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12-56 佇む雷鳴

 蹴り飛ばした勢いをそのままに廃病院の外へと飛び出した黄泉路は自らの足に返ってくる感触の弱さに内心で僅かに顔を顰めながら、数メートル先、正門の鉄柵近くまで吹き飛ばされたにも関わらずダメージを受けた様子もなく2本の脚でしっかりと立つ悠斗を見据える。


「(咄嗟に後ろに跳んだ――だけじゃない、電気だけじゃなくて磁力も使って自分を鉄柵まで引っ張った?)」


 素早く思考を巡らせ、相手の能力の汎用性と発展性に舌を巻く思いで黄泉路が僅かに残った油断を削ぎ落して悠斗へと駆けだせば、悠斗はガードに使った両腕の痺れを払うように振るい――


「っ!」


 轟音と閃光が腕の動きに連動する様に地面を叩き、まき散らされた雷撃が撓る鞭が如き動きで悠斗の周囲に拡散して黄泉路の進路を牽制する。

 咄嗟に跳んだ黄泉路に、悠斗が腕の動き身を合わせる様にその場で身を翻しながら遠心力で水分が末端に偏る様に、体中から放出されていた雷光がその両腕に集約されて宙へと駆け上がる。


「【無掌幻肢(フリーハンド)】!」


 飛び上がった隙を狙った雷撃に対し、背から溢れだした赤黒い塵で形作った巨大な腕を割り込ませることで対処しようとした黄泉路だったが、巨腕と電撃が接触する直前、


「く、ああぁぁあッ!」

「うっ!?」


 悠斗が絞り出すように吠える。

 放出の強まった電気が宙に引かれた導線となる先駆けの雷光に流れ込んで巨腕と接触する雷撃の鞭の出力が跳ね上がり、バツンと爆ぜる音と共に貫いた雷光が黄泉路のすぐ横を突き抜けて背後の廃病院の3階窓を貫いてコンクリートを砕く轟音が響く。

 背後に感じた威力に内心驚きつつも、即座に再生した巨腕を地面に突き立てることで空中で身体をスイングさせて悠斗へと飛びかかる。


「シィッ!」

「うあぁあぁあぁあ!!!!」


 突き出した黄泉路の拳、その背後から叩き潰す様に上方から降り下ろされた赤黒い塵で出来た巨腕に挟まれた悠斗が自らを掻き抱くように身を縮めて叫ぶ。

 防御をするでもない、まるで暴走でもしている(・・・・・・・・)かのような(・・・・・)仕草。

 だが、彼の能力は――可視光レベルにまで増幅、収束した電気を作り出し、その過程で磁気すらも帯びてそれらを(・・・・)纏めて支配下とする(・・・・・・・・・・)能力は、無防備な肉体とは関わりなく使い手を守るためにその能力を遺憾無く発揮する。


「鉄――門!!」


 振り下ろされた巨腕と悠斗の間に鉄で作られた柵門が飛来し、悠斗と同じく(・・・・・・)雷光を帯びた(・・・・・・)それが重い一撃を受け止めて鈍い音を響かせながら空中でぐわんと揺れる。


「あああああぁあぁああぁああッ!!!!!!」

()()


 柵状の影の下、突き出した黄泉路の拳が悠斗の顔に届くより早く、悠斗から発された無作為にも見える雷撃の膜が黄泉路の拳を焼き溶かして皮膚の下を樹状に駆け上がる。

 その痛みに(・・・・・)、雷撃という神経そのものを焼いてしまう攻撃に肉体が生理現象として硬直した隙に、拳を受け止めた後の帯電の末に赤熱した鉄の塊と化した柵が降り注ぐ。


「――、すぅ、はぁ……!」

「はぁ、はぁ……はぁ……!」


 焼き鏝のような大質量によって弾かれ、地面をバウンドしながらも傷を修復して即座に立ち上がった黄泉路と、未だ淡く発光しながらパチパチと大気を焼く音を纏う悠斗の荒い吐息が、廃病院からの一連の短い攻防に仕切り直しを齎す様に静寂を作る。

