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12-69 変革の兆し

 ◆◇◆


 黄泉路が自身の出自を辿って神蔵識村へと向かった日からおよそ1週間後。

 常群幸也は復興著しい東都の真新しい街並みを歩いていた。

 優先的に復興すべしとされた都市機能が集約された行政区画は完全に機能を取り戻し、次は世界に向けた観光用の商業区画を整備しようという段階であり、曲がりなりにも終夜の次期当主の片腕と目されてしまっている常群もまた、そうした利権を求めあう権謀術数の最中を泳がされていた、その帰りであった。

 8月も後半に入るという夏も盛り。

 如何に最新の設計思想に基づいた、能力によってあらゆる箇所に新機軸の調整が施された世界最新の都市とはいえ、真上から降り注ぐ大自然の威光とそれが持つ熱ばかりはどうしようもなく、行き交う他の人々の例にもれず、常群も首筋に大きな汗の雫を滴らせながらビルの陰や街路樹の影などに身を寄せながら茹る様な暑さの中を移動していた。

 これでも、新都構想に置いて昨今問題になっていた都市部のヒートアイランド現象に配慮した反射板となる窓ガラス類の配置が都市レベルで調整されたものだというのだから驚きだと、立場上見聞きしてしまった調整内容を思い出しながら常群はポケットの中で震える携帯を取り出して着信を確認する。


「……」


 表示された名前は今の常群にとってはあまり好ましくない――というよりは、関係性の調整中(・・・・・・・)と言った方が正しいだろうか――相手である永冶世忠利であった。

 渋々ながら通話を受けようと端末を操作する。


 そもそも、常群がどうして黄泉路に同行して神蔵識村へと行かなかった。その理由の大半が現状に大きく関係していた。

 元々は黄泉路も常群も、母親から始まり父の行方を辿って見つけ出した道敷出雲という人間のルーツ、その始点となる神蔵識村へ共に訪問する予定であった。

 だが、それに待ったをかけたのは黄泉路の側ではなく、常群の周囲の状況。


 終夜グループ次期当主、終夜唯陽が多忙に動き回っている――しかもその理由の一部は黄泉路の為である――なか、協力者であり常群にとっては黄泉路を守る為に手を組んだ後援者(パトロン)を放りっぱなしにしておくことも出来ず、ならばと黄泉路が常群の状況がある程度落ち着いてからという心温まる提案をしてくれたものの、そもそもは黄泉路の出自を辿る、いわば黄泉路の為の予定である。

 主となる黄泉路が予定を譲るのは本末転倒であるし、常群もこの状況がいつ落ち着くかわからない。

 そうした事情から泣く泣く同道を諦めて黄泉路を送り出したという事情があったのだった。


 加えて。

 黄泉路にまだ話していない事情もあった。


「はい、お疲れ様です」


 通話口に向けて常群が先んじて声をかける。

 着信に記されていた名前は公安の能力対策課、そのトップに若くして成り上がり、今や警察内では若き出世頭と名高い男のもの。

 その永冶世と交わした黄泉路との面会(・・・・・・・)の要請の条件(・・・・・・)こそが、常群が黄泉路にはできるだけ早くルーツを辿る旅に一定の区切りを付けて欲しかった理由でもあったのだった。


 常群は黄泉路の実母が軟禁されている病院へ黄泉路を連れて行く際、永冶世に警察機関側に掛けられる工作があった場合はそれとなく排除する様に要求していた。

 その見返りとして永冶世からは黄泉路と直接対面して話をする機会を求められており、常群はその返答を保留――永冶世の成果次第(・・・・・・・・)という都合のいい要求を押し通していた。

 その約束も永冶世の側からは果たされたと言ってよく、黄泉路は無事に母と再会を果たし、その上で自身のルーツを辿る旅まで手を付けている。

 であれば、今度は常群が永冶世との約束を果たさねばならない側になってしまったわけだが、常群としては心情は常に黄泉路側であり、その黄泉路のメンタルにとって大事な時期に余計なノイズは入れたくない。

