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13-13 水端歩深奪還作戦:side廻・姫更

 別行動を始めた夜鷹組、その年少組とも言い換える事も出来る少年と少女は仄暗い通路を歩いていた。


「魚、いないね」


 光量が抑えられた通路とは裏腹に、壁面を埋め尽くすライトアップされた巨大な水槽を覗き見ていた姫更が残念そうに呟く。

 隣を歩いていた廻は小さく首を振る。


「まだ開業前の慣らしの時期ですからね」


 新造されたばかりの水族館ということもあり、他方から観賞用にと生物を取り寄せて搬入する計画自体は進行しているのだろうが、その以前の段階として水槽に水を入れ、実際にその貯水量が耐えうるものなのかという試験は当然のこと、これから生物が住み着くにあたり、調整された海水の循環や濃度の調節など、展示予定の生物に合わせた水槽毎の調整が必須となる。

 今はそれらの試験運用の為に生物を入れずに水槽を稼働させているのだと端的に説明した廻の言葉に、姫更は仕方が無いと小さく頷いていた。


「……寂しい」

「ですね」


 海水のみが循環するガラスの向こう側は物悲しさすら感じる程に静かで、ふたり以外に従業員すらいない施設の中はどこからか聞こえる水の奏でる微かな音がその気分を助長させている様であった。


「この先、跳べそうですか?」

「うん。任せて」


 とはいえ、廻たちが目的としている場所はそうした細やかな水音が遠くから感じられるような表側(・・)ではない。


「姫姉さん、ここ。お願いします」

「わかった」


 手を握ったふたりの姿が通路から掻き消え、すぐに別の場所にふたりの姿が現れる。

 客が歩く表通りのカーペットの敷き詰められた床ではない、とにかく水捌けと利便性を突き詰めたような通路のすぐ脇には水槽の裏側にあたる壁が屹立した細い通路は、その場所が本来ならば一般人は立ち入ることのできないバックヤードであることを示していた。

 姫更が指定された場所にマーキングを施すべく短距離の転移で天井付近へと跳ぶ。


「――」


 高い天井の縁にぬいぐるみを下から見えない様に括り付けた姫更は下方を見下ろす。

 もしかすると上から水槽の中を覗けるかもしれないという仄かな期待があってのことだが、残念なことにこの水族館は機密性の高い密閉された天井を採用しているらしく中をうかがい知ることはできない様になっていた。

 その後も廻の指示に従い、複数のマーキングを見つかりづらい場所に配置した姫更が廻の隣へと再び降り立つ。


「おかえりなさい」

「ただいま」


 何故、とは尋ねない。姫更と廻の関係が長いこともそうだが、廻の指示は基本的に今後必要になることの準備であり、姫更に出来るのは今この瞬間求められたことと、いざという時にすぐに頭の中でつなぎ合わせる記憶力だけだ。

 信頼性の成せる業とでも言うべきか、それとも、肝心なことはあまり語らない廻と、口が上手くない故にあえて尋ねる必要性を感じていない姫更の組み合わせの悪さとでも言うべきか。

 どちらにせよ、これが互いの関係性であると言われてしまえば余人には否定できないもの。ましてやこの場にはふたり以外の人間もいないこともあって、淡々と仕込みを済ませる職人のような少年少女の姿があった。


「さっきの場所でここは最後ですから、表に戻りましょうか」


 廻が差し出す手を握る。

 フッと二人の姿がバックヤードから掻き消え、次の瞬間には水槽を挟んだ対面――表側の観覧用通路へと戻ってきていた。

 バックヤードと比べると水槽を照らす照明のお陰で仄かに明るさが増した空間はそれだけで圧迫感が薄れるようで、たとえ生物がいないとしても巨大な水槽が所狭しと並ぶ空間はそれだけで特別なものに感じられ、姫更は心なしか楽しそうに視線を巡らせていた。


「今度、ちゃんとした水族館に行きますか」


 幅が広くなった通路の中に点在する柱の様に置かれたクラゲ用の水槽を眺める姫更に廻が声をかける。

 慰めるような言葉。それは廻としては何気ない気遣いのつもりであった。

 しかし、


本当に(・・・)?」


 姫更の返答は喜ぶでもなく、むしろ、断定する様な――それがただの気休め(・・・・・・)であると理解しているが故の批難である様にも聞こえる返答を受け、廻は小さく息を呑む。

