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12-66 籠から見た空

 ――知ってる。


 自分が選択肢を間違えたことは知ってる(・・・・)

 こんなことをしなくても、祐理に一緒に逃げようと言えば祐理はきっとそうしてくれただろうことも知ってる(・・・・)

 これが自分の我儘の結果なのだということも十分知ってる(・・・・)

 追い詰められて、逃げることも出来ず、ただ流れに身をゆだねた結果の当然の詰みであることを、知ってる(・・・・)


 どうしようもない諦観と自嘲、泣きごとのようで、せめての責任の取り方なのだというような。相反する感情が折り重なって紡がれた一言に、黄泉路は漸く、悠斗が心の底で自分に対して何を期待していたのかを理解した。


「……わかった(・・・・)


 短く応じた黄泉路に悠斗が僅かに表情を変えたように見えた。

 だが、次の瞬間には互いに放った雷撃と銀砂が境界で弾ける眩い発光に飲まれて消える。


「もう引き止めはしない」


 悠斗に向けたものではなく、自身に対して言い聞かせる様な、区切りをつける為の言葉で黄泉路の思考が一筋の線となる。

 槍を回し、銀砂を巻き上げ、編み上げられた蒼銀の大樹が幽世で抱き込んだ電界を押しつぶすように巨大な根を押し広げる。

 そも、樹木は電気を受け流す。天より降り注ぐ光と熱を接続した地へと流して緩和する原理は概念に昇華された現在でも――現在だからこそより強力に作用し、窮領電界の表面に接触した根はこれまでの銀砂のように一瞬で焼き尽くされてプラズマに変じることもなく拮抗する。


「ッ、ああぁああぁあぁあっ!!!」


 電界表面が激しく瞬き、銀色の根の隙間から悠斗の裂帛が響く。


「何もさせない、皆、力を――」

「……窮観征天(きゅうかんせいてん)


 バツン、と。黄泉路は一瞬、その瞬間に世界の照明が落ちたような錯覚に陥る。

 だが、即座にそれは目の前で煌々と輝いていた電界が消失したが故の、本来の幽世として正しい明度に戻っただけであることを理解するが、


「(悠斗君は何処に――)」


 銀の大樹が包み込んでいた領域は消え、電界が存在していたことを示していた円状に空洞を空けた根が拮抗する世界を失った事で空白へとなだれ込み巨大な根の球体へと絡まってゆくのを半ば茫然と見つめていた黄泉路はハッと我に返る。

 消えた電界、その内に居たはずの悠斗の脱出マジックめいた消失。その答え(・・)は黄泉路が視線を巡らせようとした時に帰ってきた(・・・・・)



 バリバリバリ、と。

 電界が消えたと同時に失われていた音が一度に戻ったような大音量の爆音が黄泉路の背後に降り落ち、咄嗟に振り返った黄泉路が構えていた槍が偶然にも飛来したナニカを受け止める。


「が、はっ!?」


 槍が偶然間に挟まったとはいえ、そうなると身構えていたわけでもない黄泉路は槍諸共吹き飛ばされ、全身が焼けるような痛みと腕から先の感覚が消えたような矛盾に思考が真っ白に染まったまま、先ほどできたばかりの根の塊へと叩きつけられる。

 先に受けた痛みが強烈過ぎたお陰で背中に感じる衝撃に痛みを感じる事こそなかった黄泉路だったが、見開いた視界に映った景色は全身を巡る焼けるような痛みすらもかき消してしまう。


「ゆう、と――」


 痙攣した舌が修復されるか声が出るのが早いか。黄泉路が思わず口に出した呼びかけに応える代わりに、それは再び――先ほど受けたダメージがこれであったのだと、黄泉路はこの瞬間に初めて理解した――絶えず色相が移り変わる鮮やかな極光で彩られた剣と化した右腕を黄泉路のすぐ目の前で振り上げていた。


「ッ!」


 咄嗟に身を捩る黄泉路の背後で木の根が蠢き、黄泉路を絡めとって脇へと投げ出すのと、振り下ろされた極光(オーロラ)の剣が木の根の塊を溶断して飛び散った欠片に伝播するように無数の稲妻が迸り火花へと変えるのは同時であった。

