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12-61 水端歩深という少女2

 遠雷の名残が空気を震わせる中、嫌にクリアに聞こえた我部の言葉に場が凍る。


「――!?」


 戻っておいで(・・・・・・)

 そう呼びかけられた少女、水端歩深へと驚愕の視線を向ける紗希の態度こそが、この場における全てを物語っていた。

 紗希の驚愕、斗聡の静観、我部の確信が籠った視線が集まる中、盾のように構えた大斧越しから我部を見つめる歩深はぽつりと声を漏らす。


先生の人(・・・・)


 歩深の言う先生とは我部のこと。経緯はどうあれ既知であることは明確であり、ここで歩深が我部の側についてしまえば廃病院の地下で想定していた予定が全て覆ってしまう。

 紗希は咄嗟に銃口を我部に向けたまま、話を遮る様に口を開いた。


「分からないねーぇ。幹人君は歩深君を最後のピースと呼んだということは、既に準備は粗方終わっているんだろーぅ? 一体何をするつもりなんだい?」

「やれやれ。警戒心を抱かせない様に態とらしい口調を取り繕うのは相変わらずかい?」


 歩深から視線を外し、銃口が向けられていることなどお構いなしと言った具合で紗希を見つめ返しながら、我部は緩く首を振る。

 眼鏡のずれを直す様に指先でブリッジを押し上げた我部が小さく頷いた。


「良いだろう。幸いにして時間はある。君たちも無関係という訳ではないのだから、知る権利――いや、この場合は義務かな。これからについて教えてあげるとしよう」


 ますます空模様が荒れ始め、雷雲が耐えかねた様に雫を落とし始めた疎らな音が混じりだす。

 遠雷は鳴りやまず、なお激しく叫ぶような轟雷の明滅が目を焼く中、我部はゆったりと語りだした。


「あの日、私達が袂を別って以降も君たちは自身の活動の中でかつてのテーマに沿った研究を続けていたのは知っている。御心君が心療医の資格を取り、各地で能力者と接しながらも、能力の根幹となる存在の特定に力を注いでいたように。神室城君が地下組織を作り上げ、有力な能力者を囲い込みながら民衆との融和を図ったように」

「……」

「私も、ゼミに居た頃より題材にしていた研究を進めていたのさ。政府権力の膝元という潤沢な資金と人材を使ってね」


 3人に共通する能力研究の根幹。

 かつて、若かりし頃に杯を酌み交わしながら口にしていた、各々の研究題材(テーマ)を思い出す。


「……幹人君のテーマは、たしか能力系統別優位論(・・・・・・・・)。だったかなーぁ」

「覚えていてくれたのかい? 嬉しいよ。……そう。君が能力発生原理を究明し、想念因子を発見したように。私も発見したのだよ。能力間における(・・・・・・・)序列関係を(・・・・・)


 我部の提唱していた能力系統別優位論。それは、同系統の能力者同士のぶつかり合いにおいて、能力はそれぞれの出力、性向、技量に関わらず、能力それ自体の優劣によって序列が決まっており、その序列は決して覆らない不変の優位性であるというもの。

 それがもし真実なのだとしたら、我部が歩深を求める理由(・・・・・・・・)が自ずと推察できてしまい、紗希の背に季節外れの冷たい汗が伝う。

 そんな紗希の内心を知ってか知らずか、我部はこれまでの苦労話を分かち合うような気安さで悍ましい数の人体実験の成果を口にする。


「とある実験の話だ。仮にAという能力者とBという名の能力者が居た。彼らは等しく物体に働きかける能力を――まぁ、ありていに言ってしまえば念動力のような、直接触れずとも物質に干渉できる能力の持ち主だった。事前の調査でAとBの能力出力は互角、技量は犯罪歴の多さと手口の巧みさからややAが優勢であり、性格傾向からしてAは攻撃性と残虐性が高く、逆にBは内向的で他者に能力を奮う事に否定的だった。その事から実験はAが優勢で終わることを想定して始まったが、結果はBが勝利した」


 淡々と語る口調からは、人間をおよそ実験動物(モルモット)のように扱っていたという事実を感じさせない。それこそが我部の語る実験をより悍ましく彩っていると、我部の音声そのものを否定できる人物はこの場には居なかった。


