3-19 夜鷹の蛇4
美花に謝りそこねた翌日、どうにか会話のきっかけでもと思い、前日の“急用”もあって中庭の手入れを免除された黄泉路は美花を探して支部の中を歩いていた。
本来の美花の生活スペースは支部にあり、黄泉路を夜鷹支部で保護した当初は黄泉路の警護もかねて近い位置に要る必要があった為、黄泉路にあわせて旅館のほうに部屋を取っていたのだ。
なので、美花を探す場合はわざわざ旅館のほうに顔を出すよりは地下の支部内を歩き回ったほうが遭遇率が高い。
ではなぜ黄泉路が宛てもなく支部内をうろついているかといえば。
朝、誠に中庭の手入れを免除されて真っ先に向かった美花の部屋が不在であったからだ。
基本的に美花やカガリといったこの支部の面々は仕事が少ない。
普段から早々ちょくちょく政府の非合法取引や非合法施設についての情報が入ってくるわけではないのだから、それに対応して行動を起こすことを専門としている以上閑職である方がむしろ健全といえる。
実戦担当支部であるとはいえ、ここは紛争地域でもなければ夜鷹支部は傭兵部隊でもないのだ。
支部内で自己鍛錬や趣味に没頭するなどして過ごすのが夜鷹支部の面々の基本的な日常生活なのである。
黄泉路が旅館の手伝いを進んでしている事もそれらの一環としてみればさほど不思議でもないのであった。
支部内を歩き回り、各部屋を覗いては美花の姿がない事を確認して別の部屋へと移る事十数分。
そろそろ昼時にさしかかり、午後の訓練の為には切り上げるべき時刻である事を体内時計の具合で認識した黄泉路は小さくため息を吐く。
「はぁ……」
「どーした黄泉路、悩み事か?」
「――うひゃっ!?」
背後から唐突にかけられた言葉に、黄泉路は思わず自身が変な声を出してしまった事を恥じる心の余裕もなく振り返る。
しかし、目を向けた先、声をかけてきたのがカガリであったと理解すれば、先ほどとは別の、安堵からくる息を吐いて取り繕うように口を開く。
「や、おはようございます。カガリさん」
「おう。おはようさん。 ……んで、どうしたんだ? お前がうろうろしてるなんて珍しいな」
「えっと……ですね」
ここでカガリが美花の居場所を知っていたならば昼食前に謝って来てしまうべきだと判断し、黄泉路は昼食を受け取りに行く道すがら先日の事をカガリへとかいつまんで話す。
カガリもちょうど昼食を食べようと思っていたところらしく、支部の廊下を並んで歩きながらカガリが話を聞き終えれば、困ったような、呆れたような、どちらともつかない表情を浮かべて眉を寄せる。
「――はぁぁぁ……」
「え、えっと……やっぱり、深く聞いちゃダメな事、でした?」
「いや、そうじゃねぇけどよ……ったく、お前もお前でデリカシーがねぇっつうか、ミケ姐さんもミケ姐さんで簡潔に説明すりゃぁ良いのに」
どうやら困惑と呆れの両方は黄泉路と美花、両名へと向けられているらしく、盛大なため息と共に吐き出された言葉に黄泉路は恐縮するばかりであった。
「それで、お前はずっとミケ姐を探してたわけか」
「……はい」
「ったく……ミケ姐があんなに急いでたのはその所為か」
「え、美花さんに会ったんですか? 今どこに?」
思わず、といった具合で居場所を尋ねる黄泉路に、カガリは再び困った顔を作って窘める様に黄泉路から顔をそらす。
「ここにゃ居ねぇよ。昨日の内に遠方の仕事漁って出張してくるっつって飛び出していっちまったからな」
「そんな……」
「ああ、別にお前の所為じゃねぇぞ。あれは、なんだ。ミケ姐の癖みたいなモンだ」
「癖……?」
「ああ見えて恥ずかしがり屋なんだよ」
「は、恥ずかしがり屋って」
「ま。この話はここまでだな。何日かしたらひょっこり顔出すさ。 ……それより、お前はどうなんだ?」
それ以上は本人と話をしろとばかりに話を区切り、話題転換として振られた問いに黄泉路は首をかしげる。
「え? ……僕、ですか?」
「今はお前の訓練期間なんだ。そのお前がほかに意識向けてる場合じゃねぇだろ?」
言われてみれば、訓練を行ってくれているのはなにも美花だけではない。同じく担当している誠やカガリは勿論、実際に戦闘訓練に携わっていない果にも同様に旅館で食事等の世話になっているのだ。
一日でも早く支部の負担にならないようにと旅館の手伝いを申し出たのではなかったか。
美花の態度に気を取られすぎていた事に気づけば、黄泉路は緩やかにうなずいた。
今は自分のことが優先。たしかにそうだろう。自身が早く独り立ちできればそれだけで負担が減るのだから。
「そう、ですね」
「最近伸び悩んでるみたいだしな」
「あの……その事なんですけど」
伸び悩む。その言葉に黄泉路が今現在自身の中で躓いている事へと意識を向け、カガリに問いかける。
「能力がもっと上手く使えたらと思って……カガリさんって、普段どんな風に能力を使ってるんですか?」
「あー……俺のはたぶんあまり参考にならねぇぞ? まぁ、詳しい話は飯食いながらな」
暁の間に出る隠し扉を押しながらそう告げるカガリの後を追いながら、まずは自分のこと、そう割り切ったつもりでいた黄泉路の頭の片隅には美花の突き放すような声音が残っていた。
それも昼食を採りながらカガリの話を聞いていれば気にならなくなるはずだと、自分に言い聞かせるように前を歩くカガリの背を見つめるのだった。