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13-5 永冶世忠利の事件簿9

 聞こえてきた余りにも場違いな少年の声。

 思わず伏せかけていた目を見開いた視界の正面を塞ぐ様に――庇うように、人工の白い明かりを受けて黒く反射する学生服に身を包んだ黒髪の少年がそこに居た。


「道敷」

「今は、黄泉路です。迎坂黄泉路、それが今の(・・)、僕の名前です」


 永冶世の自意識過剰だろうか、どことなく言葉の端に棘を感じる少年――迎坂黄泉路が遮る様に告げるや、黄泉路の乱入によって空いた意識の空白を埋める様に永冶世を囲んでいた能力使用者たちが動揺しながらも侵入者を纏めて倒さんと再び能力を起動する。

 だが、黄泉路はまたも、それら一切を鎧袖一触――文字通りひと振りの下に霧散させ、短く構えた銀の槍を素早く体に引き寄せる様にリーチを縮めて室内戦でもその身の丈と扱いによって十全に機能させながら男たちをなぎ倒してしまう。


「悪運が強い様で何より」

「……無事を喜んでもらえる立場でもないか」

「一応喜んではいるんすよ? ただ、ちょっと割り切れないだけで」

「すまない」


 無双。そう表現するよりない黄泉路の短時間の蹂躙とも言える戦闘からほんの少ししか離れていないにも関わらず、一切の被害が飛んでこない安全地帯と化した永冶世の側へとやってきた青年の皮肉にも似た労いに、永冶世は苦笑と申し訳なさが混じった顔を向けて答える。

 身を屈めて肩を貸す様に抱き起した青年、常群幸也は永冶世の怪我の具合を大まかに予想しつつ、そろそろ暴れ終わるらしい親友へと声をかける。


「確保したぞー。退路頼むー」

「はーい」


 軽いやり取りに思わず気の抜けそうになる――同時に疲労がドッと押し寄せ意識を失いそうになる――永冶世だったが、ハッと我に返り、


「いや、待ってくれ。まだ、まだ間に合うかもしれない」

「? 永冶世さん、何言ってんだ」


 自分達が来た道を引き返そうとする常群を引き留め、別の方向へと足を引き摺って歩き出そうとすれば、常群がぐっとその場に踏みとどまって足を止める。


「常群、どうかした?」


 そこへ当座の脅威を排除し終えた黄泉路が戻れば、困惑顔の常群がちらりと永冶世へと視線を向け、


「いやさ……」

「救助には感謝している、だが、今ここを出ていくことは出来ない」

「僕は常群から頼まれてここにいる。貴方の目的はそれよりも優先されることですか?」


 黄泉路はあくまでも常群の頼みでこの場に居る。故に永冶世の我儘に付き合うつもりはないと、日頃の黄泉路からすれば頑なとも言える態度で永冶世に問う。

 というのも、黄泉路からすれば常群が同行していること自体がイレギュラーであり、敵地の深奥――それも、地下という逃げ場のない環境に長々と常群を滞在させていることそのものが既に許容値ギリギリの現状であった。

 自分だけならばいざとなれば如何様にでも脱出できると思うだけの経験と実績がある。

 だが、戦闘や移動に関して全くの素人とは言わずとも、戦力になるとは考えづらい護衛対象を伴い、その上でひとりでは満足に移動もままならない要救助者を庇ったままとなれば、さすがの黄泉路でもいくら気を張っても過ぎるということはない。

 そんな中で脱出を拒んでまで何がしたいのかと、つい言葉に棘が出来てしまうのも仕方のない事であった。


「今なら、まだ間に合うかもしれないんだ。君だって、政府に――我部さんに思う所があるのならば、この施設の秘事を探ることは意味のある事、そうじゃないのか?」

「……」

「自分なら案内ができる。足手まといが居たところで、最終的には君ならどうとでもできる。違うか?」


 ジッと黄泉路を真正面に見据えて問いかける永冶世の目には、黄泉路に対する誠意と、ある種の信用が混ざっていた。

 黄泉路を追って、黄泉路が関与したであろう事件をいくつも調べ、足跡を追ってきた。それらは黄泉路の全てを知るには足りないだろうが、常群という友人の頼みで快く思うはずもない相手を助けに来る、その善性を信用していると、永冶世の瞳は物語っていた。


