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13-19 深層に伸びる影法師

 背後で火薬が爆ぜる音と金属が打ち合う音が入り乱れて聞こえる。

 明るかったフロアを抜け、通路へと抜け出た黄泉路達一行は再び目にすることになった吹き抜けの暗い螺旋回廊に一瞬ぎょっとなってしまう。

 とはいえ目が慣れるに従い、今回の通路は次のフロアとの連絡通路のようなもので、覗き込めばすぐに階下の屋根が見えることに遙が安堵の息を漏らしていた。


「急ごう」

「だな」


 駆け足で、とはいいつつも、体力無し運動音痴の標が同行している事もあって全力でとはいかない足取りで緩やかに半円状に螺旋を描く通路を降り終えた黄泉路達は次のフロアの入り口前で立ち止まると、黄泉路が面々に目配せをしてから扉を開ける。


「(……暗い、いや、照明が加工されてる?)」


 明るいフロア、暗い螺旋回廊と歩き、暗所に目が慣れていたことですぐに室内の状況を察した黄泉路が慎重に足を進め、その後を面々が追従すると、全員が通り抜けた段階で背後の扉がシュッと音を立てて施錠されてしまう。

 だが、ここまでやってきたのだ。侵入も露見して強行突破の形になっている以上これくらいはするだろうと、黄泉路達は注意を切らさぬように仄暗い部屋の中へと視線を巡らせた。


「うわ」


 先ほどのフロア同様、上下逆さになった内装の室内は足元のパネルとして埋め込まれた照明の上に黒い半透明の膜のようなものが取り付けられており、その所為でフロア全体の明度が下がっているのだとわかる。

 それ以外の点で言えば先のフロアにはなかったもの――天井から釣り下がる明かりの灯っていないシャンデリアや、クッションなどがはぎ取られ骨子の鉄材がむき出しになったソファ。本来であれば美麗な食器を飾っておくためのものであろう木製の重厚な棚も、何かに叩きつけられたように所々穴や割れが入り中の食器類も無事なものの方が少ないという有様。

 加えて目を引くのが、そこかしこに転がされ、放置されている様に見えるボロボロの人形たちだ。

 和製人形のようなもの、ビスクドールのようなもの、単純にマネキンのようなものからぬいぐるみのようなものまで。様々な人形が家具の間や床面に乱雑に放置されていた。


「……きっしょ」


 総じて、ホラー映画の一幕か、お化け屋敷の内装かと言われてしまうようなおどろおどろしい雰囲気が漂っていて、思わず感想を漏らした遙の言葉は、誰に咎められることもなかったことから一行の総意でもあっただろう。

 フロアの広さ自体は先ほどのものよりはやや狭いように感じるが、それが部屋自体の狭さなのか、所狭しと置き去りにされた(・・・・・・・・)インテリア(・・・・・)によるものなのか、判断に困るといった程度のもので。

 思わず一歩を踏み出すのを躊躇う空間に、躊躇なく前へと踏み出した黄泉路は一点を見据え口を開く。


「出てきなよ。隠れているつもりなら、ね」


 視線の先、ちょうど家具や人形で視線が遮られている箇所へと向けられた声は間を置かず静寂に溶ける。

 代わりに、


「あ、あ。やっぱり、みつかっちゃう、のね」


 姿を現したのは、以前神蔵識村の廃病院で襲撃してきたゴシック服の顔を前髪で隠した女――逢坂愛。


「君の魂は前に見たからね。これだけ近い場所ならすぐにわかるよ」

「そ、うなの」

「それで。素直に通してくれるつもりは?」


 問いかけた黄泉路も、問いかけられた逢坂も。お互いに答えなど決まり切っていると確信していた。

 形式上問いかけられた逢坂の返答は競り上がった影と同時だった。


「――ない、わ……!」

「っ!」


 迫る影の刃に対処しようと、黄泉路が胸から銀の粒子を迸らせて槍を形成、そのまま薙ぎ払う様に構えたタイミングで、両者の間、迫る影を遮る様な形で視界いっぱいに閃光が溢れる。


「う、っ……なに?」


 思わず顔を庇い、光にあてられて歪められた影を引き戻して身を庇った逢坂が瞼を貫通するような眩しさに手で目元に影を作って視界を確保すると、光は頭上から降り注いでいる様であった。


