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13-10 水端歩深の歩む道

 ぼんやりと見上げた視界いっぱいに歪曲したガラス越しの蛍光灯の白い明かりが反射する。

 通常のガラスよりも聊か透過率が低い薄らと色づいたガラスに反射する自分の顔がつまらなさそうにしている事を認識するも、だからなんだという感想が頭を過る。


「(夕方、5時過ぎくらい……。うさぎの人(・・・・・)入れ替えの人(・・・・・・)、もう帰ってきてるかな)」


 家にいたら一緒にゲームが出来たのにな、と。

 巨大な試験管の様なケージに収まった水端歩深は小さくため息を吐く。

 密室とも呼ぶべき空間、それでいて空調がしっかりと機能している為息苦しいということはない。

 であるが故にそのため息は酸欠からのものではなく、単純に歩深本人の心境故のものであった。


「(後悔してる、って事じゃない。これは、きっと。寂しいってこと。うん、大丈夫。歩深は出来る子なので)」


 友達(・・)と呼べる者達と過ごす時間は歩深にとって比重の大きなものであったことを再確認する。

 同時に、だからこそ(・・・・・)ここに来たのだと歩深はちらりと同じ室内に置かれたガラスケースの方へと視線を向けた。


 そこにあったのは、歩深を展示(・・)している円柱ガラスと同じ、淡く色彩を揺らめかせながら光を反射するガラスの容器と、内側いっぱいいっぱいに成長(・・)した巨大な想念因子結晶の塊。

 歩深はこのためにここにいた。その為に我部に連れてこられたといっても過言ではない。


「急な移動で済まないね。居心地に不満はないかい?」


 不意に、部屋にひとつしか存在しない外界との接続点である扉が音もなくスライドし、ひとりの男が歩深に声を掛けながら室内へと入ってくる。

 白髪が占める割合が多い、撫でつけたようなオールバック。薄い銀縁の眼鏡の奥に除く細目が探る様に歩深を一瞥し、その後、隣に収まっている巨大な想念因子結晶へと向けられる。


「静かすぎて退屈なくらい」

「そうか。それはなにより」


 向けられた問いに短く答えた歩深に小さく頷いた我部は、歩深には視線も向けず、声音だけで友好的な態度を示す様に微笑んだ。

 普段の我部であればしっかりと顔を向け、相手がそうと受け取るほかない態度を取れただろうが、目の前の巨大な結晶はそれだけ我部の意識を惹きつけ、日ごろの擬態をはぎ取ってしまうものなのだろうと歩深は静かに観察していた。


「先生の人。そろそろ出して。もう今日の分は終わりでしょ?」

「ああ、そうだね。また明日も頼めるかい?」

「先生の人が歩深に教えてくれるなら」


 我部がポケットから取り出した端末を操作する。するとガラスの筒の上部にシャッターが下り、数秒が経った後にガラスがスライドしてひとりぶんの小さな出入り口が出来上がった。

 素足がぺたりぺたりと地を踏む音を小さく立てながらケースの中から飛び出した歩深が我部の下へと並び、結晶を見上げながら問いかける。

 ふたりの背格好や歩深の口ぶりからは孫と祖父の様な間柄が連想されそうなほどに和やかな空気感が漂っていたが、お互いにそのような考えは持ち合わせておらず、


「ふむ。何が聞きたいんだい?」


 結晶から視線を外し、精査する様な瞳を向ける我部に歩深の見上げる視線が交差する。


「結晶を作るだけなら歩深じゃなくても出来るはず。どうして歩深を探してたの?」


 歩深はガラスケースにそっと触れ、外界から切り離されたようにしまい込まれた想念因子結晶をガラスの上からなぞる様に指を這わせた。

 その動きに、ガラスの表面の光沢が鈍く色彩を変えて反応する。


「理論上、結晶化自体は物質に干渉する能力者ならば誰しもができる事だ。君の見解も間違いではないとも」


 科学資料館などで指が触れた箇所から色が変わる展示物を遊ぶ子供を見るような目つきで歩深の所作を眺めていた我部だが、答えながらも手元の端末を操作する。

 ガラスの外側に上からシャッターが下りはじめ、歩深はそのシャッターに触れない内にそっと手を離した。


「むぅ」


 抗能力ガラスという隔たりを以てしても影響がある可能性を懸念してのことだろう。それだけ慎重な扱いを期しているこれは何なのか。何に使うものなのかと視線で問えば、我部は先に口にした回答の続きを語りだす。


