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13-3 消えた永冶世2

 常群への協力を了承した翌日。

 黄泉路は前日同様東都の街を歩いていた。

 とはいっても、


「常群、やっぱり残ってた方が……」

「その話は昨日もしたろ。元は俺が持ち掛けた話なんだ。それに、今回は俺が一緒の方が楽だろ?」


 その隣には、黄泉路の控えめな忠告を退ける常群の姿があった。


「それは、そうだけど」

「そも、お前がそっちの仲間の協力は受けないって方向に固めたんだろ」


 常群の言葉に、黄泉路は口ごもった反論をとうとう諦める様に飲み込む。

 本来であれば失踪者が出ている現状、危険が待ち受けているのは承知の上での潜入になることから、同行者は最低限自衛が出来る者が好ましい。

 その上で、黄泉路が苦手とする――という訳ではないが、少なくとも専門分野ではない――調査や潜入、工作を得意とするメンバーに同行してもらうのが定石であった。

 それ故、黄泉路から事情を共有された新生夜鷹の面々はまず戦闘面で彩華が、次いで潜入という面で遙が手を上げたが、黄泉路はそのどちらもを却下してこの場にいる。


「だって、三肢鴉とか夜鷹(みんな)に関わることならまだしも、僕個人の用事の延長だし、危険に付き合わせるわけにはいかないでしょ?」


 永冶世――敵対している警察官の捜索など、三肢鴉や夜鷹には関係がない。

 公私を別けるといえば聞こえはいいが、これはどちらかといえば黄泉路が周りに迷惑をかけることを嫌い、また、大切な仲間(・・・・・)を危険にさらすことを嫌った我儘でもあった。

 本音を言えば、常群こそ最も同行してほしくなかったんだけれど、と、僅かばかりの文句が籠った視線を向ける黄泉路に対し、常群はどこ吹く風といった具合で、


「やっぱ都心から離れる程遅くなるな」


 などと、行き交う観光客に溶け込むような感想を漏らしながら周囲を見回していた。

 これ以上話しても暖簾に腕押しであるのは確かであるし、この話題も既に前日から引き続いて堂々巡りしたもの。

 仕方なしとばかりに話題を切り上げ、黄泉路もまた周囲へと目を向ける。

 黄泉路達がこれから向かうのは東都とはいっても都心から離れて行く方角で、再開発地域として定められた範囲ギリギリにかかる境界のような地域になる。

 都心とは違い、再開発の波自体はゆっくりとしたもので、被害の爪痕が未だ残る街並みが顔を出す。

 とはいえ、被害がそのまま残っているわけではない。

 倒壊したり抉れたりした建物は取り壊され、道路は急ごしらえながら補修されて日常の往来としては申し分ない程度まで復興しているのだから、情景だけを切り取り事情を知らない人に見せれば地方の街と言われれば納得する程度の体裁は整っていた。

 では何故、黄泉路達がそのような場所に足を向けているのかと言われれば、永冶世の足取りが途絶えたのが再開発境界地域のとある場所だったからであった。


「もーちょい行くと見えてくるはずだぜ」


 端末で地図アプリ――目まぐるしい速度で開発が進む東都において、地図アプリの更新速度は一種のツールとしての評価指標とされている為、複数社が提供している地図ツールを使い分けるのが一般市民の常識になりつつある――を確認しながら歩く常群が先を示す。

 黄泉路も周囲に向けていた視線を前へと固定すれば、疎らな開発によってちぐはぐにも見える街並みの奥に一際大きな建物が顔を出し始めた事に気が付いた。

 再開発の熱に浮かされ、元値の数倍に跳ね上がった土地が地主によって嬉々として売り払われた結果、今まさに新しい姿へ変わろうとしている、そんな光景があちこちで見られる地域。

