13-11 歩深の行方
◆◇◆
永冶世を救出し、協力関係を結んでから数日。
未だ真新しく感じるセーフハウスに集合した夜鷹の面々は広めのリビングに備え付けられたテーブルを囲んで席についていた。
薄いレースのカーテンによって和らげられた日差しはまだ昼を過ぎたばかりの秋空に相応しく、適度に取り込んだ室内を明るく照らす。
リビングに取り付けられた大型テレビからは都の復興状況を伝えつつも、営業を再開した都心の飲食店や新しくオープンした店舗の紹介など、休日の昼に相応しいバラエティが垂れ流されていた。
「それで、全員が集められたってことはあの話よね?」
全員分の紅茶、コーヒー、ジュースを置き終えた彩華が自らも席に腰掛けながらそう切り出せば、テーブル中央に置かれた菓子類の大袋を開けようとしていた遙がぴたりと手を止める。
「あの話?」
いまいち、要領を得ないという反応で真剣な話だろうかと畏まる姿勢を見せる遙。
その傍らで、気にせず詰め合わせの大袋を開封し、複数フレーバーのあるチョコレートの中から自身の好む味だけをチョイスして引き出すという行儀の悪さ――よく言えばこの場の面々に対する甘えや信頼であろうか―ーを披露する標が念話で彩華の言葉に補足する。
『あゆあゆのことでしょー? あれから進展あった感じですぅ?』
「水端のこと何かわかったのか!?」
思わず、といった具合にテーブルに手をついて前のめりになった遙の様子にきょとりとしたのは、その情報を齎した――これから共有を図ろうとしていた黄泉路であった。
「この前もそうだったけど、遙君、結構歩深ちゃんのこと気にしてるんだね」
意外――ではない。
遙はなんだかんだで人情家であり、元より半分くらいは表社会の人間であり、年相応の経験を重ねてきた、ある意味このメンバーの中で最も一般的な価値観を持ち合わせているであろう高校生である。
そんな遙が初めて出来た日常を超えた秘密を共有できる、いわば憧れの集団のような、自分だけが周囲の一般人とは違う世界を見ているという興奮を与えてくれる夜鷹という一団は遙にとってある種、第二の拠り所とも呼べるものであった。
ずっと仲良く、誰もかけることなく、などとは口にしたことはないが、それでも根底にある精神性としてはそれが一番近い感覚であっただけに、突然の歩深の離反に一番動揺していたといっても過言ではなかった。
黄泉路達からすると遙を除けば一番後発の、保護対象兼監視対象でもあった水端歩深が出奔した事それ自体は可能性としては頭の中にあったもので、その後に頭に浮かぶのは夜鷹という一団を守るためにどう動くべきかという事後処理に近い。
遙と黄泉路達では命の危機感というものにだいぶ差があったこともそうだし、味方が敵に、敵が味方にという状況自体は常に起こりうるものと考えている心構えが如実に表れたと言える。
「ばっ、そんなんじゃねーよ!」
とはいえ、黄泉路達はそんな遙の一般的な感性を好ましく思っているのも事実だ。
茶化す様にカップで口を隠しながら問いかけた黄泉路の言葉に遙は過剰に、ほんの少し顔を赤らめて首を振る。
そこに黄泉路の好意的な視線が向けられていた事を自覚しないまま、遙は自身の羞恥心を振り払うように話を本題へと引き摺り戻す。
「んなことは良いだろ! それよっか、水端のことだよ」
「そうだね。とりあえず、簡単な相談は人によってはしてると思うけど改めて総合して共有するね」
そう言って、黄泉路は常群の要請を受けてからの事について語りだす。
政府――というよりは、我部の息のかかった施設に監禁されていた自身と因縁を持つ刑事を救出し、そこで歩深が彼に接触していた事実と、歩深がその施設で何かをされていたこと。
彼――永冶世忠利と一定の和解を経て協力関係になり、歩深に関する情報をこれまでの情報網とは別の確度で大至急漁ってもらっていたこと。
それらを語り終えた黄泉路はちらりと、廻へと目線を向ける。
