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13-24 秒針を廻して3

 明かりも何もない、聴覚だけが頼りの密室に少年らしからぬ妖しさが宿った声が浸透する。

 静かな勝利宣言の直後、地揺れにも似た振動が部屋全体を揺らす。


「な、なんだ!?」


 パラパラと埃とも壁材ともつかないなにかの欠片がコンクリートの床に落ちる音が混じる中、先を見ても回復しない視覚を諦めきれずに頭を振って状況を把握しようと栗枝が叫ぶ。


「言ったでしょう。ここが詰みだと。それにしても、本当に苦労しました。数秒先の未来を視る、その能力の穴を見つける為に7296(・・・・)

「――っ」

「常態的に見ている未来の秒数を特定する為に更に227(・・・)


 徐々に大きくなる振動、均等に掛かる負荷ではないのか、天井の一部が瓦礫となって振り落ちて巨大な音を立て、栗枝は慌てて3秒後に振り落ちてくる瓦礫を避けるように横へと飛ぶ。

 頭上から降る瓦礫に頭を強く打つ、という未来こそ回避した栗枝だが、それ以上に、廻が口にした回数、その意味に血の気が引く思いで声の出所――廻がいるであろう暗闇の先へ悲鳴染みた批難の声を向ける。


「そんなに俺が憎いか!? 俺が何をした!! もういいだろ!? 先にどんな未来があるか教えてくれれば俺は邪魔しないように動く! それじゃ不満か!?」


 恥も外聞もない命乞いともとれる提案はしかし、廻の淡々とした、瓦礫がいつ頭上に振ろうが構わないと言わんばかりの声音を遮ることはできない。


「こうして確実に殺せる状況を作るために繰り返す(・・・・)こと、49199回(・・・・・・)――」


 噛みしめる様な、達成感にも似た感情が伝わってくる少年の声が、終わり(・・・)を告げる。


「やっと、たどり着いた」


 崩壊の足音はもはや隠しきれず、天井のみならず壁すらも圧壊しつつある状況が、この場所が密閉された地下であることを栗枝にも知らせていた。

 そして、いくら未来を視ても、自身の視界が光を視ることなく、突然ぶつりと切断されて未来を知れなくなるという終わりが間近に迫っていることを理解し、それを齎すための狂気の試行回数(・・・・)を重ねた少年の形をしたバケモノを見やる。


「なんで、どうしてお前はそこまで出来る……!」

「答える義理もないですよ?」


 ですが、と。

 廻は僅かに逡巡した後、既に終わったことだからと内心で区切りをつけた様にゆったりと口を開く。


「そうですね、ひとことで言うなら……()でしょうか」

「恩……だと……」


 たった、たったそれだけの為に。


同じ時間を繰り返し(・・・・・・・・・)続けてきた(・・・・・)っていうのか!?」


 栗枝の驚愕の声が付近へと落ちた瓦礫が砕ける音に呑まれる。

 だが、その声が意味するものは正確にくみ取れた廻は、自身の目の前に振ってきた瓦礫を気にも留めず、靴の上を跳ねた小石がぶつかる感触すらも無視して笑みを見せた。


「ええ。僕の大事な、独りきり(・・・・)の恩人なので」


 シンプルな、ある種狂的とも言える廻の清々しさすら感じられる回答はやはり栗枝には理解の及ばぬもので――


「狂ってる――げぁッ!?」


 未来を見通す眼は暗闇に閉ざされ、頼りだった聴覚を崩落音と廻の声音に割かれていた栗枝の頭頂部に、尖った瓦礫が突き刺さる鈍い音。

 硬いものが床を叩く。すべてが瓦礫に呑まれて行く。埃だか礫だかも分からない轟音と振動で満ちた世界を閉じるように、廻は静かに瞳を閉じて背後の壁に寄りかかる。


「……ふぅ」


 静かに息を吐く、いつ背を預けた壁が、頭上が、崩れて自らを呑み込むかもわからないという危機的状況にありながら、廻はリラックスしきった顔でゆっくりと意識を思考の奥底へと沈めて行った。







 ――はじめは、能力なんて(・・・・・)持っていなかった(・・・・・・・・)


 能力者という異常者が暴れまわっている、そんな認識だけを漠然と抱いた有象無象の中のひとり。

 能力者によって両親を失い祖父母に引き取られ、その先で得た新たな日常すらも能力者によって祖父母ごと奪われて、間一髪で救い出された時には廻の身体と精神には消えない傷が出来ていた。