「AとBに関しては試行93回。残念ながら94回目を前にしてAを処理(・・)せざるを得なくてね。ともあれ、A-B間において、こと能力による衝突ではBが完全に上位であるという結論が出た。実験中、Aは常に能力行使に異常があると訴えていたが、Bには他者の能力を阻害する様な特異な能力資質は存在しない事は事前の調査で分かっていた。事実、Bはそれ以降も仮にC、D、Eと、別の被験者を宛がって実験した際にそうした挙動は見られず、命の危機に瀕した際の決死のものであろう過去一番の出力の能力でさえ、Aが不調を訴えたような挙動には繋がらなかった。そのことから、この現象はあくまでA-B間においてのみ発生する能力の優劣、同系統能力においてのみ発生する事象、概念に対する能力による干渉に対して、行使者の序列(・・・・・・)による優先権(・・・・・・)があるのではないかという推論に達した」


 我部は言葉を区切り、小さく息を整える。

 自身の成果を誇るが故か、いつになく語気に興奮が滲む我部の研究結果を疑う声はない。

 紗希がそうであったように。自身の研究の成果というものに対し、我部という男が核心もなく計画とすら呼ぶ大業を成す根幹をただの浅い推論、検証の甘い仮定で終わらせるわけがないということを、斗聡も紗希も良く知っていた。

 我部は語らないが、実験をしたのは仮称A-Bだけではないだろう。もっと大量の、血と肉の河川を築くが如き人体実験の上で結論を付けたのだろうと、ふたりは確信を持っていた。


「政府から宛がわれた部下たちの目を盗みながら求められた研究に紛れ込ませるのには苦労したよ」

「……それで。水端歩深という訳か」


 これまで、黙したまま耳を傾けていた斗聡が問う声は隙間風に乗った雨音の中でもよく響く。

 水端歩深。紗希も詳しく能力を知らないものの、これまで見てきた限りにおいて類を見ない能力汎用性の高さを持つ少女。

 紗希はその有様をかつての黄泉路――神子であった頃の道敷出雲と重ねていた。

 それは当然、斗聡も考えていたことであり、ここまで語った我部の理論に水端歩深という万能の少女(・・・・・)を当てはめるならば――


「そうだとも。……尤も、元々は神子、道敷出雲君を探していたのだがね。だが、どうした訳か発見した当時の彼は神掛った力のすべてを喪失している様で、ただの一般の子供として生活していた」

「だから歩深君を作ったって?」

「いいや、いいや。違うとも。御心君は思い違いをしている。ああ、そうだ。これはまだ誰にも知られていない、能力系統別優位論の発展形だ。ここまで話したのだから折角だから話しておこう、これでもかつては同窓として互いに競い合った誼だ」


 水端歩深が黄泉路の代替であるという事実こそ否定しないものの、しかし、作ったという言に対しては明確に否定の態度を見せた我部は思いついたとばかりに口の端を持ち上げる。

 その表情は、かつてゼミに居た頃。新たな発見を共有し、自身がより深く知識を持っている事を勝ち誇る稚気めいた態度を取る時の我部の面影が残っており、紗希は少しでも情報を流してくれるならばと耳を傾けた。


「私が彼女を見つけたのは、道敷君が再び能力を発現させ、私の下で管理下にあったのと同時期だ。その頃の道敷君は万能だった能力を失った代わりに常軌を逸した再生能力――いや、蘇生(・・)能力とでも言うべき権能を身に宿していた。当然、本来ならば有していたはずの他系統に対する万能の優位性なども持ち合わせておらず、ね。そこで私は考えたのだよ」


 一旦言葉を区切った我部は、ちらりと外を――未だ落雷降りやまぬ廃病院の方角へと視線を向けた。

 あちらでは未だ、雷という自然を権能として揮う青年と、命を司る少年の鬩ぎ合い。そして、速度という概念を支配する青年と影という形を支配する少女の戦いが繰り広げられている。

 人知を超えた能力者同士のぶつかり合いに想いを馳せるように眼を細めた我部は再び視線を斗聡と紗希へと戻す。


「能力とは、概念を掌握する為の権限なのではないかとね」

「……つまり、ひとつの概念を極めた能力者の前には同系統の並び立つ能力者は存在しえないと言う事か」

「ああ。神室城君は相変わらず頭の回転が速い。その通りだとも。例えば、現在外で暴れている彼、雷の概念を掌握するに足る力を持った彼の前では、あらゆる電気系統の能力はその権能を制限される。序列の最上位とはそうした個々の概念の掌握者だと考えた場合、神子という存在はどう扱われるべきか」

「奇跡の概念の最上位権限者……いや、それだと出雲君が産まれた瞬間から縁さんの能力が弱まるはず、そもそも出雲君の能力は奇跡を超えて万能、けれどその力が今は生命の掌握に向いて――まさか」