「廻君」
名前を呼ばれた廻は寝不足そうな目を瞬かせ、眠気覚ましにとブラックのままのコーヒーに口をつけながら、
「すみません。僕はそっちに関してはノータッチだったので」
「夜更かしもほどほどにね」
語るべきはなにもない。そう態度で示す予知能力者に、黄泉路は小さく苦笑する。
廻がここの所裏で何やら動き回っている事は承知している物の、未来という扱う情報の異質さも相まって黄泉路達は揃って廻の行動を黙認して放任していた。
その動向を詳細に知っているのは何かにつけて一緒に動き回っている姫更くらいであろうが、その姫更も口止めされているのか、それともただその場その場で協力しているだけなのか、廻の行動の仔細は知らないらしいのだから徹底している。
ともあれ、廻が裏切るということは黄泉路達の頭にはない。ただ、未来という不確定要素に対して自分達の介入が必要であるならば廻がそれとなく協力を求めてくるだろうという理解があるだけだ。
「常群にも終夜側の情報網も使ってここ暫くの東都の物流について調べてもらったんだ」
その廻が何も言わないということは、この件に関しては黄泉路達の動きだけで何とかなる――もしくは、何とかしなければならないのだろうと黄泉路は解釈する。
もしかすると廻は廻で別の未来に対して奔走していてそれどころではないのかもしれないが、廻が何も言わない以上、黄泉路達は何も言うつもりはないのだった。
「物の流れ、と。人の動き……?」
「終夜が噛んでいる所は詳細に、それ以外は業界の伝手で大まかにはってことらしいけど、これだけあれば十分すぎるよ」
テーブルに広げられた紙面の文字を眺めていた姫更がジュースを吸っていたストローから口を離すと、アソートの中から煎餅を手元に転移させて個包装を開けながら呟いた。
紙に踊る文字や図面はここ1、2か月の間にあった東都を介する物流に関して。
通常の運送は勿論のこと、能力者を使った空間拡張による一度の搬出入量増大などが一部は東都の新しい地図に重なる様に書き込まれており、珍しい所では複数人による転移能力の実用化などで興った局所的な物流革命についてまで事細かに記録されていた。
黄泉路達は改めて終夜の規模の大きさとその枝葉、伸びた根の太さに感嘆してしまう。
「勿論、抜けはそれなりにあるとは思うけど」
「これだけ公的な物も非公式な物も網羅してるなら抜けなんて誤差でしょうね」
『ふんふん。やっぱりー、改めて見ても東都に向かうモノばっかりですねー。逆に出て行くものは些末な物ばかり、と』
あやしーですよー、などと。念話という口を使わずに会話できる手段が常套であるが故にフリーになっている口にお菓子をパクパクとハイペースで詰め込みながら標が念話を挟めば、その隣で遙がその膨大なデータ量を読み解く方法に苦心する様に首を傾げながら感心したように息を吐いていた。
「で、その物流? で何が分かるんだ?」
「復興中だから仕方ないとはいえ、ここまで集められたモノやヒトの量に対して、今の東都の状態ってどう思う?」
「どう、って、めちゃくちゃすげー速度で立ち直ってるんじゃねーの? テレビでもめちゃくちゃ話題になってるし」
「そうね。これまでの能力に頼らない重機と人力でやる建築に比べたら、能力を併用した建築の速度は話題になる。けれど、都心――ランドマークを中心に復興して、やっと生活区域に手が出始めた、この物流と速度を考えたらおかしいのよね」
「?」
「いくら東都が世界中に復興をアピールする為に煌びやかな場所から手を付けたとしても、結局都市で暮らす人がいるのは生活区域よ。本来ならわかりやすいランドマーク施設に着手する傍ら、並行して生活区域の整備と復興にも手を付けることになるし、建築物の構造上、生活区域の建物の方が簡易である分復興が早いはずなのよ」
