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13-23 秒針を廻して2

 後ろ手に隠されていたもう一挺の拳銃。

 一瞬だけぎょっとした栗枝は即座に後方へ強く跳ぶ事で、吐き出された弾丸が頭をすれすれに通り過ぎて天井の照明ひとつを叩き割り、両者の間にぱらぱらとガラス片が降り注ぐ。


「さすがに驚かされたな」


 戦闘開始からこれまで、廻はずっと両手で大型拳銃を構えていた。

 それがまさか偽装(ブラフ)だったとはと、栗枝はマジックショーでも見る様な暢気さで笑う。


「おや、視えていたはずでは?」


 水を差す様に皮肉を口にする廻は、くるくると円を描きながら振り落ちてくる、先ほど手放させられた拳銃を右手で受け止め、グリップをしっかりと握り直して栗枝へと向けた。


「……へぇ、二挺拳銃。それが本当のスタイルってことか」

「手数は必要でしょう?」


 両手で構えていた時はさもあらんとすら思っていたが、こうして大型拳銃と、新たに取り出されたやや小型な――それでも少年の手にはやや余る――自動拳銃を構えた廻の姿勢は様になっており、使いこなすための努力が感じられる隙の無いもの。

 反動に耐えうるだけの研鑽がある事は間違いないだろうと見て取れる堂に入った構えに栗枝は笑みを引っ込め、


「そちらの拳銃。型からしてあと1発で再装填(リロード)を要します」

「お前の大型拳銃(それ)もな」


 言外に、互いにリロードという大きな隙を控える拳銃を構えておきながらも、廻の側にはまだ1発しか弾を打ち出していない――逆に言えば、まだまだ残弾が豊富に残った拳銃が手元にあるという事実を突きつける言葉に、栗枝は静かに、しかし冷静に意識をジャケットの内側へと向けた。


「(互いに1発、その後リロードの隙を突いて最接近、大型を――投げるのか。なるほどな。それで一時的に俺の視界を遮って……なるほど。なら違う選択にするか)」


 前髪で隠れた瞳がきらりと光り、その視線には数秒先の光景が描き出されて、ああでもないこうでもないと、自身がこう動くと仮定した場合の未来が目まぐるしく移り変わる。


 ――【最良の選択(ベストロール)

 栗枝芙蓉の能力にして、当人の掲げる理想。

 未来(さき)を知ることで常にその場における最適解を描き続ける、栗枝芙蓉という男の人生とも言うべき能力が、廻という同種の能力者との戦闘の中で目まぐるしく世界を観測する。


5秒(・・)

「あ?」

「戦闘中、貴方が能動的に見れる未来の上限、でしょう?」

「お前……」


 くるりと、手の中で大型拳銃を回した廻が告げる断定的な言葉に、栗枝は深く深く覗こうとしていた未来視を中断して現在の廻へと視線を合わせた。

 否、合わせられた、というべきか。これ以上深く未来へ潜る前に、興味を引く言葉でもって栗枝の意識を未来視から引き離し、現在相対している廻に注目させるための会話だった。

 そのことを分かってはいても、栗枝は廻の言葉に応じざるを得ない。


「そういうお前は、短期的な先読みは苦手らしいな?」

「……」


 廻が栗枝の未来視に対して考察をしていたように。

 栗枝もまた、廻の未来予知に対してある疑問を抱いていた。

 その疑惑を晴らすことで未来の精度がより良いものになる。いや、より正確な未来を読み取った方が勝つこの戦いにおいて、自身の精度を上げ、相手の隙を突くためには、この会話は避けて通れないと、栗枝も廻もよく理解していた。


「恐らくお前の未来予知は遠景、遠くの未来までをも見透す予言に近い予知能力だろう」

「そして貴方は近景――現在からほど近い未来を視ることに特化し、数秒先の未来をより正確に見通す能力者」


 互いに能力の傾向が似ているが故に推測しやすい部分があったものの、栗枝は廻の能力が長期的には自身に対して不利だと理解する。


「直接戦闘になれば俺に分があるのは分かっていたはずだ」

「ええ。だから」

「だから、本来ならば勝てる状況(・・・・・)にしておきたかった、だろ?」


 廻は無言。だが、その無言で栗枝は確信する。


「(やはり俺は間違ってなかった(・・・・・・・・・・)。コイツは本当ならここ以外で俺と決着を――策を十全に仕込んで数秒読もうがどうしようもない詰み(・・)を作ってから俺を盤上に引きずり出したかったはずだ。だが、それが出来なかった。だからコイツはここで俺との分の悪い賭け(・・・・・・)をすることにした)」