「遙君――」


 その光がなんであるか即座に理解した黄泉路がちらりと視線だけで振り返る。

 右の人差し指と親指でイヤリングをもてあそぶ様に転がし、前へと出る様に歩き出した遙が力強く断言する。


「じゃあ、ま。ここはオレが相手ってことで。急がなきゃってんなら最大戦力は先に向かわせるのが定石だろ?」

「……わかった。あの人は見ての通り質量を持った影を使う。気を付けて」

「おっけー」


 気安い調子でバトンタッチを告げる遙の様子に、眼が光に慣れて来たらしい逢坂の苛立たし気な声音が割って入る。


「そう、かんたんに。いかせるとおもうの、かしら?」


 睨みつける逢坂の感情を表す様に、足元でうねり沸き立つ影が揺らぐ。

 明るくなったとは言え、ホラーのシチュエーションをそのまま引きずり出したような惨状が広がる室内にこれ以上ないと言えるほどに合致した逢坂の姿は脅しとしては満点と言えただろう。だが、


「――あー。悪ぃな。もうオレ以外は先に行ったぜ」

「え?」


 遙が右手をイヤリングから離し、パチリと鳴らす。

 その瞬間、黄泉路達の姿がふわっと霞の様に消え去ってしまい、逢坂は一瞬目を瞬かせ、


「まぼ、ろし……!」


 直後に相対する相手の能力を漠然と理解して、堂々と立つ狐面の青年へと影の槍を差し向けた。


「正解だぜ、ホラー女。けど、幻つったってそこに光があれば(・・・・・・・・)、影は防げるだろ?」


 パチリと鳴らした指、爆ぜる閃光の中、遙は断言する。


「オレは捨て駒になる気なんざさらさらねぇ! お前とは相性がいいからオレが残ったんだよ!!」


 影で出来た槍は、質量を持ち、術者の任意で操縦できたとしても元の影の面積を超えない。

 暗く、淡く、モノと空間の境界を曖昧にした暗所であれば無尽蔵の接続を見せただろうその面積も、遙が頭上に、そして周囲に展開したきらきら星(・・・・・)が照らし出す眩い室内では、形も挙動もくっきりと照らし出されていた。


「く、ぅ……!」


 人形を蹴散らし、室内を大きく駆け出した遙に、逢坂は口元を苦々しく引き締めて影を手繰る。

 突然の光源に影の制御がおかしくなっている感覚を修正する間もなく、逢坂は分散していた影を1本へ纏めることで強度を高め、面積を縒り合わせることで射程を伸ばす。

 逢坂から見て、遙の能力は確かに相性が悪く脅威と取れる。


「(けれど、わたしもそう、だけど。なまみのうごきは、ふつう……!)」


 走り回る遙、その動きは確かにある程度鍛えられた、元気のある青年のそれ。だが、決して年相応の域から出たものではなく、先ほどまで居た黄泉路のような埒外の化物ではない。

 これが黄泉路を幻で援護しながらであったならば、逢坂はなす術無くやられていただろう。

 急ぐあまりに戦力の分散をした、それを舐めていると取るか、余裕があるととるかは各々によるだろうが、逢坂にとっては明確な戦術の穴として見えていた。


「あなたひとり、なら、これでもじゅうぶん」


 太く鋭い影の穂先が遙に迫る。

 影を束ねた事で制御が従来のものに近くなり、射程が伸びた事で直線での突きならば室内全域をカバーできるほどにまで伸びていた。


「やば――ッ」


 弾丸よりは遅い、しかし、杭のように太く鋭いそれは遙の進行方向を、只人の肉体ではどうしても制御できない慣性を計算に入れた偏差攻撃として遙に迫る。


「う、ぉっ、危ねっ!」


 すんでのところで床を転がる様に屈み、飛び込みながら受け身を取った事で影が頭上を通り過ぎる。

 だが、それは遙に影が作る影(・・・・・)が重なるのと同義であり――


「ガッ!?」

「しと、めた」


 影から伸びた細い影の針が、遙の全身を貫く。

 苦悶の声を上げる遙に逢坂は確かな手ごたえを感じ――なかった(・・・・)


「っ!?」

「怖ぇー。死ぬかと思った……」

「また、いえ、まぼろしで、ざひょうをずらして……!」

「んでもって理解度も高い、っと。嫌すぎんだろマジで」


 うずくまる背から全身を貫かれたはずの遙は既に傷ひとつない状態で影の槍の軌道上から逸れ、これ見よがしに握られたバタフライナイフを握り込んで逢坂の下へと駆けだしていた。


「――!」

「うぉっ!?」


 逢坂が伸び切った影をリセットすべく引き戻す速さは遙の駆け寄る速度をはるかに上回っており、影を侍らせ迎撃の構えを取る逢坂に遙は咄嗟に足を止める。


「任せろとは言ったものの……やっぱ誰かに残ってもらうべきだったかな」

「そう、ね。それが、あなたの、しいん(・・・)、よ」


 ぞわり、と。逢坂の足元、スカートが作る影が触手の様にうごめく様に、遙は僅かに頬を引きつらせて次はどう動くかに思考をフル回転させるのであった。

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