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13-1 沈黙の凪

あけましておめでとうございます。

今年もよろしくお願いいたします。

 ◆◇◆


 真新しいカーテンを取り付けた窓の外に広がる見慣れない街並み。

 もう少ししたら秋の過ごし易さに変わるだろうかという期待がこもった眼差しを、まだまだ残暑が続くだろうことを想起させる強めの日差しが否定していた。


「はぁ……」


 そんな溜息をもらすのは、リビングに置かれてからまだ間もないテーブルに頬杖をついて外を眺めていた眼差しの主、真居也遙だ。

 これまでの人生、東都周辺から出た事もなかった身であり、先のトラブルによる人生の一変とも言える出会いからこっち、初手で海外への密航から遠方への外出と、初めて尽くしの出来事に比べればまだ身近な出来事だろうと思えるのも確かだが、それ以上に、そうなった理由に関してのメンタルへのダメージの方が未だに尾を引いていると言えた。


「遙君、何か飲む?」


 そんな遙に声を掛けたのは、遙よりもやや幼い印象を与える黒髪の少年、迎坂黄泉路だ。

 気遣いとも言える黄泉路の声掛け、しかし、遙はそれが悩みの種そのものだと言わんばかりにジッと睨むように黄泉路を見上げる。


「良いのかよ。こんなに何もしないで」


 漠然とした問いである自覚は遙にもあった。だが、そう問わずには居られない程に諸問題が混線し、末端の遙ではどうしたらいいのかもわからない。

 遙自身、世界の行く末だとか、過去から続く陰謀だとか、そう言った事は興味はあれど他人事だ。

 なにせ最近そうした大舞台に近づくだけの立ち位置に収まってしまっただけであり、元はと言えば平凡な只人だという自覚があるだけに、今更そうした大きすぎる――自分の手には余る――事件に関してあれこれ悩むつもりはなかった。

 だから今遙が気にしているのは、もっと身近な問題について。


「何もしてない、って訳じゃないんだけどね」


 そう言いながら、氷が泳ぐ冷たそうなアイスコーヒーの入ったグラスを遙の前に置いた黄泉路が対面に座れば、遙はストローでミルクをかき混ぜながらなおも不満げに口を開く。


「んな事は分かってんだよ……でもさぁ。水端が裏切り……? 離反したのに、こうしてぼけーっとしてていいのか? 何かやることとかねーの?」


 遙の不満、それは自身の裏社会との唯一の接点にして、仲間(・・)だと思っていた夜鷹という集団から出た離反者。

 水端歩深の存在について。


「とはいっても、現時点でやるべきことはやった後だからこれ以上って言われてもね」

「いやさ、拠点変えた意味も分かってんだけどよ……!」


 遙の懸念は分かるよと、黄泉路も自身の手元に置いたグラスに注がれたコーヒーに口を付けながら苦笑する。

 そんな、余裕があるように見える態度すら遙にとっては感情の底に溜まった焦りのようなものが刺激されてしまう。


「でもなんか、こう、あるじゃん!?」

「んー。……じゃあ、少し整理しようか。焦る気持ちも分からなくはないけど、やっぱりこういう問題こそ落ち着いて対処しないといけないし」


 どこまでも大人な対応をする見かけだけは年下の少年に諭されてしまえば、遙は釈然としない表情はそのままであれ、一旦は話を聞く姿勢になった。

 黄泉路が自らの出自(ルーツ)を探して動き回り、神蔵識村跡での一件があってからかれこれ半月以上が経過し、その間にも周囲は大きく動いていた。

 それらの大部分は遙に直接かかわりがない事もあり、遙にとって大きな問題だけが手つかずで残っている様な感覚があるのも仕方のないことかもしれない。


「僕らが所属している組織、三肢鴉のリーダーで、姫ちゃんのお父さんと合流できた。トップ不在で浮足立っていた組織もお陰で漸く落ち着き始めた」

「何だっけ。あとお前が拾ってきた御遣いの宿の研究資料だっけ? その辺のも、一緒に拾ってきた学者先生が調べてるんだろ?」

「うん。御心先生は……僕達に近い所で言うなら、廻君が一時期預けられていた孤児院にも顔を出していた心療内科の先生で、元々能力者向けのカウンセラーをしていた人だよ」

「はー……ただの医者って訳じゃねーのか?」

「そもそも、遙君がつけてるそれ(・・)を発明したのが御心先生だよ」

「うぇっ!? マジ!?」

「マジマジ」


 面白い程に良いリアクションをする遙に思わず黄泉路も半笑いしながら答え、空気が僅かに緩む。


「本部が安定してきたとは言っても、昔みたいに依頼とか調査とかをやるような余力は今の三肢鴉にはないからね。ひとまずは散り散りになったメンバーに再結集を呼び掛けて、改めて組織として再出発する所から始めないといけないから、末端の実働部隊でしかない僕たちは本部に関して関われることは特にない。ここまでは良いかな」

