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13-16 裏返る世界

 意図せずして遙の正面に現れたあり得ざる通路。

 外が見通せるガラスの自動ドアを押し開いたと思ったらつい先ほど出ようとしていたエントランスがそのまま広がっている様な光景に、扉を押し開いたばかりの遙はそのままの姿で静止してしまう。


「何かありま――これは……!」


 遙が付いてきていないのに気づき、引き返してきた廻が遙越しに見える明らかな空間の異常に目を見開く。

 常に全てを知っている様な顔で何事に対しても驚きが小さい、そんな印象を持っていた廻の驚き様に、遙はハッと我に返って扉から手を離す。

 すると、押し開かれていた扉がすぅっと閉じて行ってしまい、それに伴って扉の先に見えていた景色もまた細く、扉の隙間へと消えて行ってしまう。


「っ!?」

「今のは……とにかく、一度皆を集めます」


 扉が完全に閉まり、ガラス越しに見える景色が外のものであることにまたも呆然と。狐に抓まれた様な気分で廻に顔を向けた遙に、廻は先走らない様にと一言添えて標に念話を繋ぐ。

 程なくして、標の念話によって呼びかけられた面々が正面玄関へと集合すると、黄泉路が代表して扉の前で待っていた遙へと問いかけた。


「廻君から入口を見つけたって聞いてきたけど……」

「ああ。つっても偶然だし、マジでどういう理由で繋がってるのかわかんねーけど」


 そう言いつつ、遙は先ほどと同じように扉に指をかけて電源の落ちた自動ドアをスライドさせる。

 するとやはり扉のガラスに映っていた屋外の景色とはまるで違う空間がぽっかりと口を開けて待ち構えており、それを見た面々はなるほどと納得すると同時に、彩華が姫更へと視線を向ける。


「今の、どうなってるかわかったかしら?」

「……たぶん、この塔に被せる形で、裏側? みたいなのがあるんだと、思う」

「裏側……」


 姫更の見解を聞き、改めて扉の奥に見える通路とその先に見える内装を観察した彩華は確かにと小さく頷いた。

 というのも、通路という差異はあれど、その奥に見える開けたエリアは、こうして次元が接続されて地続きになった事と目視出来た事による構造把握によって、今自分たちがいる中央塔のエントランスに近い構造をしている事が理解できたからだ。


「とりあえず、突入する前に検証が必要よね」

「そうだね。遙君、一旦閉じてもらっていい?」

「お、おう」


 黄泉路と彩華が頷き合い指示を出し、遙が一歩引く様にしながら扉から手を離す。

 再び閉じ始めた扉は先ほどと同様、異空間をその隙間に閉じ込める様にガラス越しに正常な光景を映しながら閉じて行き、程なくしてぴたりと左右の扉が張り付けば、目の前の自動ドアが隠し通路になっているとはとてもではないが思えない透明感のあるガラスが面々の姿を薄らと反射していた。


「こうしてみると本当に何も違和感がないね」

「ええ。私も扉が閉じた後は奥に関してはあの空間があるとは思えないわ」

「……わたし、も。あるって分かって集中してるのに、ここにあるって自信がない」

『不思議ですねー。こんな大掛かりな隠蔽が出来る能力者が常駐してるんでしょうか』

「どうだろう。以前、実際の広さとは異なる空間を作る能力を持った子たちと会った事があるけど、あの子たちは能力使用者で、それぞれの能力を繋ぎ合わせて空間を拡張していたから」

「今回も、そういう風に調整した能力使用者に複数人で維持させてるかもしれないという事ね」


 完全に閉じた扉を前に考察し、このまま突入するか否かを考え始める面々を他所に、遙はふと気になった疑問を口に出す。


「でもさぁー。折角能力で隠してたって、正面玄関(こんなところ)に出入り口があったんじゃ秘密も何もねぇよなー」

「っ。……確かに」


 何気なく呟かれた遙の言葉に黄泉路がハッとなり、自動ドアの前へ立つと遙がそうした様に隙間に指をかけてガラス戸を押し開く。だが――


「通路がない……」


 黄泉路が押し開いたガラス戸の先に通路はなく。代わりにあるのは、本来であればそれが正常のはずの施設の中庭とも言うべき屋外エリアの、見渡すばかりの芝生が生い茂った開放感のある広場だった。