 栗枝は安堵する。自身が、この場に留まる事を選択した過去に。

 我部の野望など興味はない。だが、この場の防衛を拒んでいた場合、栗枝は高い確率で処分(・・)されていた。

 その未来を拒んだ結果がこれならば最上ではないか。自身を殺そうと企てる長期を見据えた未来視の能力者すら、破れかぶれの特攻をせざるを得ない状況。


「(あとは、目の前の障害を排除する。それだけで)」


 それだけで、栗枝芙蓉は幸せにまた1歩近づける。

 口元に浮かびそうになる笑みを堪え、栗枝は先ほど見た未来をなぞる様に口を開いた。


「なぁ、どうせ未来のことまで知ってるんだったら、ここで時間潰さないか?」


 見ていたように、廻の雰囲気が剣呑なものに変わる。


「この状況になった時点で詰んでるのは分かってるだろ? 俺もお前にやられる未来は見えないし、お互い知ってる者同士さ、時間の無駄は省くべき――っと!」

「無駄か、そうじゃないかは、やってから決めます!!」


 栗枝の見た通り、激高した調子で――モノクル模様が描かれた部分が欠けた兎を模した仮面、その露出した片目に怒りを燃やした廻が駆け寄りながら銃を発砲する。

 1秒後、僅かに逸らした栗枝の身体のすぐ傍を通り過ぎた大型拳銃の弾丸が背後にあった戸棚の皿を割り。

 2秒。発砲直後の隙を埋めるように左手の自動拳銃が立て続けに引き金を引かれ。

 3秒。片手で制御していた時とは違い、1発目の反動によってブレた照準すら利用した2発目が、それぞれ栗枝の腰と胸目掛けて飛来し。

 4秒。それをあらかじめ予期していた栗枝が最後の弾丸を打ち出しながら転げるようにソファの影に飛び込み、そのすぐ傍で通り過ぎた弾丸が壁を抉る。


「――視えてるぜ」


 5秒。ソファに乗り上げる形で上を取った廻が投げつけた牽制の拳銃を避け、ソファに飛び込むと同時にマガジンを捨て、転がりながらリロードを済ませた拳銃を廻へと向け、


「識ってますよ」


 廻の手に握られた大型拳銃(・・・・)から吐き出された弾が、先ほど廻が投げつけた小型自動拳銃のマガジンを打ち抜いて暴発を引き起こした。


「ガッ!?」

「うっ!」


 銃弾がたっぷり残ったマガジンが打ち抜かれた事で爆発を起こし、至近距離で爆音と煙を浴びた両者が小さく呻く。

 だが、その被害状況の差は明白だ。

 弾薬の暴発という事象を意図的に引き起こした廻はそもそも狙い撃った直後には目を閉じソファを踏み台に更に高く飛び上がって爆発からも距離を置いていたのに対し、至近距離で予期せぬ爆発に見舞われた栗枝は爆発と煙に目と耳をやられて立ち眩みにも似た不覚を取ってしまう。


「(ソファで視線を切ったタイミングでリロード挟んでやがった!! マズい! 5秒先が真っ暗で視界が戻らない――だが5秒先は見えてるなら!)」


 未来が見えるということはつまり、5秒先でも自身が生存しているという事実(・・)

 栗枝は僅かな安堵と同時に、5秒以降を生き残るための行動へと動き出そうとし――


「――」


 背後に着地する足音に向けて銃口を向け、牽制でも射撃を叩きこもうとした瞬間、背後から頭を細い指に捕まれる感覚と、フッと、身体が浮かび上がったような一瞬の浮遊感に身が強張る。


「(何だ、何が起きた。いやまて、なんで5秒先の未来は(・・・・・・・・・・)暗かったんだ(・・・・・・)……?)」


 栗枝の【最良の選択】は5秒先までの未来を明確に視る(・・)