 その為、常群は永冶世の催促をのらりくらりとあいまいな返答で交わしながら、まだ永冶世が面会を求めていることすら黄泉路に伝えずにいたのだった。


「……」


 だが、それもそろそろ潮時であろう。

 先日神蔵識村から帰ったと黄泉路から連絡があり、事のあらましを聞かされた常群も、黄泉路の側が忙しいとは知りつつも、政府内の直接的なパイプが出来た方が良いだろうという理解もあって電話口に出た。


「? もしもし?」


 だが、肝心の通話口から返ってくる声がない。

 普段であれば常群の開口一番にすぐに返事を返し、そこからすぐに会話が始まるはずだ。

 お互いに無駄な時間が捻出しづらい生活をしていることもあってその辺りの実直さは小気味いいとすら感じることもある間柄。

 その相手が通話口の先で未だ無言、耳をすませば確かに人の気配はあるが、その呼気もやや粗く浅い――どこか緊張している風ですらあった。

 気づいた瞬間には常群は足を速め、大通りを歩きながら開通したばかりの駅を目指していた。


「喋らないなら切るぞ」

「!」


 常群らしからぬ強めの口調。

 それは通話口の相手が永冶世でないことを確信している様な声音で空気の振動が電気信号に変換されて端末の先の人間に届く。

 程なくして、震え気味な、何かに怯える様な声音が常群の名を呼んだ。


「常群君……俺です、猫館です」

「――」


 漸く名乗り出た相手の名前に、今度は常群が一瞬呼吸を失ったように沈黙する。

 猫舘――猫館善喜は永冶世の同僚であり、永冶世と共に政府内の不正や暗躍の証拠を集める為に奔走していた、いわば共闘関係にあった人物であり、常群との関係性を一言で言うならば、協力者の同僚。

 つまるところ、永冶世を挟んだ交流が主であり、お互いに単独で交流することはほとんどなかった間柄である。

 そんな相手が連絡を――それも、永冶世の端末を使ってきたことが常群の脳裏に嫌な予感を過らせる。


「……その端末、永冶世さんはどうしたんです?」

「っ。それ、なんだけど、今から会えないかな?」


 声だけでもわかる挙動不審。何かから逃げようとしている様な、怯えが手に取るようにわかる様子に常群は一瞬で脳内の思考を纏め、駅までたどり着いたその足で駅前のタクシーを捕まえる。


「まずは用件を聞かせてください」

「で、でも、通話はマズいかも――」

「どっちにしろ、集合場所をここで話してたら一緒でしょ」


 身も蓋もない常群の言葉に、漸く猫館は自分の行動の危うさに気づいたらしく息を呑む音が僅かに聞こえる。


「脅すようなこと言いましたけど、たぶん大丈夫っすよ」

「それはどういう……」

「仮に聞かれてるんだとしたらそのまま逆探して転移能力者突っ込ませた方が速いですし、何より、その携帯が手元に来てから何日経ちました?」

「あっ……」


 初めて、猫館の口から安堵にも似た気づきの声が上がる。


「3日、っす」

「俺が相手なら、永冶世さんに手を出した時点で3日もあれば消そうと思えば猫館さんだってやってます。つまり」

「狙いは最初から永冶世さんだけ……」

「もしくは、携帯がこうして猫館さんの所に渡ってることに気づいてないか」


 どちらにしろ、喫緊で命が狙われるという事はない。

 そう説明したことで猫館はやっと気が抜けたのだろう、長い溜息が通話口に広がった。

 そのタイミングでタクシーに行先を指示した常群は、車が静かに走り出すのを窓ガラス越しに流れ始めた景色で確認し、その光景の中に不審なものがない事を確認したうえで意識を通話の方へと戻す。

 猫館のメンタルがある程度持ち直したのを確認した常群が今度こそ事情を聴くために口を開く。


「それで。何があったんです?」


 問いかける常群の言葉に、猫館は僅かに間を置いてからここ数日会ったことを口にする。

 曰く、5日ほど前から永冶世と連絡が取れなくなり、オフィスにも顔を出していないと聞いた猫館は自身の名義で借りているアパートの方へと顔を出した。

 そこで幸いにも永冶世と会うことはできたものの、当の永冶世はどこかへ出かける直前だったらしく、簡単な手荷物だけの旅装といった格好で出掛けに猫館に自身の携帯を渡して行ったのだという。


