黄泉路は身を引き締めながら、我部の様子を観察する。

 今すぐに制圧してしまうのが正しいのかもしれない。しかし、それすらも我部の計算の内で、本命としているのは我部の背後にある想念因子結晶で、我部に気を取られている間に何かが起こるのかもしれない。

 別の考え方をするなら、黄泉路が想念因子結晶に近づくことがトリガーなのかもしれないなど、考えだしたらキリがなく、ひとまずの目標であった歩深を回収したこともあって黄泉路は様子を窺う。


「私の目的が気になるかい? いいだろう。最終局面、それも君という光明から問われたのであれば、私も勝ち誇って君に成果を開陳しようじゃないか」


 なにより、頼れる仲間が後から追いかけてきてくれる。仲間が多ければ、取れる手段も多くなる。

 そう信じているからこそ。黄泉路は我部の時間稼ぎとも取れる会話に耳を傾けることにした。

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