13-15 根を張る巨塔
各々に別れて調査していた夜鷹一行は一度合流して各々の所感を話し合うべく、施設のどの位置からでも見えるシンボルであるランドマークタワーへと向かっていた。
『ふぃー……つ、疲れたぁ……』
「さすがに運動しなさ過ぎじゃないかな……」
『いーえー、違いますぅー。絶対この建物設計した人らのミスですよぅー!』
「(観光客が大勢施設内で移動することを考えて設計してるはずだから、移動難易度は民間人向けだと思うんだけど……)」
『読まなくても何言いたいか分かるけど言い返せない……!』
「はいはい、もうちょっとで着くから。それとも、僕が抱えて行く?」
『それは、ひじょーに魅力的な提案ですけどー。さすがに何でもない場所でそれされると羞恥心で死ぬので頑張りますよぅ』
標の愚痴を脳に直接流し込まれつつも、窘めながら励ます黄泉路は螺旋状に伸びた空中回廊を通って塔の中へと足を踏み入れる。
元々、時間を決めてそれぞれ調査に動いた後にタワーの1階で落ち合う予定で動いていた事もあり、黄泉路と標という、移動能力に関して最も低いペアが到着した頃には他の2組は既にふたりを待つように屯している所であった。
「お。やっと来た。遅ぇー。何やってたんだよ」
「あはは……御覧の通り標ちゃんが疲れちゃって」
「うっそだろこの程度の移動で!?」
『いいですかぁー、こちとらインドア極まった虚弱女子なんですよぅ。そこらの体力有り余ってる学生と一緒にしないで下さい』
「あら。私は別に体力が有り余っているわけではないのだけれど」
『あーちゃんは普段から動き回る前提じゃないですかーやだー!』
「はいはい、本当に疲れてるみたいだし、そこに腰かけてなさいな」
物理的に体力を消耗しない事をいいことに、言葉だけは雄弁にじゃれつく標の体力の無さに呆れはしつつ、それでも疲労は嘘偽りないのは見てわかることから集合場所にしていたエントランスに設置された段差へと誘導する。
恐らく後々に観葉植物などが運び込まれるのだろう中央に大きなくぼみが設けられた段差は本来腰掛けるべきものではないが、そもそもをして人気が無く、また腰掛けた際に伴う危険の大半であろう観葉植物もないとなれば止める者は居ない。
「んで、ざっくり聞いちゃ居たけどどーなん?」
「こっちは特に異常らしいものはなかったよ。一度だけ人とすれ違ったけど、それも偶々だったしね」
「わたしたち、水族館からぐるっと、みてきたけど。わたしたちも、とくには」
「ですね。秘密基地の入り口はここと見て良いと思いますよ」
遙の言葉を皮切りに各々の見てきた場所の報告が上がる。
年少組が報告を終えたタイミングで、ふと遙が廻へと顔を向けた。
「そういや、お前の能力って未来予知? なんだろ。それなら調査する必要あったのか?」
「あるといえばあるし、無いと言えばない、でしょうか」
「無いんじゃねーか!」
「まぁまぁ。僕たちはあまり詳しく聞かない様にしてたんだ。廻君が喋らないってことは、この調査自体にも意味があったってことだし」
遙の発言はある意味では正当なもの。未来が分かっているのならば、黄泉路達が秘密基地に入っているのならば探す過程の一切を省くことだってできたはずで、歩き回った労力があるだけに、遙が苦言を呈したくなる気持ちはわからなくもない。
フォローする様に口を挟む黄泉路に、廻は申し訳なさそうに肩を竦めた。
「それに甘えていたのは事実ですから。それと、僕の予知は完璧じゃないんです。未来の大筋を知っていても、細かいところはどう変わっているかわからない。この場所に隠された施設があるのは知っていても、その入り口は何処にあるかはわからない、というように」
「はぁ……あんま便利な能力でもねぇんだな」
納得したような、でないような。曖昧な調子で首を傾げながらも引き下がる遙に、廻は小さく苦笑する。
「まぁ、あるとしたらタワーの可能性が一番高いのは知ってましたけど」
「知ってるんじゃねぇかよ!?」