 銀砂の上を転がり、数度バウンドしながらも回転の向きに合わせて態勢を整えて両足で着地した黄泉路が漸く回復し終えた身体で見上げた光景は一変していた。

 電界を抑え込むために生み出した銀砂の巨樹は天辺から根本付近まで真っ二つに裂け、断面がどろりと溶解して即座に幽世の水によって冷却された痕が見て取れる無残な姿へと変貌し、その巨樹が広げていた根が絡み合った球は先の一撃で同じように切り開かれて気泡を上げながら冷える兆候を見せていた。

 なにより、その溶断された巨樹と根の塊、それらの間に立ち黄泉路の方へとゆるりと顔を向ける存在を、黄泉路は真っ直ぐに認識した。


「――」


 頭上に掲げられた光輪と、そこに繋がった頭の角。全身が雷と化したかのような姿こそ先ほどと変わらないが、逆に言えば変わらないのはその点のみ。

 身体を象るような白一色だったシルエットは幽世の水を絶えず蒸発させ、弾く様に赤と緑が入り混じった膜の様に揺らめいて、それが全身を覆うことで羽衣を身に纏っているかのような、ある種の神々しさすら感じる状態に、先ほどまでは顔すらも視認することが難しかったほどの、シルエットだけだった見た目は悠斗自身が発光していると表現した方が適切なほどに細部まで悠斗自身の身体が再現されたものへと洗練されていた。

 黄泉路の領域の中では悠斗の能力は制限される。それは先の戦いの中でも証明されたはずであったが、今の悠斗は力を制限されるどころか、黄泉路の世界の中になって明確な敵という異物として確固たる存在感を示す。


「(さっきの攻撃、僕の目じゃ追えなかった……!)」


 気が付いた時には目の前に居た。そう思ってしまう程の速さは、つい先ほど雷と化したが如き速度で翻弄した時ですらなかったものだ。

 悠斗の領域の消失、姿の変化、明確に脅威度の上がった戦闘力。そのどれもが分からない事ばかりだが、


「(少なくとも、崩壊(・・)は止まってない)」


 ちらりと。黄泉路は焦点を悠斗の右手――明確に人間の姿かたちに近づいたことで再び手で握るスタイルへと変化した――色彩を纏う極光の雷剣へと合わせる。

 羽衣のような揺らぎを同じく纏った剣そのものの脅威度は先ほど味わったばかりだが、しかし、黄泉路はその眩いばかりの剣の表面がぽろぽろと絶えず欠けては、悠斗が体の内から供給する電力によって補われている事を理解していた。


「(僕の槍も能力も内側にある砂が尽きれば尽きる。刹那ちゃんも、恐らくは能力の過出力でああ(・・)なった。能力は人の限界を超えられるけど、人は過剰な能力に耐えられない)」


 ならば、やることは変わらない。

 黄泉路は槍の穂先を地へと向け、砂を巻き上げる様に大きくかき回す。

 巻き上がった砂が宙を舞い、黄泉路を包むように、足りない力を補うように吸い込まれてゆく。


「とことんまで付き合うよ」

「そ――て、――る」

「うぐっ」


 淡く蒼銀に――足元に広がる砂と同じ光を纏った黄泉路が槍を構え、砂場という不安定な足元を感じさせない素早さで悠斗へと駆ける。

 足が地に着く度に、巻き上がった蒼銀の砂が黄泉路の身体に吸い込まれて力を与える。

 黄泉路の中に力が満ち、膂力は無論のこと、速力やそれを制御するだけの反射神経、動体視力や思考速度に至るまで、人体が為せるあらゆる性能が爆発的に上昇し、黄泉路は世界が停滞している様な錯覚の中、それほどまでに世界をゆっくりと捉えることができる視界の中でも当たり前のように自身よりも速く動いて見せた悠斗の言葉を聴覚が、音の伝播が届くよりも速い剣戟に合わせて槍を振るう。

