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13-2 消えた永冶世

 静かな水面に広がる波紋の様な、日常の終わりを予感させる常群の連絡を受けた翌日。

 黄泉路は久方ぶりに東都に足を踏み入れていた。

 服装はいつもの学生服から明るめのオーバーサイズパーカーと濃紺のジーンズでラフに、明るめの髪色のウィッグの上からキャップ帽を浅く被り口元をファッション性を重視した黒いマスクでストリート系ファッションの若者にしか見えない変装は新しい街並みの中でも浮くことなく、新たな観光地として再び栄えつつある街を行く人々の中に見事に馴染んでいた。


「……」


 それとなく街並みを眺める黄泉路は建材に埋め込まれたモノ(・・)を感じ取りながら目的地へとゆったりと歩く。

 東都が再建されるにあたり、いくつかある政策の目玉として取り上げられた能力対策(・・・・)

 公式には主犯であるマーキス――実際には能力使用者に自身の能力の補助をさせる形での大暴れであったが――ひとりの能力者よって世界有数の大都市が壊滅させられたという事実は世界を、そして日本中に能力者への対策意識を加熱させた。

 そんな中で持ち上がった東都のいち早い復興には当然能力テロが起きた際にどうするのか、テロとまでは行かずとも防犯、防災意識はどうするのかという注目は向けられていた。


「(壁を挟むと探知精度が落ちる。僕の探知がオマケ(・・・)とはいっても……)」


 ぼんやりと、それこそ、建物の中に何か居るなという程度の曖昧な感覚に僅かに眉根を顰めながら歩く黄泉路は、建材の中に練り込まれた抗能力金属の効力を実感していた。

 国とは別に終夜財閥が一般の民間企業の中では抜きんでていた能力事業、その中で開発された能力を通しにくい性質を有する人工金属は目新しさとわかりやすい成果を求めた政府に諸手を挙げて歓迎され、今では新たに建築される多くの建物に採用されている代物であった。


「(これは考えないといけないかな)」


 黄泉路の能力の副産物である魂の知覚がこれほど鈍るのであれば、標の念話の様な遠隔から作用する能力は大きく減衰してしまう恐れがあった。

 下手をすれば姫更の転移すら弾きかねない。これまでの夜鷹の戦略を大きく揺るがしかねない環境の変化は、技術の進歩によっていずれ起こりうることではあったものの、こうして大々的に広く取り入れられている事実を目の当たりにしてしまえば脳の片隅からじわりと危機感が滲み出す。


「(主要な建物だけならまだしも、大盤振る舞いだなぁ)」


 黄泉路が見上げるビジネスホテル――復興の進む都内における作業員や、一度更地に近い形にしての復興であるため新たなビジネスチャンスを掴むために足繁く訪れるビジネスマン向けに、割と早い段階で手が付けられたもののひとつだ――にも抗能力建材が使われているところからも日本政府が、ひいては終夜財閥をはじめとした各界が新たに湧きだした世界有数の大都市のいちからの構築というまたとないチャンスに本腰を入れていることが見て取れた。


 黄泉路はそんな大人達の欲と執念がにじみ出る光景に背を向け、ホテルの中へと足を踏み入れる。

 じわりとした残暑が漂う外気が扉を隔てた途端に緩和され、受付に立った従業員の視線を素通りし、エレベーターのボタンを押せば、ややあって扉が開く。

 既に電力網を含むインフラは急ピッチでの復旧によって支障なく、エレベーターは押されたボタンに従ってぐんぐんと上昇を始める。


「(さすがに部屋の扉には仕込まれてないか。……片方は常群、だけどもうひとり――?)」


 呼び出しに指定された部屋の前にたどり着いた黄泉路は扉に手を駆ける前に部屋の中へと意識を向ければ、見知った魂と共に、部屋の中で小刻みに動き回るもうひとつの魂を感じ取って内心で首を傾げながら扉を開く。


「うわぁ!? だ、誰っすか!」

「来たか」


 黄泉路の顔を見た室内の反応は両極端だ。

 ベッドに腰掛け、黄泉路の顔を見るなり手を上げて速く入るよう促す常群と、そのすぐ傍で立ったまま硬直する様に黄泉路の顔を凝視する人の好さそうな青年。


「来たけど……この人は?」

「ああ、あまり電波に乗せられる話じゃなかったから用件も何も言ってなかったな。……この人は猫館さん。警察の資料編纂課室長だ」

「――」


 警察、と聞いて黄泉路の目がすっと細められる。

 先ほどから黄泉路の挙動を気にしていた青年、猫館は表情の変化をすぐに感じ取って一瞬びくりと硬直する。

 常群はそんな両者の間を取り持つように小さく息を吐き、


「まぁ、出雲が警戒するのも分かる。けどまぁ、来たからには話くらいは聞いてってくれよ」

「……別に、すぐに帰るとは言わないけど。警察が居るってことは、そっちの話?」


 かつて聞いた常群が黄泉路を見つけ出すまでの経緯に含まれていた、警察へのコネ。それに関する事なのかと問う黄泉路に、常群は小さく頷いた。


「俺が最初に手を組んだ人とは違うんだけどな。猫館さんはその人の――部下でいいの?」

「あ、えーっと……部下、ではないんだけど、でも実質部下みたいな物だしなぁ……ええっと、とりあえずそんな感じ? っすかね?」

「まぁ、そんな感じの人でな。で、本題はその俺と手を組んでた人が失踪した」

「!」


 失踪、とはまた穏やかではない。それも警察で、常群が手を組んでいたほどに有能な人物。

 それがこの時期に消息を絶つという意味と、調査のエキスパートと言っても過言ではないほどに情報網を広く持つ常群をして失踪が解決していないという事実は黄泉路の気を目の前の警察への警戒から、話の筋に引き付けるには十分なものであった。