「おう。……つってもオペレーターとかちびっことかは本部の用事があったりするんだろ? 朝軒はよくわかんねーけど」

「あのふたりは後方作業が主だからね。念話で広域に連絡を取り合える標ちゃんと、指定座標に素早く移動が出来る姫ちゃんは今でも貴重な能力持ちだし」


 本部では組織再編と政府の新しい取り組みに対応すべく能力使用者の取り込みにも積極的に行っており、ある程度任意に発現する能力を選択できる使用者たちの協力の下、対政府用の防諜、防衛技術として転移能力や精神感応能力などについても研究が進められている。

 だが、それらどれをしても生粋の、それも上澄みである標や姫更にはまるで届かず、広域をカバーできるふたりは本部からも頼られてそちらの作業に注力しているのが現状であった。


「で、暇な僕らはお引越ししてあとは動きがあるまで待機、ってのが今の状態。姫ちゃんの手が空いたら遠方に移動して遙君の鍛錬をしても良いんだけどね」

「そう、そこだよ。動きがあるまでーって。良いのかよ、水端の奴……」


 やはり本題はそこだろうな、と。

 黄泉路はグラスに口をつけることで間を作ってから遙が本当に聞きたかった本題へと移る。


「まず、歩深ちゃん本人について」

「!」

「これについては現時点で心配は要らないと思う。歩深ちゃん自身の能力が求められてのことで、強制というよりは勧誘に近い口振りだったらしいから、向こうに行ってすぐに実験材料として切り刻まれる、みたいなことはないはず」

「――」


 さらっと口から飛び出した、想定を一段も二段も斜め上に突き抜けた黄泉路の言葉に思わずグラスに伸ばしていた遙の手が止まる。

 当の黄泉路がさして気にした風もなく話し続けてしまうことで遙もハッとなって再度話に集中する。


「僕達が未だに無事で、前の拠点を監視しても人が来てない事をから考えられるのは二通り」

「……ひとつは水端が喋ってないってこと、だよな?」

「そうだね。歩深ちゃんに何かしらの考えがあってついて行った、だけど僕達を追いかけることに対して非協力的なケースがまずひとつ」


 そもそも、歩深の能力は他者の模倣――学習である。

 簡単な能力や一般的な技能であれば短時間で習熟出来る程の高すぎる学習能力であれば、夜鷹に身を寄せている間にあった観察期間でメンバーの能力は習得されているとみて良いだろう。

 何より、黄泉路達が姫更に次ぐ移動手段として姫更の能力を再現した歩深を連れ歩いていた時点で、もし歩深にその気があったならば黄泉路が廃村から帰るより前に夜鷹が襲撃されていたことだろう。

 歩深であればあの時メゾネットに居た面々に戦闘能力が乏しいことは既知の事であり、唯一懸念があるとすれば彩華だろうが、その彩華の能力とて歩深にしてみれば自身が学習し終えたもの。脅威にはなりえないのだから。


「――次に、政府側……これは我部と言ってもいいかな。我部が、僕らに対して価値を見出していないケース」

「我部、ってぇーと、あれか。お前の天敵(・・・・・)

「あはは……大体その認識であってるけど、まぁいいや。その我部は今、リーダーたちにある大規模な計画を実行する直前まで来ていると言ってたらしい。だから、そっちに掛かりきりになって僕達――ひいては三肢鴉に構っている余裕がない場合」

「あー、そういや、そのリーダーさんとかは見逃されたらしいし、そーゆーことなのか?」

「たぶんね」


 実利的な話として説得力を持つ後者の説に納得しつつも、感情の面ではまだ割り切れた様子のない遙に首肯を返しながら、黄泉路は内心で続く言葉を呑み込む。

 口にしないが、どちらも(・・・・)のパターンもあり得る。その場合、遙がもし仮に歩深と相対した時に迷いになってしまうだろうと、呑み込んだ言葉の代わりに黄泉路は遙の抱く感情に向き合うべく言葉を紡ぐ。