 孤児院に入った先で、自身を助けた少年にしか見えない能力者に当たり散らした。

 どうして自分だけ助かったのか。おじいちゃんやおばあちゃん、パパとママをなんで助けてくれなかったのか。

 能力者(ばけもの)なんかに助けられたくなかった。そう叫んだ時の、少年(おんじん)の顔は、いまでも思い出せる、朝軒廻という存在にとってのもうひとつの原風景。


『間に合わなくてごめん。助けられなくて、ごめんね。……それでも、僕は君が生きていて、嬉しい』


 少年が、自らも泣きたいはずだったのだろう、後々になって状況を客観視出来るようになればなるほど申し訳なくなるほどの悲痛に歪んだ顔で謝る姿。

 その後も、少年は何度も廻の前に顔を見せて、


『最近はどうかな。学校には慣れた?』

『僕は最後まで通えなかったから、君には普通に幸せになって欲しいんだ』

『僕? 僕は――』


 見る度に疲弊しているように見えた、いつ会っても外見が変わらない恩人(よみじ)の顔を、廻はいつまでも覚えている。

 政府が能力者を管理しようと躍起になり、その余波が黄泉路の所属する三肢鴉にまで伸びて、全てを失った黄泉路が最期に会いに来たその時も。


『ごめんね。結局、僕が巻き込んだ。また、僕の所為で』


 その頃には。(ぼく)もすっかり、あの人のことを好きになっていて。

 だから、そう。気にしないで良いと、そう言った。僕は、黄泉にい(・・・・)を恨まない。そう言った。

 泣きそうな顔で頭をなでて、僕のもとを離れて遠くへ行く背中を見送って。


 その直後に降り注いだ業火が全てを焼いた。




 一瞬で身体がはじけ、肉が焼けて意識がぶつ切りにされる感覚。

 消えていく命と自我の残滓が何かに引っかかる様に漂流する、ほんの僅かな一瞬にも満たない時間に揺られ、僕はもしあの時(・・・・・)。そう、思った。


 目が覚めると、廻の身体は高校生のそれから、10歳ごろの姿へと変わっていて――


『あら、起きたの? 酷く魘されてたわ。まだ怖い夢を見るのねぇ』


 何年も前に、押し入り強盗によって命を奪われた祖母が、心配そうに廻を見つめていて。

 夢かと思った。

 自分が死んだから、死んだ祖父母の所に招かれた、そう思った。けれど、


『始めまして。迎坂黄泉路っていいます。よろしくね、廻くん』


 程なくして再会を果たした少年のあどけない、つかれなど感じさせない初々しい姿に思わず飛びついてしまった。

 何が起きたか分かっていないらしい黄泉路に泣きながら、これまでのことを謝った。

 思い返せば、何一つ理解できることなどなかっただろうに黄泉にいは黙って僕の話を、懺悔を。聞いていてくれて。

 一晩掛かってもまだ語り尽くせないほど、それでも、最後には喉が枯れて泣き疲れてしまったことで一旦間を空け、そのおかげで冷静になった黄泉路が、僕の状態について祖父母に離しているのを偶然聞いて。


『廻くんの錯乱は、恐らく能力によるものじゃないかと』

『まるで体験した事のように未来を語る。未来予知、そういう類の力なのではないでしょうか。相談されていた、時折何かに憑かれたように豹変した言動で直近の危険を言い当てていたという話にも当てはまります』


 自分が、能力者になったことを理解した。

 ただ、この時点ではどんな力なのかも、どう使えばいいのかもわからないままで。


『――ごめん、あれだけ、教えてもらってたのに』


 未来を回避しようとすればするほど。何かに絡めとられるように予言(・・)が事実に成っていく中で、黄泉にいが実妹――穂憂さんを助けに行ったまま行方知れずになり、そのすぐあとに、世界が逆巻く様な浮遊感。




 再び目が覚める。身体は、中学生のものではなく、二度目と同じく10歳ぐらい。

 祖父母の家で目覚めて、僕は漸く自分の能力を理解した。




 【過去再編(チェンジ・パスト)】――命の終わりまで体験した自身の精神を、あるポイントの過去に飛ばす能力(スキル)

 【秒針弄り(ラピットラビット)】と名付けた、時の流れに逆行する力を使って、僕は何度もやり直した(・・・・・)