「御心君も気づいたようだね。能力が拡張(アップデート)などで変質する事例からもわかる様に、能力によって司る概念は時として変化する。それは発展は言わずもがな、分割、劣化、純化、集約、様々だ。そして、一度全能の能力として全てを司っていたはずの道敷君がその能力を放棄して以降、国に記録されている強力な能力者の出現データは飛躍的に増進し、また、道敷君の力が、万能であったはずの才覚が生命の1本に絞られた結果、入れ替わる様に現れたのが……」

「歩深君……」


 3者、否。傍観者として控えている我部を警護していた男の視線すらも吸い寄せ、その場にいる者の意識が歩深へと集約される。

 少女の能力が持つ万能性。それが、黄泉路が万能という権能の地位を放棄し、ひとつの概念へとその出力を偏らせたことによる弊害だとするならば。


「まぁ、私の見立てでは水端君に分割された権能は成長性(・・・)。現に現実改変などの大規模な現象への掌握権を握っていた魔女(・・)がいたことだ。そして運命(・・)も既に私の手中にある」

「道敷穂憂のことか」

「神室城君は察していたか。それでも手が出せなかったのは、穂憂君の能力を警戒しての事かい?」

「我部が先に手中に収めている以上、それは道敷穂憂にとっての既定路線だろう。下手に介入すれば不都合が出ることは察していた」

「だから、黄泉路君には何も教えなかったのかーぃ?」

「……」


 沈黙を持って肯定する斗聡に、紗希は内心で溜息を吐きたくなった。

 これでは我部の事を批難できないではないかと。当事者の頭の上を飛び越えて大人達の策謀に振り回され、今もなお前線で戦っている少年を哀れに思う。

 だが、話はそこで終わらない。そもそも、我部にとってこれまでの話はあくまで勝ちを宣告する為の下準備でしかなかったのだから。

 我部が再び歩深へと視線を向け、何も握られていない掌を差し出して告げる。


「さぁ、水端君。再び外を知り、現世を司る魔女を観測し、生と死を束ねる少年に触れた今の君ならば、運命を呑み込むことで新たな世界を築く柱となれる」

「……やめておきたまえ。歩深君。幹人君は君すらただの実験動物でしかないと考えているさ」

「能力者とは、その思想、深層心理によって概念に干渉する権限を得る存在。であれば能力者はその能力の欲するところに抗い難い欲求を持つものだ。学習し成長する能力を持つ水端君ならばわかるだろう。どちらに身を置くことが、自身の欲求をより満たせるかを」


 引き留める紗希と、確信をもって手を差し出す我部。両者の間に立った歩深はちらりと後方を振り返り、


「歩深君!」


 思わず声を荒げる紗希を尻目に、歩深が盾にしていた大斧に空いた片手を触れると、斧がぐにゃりと変質して地面と同化して消える。

 そのまま歩み寄ってくる歩深を我部は笑みを浮かべて受け入れた。


「ふふふ。こうなることは予定されていたことだ。運命(・・)が私に味方している以上、彼女との約束を守り続ける限りはね」

「っ」


 身を護る術を失い、構えた拳銃もその重さから腕が痺れ始めている。

 紗希は焦る様に視線を隣へ、同じく窮地にあるはずの斗聡へと向けるが、


「結論を聞こう。我部。お前は何を目指す?」

「知れたこと。上代さんの(・・・・・)無念を晴らす(・・・・・・)。それ以外にあるのかい?」

「斗聡君!?」


 まるで、この場で危害を加えられることなどありえないという風な堂々とした立ち振る舞いで言葉を交わす斗聡に紗希は困惑してしまう。


「安心したまえよ御心君。私は別に好き好んで命の奪い合いをしたいわけじゃあないんだ。それに、計画が完遂すれば何もかもが終わるのだから、今更ひとりふたりの命なんてあえて潰す必要もない」

「……すべてが終わる計画なんて、縁さんが目指すはずがないだろーぅ?」

「見解の相違だな。故人は黙して語らない。どうやら彼も亡くなって暫くした者に触れることはできないようだしね」


 話は終わりだとばかりに、歩深を引き連れて踵を返した我部は最後に告げた。


旧世界再誕計画(・・・・・・・)。君たちと会うのはこれで最後になるだろう。それでは」

「歩深君!」


 引き留めるよう声を向けた紗希に歩深は顔だけで一度振り返り、


「……ごめんなさい」


 白い髪が揺れ、歩深の能力が我部と護衛、歩深自身を連れ去って、遠雷の響きもいつしか絶え、止み始めた雨音が小さくなった広間に斗聡と紗希だけが残されていた。

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