「通常、能力者はひとつの能力しか持ちえず、その能力の傾向は天然の能力者であればあるほど尖鋭化する傾向にあるのは知っているかい?」


 歩深は脳裏に戦場彩華を思い描き、小さく頷く。

 彩華は物質再編――命持たぬ物を刃へとその組成そのものから組み換え編み直す能力者だ。

 だが、その出力先は基本的に刃の形を持つことが主で、当人もそれ以外の形へと結実させることには普段以上に気を使っている様子であった。

 他にも、抗能力的な性質を強く持つ物質変化能力を持つ対策局所属の黒曜造り(ブラックスミス)も、その異名が示す通り、生成物は黒曜石の様な光沢をもつ鉱石状の物に限られる。


「能力というものの本質を考えれば仕方のない事ではあるのだがね。つまるところ、単なる物質干渉能力者ではその能力者本人のパーソナルに寄りすぎてしまうのだよ」

「歩深は違うの?」

「違うとも。君の能力は学習。つまりは概念の蒐集そのものにある。他者より学び、他者より先へ。君が求める本質を形にするならばそう、進化こそが君の本質だ。であるならば、君が生成する――学び取って再現した物質干渉能力もまた、そうした性質を持つ」

「……これを使って、何をするの?」


 ジッと、歩深は我部を見上げる。

 互いに認識している取引、我部が持ち掛けた提案は歩深の進化に協力するというもの。であれば、この結晶の生成は一体歩深に何をもたらすのか。そう問いかける様な歩深の視線に、我部は眼鏡の縁を指先で押し上げてズレを直す様にしながら語り掛ける。


「そう心配する必要はない。君はこう思っているんじゃないかい? 結晶さえ手に入れば君自身は用済みになるんじゃないか、と。そんなことはない。君にはもっと、大事なフェーズを任せたいと思っているんだよ。勿論、その工程において君は更なる進化を遂げるだろうとも」


 この約束だけでは不満かい、と。我部は歩深の透き通るような白髪を撫で透かす様に撫でる。


「……今は納得する。歩深は我慢も出来る子なので。でも、いつになるの?」


 そこだけは譲らない、そう主張する様に、我部の手を離れた歩深が見上げれば、我部は僅かに考える様に視線を空へ向け、


「ふむ。そうだな、君の頑張り次第では来週にでも。余裕を見るのならば1ヶ月といった所か」

「そう」


 明言はせず、しかしてそう時間はかからないと告げる我部に、歩深は小さく返事をして引き下がる。


「じゃあ、歩深もう行くね」


 ぺたぺた、と。足音が早足で遠ざかる。我部が入ってきた唯一の出入り口を小走りで駆けてゆく歩深を見送った我部はシャッターによって閉じられたケースの中を透かして見る様に目を閉じ、小さく息を吐いた。


「……もうすぐ、もうすぐだ。貴女の求めた世界(・・・・・・・・)が――」


 我部以外誰一人いない空間に溶けた言葉は静かで重く、我部自身も意識していないほどに自然な音として空気に溶けて行った。






 ――場所を移され、何処とも知れぬ研究所の通路を行く歩深は自身が先ほどまで居た部屋の方を振り返る。


「(……刑事の人(・・・・)にもメモは渡したけど、死なない人たちが来る前に。歩深がやらなきゃ。歩深が、先生の人を止めないと)」


 再び顔を前に向けた歩深は歩き出す。

 決意を帯びた表情を隠す様に歩深は早歩きで通路を進み、無邪気な子供の様に時折すれ違う職員の脇を通り抜けて宛がわれた自室へと向かうのだった。

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