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13-22 秒針を廻して

 ◆◇◆


 時間はやや遡り、遙――そして標を残して先へと進んだ黄泉路と廻、姫更の3人は徐々に間隔の狭くなる螺旋回廊を抜けて次なる扉の前に立っていた。

 先頭に立つ黄泉路が扉を押し開くと、そこは上階の有様とは打って変わった、一見すると何の変哲もない誰かの私室のようにも見える空間が広がっていた。

 人工的な明るい室内は正しく天井から照明が降り注ぐことで成っており、床に敷かれた暖色のカーペットや革張りのソファ、木目が活きたダークブラウンの背が低い猫足テーブルはアンティーク調の掘り込みが目を引き、備え付けられたワインセラーには数本のボトルが寝かされているのが見て取れる。


「あー。やっぱりここまで来るかぁ」

「!」


 黄泉路達の入ってきた入口に背を向ける形でソファに腰かけていた男が、赤い液体が注がれたワイングラスを掲げ、鏡に見立てて黄泉路達へと視線を向ける。

 応じるように黄泉路が身構え、後から入ってきた姫更と廻もジッと観察するように押し黙り、


「おおっと。そいつ(・・・)は勘弁だ」

「――?」


 先手必勝とばかりに、この場にいる以上敵対は避けられないのだろうと飛び出しかけた瞬間。機先を制するように男のへらりとした言葉が投げかけられ、黄泉路は踏み出しかけた足、重心が偏ったままの姿勢で仮面の奥に疑問を浮かべた。


「俺じゃお前に敵わないって言ってるんだよ。こう言えば良いか? 通っていいぜ(・・・・・・)ってな」

「!?」


 男の口から漏れた意外な言葉に黄泉路は小さく息を止める。

 何の狙いがあるのか、この会話自体が罠なのかと、思考を巡らせ始めた黄泉路の意識をせき止めるように、廻の手が黄泉路の肩を軽く叩く。


「大丈夫ですよ。先に行きましょう」

「――良いの?」

あの人(・・・)、自分に出来ない事はしない主義なんですよ」


 まるで、旧知の間柄の様な訳知り顔の様子で断言する廻に僅かに戸惑ったものの、黄泉路はすぐに視線を前へ――立ち上がり、道を空ける様に脇へと逸れて佇む男へと向き直る。


「……」


 無言のまま、警戒は解かずに早足で通り過ぎる黄泉路達を素通しした男は、しかし、不意に足を止めた最後尾についていたはずの廻が室内に残ったことに眉を顰める。

 黄泉路と姫更、ふたりが通り抜けた扉を、廻が内側から施錠するように強く締めた。

 その瞬間、通路の方から黄泉路が何かを叫ぶ声が聞こえたものの、それもすぐに聞こえなくなる。


「(姫姉さんに事前に伝えて置いて正解でしたね)」


 しっかりと扉が閉まり、黄泉路達が先へと進んだのが微かに聞こえていた音が遠のくことで察した廻はゆっくりと男に向き直る。


「何故――」


 男が不思議そうに問いかけようとした、その答えを待たずに取り出され、男へと向けて構えられた廻の銃に一瞬ワイングラスを持つ手がブレて中の液体が揺れたが、すぐに男の顔には納得が浮かぶ。


「いや、なるほどな(・・・・・)


 ひとりで納得した様な声音で廻を見つめる男に、廻は初めて男に対して口を開く。


「――後で貴方が(・・・・・)邪魔になるから(・・・・・・・)とでも答えましたか?(・・・・・・・・・・) 栗枝(くりえだ)芙蓉(ふよう)さん」


 成長したとはいえまだ幼さの残る外見に不釣り合いな大型拳銃を向けたまま、廻は仮面越しでもわかる様な挑発的な声音を男――栗枝へと向けた。


「やっぱり、お前も俺と同じ予知能力者(・・・・・)か」


 栗枝の言葉は廻に向けられた物ではない。ただ、そうであることを確信したという宣言に過ぎず――




 いつの間にか抜かれていた栗枝の拳銃の撃鉄が落ちる音と、廻の手にした銃口から弾丸が飛び出す音が同時に響く。




「ッ」


 顔を僅かに傾ける事で銃弾を躱した廻が姿勢を低く駆けだし、正確に腹部を狙って射出された弾丸を大きく身を翻して躱した栗枝へと接近する。


「ヒュゥ、あぶ――ねッ!!」


 接敵、ほぼ接射と言える至近距離で銃を両手で構えた廻が姿勢を起こしながら銃口を栗枝の胸辺りに構えたと同時、その銃身に叩きつけるように振るわれた栗枝の拳銃がぶつかって、吐き出された銃弾が脇へと逸れる。