「……わかりました。案内してください」

「出雲」

「常群も、付き合ってくれる?」

「はぁ……わかったよ。どっちにしても俺はただの繋ぎだしな」


 不承不承といった具合に常群が応えれば、今度こそ3人は永冶世の誘導に従って通路を歩きだす。

 その足取りは永冶世に合わせたものであり、散発的に駆けつける警備を気配と足音から察した黄泉路が先んじて対処するべく足を止めさせることもあったため遅々としたものだ。


「どの程度人員が置かれてると思う?」

「この規模だろ? 使用者ってことは対策局絡みだとは思うけど、対策局の公的施設じゃねぇとなると」

「恐らく、我部さんの私兵として雇われた連中だろう。俺が知っている限りでも、刑務所に送られてその後の行方が有耶無耶になった能力者や犯罪者はそれなりに居る」

「ってぇーと、恩赦とかチラつかせて言う事聞かせてるか、闇バイトみたいに身柄(ガラ)押さえられて躾けられてるかって所か。……そう数はいない、と思いたいところだな」

「どうだろう、能力対策法が出来たあたりでアングラ(こっち)の方でも足抜けとか色々あったから……」


 口々に、施設の警備状況の予想から我部が抱え込んでいるであろう戦力を予想しながら歩くこと暫し。

 さほど広くもない施設だが、広々とした通路の見通しの良さや、実質戦力が黄泉路ひとりであり、被保護対象が2名も居る状況から本来の数倍の時間をかけて到達した最奥の部屋の前で一行は足を止める。

 扉を前に、確認する様な視線を向けた常群に永冶世が頷く。

 黄泉路が扉へと近づくと、特に施錠もされていなかったらしい扉は左右にスッと音もなくスライドし、


「――」

「な」


 その奥に広がる光景に、黄泉路と常群は一瞬罠を警戒し、永冶世は目を疑う様に見開いた。


なにも(・・・)無い(・・)?」


 ぽつりと呟かれた黄泉路の声。それが全てを表していた。

 通路と同じく急造ながらもしっかりとした作りの質素な内壁が奥まで広がる大部屋、東都の地下に新しく作られたと考えれば先の通路も含めて施設全体の規模としてはかなりのものになるだろう。

 だが、今気になるのは、それだけの巨大な部屋を用立てて置きながら、その室内には何もモノが存在していない、ただの空き部屋として放置されているという現状だ。


「馬鹿な……あれだけのものを、こんな短期間にどこに」


 ふらりと、常群の支えを抜け出して部屋の中へと入ってゆく永冶世に、常群と黄泉路が一瞬遅れて後に続く。


「永冶世さん、本当にここで合ってるのか?」

「間違いないはずだ。確かに、この部屋で見たんだ」

「そういえば聞いてませんでしたね。何を見たんですか」


 黄泉路も常群も、部屋にたどり着きさえすれば永冶世が頑なに今しかないと言っていたものの答えがわかるのだろうと、移動の最中に警戒もしなければならなかった黄泉路の負担を減らす意図もあって訪ねてこなかった疑問をぶつけると、永冶世は部屋を見渡す様に顔を回し、