思わず突っ込みを入れる遙に、彩華は確かにと首をかしげて廻に問う。
「私達にそれぞれ調査をさせる必要があった、ということかしら」
「具体的にどう、と説明はできないんですが、その通りですよ」
「ならいいわ。必要であることと、理由を知る必要はまた別だもの。……それで? 入口はどこなのかしら。一応先に到着した手前、ざっくりと歩き回ってみたのだけれど、私には地下に空間があるようには感じられなかったわ」
能力の性質上、物体の構造把握に秀でている彩華は歩きながらであっても地上から地下に向けて感知を伸ばし、地面という構造に対して空間的に余白があるかくらいは調べる事も可能だ。
その彩華が、地下に研究所、秘密基地とも呼べるような巨大な空洞を感じられない以上、何かしらのからくりがあるのではないかと問えば、廻の横で話の流れを眺めていた姫更は首をかしげる。
「……わたしは、ここに入ってから、ずっと空間がズレてるように感じてた、よ?」
物質的な側面ではない、3次元空間という領域そのものに対する知覚能力を有する姫更独自の視点が、彩華の導き出した結論とぶつかる。
黄泉路はふたりの言葉を聞いて廻へと問いかけた。
「つまり、秘匿された空間は地下ではなく、何らかの能力で空間ごと隔離されている、ってことで合ってるかな?」
「恐らくは。僕たちはその入り口を探さなくてはならない、そういう話になります」
思い起こすのは、黄泉路がかつて潜入した暴力団組織の地下に広がっていた、能力使用者の少年少女たちによって拡張された空間。
前例がある以上、ああした能力の亜種によって巨大な設備を空間ごと隠してしまう事も可能なのだとしたら、その抜け道を探すのは通常の隠し扉や隠し部屋の探索とは難易度が全くの別物になる。
『……全員で来たのも、それぞれの能力の知覚範囲が被らない面子で違和感を照らし合わせろって意味だったんですねぇ』
彩華が物理的な構造を。姫更が空間座標上の異常を。標が思念の応答感度の差異を。黄泉路が生命の有無を。
異なる視点から隠されたものを探し出す必要があることを理解した面々はすっと表情を引き締める。
そんな中、
「えぇ……じゃあオレはー……?」
ひとり、何かに特化して異常を察するなど出来ないと自認している遙だけが取り残されたように呟くが、既に面々はそれぞれに歩き出して調査に乗り出しており、遙の声が小さく宙に溶けて行った。
「なぁなぁ、オレ、来る意味あったか?」
「さぁ……それは僕にも言える話では? 僕たちもそれぞれで虱潰しで探すしかないですよ」
ほら行きますよ、と。さっさと歩きだしてしまう廻の後を追おうかとも思う遙だったが、しかし、常人とさして感覚の違わない者がふたり揃って同じ場所を探しても期待薄だろうと思い直し、がっくりと肩を落として息を吐く。
「はぁ。行くか」
ガラス張りのエントランスは日当たりも良く、まだ目立った装飾も運び込まれていない事もあって空虚な印象を受ける。
清潔感が行き過ぎた――というより、オープン前ということもあって使用感の無い――広々とした空間は姫更の言うような何かが隠されている空間のズレがあると言われても遙にはわからない、極々自然の光景にしか映らなかった。
エレベーターが内蔵されている中央の大きな柱と、上階へ続くエスカレーター。
外周施設に観光向け施設が揃っているせいか、中央の目玉となるはずのタワー1階にも関わらず店舗になるだろう区画が少ないように感じる、異様に広く感じる光景を見回した遙は何と無しにそれぞれが向かった方向とは別、タワーの正面玄関方面へと足を向けた。
特に理由があったわけではない。皆が中を調べるというのならば、自分は外の空気でも吸いながら塔の周りをぐるりと歩いてみるのも一興かと思った程度だった。
「……あ?」
しかして。
「なん。だこれ――!?」
電源の付いていないガラス製の自動ドアを押し開いた遙の目の前に、あるはずのない真っ白な通路が大きく口を開いていた。