「それで、俺に連絡を?」

「だって……真っ先に頭に浮かんだ永冶世さんが外部で頼れる人って常群君しか居なくて……!」

「まぁ、良いっすけど。それで、永冶世さん最後になんか言ってなかったですか。どこに行くとか、何を調べるとか」

「最期って言わない欲しいっす!」

「いや別に死んだとか言ってないっすよ。……その感じだと何も聞いてないんですね」

「う……」


 もはや大人として、人生の先達としての口調すらも崩れ、根っこの体育会系の敬語もどきが染みついた素が出始めている猫館に、常群は内心で息を吐きながら宥めるようにゆっくりと言い聞かせる。

 猫館が良い淀んでいる間にも走り続けるタクシーの運転手へ、行先の変更を告げ、改めて通話口の猫館へと声をかける。


「とにかく、これからアパート行きますから。猫館さんも来てください」

「あ、それなら大丈夫。俺、今アパートに居る……」

「……」


 おい、と。

 思わず声に出かけたのを呑み込んだ常群だったが、さすがに堪え切れなかった呆れを沈黙という形で吐き出してしまう。

 身の危険を感じていた割になんでそんな場所に留まってるんだもうちょっと考えてせめてホテルとかに泊まれよなどと、突っ込みが喉の寸前まで洩れかかり、それらをしっかり心の内で消化してから常群は大きく息を吐く。


「な、なんだい?」

「いや、なんでもねぇっす。とにかく、一旦電話切りますよ。到着したら改めて電話します。それまで、念の為誰が来ても居留守使ってくださいね。あと、部屋の中はあんま荒らさない様に」

「あ……永冶世さんが出て行ってから俺が使ってたから、ちょっと汚れてる、かも……」

「……」


 もはや呆れる息も吐けず、常群は僅かに頭の痛みを堪える様に眉間に指をあててから何も言わずに通話を切った。


「はぁ」


 それから、ゆっくりと息を吐きだしてタクシー特有の車の匂いが充満した冷房の風を心地よく感じつつ目を閉じて思案する。


「(出雲から詳しく聞いてねぇけど、あっちの主要人物が消されてないのに永冶世さんだけ消された? 永冶世さんが特別不都合な情報を手にしたのか、または点数稼ぎに利用されたか。どっちにしろ隠れ家に何かあれば御の字、だな)」


 常群の見立てでは永冶世の行動は既に我部に筒抜けになっていたとみて良いだろう。

 その上で、些事として脇に投げられていた。

 状況が変わったのだとしたら間違いなく黄泉路が共有してくれた神蔵識村での一件であろう。

 それがどういう繋がりで永冶世の排除につながったのかは憶測の域を出ず、その安否すらもわからないままだが、それでも事前の約束の手前、これですっきりと縁切りが出来るなどと考える程常群は冷酷になれないのだった。


「(とにかく、最悪は猫館さん連れて終夜のお姫様に相談、だな)」


 それでどうにかなる相手出ない事は重々承知、その上で三肢鴉に協力を要請することも視野に入れながら、都心を離れて行く車窓の光景に目を向ける。

 理路整然とした真新しい街を抜け、建設ラッシュとなっている商業区へと入った街並みは多くの建設機械や資材、人員が行き交い活気にあふれており、それ以上に、建築現場へとカメラや端末を向け、能力によって建物が生えて行く(・・・・・)様子を撮影する民衆の姿がそこかしこで見受けられた。

 常群はそれらの景色が流れて行くのを眺めながら、その光景が良いものなのかどうか、確実に変わりつつある世の変化の具現化のような様相を目に焼き付けるのであった。

これにて12章完結になります。

次回以降は幕間を挟み、とうとう物語は最終章予定の13章へと入ります。

これまで長らくお付き合い頂いてきた皆様には感謝してもしきれません。

これからも完結に向けてお付き合いいただければ幸いです。


あ、つい先日とうとうブックマークが1000件を突破しました。

引き続き評価、レビュー、ブックマーク頂けると大変励みになりますので、どうぞよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言] もはや何年読み続けてきたか分からないこの小説。とうとう最終章ですか……。 ラストスパート、期待してます。
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