「この部屋を埋め尽くすような巨大な機械だ」


 室内の現状からは想像もつかないような言葉が返ってくる。

 黄泉路と常群は改めてぐるりと室内を見回し、永冶世の言葉を噛みしめると共に、それを疑うよりも速く現場の検証を始める。


「確かに、ちょっと前まで何かあったな。引きずった跡がある」

「配電用の端子が残ってるし、何かを稼働させてたのは間違いないかな?」

「疑わないんだな」


 ふたりの行動の速さに一瞬呆気にとられた永冶世が呟けば、床に残った痕跡に目を凝らしていた常群は顔を上げると面倒くさそうに永冶世を見やり、溜息を吐く。


「何のために永冶世さんが俺達をハメるんだよ。いや、ハメたい理由はあるだろうけど、今やることじゃねぇだろ」

「仮に僕を捕縛しようとするのだとして、このレベルの施設では常群が居ても難しいし、そっちの点では疑ってないですよ」


 口々に返ってくる、消去法での信用に永冶世は溜息が伝染した様に深く息を吐いた。


「それにしても、永冶世……さんが捕まってからまだ数日経ってないはずなのに、随分動きが早いよね」

「ああ。元々こんな場所で隠れてやってるくらいには機密性が高いことだろうから当然っちゃ当然だが、普通刑事ひとりに嗅ぎつけられた程度でこの規模の設備を他所に移すか?」

「まさか僕たちが来る事なんて想定してないはず――」

「恐らく、アレの性質の問題じゃないだろうか」


 ふたりは痕跡の観察と考察を進めていると、永冶世がこの場所で見たものを思い返す様にしながら話に加わる。


「そういや詳しく聞いてなかった。機械を見たって言ってたけど、永冶世さんが一目見て危機感を抱くようなモンだったのか?」


 一目見た程度で用途なんてわかるものか、と。今更ながらに疑問を呈する常群に、永冶世はゆるりと首を横に振る。


「だが、一目見て異常だとはすぐにわかった。ちょうどこのあたり、ごちゃごちゃとした機械がたくさんある中で、多くの機械からラインが繋がっていたメインだろうものがここにあった」


 言葉を区切った永冶世と共にその場所へと足を運んだ黄泉路と常群、だが、黄泉路は不意にある感覚を抱いて、永冶世が続きを口にするより早く問いを投げかける。


「もしかして、ここに想念因子結晶があった?」

「結晶――たしかに、ここには巨大な光る塊があったが、あれは」

「これと同じ輝き……じゃないですか?」


 すっと、胸から銀砂の槍を引きずり出した黄泉路が掲げて見せれば、槍は全身を同質の金属で作られておきながら、人工的で統一された白に明かりの中で不規則に輝きを変異させて存在感を示す。


「そう、それだ。その輝きと同じ――」

「出雲は何で分かったんだ?」

「ここに立った時、僕の中で槍が震えた。ここにあった濃い想念因子の名残に反応するみたいに」

「能力の源ってのは知ってたが、そんなことまでわかるんだな」


 恐らく、体内に想念因子の高濃縮結晶とも言える槍を保有している黄泉路だからこそ気づけた違和感であっただろう。


「それで、想念因子結晶の塊、だけじゃないんだろ? たしかに大層な機械だとは思うかもしれないが、それだけで危機感を抱くほどじゃない。永冶世さん、ここで何を見たんだ」


 常群の問いかけ、それに返ってきた言葉は予想外の方向から黄泉路の感情を揺さぶった。


白髪の少女(・・・・・)だ。中学生くらいの女の子が、塊と対になる様にケースの中で機械に繋がれていた」

「っ!?」


 黄泉路と常群が同時にひとりの少女を思い描き、驚きを交えた互いの視線がぶつかる。


「まさか」

「知り合いか?」

「だと思う……けど」


 詳細を尋ねようと口を開きかけた黄泉路だったが、すぐに頭の片隅で働かせ続けていた警戒が壁に阻まれながらも感じ取った存在を知覚する。


「詳しい話は後で。増援が来た。今は改めて脱出を優先」

「おっけ。永冶世さんもそれで良いよな」


 この場所にはもう何も残されていない。であれば長居は無用だろうと話を切り上げた黄泉路に、常群と永冶世はこくりと頷き返し、改めて脱出路へと向けて歩き出した。

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