 それはつまり、栗枝の未来視はあくまで、栗枝の未来の五感に依存した能力であるということで。




 ――カツ、ン。




「! そこか!!」

「ええ、ですが、もうそれに意味はない」

「っ!?」


 硬い床を叩く様な靴音(・・・・・・・・・・)に反応して即座に銃口を向け、暗闇の中に発砲する栗枝。

 射線の先、未だ健在らしい相手へと今度は詳細に狙いを付けようとして、気づく。

 発せられたマズルフラッシュが一瞬だけ照らした室内の光景は、自らが手配させた塔の内装とは違っていたことに。


「未来を知っているだけに過ぎない僕が未来視(あなた)に勝つには、戦闘を行った段階で詰みの状況を作ること」


 内装も何もない打ちっぱなしのコンクリート壁に囲まれた小部屋。出入り口らしい扉は無く、ただ、密閉された箱としての機能だけを求めたような殺風景な暗所の中で。

 少年の声が、先ほどとは打って変わった様に淡々と。

 原稿を読み上げる様な静けさを伴って栗枝の耳み届く。


ここ(・・)が、詰みですよ」


 静かな、ふたりの身じろぎによって僅かに浮き上がった埃がゆっくりと滞留するほどに閉塞した空間の中、廻の声だけが静かに響く。


「ここは出口がない袋小路です。今から貴方が僕を殺そうが、出口は出来ません。助けも呼べません。貴方も、それは理解しているでしょう?」


 廻の言葉に、漸く外から助けを呼ぶという思考が頭に生まれる(・・・・・・・・・)が、しかし、その未来を今見ることはできない。


「ああ、構いませんよ。何十分でも、何時間でも集中すれば未来が見えるのなら見てくれても。僕はもう手を出す必要すらない」

「……ッ」


 言葉に偽りなどない。そう言わんばかりに棒立ちで射線上に身を置く廻に、狙いが何であれ時間的余裕があるならばと即座に【最良の選択】を選ぼうとした栗枝は絶句する。


「未来が、視えない……いや、ここから、出られない、外を認識できない(・・・・・・・・)……!?」

「でしょうね」


 栗枝の未来視は自身の五感を頼りに未来を認識する。であれば、どれだけ待とうが騒ごうが未来の自身がこの場を出られていないならば、この空間より外を認知できないならば、意味がない。


「そん、な」


 愕然とする栗枝を余所に、廻は仮面を外して部屋の壁際へと歩き出す。

 栗枝よりも先に暗闇に慣れた――もとより、先の場所に居た時から仮面で隠れた側の目を閉じていた廻は、闇になれた片目だけを頼りに壁に手をついて振り返る。


「貴方は僕が勝てる状況を作れなかったから破れかぶれの特攻に賭けたと思っていた。そうでしょう?」

「まさか……」

「ええ。貴方がそう思った(・・・・・・・・)、そこまで、僕の計画通りですよ」

「……そうか」

「未来の僕が答えましたか?」

「ああ」


 栗枝は未来の分岐において問いかけた。どうして、と。

 こんな手が用意できるなら、態々廻本人が前線に立つ必要などなかっただろうにと。それこそ、同行していた他の面子に栗枝を任せることだって出来たはずなのに。

 そして、廻はそれにこう答えた。




 ――栗枝芙蓉をスルーして奥に進めば結果的に未来が閉ざされ、また、迎坂黄泉路が道中の何処であっても足を止めてしまえばその時点で詰んでしまうから。




 まるで、そうなった未来を知っていると言うような、自身の未来視とは全く違う視座を持っている様に見える少年の発言を未来から受け取った栗枝は、震える声で、目の前の少年の、その異常性を、同種だと思っていた能力だからこそ、理解して、口にする。


「本当のお前の能力は未来予知なんかじゃない……!?」


 未来を視て、会話を先取りして。

 結論だけを口にした栗枝の言葉に対し廻は初めて相手が思考していた内容を察した様に、






ええ(・・)そうですよ(・・・・・)


 クスリと、闇に溶ける様な仄暗い笑みで短く答えた。

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