 ある時は黄泉兄とは一切接触せず、ただ自分が生き残る事だけを考えた。結局、世界そのものが滅んでしまったが故に巻き戻されたが。

 逆に黄泉兄に張り付いて、黄泉兄が何と戦っていたのかを見定めようとしたこともあった。その時は力が足らず、足を引っ張るだけ引っ張って殺されてしまったが。


 何度も似た様な人生を繰り返し、何度も何度も、同じ様で違う(・・・・・・)大切な人たちと巡り合った。

 いつから。だろう。繰り返すことに疲れ、世界の破滅も、自分の人生も、どうでも良くなってしまっていて。


『廻くんは、多くを看取ってきたんだね』


 ある世界で。結局世界は滅んでしまって。世界に人と呼べるものは誰一人いなくなって。

 ひとりぼっちの世界に残された、死なない故人と魂だけの静寂が遺された後で。

 能力の制御なんて出来ない、ただ流されるままに新しい周回に流されかけていた僕の魂を、僅かな時間あの人が引き留めた。

 あの人は言った。


『きっと、こうならなかった世界もあったんだろうね』


 僕は、疲れきっていて。顔も、仕草も、僕の知っている人のはずなのに。どこまでも冷たく俯瞰的な博愛を向けるその人に投げやりに答えたのを、今でも覚えている。


 ――たくさんあったけど、全部消えた。なくなったものを考えても無駄だ。


『でも、君はこれからも世界を巡るんだろう? なら、僕の代わりに、幸せな僕を、見つけて上げてくれないかな』


 その時の顔は。今でも瞼に焼き付いている。


 後悔はない、やりたいことをやったのだと。そう語る静寂の中に立つ独りぼっちの王様の、寂しそうな笑顔に。僕は。


 ――わかったよ。


 そう、応えた。






 それから、僕は世界を、時間を何度も何度も繰り返した。

 死因は様々だったが、ひとつだけ変わらない事実があった。


 ――どんな行動をとったとしても、大筋は変わらない。朝軒廻という人物が20を迎える前に、世界は終わる。

 もしくは、迎坂黄泉路という少年(・・・・・・・・・・)が破綻する(・・・・・)


 何十と繰り返し、運命とも言う見えない大枠から一定以上を逸脱しようとした瞬間に偶然とも言える必然の事故によって命を落とす。

 そうやって世界の輪郭を削りだし、運命の女神が作った箱庭めいた時間を何度も何度も繰り返して、条件を探る。

 世界が滅ぶ大きな道筋のいくつかは事前に塞げることが判明し。

 黄泉路が破綻する特定の条件は未然に解決出来ることが解明し。

 地道だが着実に成果が出つつある。そんな充実感と共に、その世界に存在する黄泉路や、自分とかかわりのあった人々と交流しながら次の逆行に備える日々の中、漸くたどり着いた結論。


 ――手が足りない。


 どれだけ事前に準備をしても、どれだけ勢力を味方につけても。

 手を打てど手を打てど、栗枝芙蓉という人間が乱数として邪魔をする。

 それは未来視。僕のモノなどとは違う、正真正銘、その世界の中だけで完結する未来を視て自由に書き換えることのできる能力。

 知識として、前例として、パターンとして世界の未来の分岐を把握しているだけの僕とは根本的に相性の悪い力が立ちはだかり、僕は何度もそこを繰り返す。

 目の配り、指の位置、一瞬の判断、呼吸のタイミング。それらを完全に演じ切り、再現し、パターン化する事で栗枝の能力を、その見ている未来を固定して、その先で殺しきれるタイミングを作り出す戦いは、それまで以上に先の見えない暗闇への挑戦だった。

 何度も繰り返し、イレギュラーを排除して確定した札だけを並べてパターンを組み上げる。

 幻使いの能力使用者(・・・・・・・・・)という不確定要素の法則性も見いだせないままに迎えた、今回の挑戦。


 空間の影に作られた逆様の尖塔を降る時、迎坂黄泉路は一切足を止めてはいけない。

 どのフロアで、どの程度であろうとも足を取られた瞬間に、水端歩深の抵抗が突破されるタイミングに黄泉路が間に合わず、我部が世界を支配する力を得てしまう。

 毎回、この最終局面に際して廻はそれとなく突入メンバーが揃うように行動を起こし、戦場彩華、朝軒廻、神室城姫更の3名を連れて行くことを前提としていたが、どうしても手が限られてしまっていた。