「遙君は、歩深ちゃんに裏切られたって思ってる?」

「……どーだろーな」


 恐らくは、遙が固執しているのは歩深の離反というよりは、初めて出会った裏社会の――特別な集団の仲間(・・・・・・・・)という、非日常に憧れを、ある種の妄信が混じっていたイメージに罅が入った事への不安。

 夜鷹とは遙が初めて出会った裏社会の人々、それも凡庸に過ぎない自身を受け入れ、勘違いしていた自身に手ほどきまでしてくれる心優しい集団だった。

 歩深はそんな夜鷹の、遙から見れば自分よりも先達のメンバーだった。

 黄泉路や標などからすれば夜鷹のメンバーに違いないが、どちらかと言えば新生夜鷹のメンバーとしての括りが強い。

 過去の夜鷹を知らない遙にとって、黄泉路を筆頭とした新生夜鷹こそが裏社会のチームの全てであり基準であった。その根底に罅が入ってしまったことは、黄泉路としても一度支部が壊滅していることもあって理解できるものであった。


「……僕もね。今の夜鷹支部になる前、今も、ここを夜鷹と呼んでいいのかはわからないけど。その、前の夜鷹支部の時にね。僕達よりも上の、大人の人たちが、囲まれて壊滅する支部から僕達を逃がしてくれて、そこが初めての支部だったから、立ち直るのに苦労したよ」

「壊滅……」


 俄かに現実感が遠い話だが、黄泉路の実感の籠った言葉に遙は小さく喉を鳴らす。

 深刻そうな顔をする遙に、黄泉路は小さく首を振った。


「支部長だった南条さんも、その側で支えてくれた楠さんも、遙くんは見たことあると思うよ」

「え?」


 なぜなら、彼らは黄泉路の中にいるから。

 黄泉路は皆まで語らず、緩く笑みを浮かべるに留めて、それにね、と言葉を続ける。


「まだ死んだって確信がない人もいるから。今も探してもらってる。どちらにせよ、いつかは結果が見えると良いなと思ってね」

「……」


 黄泉路の口振りから生存は絶望的なのだろう、そう理解できるだけの経験をした今の遙には返す言葉もなく、自分の思い描いていた“組織”の過去にそれだけの重大事があったことを咀嚼する様な沈黙がリビングを包む。


「歩深ちゃんは少なくとも生きてる。場所はともかくとしてね。だから、当人と会うまで、もしくは当人の意思が確認できるまで。それまでは棚上げでもいいと思うんだよ」

「そういうもんか……?」

「うん。勿論、行方を捜しはするけどね」


 黄泉路の方針を聞いたからだろう、遙も、黄泉路が何も考え無しに安穏としているわけではないという事は頭では理解出来ていただけに、こうして胸中も交えて語られたことで内心に蟠っていた漠然とした不安や不満が薄らいでいる事を自覚する。


「今の僕らに出来ることは、いつでも動けるように身軽でいる事。その上で、動きがあった時に臨機応変に立ち回れるように鍛錬を欠かさない事、かな?」

「結局そこに行きつくのか」


 痛いのは嫌だなどとぼやきつつも、本気で拒否はしない遙に苦笑を浮かべる黄泉路だったが、ふと、端末が振動するのを感じてポケットから端末を取り出す。

 画面に映る着信の表示は常群幸也。黄泉路の親友にして、現在では方々に多大な伝手を持つ情報屋としての側面も持つ青年だった。


『出雲』

「どうしたの?」


 普段から飄々とした、余裕のある大人としての風格すら感じさせる常群の声音に僅かに緊張が走っている事を電話口で察した黄泉路は単刀直入に問いかける。

 話の速い黄泉路の対応に常群は僅かに沈黙した後、静かに本題を切り出した。


『……悪い。力を貸してくれ(・・・・・・・)

いいよ(・・・)


 沈黙に込められた複雑な事情、すぐさまそれを察した黄泉路だったが、しかし、常群からの直球の頼みを断る選択肢はない。

 ふたつ返事で了承する黄泉路に対し、頼み込んだ側のはずの常群が電話口の先で安堵と罪悪感とが入り混じった溜息をもらす姿は、ふたりの関係性を端的に表している様であった。

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