 1秒。

 廻の突き付けた銃を押しのけた栗枝の銃口が、廻の額に合わさり撃鉄が落ちる。

 2秒。

 銃弾が吐き出されるタイミングで既に廻は更に深く懐へと潜り込んで、頭をスレスレに通り過ぎる銃弾の熱が浮いた髪の毛先を焼き切るのも構わず続けざまに引き金を引く。

 3秒。

 廻の銃弾が栗枝の腕を掠めて服を裂き、栗枝が手にしていたワイングラスを廻の頭目掛けて投げ落とす。

 4秒。

 ワイングラスがゆっくりと落ちてくるような間延びした時間感覚の中、廻は横に飛んで距離を取った。




 そして、5秒。




「……」

「……」


 互いに拳銃の適性射撃距離――熟達している射手ならばまず狙いを違わない3メートルほどの距離を間に置いて、小さく息を吐きながら銃口を向け合った。

 無言の緊張感が場を支配する中、栗枝の視線が廻の左足、変色したズボンの裾とスニーカーへと向けられる。


読み(・・)の精度は俺の方が上みたいだな」


 零されたワインで濡れた足。それは廻が栗枝の動きを読み切れなかった――もしくは、読めていたとしても行動が伴っていないという事実を指しているようで、皮肉気に笑みを浮かべる栗枝の声に、廻は口を開き、


「「さぁ(・・)どうでしょう(・・・・・・)」」

「……」

「ほらな?」


 被せるように、全く同時に同じ言葉を向けてくる栗枝に口を閉ざす。

 わかりやすい挑発に廻は引き金で応えた。


「はははっ。ガキらしくていいじゃないか。どうしてお前が勝てない勝負(・・・・・・)に挑むのか、分かるぜ」

「それは嘘でしょう」

「いいや、お前は選択を間違えた(・・・・・・・)んだ」

「それは――結果のみが示すことです!」

見えてるのに(・・・・・・)、かぁ?」


 互いの銃弾が交錯し弾き合う。その最中にも再び距離を詰めた廻が、栗枝が、互いに射線を奪い合うように銃身を叩き合わせ、その合間に蹴りと拳の応酬が繰り広げられる。

 激しく立ち位置の変わる近接格闘戦に差し挟まれる発砲音とマズルフラッシュが瞬く光景は示し合わせた様に淀みなく、それでいて確実に相手の命を奪おうという意思を隠しもしない。

 舞踊のようにも見える攻防の最中、栗枝は息を乱しながらも高揚した調子で廻に語り掛ける。


「楽しいなぁ! 未来予知同士で戦うのは初めてだ!」

「……ッ」


 栗枝とは反対に、廻は仮面の中で歯を食いしばりながら、か細い糸を通すような攻防に全神経を集中させていた。


「連れないな。お前も未来が見えるなら、こうならない未来だって選べただろうにさ」


 ガン、と。栗枝の拳銃が吐き出した弾丸が廻の仮面、その頬を裂いて空気を焼き、壁に突き刺さる。

 ヒビの入った仮面を気にする余裕もない様子の廻だが、栗枝の言葉には小さく舌を打って、


「貴方の短絡的な選択が、地獄を作るんですよ」


 ただ短く、事実のみを告げるように。

 言葉と共に吐き出された銃弾は栗枝の首筋に僅かに赤い軌跡を残して奥の壁に深々と痕を刻む。


「おいおい、ひどいな」


 僅かに顔を顰める栗枝の拳が銃の反動を制御するのに僅かに硬直した廻の手を叩き、廻の手から拳銃がすっぽ抜けて宙を舞う。


「俺はいつだって、【最良の選択(ベストロール)】をしているだけさ」


 今度こそ、廻の仮面の額に向け、外しようもない距離で銃を構えた栗枝が別れ言葉のように告げ、


「ええ、そうでしょうね。だから貴方は最悪だ(・・・・・・・・・)


 売り言葉に買い言葉。廻が吐き捨てるように返すのと、栗枝が引き金を引くのは同時だった。


「――そんな人に!」

「なっ!?」


 全身をバネにするように身を捩る。銃弾が仮面の表面を滑るように流れ、しかし、その衝撃が先ほど入ったヒビを押し広げて受け流すと同時に砕けた仮面の奥から、鳶色の瞳がしっかりと栗枝の前髪に隠れた片目を睨みつけ――


「これ以上負けられないんですよ!!」


 いつの間にか後ろ手に回されていた左手が引き抜いた、廻のもう一丁の銃が火を噴いた。

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