 機械群に対して有効に立ち回れるのは神室城姫更か戦場彩華が。

 逢坂愛に対するは神室城姫更が有効札として勝ち得る対戦カードではあるが、栗枝芙蓉――この男に関しては、未来を視るという性質上、誰であっても勝利することが難しく、引き分けで時間を使われてしまうと最奥への援軍、というより、撤退のタイミングに間に合わなくなってしまう。

 美花やカガリが生存していた場合でも範囲攻撃は事前に避難されてのらりくらりと時間を浪費させられ、まず勝ち目がないとなれば今回と同じように無抵抗で先に進むよう促す栗枝はしかし、素通ししたとて、その後の局面において、言ってしまえば今以上に逼迫した最悪のタイミングでこちらの足止めを行ってくることが実証されている為、あのタイミングで確実に排除しなければならなかった。


 手が足りない、そう指を噛んでいたこれまでと違い、今回は不確定要素だった真居也遙が戦力としてこちら側に参戦していた。

 その為、遙だけでは相性が悪い逢坂に対して一撃必殺の火力を持つが発動までの条件に難がある藤代標を組み合わせ、事前に標の存在を隠し続けることで不意打ちを決めさせる作戦にたどり着く様に示唆し、体よく黄泉路を最終盤面まで送り出すことに成功した。

 その時点で、廻は栗枝を詰みまで持ち込むことに集中できた。


 ――そうして。ようやく。ようやくだった。


 栗枝の命が潰れる瞬間を観測し、廻はやるべきことをすべて終えた。

 これから先、この世界に自分がいなくとも、この世界の黄泉路がなんとかするだろう。

 それだけ今回の世界は上手く回っていた。それこそ、これまでのやり直しの集大成と呼べるほどに、完璧に。

 たしかに、死んでほしくなかった人が何人も死んだ。助けられる物ならば、助けたかった。だが――






「けほっ。こほっ」


 瓦礫が降り積もり、舞い上がった埃と砂利が呼吸器に入ったのか、意識を思考に集中させていた廻は息苦しさから咳をして口元を抑える。


「(まぁ、及第点、じゃないでしょうか)」


 全てを救う事なんて自分には出来ないと、廻はよく理解していた。

 だから廻が救いたいのは、救えるのは、たったひとりだけでいいと。

 もう目も開けていられない状態で、廻は今回の自分を褒めるように口元を綻ばせる。

 思い出されるのは、体感では既に何百年以上も昔の記憶。




 数えることはとうに飽いて、きっと百万は優に超えただろう。

 百万回生きた猫。ならぬ、百万回死んだ兎などと、嗤っても答えてくれる人がいないまま。


 繰り返す中で、その世界でも世界的な能力研究の権威として名を馳せていた御心先生が僕の能力に興味を示し、研究協力と、僕が知りうる知識を提供することとなった。

 共同研究の最中、御心先生が僕について語った。


『君は、気付いているのかーぃ? 並行世界、仮にこの世界をBとしてぇ、君の記憶にある未来の世界がAとした場合、AからBに移ってきた君という変数がある以上、この世界はAにはなれない。どうしたってねぇ。その場合、AからBに移ってきた君、廻Aは廻Aのままだけれど、君が前の世界で交流があったかもしれない私Aと、今ここにいる私Bは明確な別人ということになる』


 君の知っている人はこの世界には、いや、これまでの世界には、もう存在していない。もう逢えない。それは理解しているか。

 そう指摘されて、僕は小さく笑った。


 僕にとっての恩人はもう逢えないかもしれない。僕に道を示してくれた人にも、もう逢えないかもしれない。


 その言葉を、御心先生は静かに聞いていた。

 僕は、改めて自分の内側に立てた柱とも言うべき、希望を口にした。


「僕がこうして魂だけで世界を巡るなら。遍く魂を統べるあの人の力は、きっと外で繋がっているはずだから。全てが終わったその時に、僕はあの人のところに廻り着く。それでいい。それがいいんです」


 僕の宣誓を聞いた御心先生は、とても悲しそうな顔をしていたけれど。

 それでも、僕の歩みを止めようとはしなかった。




 幸せになった迎坂黄泉路を見つける。

 世界の存続と、個人の行く末を探求する、先の見えない暗闇の道を歩み続けるのに、その明かりがひとつあるだけで、僕には十分だったから。






 とうとう耐えきれなくなったらしい、残された僅かな空間すらも飲み下すような轟音と共に、廻の意識はぷつりと途切れた。

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[良い点] 廻君がどこまで行ってもお兄さん大好き少年なところ
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