「え、えっ! マジか!? 今まさに対策されたとか、それともさっきのが奇跡か何かだったのか!?」

「落ち着きなさい。迎坂君、代わってくれるかしら」


 外から吹き込む微弱な風に髪を揺らしながら扉に近づいた彩華が黄泉路に手を離させ、一度閉まり切るまで待った後。

 今度は彩華が扉をこじ開けるが、結果は黄泉路と同じく地続きの空間である屋外広場があるのみで。

 その光景に困惑する遙を他所に、察した他の面々が順番に扉を閉めては開けてを繰り返し、全員が試した結果、ある結論にたどり着く。


「……つまり、この隠し通路は特定の人、または条件を持つ者にしか繋げられない。そういうことで良さそうだね」

「私と迎坂君、藤代さんが出来なかったのは、迎坂君が開けなかった時点で察してはいたけれど」

『ですねぇー。めぐっちと姫ちゃんも開けないのは予想外ー』

「姫姉さんは能力的にも開けるかもしれないっていうのは分かりますけど、何で僕まで……?」

『えー。そりゃ、めぐっちのことだから、こう、なんやかんや知ってて条件を満たしてるとかー……?』

「僕はそこまで万能じゃないのは知っているでしょうに」

『あははー。ごめんってば』

「でも、じゃあ、条件は?」


 未だ、違和感を探る様に扉を開け閉めしながら首をかしげる姫更に、黄泉路はちらりと遙の耳元で揺れるアクセサリに目を向ける。


「もしかしたら、能力使用者じゃないといけない、とか?」

「ありえるわ。我部の配下は基本的に覚醒器で武装した使用者を使っている事も多いし、それをキーにしてるのかも?」

『でもそれだけだと関係ない能力使用者まで紛れ込むことになっちゃうし、それだけだと条件として微妙ですよねぇー』


 やいのやいのと年長組が言葉を交わす中、姫更は遙にそばに来てもらう様にジェスチャーする。


「ん? どうした?」

「いっしょに開けて」

「いいぜ。……せーのっ」


 姫更の隣に立ち、それぞれの指を左右の扉にかけるようにしてお互いに扉を開ける。

 扉に掛けた指先とそこから繋がっているはずの空間に意識を研ぎ澄ましながらゆっくりと扉を押し開くと、徐々に大きくなる扉の隙間から白い通路が見えてくる。


「……ん。掴んだ」

「マジ?」

「わたしも、開けるようになった、よ」


 ふたりが扉から手を離せば、そのやり取りに年長組もでかしたとばかりに頷いており、その視線が説明を求めていると察した姫更が口を開く。


「たぶん、だけど。覚醒器が鍵なのは、正しいと思う。でも、それだけじゃ部外者のわたしたちは見つけられないはず。だったんだけど」


 ちらり、と。姫更の視線が遙へと向く。


「狐さんは、幻。その、現実を騙す(・・・・・)、能力だから……」

「偽装、秘匿された空間に対して意図しない特効になってたってこと? それが覚醒器っていう鍵とセットで扉に触れたから、こうして入口が顔を出したと」


 言葉を繋ぎ、纏める様に考察する黄泉路に、姫更が首肯する。


「つまり、これは正規の挙動ではなくあくまで偶然の産物って事よね。なら、もし対策される事を考えるなら今のうちに突入してしまうことを提案するわ」

「僕も、ここで引き下がることで警戒度が上がってしまう可能性を考慮して即時決行に賛成です」


 いくら姫更が感覚を掴み、ハッキングの如く空間に繋がる入り口を開けるようになったとはいえ、それもあくまで遙というイレギュラーによって生じた穴から掴んだもの。

 いつ向こうが対策をして万全な、物理的に接触できない難攻不落の要塞となってしまうかもわからない為、彩華と廻がそう提案するのも頷けるものであった。


「それ自体は僕も同意……だけど」

『あ、私も今回は同行しますよぅ』

「でも」


 黄泉路が標へと視線を向ければ、標はふんすと鼻息荒く胸を張る様に仁王立ちの姿勢で断言する。

 標はそもそも、本来であれば情報を整理したり、仲間同士の連絡網を担ったりと後方での活動が主戦場となる能力者だ。

 身体能力もお世辞にも高いとは言えず、オブラートを取っ払って言うならば活きの良いお荷物(・・・・・・・・)といって差し支えない。

 そんな標を、戦闘が想定される場所に連れて行くのはどう考えても悪手だろうとこの場で帰還するよう促そうとする黄泉路に対し、標は指を立てて黄泉路の前に出す。


『そもそも、今回現地まで同行することになったのも、この抗能力材に溢れた場所で念話が届かなくなるからでしょ。で、あの秘密基地の中なんて次元からしてズレてて私の感知も出来なかったことを考えると、こっちと向こうじゃ私の念話も届かない可能性が高い』

「……」

『戦闘になったらお荷物、なのは間違いないですけどー。だからといって全くの役経たずって訳でも、ないんですよ?』


 にやり、と。標は付け加える様に言いながら悪戯っぽく笑って見せ、扉の脇に立つ遙の傍までやってくると、ぽんと肩を叩く。


『攻撃力がない能力者っていうならはるはるもめぐっちも一緒ですしねー』

「バッ、お前一緒にすんなよな!?」

「……わかった。ちゃんと守れるようにするから。皆も、それでいい?」


 ぐるりと、全員で突入することを前提に最終確認を取る黄泉路に、眼を合わせた面々が頷く。


「じゃあ。行こう」


 遙と姫更が押し開いた扉の先。新造されたばかりの建物特有の匂いが微かに残る通路に足を踏み入れた一行の後ろで、自動ドアが閉じると同時にそのガラス面の向こうが暗闇に閉ざされる。

 ここからは遙と姫更のふたりが欠けた時点で全滅は免れない。そう覚悟を決めた黄泉路は先頭に立って殺風景さに磨きのかかったエントランスに向かって歩き出すのだった。

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