言われてみれば当然のことだが、ランドマークや大規模総合ビルなど、一つ建てるのに莫大な費用と人員、資材を要求されるものよりも、個々人の住宅やスーパーなどの生活に密着した小型商業施設などの建設の方が遥かに早い。
勿論、建設業者の都合もあるだろうが、それにしても今回の未曽有の建設ラッシュは全国規模で諸手を挙げて業者が参入しており、大規模施設を終夜などの大企業紐付きの大手建設会社が共同で担うとしても、個々の施設などはそうした全国から集まった建設会社などが割り振られて行っていて当然なのだ。
にも拘らず、現実には多くの業者が流入しているにも関わらず復興されているのは都心に近い区域ばかりで、都心から遠い生活区域でかつ、先の被害が多かった地域の人々などは未だに県外の仮設住居や仮住まいなどに避難しているのが現状である。
「それから、こっちは警察内部からの情報だけど、出入りする人の中には対策局に所属することで恩赦になった逮捕歴のある能力者とか、能力使用者になっている犯罪者の顔がそれなりにあったらしいんだよね」
「! じゃあ、我部って奴は都心でなんかやってるってことか!」
駆け足に結論に飛びつく遙の姿勢に、恐らくは細かい事はすっ飛ばしての結論なのだろうなと理解する一方、それが強ち間違いではないのだから面白いと黄泉路は小さく頷く。
「永冶世さんが最後に見た歩深ちゃんの居た場所、それからそこに設置されていた設備の規模を見ると、能力者を使って秘密裏に移動させたとしても移動先はそれなりの規模が必要になる。東都は今、張り巡らされた抗能力素材によって転移も限定的になりつつある事も合わせると――」
物流を視覚化する為に線が引かれた地図、
「歩深ちゃんと我部は、ランドマークタワーの地下にいる」
その一点に指を置いた黄泉路は断言した。
東都の中心、地図の上からでもわかる巨大な一大施設として記載されている巨大構造物の地下は公式発表では商業施設が纏まった、いわばショッピングモールの様なものであるとの触れ込みであり、未だ正式オープンを控えた人のいない巨大な空洞と化している地点でもある。
資材が大量に運び込まれるには違和感がなく、周辺の土地そのものを区画の再整備という名目で大量に統廃合した事でタワーの外周には大規模な公園や野外スポーツ施設などが併設されている事もあって土地自体も広大であり、都心という立地をこれでもかと贅沢に使い倒した施設の表層は人目を惹く代わりに、その地下に関しては異常なほどに情報がない。
表と裏、どちらの情報網を通しても同様であることからも黄泉路はここであると経験と直感で結論を導き出したのだった。
「――地下、っつってもとんでもない広さだよな。どうすんだ?」
「その前に。僕は皆に改めて聞かなくちゃならない」
既にどう侵入するか、どう探すかを思案し始めていた遙は、黄泉路のその言葉に疑問の眼差しと共に顔を上げる。
黄泉路はぐるりと面々の顔を見回し、必要ないことかもしれないとは思いつつも口を開いた。
「……僕は、歩深ちゃんを助けに行きたい。たとえ歩深ちゃん本人が望んでいない事だとしても。でも、これは僕の考えで、皆を危険に晒していいものじゃない。だからこの依頼を皆に出したい。僕に、協力してほしい」
言い切るなり頭を下げた黄泉路に、すぐに降りかかるのは彩華のため息だった。
「何を今更。私達は貴方を手伝いたくてここにいるのよ。水端さんに関しても、私達は他人じゃないのだから、変な気は回さなくていいわ」
『ですねー。なんなら私、相談受けた段階でもー潜入経路とか調べ始めてましたしぃ』
「現地に僕が同行するかは作戦次第ですけど、どっちにしても、僕も右に同じ、ですよ」
「うん。わたしも、同じだから」
口々に、下げた頭に降りかかるノータイムの同意に黄泉路は緩く頭を上げる。
「ありがとう」
「ったく水臭ぇよ。ほら、オレにも頼れオレにも」
「うん、そうする」
柔らかく微笑んだ黄泉路は改めて皆を見回し、推測の裏取りと潜入ルートについて相談を持ち掛けるのだった。