 ふたりが一足で地平を駆ける度、銀砂が衝撃を受け止める様に爆散する。


「はあぁああぁッ!」


 黄泉路が踏めば爆ぜた砂はたちまち黄泉路に吸い込まれて黄泉路の力となり、


「――の、り――よ!!!」


 悠斗が踏みしめれば身体を形作る高出力の電気が砂粒を周囲の水諸共消し飛ばしてその場にオーロラの残滓を産み出しては幽世の薄暗闇に滲む。

 互いに一歩も引かず、悠斗の剣が槍を削り黄泉路の身体に穴をあけ、黄泉路の槍が剣に入った罅を深め悠斗の身体に亀裂を奔らせた。






「(わかってた)」


 激しく火花を散らし、自身の身体が、能力が。限界を超えている事を自覚しながらも、立ち止まることなく果敢に黄泉路に打ち掛かる悠斗は内心で独白する。

 もはや肉体という枷を失った悠斗は五感に頼らず、能力によって五感に似た感覚を再現して知覚することで得た自己の外側を他人事のように観測しながら、感覚もない右腕を振るって迫る槍の穂先をいなし、繰り手の少年を見つめる。


 夜の様に黒い髪。雪の様に白い肌。仄暗く、周囲を覆うこの世ならざる水を彷彿とさせる深い瞳をした少年が、泣きそうな顔で槍を振るい、痛みを堪える様に悠斗と切り結んでいる。


「(ああ。やっぱりすごいなぁ)」


 地を埋め尽くす蒼銀色の砂を巻き上げ、絡め取り、自らの身体に絶えず取り込みながら――取り込むたびにその力が、速度が増して、自分に追いつき、今にも追い越してしまう気がするほどに肉薄してくる少年を真正面に捉えながら。悠斗は思う。

 これほどまでに強力で恐ろしい世界を内側に抱えて、その世界から汲み上げた力を身一つに収めながらも耐えきれる器。


「(それに引き換え、僕はどこまでも中途半端だったな……)」


 自身のことだからこそわかる。

 気を抜けばボロボロと今にも自壊してもげてしまいそうな自分の右腕が。

 放っておいてもその内崩れてしまうだろう自分の両足が。

 既に直す暇もなければ力も残っていないが故に、欠けたままの右眼が。

 もう、自分はダメなのだと。助からないのだと。このまま戦っても、目の前の少年には勝てないのだと、他ならぬ自身のことだからこそ分かっていた。

 能力が届かなかったことであると共に、自身の身体が、能力に比してどうしようもなく脆弱だったこと。

 何もせずとも自壊してゆく分不相応な器でしかない自分と、自身と同等、それ以上の力を受け止めてもなお自壊する様子もなく強化されてゆく相手。

 最初から勝負になっていなかったことを示すような残酷な現実も、悠斗にとっては既に幾度となく計算(・・・・・・・)した結果のひとつ(・・・・・・・・)でしかない。


「(どうしようもない人生だったけど)」


 袈裟斬りに合わせた剣が手の中で半ばから折れる。


「(どうにもならない世界だったけど)」


 即座に剣の修復を諦め、剣に回していた電力を身体の強化へ。


「(最後の願いくらいは――)」


 急激に跳ね上がった速度に不意を打たれ、ガラ空きの胴を晒した黄泉路の懐へと入り込んだ悠斗が身を起こしながら、ばねの様に放った蹴りで黄泉路を天高くへとかち上げる。


「叶――――(えさせて)よ」


 宙に放り出され、どうにか姿勢を整えようと身を捩る黄泉路を追いかける様に、さながら、天から地へと降り落ちる雷を逆にしたように。

 天へと一筋の雷光となって迸った悠斗は更に黄泉路を天へ、空へ。

 黄泉路の領域が途切れ、暗雲が側に見えるまで猛撃を続け、そして――


「(――ああ。空が。こんなにも近く)」


 暗雲を突き破り、蒼く、どこまでも広がる空に身を投げ出した悠斗は極光(オーロラ)の羽衣どころか、頭上の光輪すら欠けた、常人とさして変わらない見た目へと変わってしまった状態でありながら、更に高く輝く太陽へとゆっくりと手を伸ばす。


「……僕の負け、ですね」


 太陽の眩い白の中、滲むように輝く蒼銀の輝きが迫り、自らを貫くのを知覚しながら淡く笑う。


「うん。僕の勝ちだ」


 ピシリ、と。

 手元で槍が砕けて、身体からもほつれる様に銀の粒を漏出させながらも、悠斗を抱き止めた黄泉路が短く答えた。

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