 ぴたりと足を止めた廻が、数歩遅れて足を止めた姫更の背を見つめながら、ややあって静かに口を開いた。


いつから(・・・・)


 廻の問いかけに主語はない。けれど、姫更は振り返らないままに廻に答える。


「今回の作戦。廻が参加するって言った時から、そんな気はしてた」


 振り返り際に背に流れる艶やかな髪がふわりと弧を描く。

 光源の少ない幅広の通路の真ん中で廻と向かい合った姫更の顔は今にも泣き出してしまいそうで。


これ(・・)がさいごなんでしょ? 嘘つかないで……!」

「……」


 姫更はここ数年。ずっと廻と行動を共にしてきた。

 それは廻の見た未来に向けて行動をするにあたり、姫更という能力者が共犯に最適であったこと。

 目的を離せば協力関係になれるだけの方向性の一致があったことが主な理由だ。

 だが、当然ふたりの関係はそれだけではない。

 それなりに長い付き合い、その廻の異変を感じていた姫更が、問い詰める様に廻を見つめていた。


「どう……でしょう?」


 そんな姫更の視線を真正面から受け止めていた廻は歯切れ悪く、それでいて、誠実さを失わない態度で頬を掻く。


「はぐらかさないで」

「そういうんじゃないですよ。……ただ、僕にも分からなくて(・・・・・・・・・)

「わからない?」

「ええ」


 わからない、というのはどういうことか。

 姫更は一瞬きょとんと、零れそうなほどに溜まった涙すら引っ込んでしまいそうなほどに呆気に取られて問い返す。

 それもそうだろう。朝軒廻は未来予知の能力者として知られる。

 ――未来を誰よりも知る人物。それが廻という少年であるはずだ。

 にも拘らず、その少年自身が分からないという。

 これまで彼の目標設定を最短、最善ルートだと信じて自らの能力で手助けしてきた姫更は自信なさげなその様子に首をかしげてしまう。


「勿論、ここまで来た以上、辿る道筋(ルート)は絞れていますし、それぞれどの分岐に入ったとしても手は打ってあります。……ただ」

「ただ?」

「僕はこの先をあまり知らない(・・・・・・・)んです。知っている部分もあるからこそ、こうして仕込みをしにきたわけですけど、それ以外の部分となると、僕には今回がどう転ぶかわからないのが正直なところです」


 自らの予知の限界。そう吐露する廻に、姫更は反論することができない。

 廻の予知は知る限り、未来の廻自身の視座を借りて垣間見るものであると姫更は認識していた。

 であれば当然、その時に現場にいないことについて廻は知り様がなく、また、その時既に(・・・・・)廻が死んでいた(・・・・・・・)としたら、それ以降の出来事について知り様もないのは当然のこと。

 遠回しに自身の死すら把握していると告げるような廻の告白に、姫更は今度こそ廻に駆け寄ってその手を握った。


「わたしが、まもるから!」

「――」

「わたしが、みんな、守る、だから」

「ありがとうございます」


 握り慣れた手が、用事の為のそれではなく、ただ、身を案じる為だけに重ねられたその手の体温が。

 じわりと廻の手に伝い、真正面から見つめられた瞳を見つめ返す。


「いざという時はお願いします」


 少年らしい優しい声音。年齢としては姫更のほうが上のはずだが、どうあがいても精神年齢は廻の方が高い事もあって時折見せる年長者の様な眼差しの中に言葉とは裏腹に社交辞令的な、本心では期待していないような気遣いの色を見た姫更は静かに頷く。

 手を離したふたりは次の目的地へと向けて歩き出す。


「(大丈夫、わたしが絶対たすけるから……)」


 隣を歩く少年に気取られることもない密かな決意を新たにした姫更は思う。

 本当に、後でちゃんとした水族館に皆で行こう、と。その為にも、歩深のことをきちんと連れ戻してやるのだと。

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