13-12 水端歩深奪還作戦
清々しい秋晴れが照らす景色を前に、黄泉路は改めて同行した面々に顔を向ける。
「急ぎ、常群に登録証は用意してもらったけど過信しないようにね」
胸に下がったネームプレートがちらりと建物の屋根の下で影となった黄泉路達の視界に日差しを照り返す。
読み込み用のチップが埋まったそれは終夜の関係者であることを示す識別証の意味が含まれており、これを急遽用意させてしまった常群と終夜には大きな借りが出来た事を脳裏に考えないでもないが、それはそれ。今回の事が終わってから改めて考えればいいと黄泉路は思考を打ち切って話を続ける。
「僕達の目標はここの地下。モール建設用に掘り下げられた区画よりも更に下層に建設されたであろう我部の秘密研究所にいる歩深ちゃんの奪還、ここまではいい?」
見回す黄泉路に、彩華が、遙が、廻が、姫更が、標が。それぞれに頷いて返す。
――夜鷹の面々、その全員がこの場には揃っていた。
「んで、まずは手分けして入口を見つける所から、だよな」
右耳に付けたアクセサリを指の腹で玩びつつ遙が問えば、隣にいた標が念話で注意を促す様に話に割り込む。
『ダメですよぅー。まだよみちんが説明中だから最後まで聞くー』
「悪ぃ……」
「いや、いいよ。長々と話すこともないしね。遙君の言う通り、歩深ちゃんがいるだろう場所に続く道を探すのが第一目標。今日の所は入り口を見つけるだけでいい。突入はその時の状況次第ってことで」
改めて、面々の顔を見回して黄泉路は話を区切る。
「それじゃあ、一旦昼頃に」
「ええ。それじゃあ、行きましょうか」
「行って来ますね」
黄泉路の言葉を皮切りにふたりずつに別れて彩華と遙、廻と姫更がそれぞれに反対方向へと歩いてゆく。
2グループを見送った黄泉路は残った標に目を向ければ、標はにやりと悪戯っぽい笑みを浮かべ、
『それじゃあ、エスコート頼むよ王子様?』
「はいはい。……連絡は今のところは大丈夫そう?」
『無問題ですよぅ。想定してた通り、この敷地の中だけなら繋げる範囲ですねぇー』
「そっか」
差し出された標の手を取り、黄泉路もまた歩き出す。
黄泉路達が居たのは東都――再建計画において都市の中心的役割を、そして世界に向けて日本が復興したことをアピールする為に大々的に新造が取りつけられた新たなランドマーク、そのメインとなる塔を囲う様に都心という立地を贅沢に切り取った広大な施設群の一角だった。
天を衝く様にその威容を主張する塔はその材質を示す様に陽光を受けて色相を揺らめかせており、ランドマーク建設に当たっての日本政府の能力に負けない都市というコンセプトを反映しているようで。
その塔の根元付近から山の裾野の様に四方八方へと伸びた弧を描き各施設へと直接のアクセスを可能としている空中回廊を大きなガラス壁越しに見えていた。
デザイン性に富んだ光景が広がる施設に人気はない。
というのも、このランドマーク自体の開業はまだしばらく先の事であり、現在は箱としての建築が漸く終えたばかりという状況。
これからランドマーク建設に関わった入札者や選りすぐられた業界屈指の名店などが支店開業に向けて設備の搬入などが行われて行くのだろう状態で、いずれは観光客で満ちるであろう景色も今は黄泉路達が独占しているとすら言えた。
とはいえ、全くの無人かと言われるとそうでもない。
『前方、人が来ますねー』
「(ちょっと脇に入っておこうか)」
『はーい』
通用口として整備されている小道へとそれたふたりが息を殺して待機していれば、暫くすると黄泉路達の進行方向からやってきた足音がゆったりと通り過ぎて行く。
「(行ったみたいだね)」
『スニーキングミッションってやつですねぇ。いやぁー。私、こういうの初めて何でドキドキしますぅ』
「(まぁ、よほどのことが無ければバレないから大丈夫だよ)」
現在この施設を闊歩している――出来るのは、ランドマーク建設に関わった政府の人間や、多大な出資をした企業の作業員のごく一部だけだ。
黄泉路達は終夜のIDカードを所持しているとはいえ、これが彩華や常群ほどに大人びた雰囲気を持っているならばごまかしもできるが、黄泉路などはすでに顔が割れ、遙や廻や姫更などの未成年だと一目でわかる面々に関しては見た目の問題で人目に付くこと自体を避けたいのが本音である。
