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12-57 雷霆の箱庭

 互いの間で銀の粒子と轟雷が爆ぜて視界を白く散らす。

 それはほんの一瞬、時間にして刹那とも形容すべき僅かな視覚の空白。

 目の前を白く焼く様な閃光は視覚のみならず、五感全てを消失させたのではないかと錯覚するほどであった。


「――っ!?」


 はじけた白の刹那。槍を突き出した黄泉路は焼け付いた世界の中、魂の奥底に響く様な()を聞いた。


「(今のは……)」

「く、ぅ……!」


 だが、その声も白く眩んだ視界と共に五感が戻り現実へと引き戻されると共に手の中で槍が弾かれて腕が上がる。

 ハッとなって槍を引き戻しながら正面に立った悠斗を見れば、向こうは向こうで先ほど放った雷撃が強力であった為か息を乱しながら右腕を抑えていた。


「その槍、やっぱり厄介ですね……ッ!」

「それはどう、も!」


 右腕の痺れを取る様な大振りから繰り出された、先ほどと比べれば明らかに出力の落ちた雷撃を槍の穂先で打ち払い黄泉路が前へと駆けだす。

 接近戦は元々分が悪いと理解していたのだろう、即座に足元に仄かな電光が舞うと同時に体にまとわりつく白雷が弾けて悠斗の体が引き摺られる様に後方へ、病院の敷地を区切る塀に埋め込まれた鉄筋に向けて落下する様に水平に飛ぶ。

 追いすがろうとする黄泉路に、悠斗が足裏を合わせてコンクリート塀の側面に着地する様にしながら身を起こして手をかざせば、黄泉路の脇をすり抜けたか細い雷光が背後にあったモノ(・・)と反応してバチリと音を鳴らし、


「ふっ!!!」

「やっぱり磁力も使う、んだよね!!」


 背後から飛来した赤熱する鉄門を体ごと捻る様に一閃させた槍で薙ぎ払い、ターンを決めた軸足とは反対の足で強く踏みこんで、黄泉路は止まることなく前へと出た。


「シィッ!」

「う、くっ!?」


 深く踏み込んだ黄泉路の槍、その鋭い突きをかわすため、塀に垂直に靴底をつけて身を起こしていた悠斗が咄嗟に身から溢れる電気を増幅させ、付随する磁力を巧みに操って体を上方へと浮かせると、その直後に突き入れられた槍の穂先がコンクリートをあっさりと貫通する。

 素早く引き抜かれた槍のあった場所から未だ静寂を守る草木に飲まれた廃村が覗き見えるが、両者ともにそこに着眼する余裕はない。


「はああぁぁあぁあぁああッ!!!!」

「(マズ――ッ)」


 頭上へと逃れた悠斗が両手を合わせ、ダブルスレッジハンマーの様に黄泉路の頭上へと振り下ろす。

 その腕は到底黄泉路に届く距離に無いが、その物理的距離を補う様に再び悠斗の纏っていた雷光が拳の形を象る様に中空に蟠り、一瞬の後に黄泉路の下へと振り落ちる。

 先よりも断然近い距離で放射された雷、しかし黄泉路も槍を引き戻した時点で上へと意識を移していた事で僅かに姿勢を屈め、槍を天に向けて振るうことで再び槍と白雷が拮抗、激しく光が飛び散って視界を明滅させた。


『――で』


 槍を伝い、内部領域に居る黄泉路の本体にまで届く痺れにも似た声に、黄泉路の注意が一瞬削がれ、その瞬間、穂先をかき分けるように叩き下ろされた光と熱が黄泉路を焼いた。


「か、ぁ……ッ」

「はぁ、はぁ、まだ――!」


 続けて追撃に入ろうと、黄泉路のすぐ背後に着地した悠斗が浮いた汗すら電解する身を翻してその手を黄泉路の背へと触れようと伸ばす。

 先ほどから時折黄泉路の()に届く雷撃を受けてきた黄泉路は体の修復と同時に槍を地面へと叩きつけ、地面に突き立った石突を軸に前方宙返りの要領で背後をかかとで蹴り上げる。