 その中でも東都復興計画に組み込まれた防災設備としての地下シェルター、その雛型として使われる予定の建物の地上部分がふたりの視線の先にその目立つ外観を主張する。


「聞いてはいたけど、結構な大きさだね」

「だなー。全部抗能力素材だってんだからこれだけでいくら金が動いてるやら」


 常群はそれに関わる側だろうに、とは、突っ込まず。黄泉路は見えてきた建物を見上げる様に目を細めた。

 肌でわかる能力が阻害されている感覚がその建物の全容をぼやかしているような印象を与えるが、しっかりと肉眼で視認する姿は頑丈そのもの。

 有事の際には地域住民の避難先となるべく建造されているのだから当然と言えば当然なのだが、そんな場所に黄泉路達――ひいては、探し人である永冶世が足を運んだのには理由がある。


「どうだ?」

「んー。やっぱりダメだよ。僕は分からない」


 シェルターの近くまでやってきたふたりはそのままシェルターを通り過ぎながら自然と言葉を交わす。

 周囲に人影はなく、建物そのものに監視カメラの類はないようだったが、どこに人目があるかわからない事もあって真正面からの突入はそもそも予定していない。


「じゃあ、まぁ俺の出番って事で」


 いくらか歩き回り、シェルターの裏手に回り込んだ黄泉路が常群を抱えて軽々と塀を飛び越えて敷地内に侵入すれば、常群は慣れた足取りで裏手口にはりついて内部の音を聞く。


「ん。無人だな」


 そのままかちゃりと、いつの間に取り出していたのか定かではないピッキングツールで当たり前のように開錠する様に黄泉路は何とも言えない表情を浮かべてしまうが、細く扉を開けて身体を滑り込ませた常群にハッとなって続いて後を追う。


「……やっぱ、無駄に金掛かってんな」

「へぇ」


 永冶世の最後の足跡が途切れたその場所である、という先入観はあるにしろ、ただのシェルター建設にしてはやけに金がかかっていると呟く常群に黄泉路は興味深げに相槌を打てば、常群は例えばと壁に手の甲を軽く打ち付けて小さく鈍い音を反響させる。


「能力対策するなら外壁だけ強固にしときゃいい。にも拘らず裏手口の普段人が見ないだろう場所までしっかり覆ってるってのは、なかなかに気合が入ってる。それに」


 コンコン、と。今度は靴の先で床を軽く蹴りながら、常群は足元の感触を確かめる様にして言葉を続ける。


「この床材も、普通屋内って考えるならここまで頑丈に作る必要はない。それこそ、重量のある機材(・・・・・・・)の搬入とかが定期的にあるでもないならな」

「なるほどね」


 黄泉路が失踪してからの数年に加え、最近では終夜の事業にも引っ張り出されることもあってあらゆる分野に精通するハメになってしまった親友の講釈に感心しながらも、黄泉路は黄泉路で注意深く周囲を探りながら建物の奥へと歩みを進める。