とはいえ、施設の規模に対して都心にありながら無人島であるかのような人口比を作る空間で先の様に人とすれ違うことは稀だ。
事前のグループ分けでも、それぞれ幻影によるやり過ごしが可能な遙、転移による隠密行動が可能な姫更が別に組み分けされていることからもわかるように警戒は怠っていない。
黄泉路と標だけが唯一そういったやり過ごす方法を持ち合わせていないものの、ふたり揃って生物に対する感知能力の高さを持ち合わせており、事前に遭遇自体を回避しやすいという点からの組み合わせでもあった。
それに加え、それぞれのグループで戦闘能力か自衛能力を持たせるという条件により、戦闘向きではない能力の遙に対し、広域制圧性能に長け、戦闘慣れした能力者である彩華が。長年のコンビネーションにより武装の換装を阿吽の呼吸で行い、最近では黄泉路と近接戦すら行えるようになりつつある廻が付いた姫更。
最後に、一切戦闘が出来ない代わりに中継連絡役として救援や情報のやり取りの為に同行した標と、その護衛としてオールラウンドに戦闘が出来る黄泉路という組み合わせが成されていた。
『改めて歩いてみると、やっぱりアヤシーのってあそこですよねぇー』
「そうは言っても、もしかしたらって事もあるからね。ひとまず回ってみようよ」
ちらり、と。元の大きなガラス張りの壁が続くメイン通路へと戻る中で標が中央の塔へと目を向けながら念話を呟く。
黄泉路もそう思わないでもないが、最初からそこと決め打って肩透かしに終わるよりは、念入りに調査を重ねて最後にここしかないと断定する方がリスクもないのだからと標を窘める。
日頃インドアな生活が板についている標である。長時間歩くのも勘弁だと言わんばかりの態度だが、これでも周囲警戒や観察を怠っていないあたりが彼女の本領と言えるところであろう。
「今いる場所は確か屋内運動場予定だったよね?」
『ですねぇー。告知図ですけど、あーちゃん達が向かった方が屋内レジャーで、姫ちゃんたちが向かったのが水族館ですねぇ』
「国内最大って触れ込みがまるっきり嘘じゃない規模だよね」
『終夜が腰を上げた事で他の業界もこぞって参入しようとしたらしいですよぅ』
終夜が本腰を入れている、その事実が国内のあらゆる業界を突き動かし、ここまでの大々的な規模になったことは誰の想定であっただろうか。
映画館や劇場、ゲームセンターなどのメジャーな屋内施設は勿論のこと、国内でも名を轟かせる飲食店などが軒を連ねるフードコートなど、凡そ都内の娯楽がこのランドマーク周辺だけである程度完結してしまえるのではないかと思うほどだ。
「僕達はこのまま地下経由でぐるっと回ろうか」
『ですねー。地上は皆に任せてデパ地下デートしましょう!』
「デート、ではないけどね……」
稼働していないエスカレーターをただの階段として降り、一定の光量に保たれた地下へと足を踏み入れれば、ふたりの視界いっぱいに白いタイル張りの通路と大まかな区分けのされた内装が飛び込んでくる。
今は閑散とし、モノも人もない状態だが、壁際の大きな凸凹やらがあの場所に店舗が入るんだろうなという想像を掻き立てる。
いずれは各地の名産などが集い、煌びやかな総菜や弁当、デザートなどが所狭しと売られるのだろうとわかる地下世界はこのランドマーク周辺の土地そのものの地面の下を文字通り繋ぎ合わせており、有事の際にはシェルターの代わりとなる様に大きく設計されたものであった。
都の再建に当たって地下施設というものの重要性が再認識され、さらには抗能力素材という、素材の幅を持ちながらも頑丈な新素材の登場によってこれまでの建築様式に囚われずに済むことから本格的に導入されることとなった巨大な地下空間をふたりは念話で細々とした会話を交わしながら通路を歩く。
人気のない白い空間は点在する案内板のお陰で辛うじて迷子にならずに済むというほどに広く、1時間ほど歩き続けた事で標の足取りは非常にゆったりとしたものになってしまう。
『どこかで休憩しませんー? ちょっと、私の足が棒になりそうでぇ』
「(そうだね……。皆の様子も気になるし)」
標が音を上げたことで、黄泉路は一旦休憩を挟むべく周囲を見回し、ちょうど良さそうな店舗予定地らしい奥まったスペースを見つけて標の手を引くのだった。