 ――バチンッ。


 悠斗の体を覆う多量の電流が黄泉路のかかとに触れて爆ぜ、接触した黄泉路の足が赤黒い塵と黒煙を上げながら宙へと投げ出されるが、同時に蹴りそのものを無効化できたわけではない――当然ながら、電気はエネルギーではあっても質量を受け止める様な膜にはなりえない――悠斗の腕がミシリと音を立てながら上方へと跳ね上げられる。


「うぁっ――!」


 痛みに呻く悠斗の声。そこに戦いに慣れた者特有の痛みに対する耐性のようなものが見受けられない事に、黄泉路は悠斗と対峙してからずっと感じていた違和感に確信を抱きながらも中空で素早く槍を引き抜くと、石突の側を先端に悠斗の頭を狙って真横に薙ぐ。


「ぎっ!?」


 振り抜いた向きが悪く、ちょうど跳ね上がった腕に護られる形で薙ぎ払いを受けた悠斗の悲鳴が転がり、吹き飛んだ悠斗が地面を数度転がって倒れた。


「――ふぅ」


 槍を振り抜いた黄泉路が綺麗に着地し息を吐く。そこには悠斗に対して追撃を掛けようという焦りはなく、


「(やっぱり、祐理君と違って彼は戦いは素人だ(・・・・・・))」


 直接相対し、なおかつ共同戦線も張った事のある対策局の空域支配者。彼はその戦いを好む性向に違わない戦闘センスと、能力を駆使した立ち回り、傷を負ってもなお動こうという、戦う者としての所作(・・・・・・・・・)が見て取れた。

 だが、目の前の青年にはそれがないことが、黄泉路が悠斗と対峙してからずっと片隅に抱き続けていた違和感であった。

 確かに能力の規模や出力は目を瞠るものがあり、空域支配者の相方と比べても遜色ないものだと言える。しかし、それだけだ。

 状況判断能力は悪くないものの、戦いにおいて必要以上にダメージを恐れたり、痛みにひるむ行為はそのまま隙となることを、黄泉路はこの社会に身を沈めた最初に痛いほど理解した。

 だからこそ、今でも痛みには慣れないものの、痛みに怯んだその先に待つ、痛みよりも不味い状況の悪化をこそ見据えて歯を食いしばることを覚えたのだ。

 悠斗にはそれがない。痛みに耐えるだけの経験が、痛みを超える為の支柱が。そう判断したからこそ、黄泉路は手応えからこのダメージで悠斗が早々に復帰することは無いと確信していた。