 裏口を抜けた先は正面入り口に繋がる大部屋があったが、常群は正面には目もくれずに2階へ続く階段の裏側へと足を向ける。


「こっから地下だな」

「消息が途絶えたのはこの建物周辺だよね? 中まで行ったかな」

「さぁな。ただ、裏口はつい最近こじ開けられた痕があったし、ここまでの道にほんの僅かに土汚れがあった」


 建てられたばかりで鍵穴の劣化などないだろう建物で、正規の鍵を使用していれば付かないような場所に付いた擦り傷。

 それから定期的に掃除されているだろうに裏口から続く道だけに僅かに残った土汚れは業者のものとするには少なすぎると推測を立てる常群に、黄泉路は小さく頷く。


「じゃあ、ここからは僕が先に行くね」

「おう。弾避け御苦労」

「ふふっ」


 大仰な口振りで茶化す常群に小さく笑いながら、黄泉路は階段下の扉を開ける。

 頑丈な扉の先はすぐに降り階段となっており、ふたり分の小さな足音が反響する中、建物1階層分ほど降りた頃だろうか。

 改めて行く手を隔てる様に立った扉を重々しく引くと、地上部の広さをそのまま下に持ってきたような広々とした地下空間がふたりを出迎える。


「ここがシェルターの本命部分っと、さすがに頑丈だし音も漏れそうにないな」

「もう使えるようにはなってるんだね。小型の発電機と貯水槽がある」

「だな。さすがにまだ地上電力だろうが、食糧庫もあるし、名目だけのシェルターじゃないわけだ」


 中に人気がないことを確認したふたりは手分けしてざっくりと室内を探索し、特に不審なものは置かれていない事を確認した後、食糧庫の片隅で足並みをそろえていた。


「で、こっから秘密の部屋探索と」

「ここだけ壁の継ぎ目が荒いし、食糧庫みたいにモノを一杯置く場所なら物資の搬出入にも違和感がないからお誂え向きだったんだろうね」

「とりま、ここで帰るって択はないし、行こうぜ」

「うん」


 常群が壁の一部に手をかけ、薄い手袋越しに感覚をとがらせる様に指の腹を這わせると、壁の一部が小さな音を立ててスライドする。

 壁に思われた一部が取り払われて現れたエレベーターは大型機材の搬入も出来る様な本格的な業務用の代物で、地上部分には抜けていない事から明らかにこの先へと運び込むためのものであるとわかる。


「どこまで続いてるのやらっと」


 動き出したエレベーターは小さく駆動音を立てながら下へ下へと降ってゆく。

 地下の竪穴を降るだけであるが故に、窓も何もない個室はただただ重力が逆巻く様な浮遊感だけが滞留し、ふたりを乗せた箱が緩やかに制止すると、扉が再びゆっくりと左右に開いた。

 扉の先の光景に常群は思わず目を凝らし、黄泉路は警戒しながらどこまでも続く闇の中へと足を踏み出す。

 エレベーターの照明は扉の先の数メートルもしないところで淡く途切れ、先に続く大口の通路を闇が深く閉ざしていた。

 黄泉路が手招きすれば、常群も少しずつ闇に慣れてきたらしく、平時よりは聊かぎこちない様子ながらも闇に身を投じて歩き出す。


「地下通路……古さからして元々あったものかな」

「……あー、見ろ。この壁のプレート。これあれだな、地下鉄の整備用通路の名残だ」


 先導する黄泉路の呟きが思った以上に反響するが、それに対するふたり以外の反応はない。

 この辺りは壁面に抗能力素材が使われていないらしく、黄泉路は外敵が存在しない事を確信しているが故の雑談だったが、常群の返答によってなるほどと納得する。


「こういうのってもう使われてないの?」

「いや、テロで被害を受けたのは主に地上と、地上に近かった部分だけだからこうして今も大半は無事に残ってる。ただ、安全性を検証する手間に人手が割けないから後回しになってて、今のところ民間人は使えないはずだ」


 民間人、とは、鉄道会社や整備業者などに勤務している人々も指す言葉であろう。

 逆説、そうした埋もれた秘密通路と化した道を使うとなれば、そうした地理を知ることのできる立場にある人間で、表に出せない事をやっている人間になる。


「でも、そんな風に目的地以外にも方々に伸びてる通路を使ってるってなると、僕らや永冶世さんが一直線に目的地に向かうのは難しいんじゃ?」

「そこはほら、俺達の目的はあくまで永冶世さんだしな。ほらここ。恐らく永冶世さんが残したマーキングだ」


 小型のビームライトで明かりを絞って壁を照らした常群が壁面に刻まれた小さな傷を示す。

 一定の法則性を持って残されただろう傷を辿れば、少なくとも永冶世の向かった先くらいはわかるだろうと告げる常群の横顔はどこまでも頼もしい。


「高望みは良くないか」

「ま、要らん手間を負うハメになった俺達からしたらそれくらいの副収入はあってくれた方が嬉しいけどな。願わくば、ただの遭難(・・・・・)じゃない事を祈ろうぜ」

「えぇ……」


 それは願っていい事なんだろうか、と。常群以上に永冶世に対して友好的感情を持っていないはずの黄泉路の方が呆れた声を上げてしまうのだった。

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