「永冶世忠利――っつっても伝わらないだろうから、先に行っておく。東都でお前と顔合わせたヤツ、って言えば伝わるか?」

「……」


 今度こそ、常群の目をじっと見つめたまま黄泉路は黙り込む。

 東都の一件で顔を合わせた警官と言えば、黄泉路の頭に浮かぶのはひとりしかいない。

 かつて、黄泉路が三肢鴉に救い出されて能力解剖研究所から抜け出した際。一度は実家に帰りたいという誘惑に負けて抜け出した先で突き付けられた現実、そこに追い打ちをかけた警官の姿は、今でも鮮明に思い出せる。

 その人物と常群が手を組んでいた事実よりも、今黄泉路がその話をされている、その流れの先を察し、


「その人を、助けろってこと?」

「そ、そう!! 俺だけじゃ全然ダメなんすよ、それで――」

「それで、僕に何の利点が?」


 結論を急く様な猫館の声を遮り、黄泉路は常群に問いかける。

 拒絶の意思というには弱いが、以前からの黄泉路を知っている常群にしてみれば十分に強い拒否の言葉に、常群は内心で親友の成長を喜ぶ顔を押し隠して黄泉路に対してのメリットを提示する。


「まず前提として、永冶世さんがお前を追いかけてた理由はどっちかっつーとお前の一件をとっかかりに警察内部や国の暗部の尻尾が見えたから。お前を確保したがってたのも、最初はただ上司(がべ)に言われただけだったらしいが、その後はお前が何か情報を握ってないかを聞きたかったからってのもあったわけだ。ま、本人の信念も混ざってただろうしこの辺の是非はこの際置いとくぞ」


 あくまで永冶世が追っていたのは黄泉路単独ではなく、その周りにあるであろう政府の闇だと告げる常群に、黄泉路は小さく頷いて続きを促す。


「で、だ。そっちも色々あったのはこの間聞いたが、あの子(・・・)が向こうに付いたにもかかわらず音沙汰無しの現状で永冶世さんだけが消された。こいつについてはどう思う?」

「け、消されたってそんな」

「……僕らは放置していても支障ないと踏んでいる我部にとって不都合になりうるモノを見つけた?」

「その線が濃い、と俺は思うぜ?」


 無論、嗅ぎまわっていた事が末端に露見して我部を通さず処理された可能性もなくはない。

 だが常群が協力者として信用していた人物がそのような末端の網に引っかかるだろうか。


「……ま、別に断ってくれてもいい。これは俺の義理も兼ねた問題だからな。出雲に関係あるかと言えば関係ないしな」

「そんな!」

「猫館さん。出雲はあくまでこの国の裏で動いてた奴らの被害者であって、追い詰めたのはあんたたちだ。それが違うとは俺が言わさねぇし、そう言うんなら俺は出雲が何と言ってもこのまま帰す」

「――!」

「いいよ。常群。それより、義理って?」


 常群と猫館、前提として黄泉路に重きを置いている常群と、何よりも永冶世の安否を急く猫館の間でバチリと火花が散った、そのタイミングで黄泉路がなだめる様に問いかければ、常群は一瞬言葉に詰まった後に、白状する様に小さく息を吐きながら答える。


「元々、さ。お前と話がしたいって、おばさんに会いに行く頃には永冶世さんから頼まれてたんだよ」


 そんなに前から、と言えてしまう程には時間が過ぎており、その間にあった諸々も考えれば優先度は確かに高くないと考えた黄泉路だったが、常群からその話をこれまで一度も聞いていなかったことに引っかかりを覚えて首を傾げた。


「その話、初耳なんだけど」

「言ってないからな。……永冶世さんはあくまで警察として、国の正義と秩序を取り戻したいって考えてる。だから出雲を一度確保して、その上で司法取引を経て証言者として立ってほしいと思ってたんだ。……でも、出雲がそんな綺麗事に付き合う義理なんてないだろ? つっても俺も長年利用し合ってきたからな。お前次第――って返答してたんだよ」


 その後おばさんに会いに行っておじさんの足跡を辿ったりしてゴタゴタしてたから切り出せなかったけどな、と。常群はゆるりと首を振る。

 常群からすれば、永冶世の頼みは漸く自分自身に目を向け、歩き出した黄泉路の大事な時期に持ち込むにはノイズになりすぎる。

 だからせめて、それらが落ち着いてから改めて話をしようと、そう考えて棚に上げていたのだが、よもや棚から降ろすより先に消えてしまうとは思いもよらなかった。

 それらの事情をおくびにも出さず、常群は苦笑する。


「俺で止めてた話が片付く前にこうなっちまったからな。義理くらいは感じるだろ?」

「……なるほどね」


 常群の事情を理解した黄泉路は小さく頷きながら悩む。

 常群に手は貸したい、だが、永冶世という人間を信用できないのは常群も同じであり、現状の小康状態にも似た沈黙を破る可能性のあるリスクを呑むほどにメリットがあるだろうか。

 やがて、考えをまとめた黄泉路は猫館と常群を見比べ、静かに息を吐く。


「わかった。良いよ。協力する」

「良いのか?」

「こっちとしても、我部の動きは気になるしね」

「あ、ありがとう!!」


 一度は傾きかけた話が纏まった事で喜色を隠しもしない猫館を横目に、黄泉路は思う。


「(僕をずっと追い続けてきたあの人が……何を思って話したいと思ってるのか、僕も――)」


 片隅に抱いた思考を押しやり、具体的な方策を語りだす常群に耳を傾けるのだった。

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