「そろそろ、理由をちゃんと話してくれないかな。どうしてここがわかったのか。それと、なんで僕を襲撃してきたのか」

「……」


 声をかけながら歩み寄る黄泉路に、悠斗は無言のまま体を震わせる。

 その様子は痛みに堪える様で、もしかすると先の一撃で骨が砕けたのかもしれなかった。

 だからといって黄泉路が手を緩める理由はない。答えないならそれはそれで困るが、最低でも戦闘不能にはなってもらおうと、最終警告も兼ねた言葉を投げかける。


「答えてなくても良いけど、答えてくれるなら軽く意識を落とすだけにするよ」

「……ま、るで、手加減してる、って、言いたげですね」


 ぐ、っと。力の入らないらしい右腕を庇う様に転げ、視線だけを黄泉路に向けた悠斗が黄泉路を強く睨む。


「ああ、本当に……」


 バチリ。


「ッ!!」


 バチンッ。

 あと1歩。黄泉路が踏み込めば槍の射程に入るという所で、消えかけていた電光が再び悠斗の体を覆い、地面に反発する様に悠斗の体が宙を舞った。


「――本当に。儘ならない(クソッタレな)世界だ」


 大気が焼ける。電解された大気が火花を散らして白く染まり、野放図の様に放射される大出力の電気が青空を裂いて地上に光る星を作る。

 黄泉路はその光景に先ほどまでの決着の気配が遠のくのを感じると同時、急激に湧き上がる警戒、本能的に感じる危険度に小さく喉を鳴らして槍を素早く投擲するべく構え、


「銀砂の槍よ」

白霆剣(・・・)――」


 両者の声が交差し、銀の奔流を纏って射出された槍と、悠斗の右腕そのものが白く世界から色が抜き取られたように白熱した塊のように変じた剣が衝突する。


「うっ」

「……」


 刹那、目の前に落雷が落ちたと思う程の轟音が鳴り響き、白く飛んだ視界が再び黄泉路の()は声を――いつか、どこかの景色を幻視する。


僕は祐理が(・・・・・)居てくれれば(・・・・・・)それでいいよ(・・・・・・)


 幼い少年の声が黄泉路の魂に残響する。


 白い部屋(・・・・)ふたりの子供(・・・・・・)硝子越しに行き交う(・・・・・・・・・)白衣の大人(・・・・・)


 一瞬にも満たない刹那の幻影が消えると、黄泉路は雷の剣と対消滅した槍を改めて生成して構え、地面と反発して宙に浮く悠斗へと背後に生やした赤黒の塵の巨腕で追いすがる様に飛び上がる。


「はぁあっ!」

「雷霆、注げ」


 対する悠斗が発光する一本の剣と化した右腕を掲げた瞬間、地上から天へ。落雷を逆行する様な放電が空を貫き、はるか上空、通りすがった夏雲を貫いた。

 一瞬遅れ轟音が響き、空に浮かぶ雲が漆黒に染まる。それは雷を湛え今にも豪雨と共に振り出しそうな雨雲のようで、


「ぐっ」


 ドガン、と。爆発音にも似た雷鳴が直下に降る。それはたったいま急造されたばかりの雷雲から降り注いだ極大の雷が、地上の電源――避雷針としてこの上ない誘導性を持つ悠斗へと降り注いだ音だ。

 視界が一瞬ホワイトアウトするほどの明滅、それが終わった瞬間、黄泉路の認識する視界は大きく様変わりしていた。


「天候操作は、相棒の得意分野なんじゃないの?」

「祐理の前じゃ使いませんよ。だって僕は(・・・・・)出来損ないだから(・・・・・・・・)

「……」


 明らかに嘘と分かる薄っぺらな言葉。雷鳴に混じったどこか縋る様な印象さえ受ける声音で答える悠斗が黄泉路が振りかぶった槍に合わせる様に雷光の剣を振るう。


「はぁっ!」

「落ちろ!!」


 両者の切っ先が結ばれ、舞い散る銀と白。


『祐理は外に出たいの?』

『どーだろーなー。悠斗は?』

『興味ないかな』

『何で?』

箱庭(ここ)で十分満足してるし』

『ふーん』


 ふたり分の小さな男の子の話し声が塗りつぶされた感覚に浸透する様に響く。


 ――バチンッ。



 銀の槍先と白の剣が互いに弾き合い、構成する粒子と電気を散らしながら別れる。


「(やっぱり、これは悠斗(かれ)の)」


 反動から僅かに後退した体を地面に突き立てた背面の巨腕で押し出しながら黄泉路は確信する。


「僕は君のことは良く知らない。だから――」

「知る必要はないですよ。ただ、僕にやられてくれさえすればそれでいいんです!!」

「いいや、教えてもらう。なんで君がそんな風に」


 追い詰められ切った顔をして、泣きそうに能力を揮うのか。


「黙って、落ちてくださいよぉおぉぉ!!!」


 黄泉路の言葉の結びを拒むように、空から降り注いだ雷撃の束が廃病院の庭に光の柱の如く突き立った。

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