 黄泉路の背後、病院の中ではどうやらルカと逢坂が戦っているのだろう物音が断続的に聞こえてくるものの、そのどちらもがこちらに加勢ないし戦場を移す様子は感じられず、黄泉路は小さく息を吐きだして改めて対面に立った青年を見る。


「はぁ……はぁ……」


 未だに息を荒く、まるで自らの力に振り回されている様にすら見える青年。だが、この攻防から見えてきた黄泉路の印象は真逆の物だ。


「(能力の規模は空域使い(ゆうりくん)と同等かそれ以上、体力消費が大きそうに見えるのは単純に彼自身の体力不足と……それと、何でかわからないけど、能力を使いこなせていないように見せたいから?)」


 立ち振る舞いは能力に目覚めたてで能力に甘え切りのただただ無作為に力を揮うだけの木っ端な能力者のそれだが、それを補って余りある出力の高さや、それだけでは説明できない――噛み合わない随所で見せるキレのある能力制御。

 なにより、


「(何故か、彼の電気は(・・・・・)僕の体を通して(・・・・・・・)本体にまで届く(・・・・・・・)。これが一番厄介)」


 現実にある肉体をただの端末と化し、魂は幽世――自身の内部領域に沈める事であらゆる物理攻撃を無害化することのできる黄泉路の防御能力を貫く雷撃は、能力が使えるだけの、ただちょっと強大な出力を持つだけの能力者には成しえない芸当であった。


「(ともあれ)――いきなり襲い掛かってきて。なんのつもり?」

「はぁ、はぁ……。何を、言ってるんです?」


 思惑を宿しながらも問いかけを投げた黄泉路に対し、漸く息を整えつつあった悠斗が一瞬怪訝な顔をした後に眉を寄せて険しい顔で問い返す。


「確かに僕は政府から追われる身だけど、それにしたってここ最近は大手ふって僕を襲うのは難しい、そう思ってたんだけどね。こんな所までやってくるだけの理由が何かあるのかなって」


 気にした風もなく、あえて気安い調子で質問を続ける黄泉路の言葉は少なからず本心を含んだものであった。

 本命は悠斗の黄泉路にすら届く能力(・・・・・・・・・・)のカラクリを突き止める為の時間稼ぎであるが、それはそれとして、情勢的に黄泉路がこうまでピンポイントで襲撃される理由はない。

 世論は混迷し、東都を救ったという実績と先の展示会の一件で終夜との関係を囁かれることになったために政府の中でも黄泉路という存在に対してはある種及び腰――様子見という意見すら見受けられるような状況なのは標などの調査によっても掴んでいたことであった。

 だからこそ、黄泉路が今ここで襲われる理由が分からない。

 何か黄泉路達の知らない情勢の変化があったのであれば、糸口だけでも仕入れておきたいというのが黄泉路の本音でもあった。


「――理由、理由。ですか」


 対する悠斗はパチパチと、初めに比べれば幾分か落ち着いた、静電気のような音を立てる体をふらりと揺らして言葉を噛みしめる様に反芻しながら顔を俯ける。

 その姿は先ほどの決意と焦燥が滲む鬼気迫ったモノから乖離するほどではないものの、どこか噛み合う歯車が変わったような底知れぬ不穏さが滲んでおり、黄泉路は身構えこそしないものの内心では気を張り詰めたまま悠斗の返答を待った。

 俯いた顔を殊更隠す様に。もしくは、どうしようもない状況に頭を抱えているように、悠斗の両手が自らの顔を覆うと、パチ、パチ、と。

 悠斗の体から溢れ出しては周囲の空間を焼きながら爆ぜる線香花火のような電気が内心を反映する様に一度大きく爆ぜて近くの塀の影に生えた草を穿って燃やす。


「そんなの……僕が聞きたいですよっ」

「!?」


 何も知らない。――ではない。

 顔を上げた瞬間、指の隙間から見えた瞳を見た瞬間、黄泉路は嫌でも理解する。


「(この人――!)」


 泣き叫びたいのを無理やり堪えている様な、追い詰められた青年の顔が酷く淀んだ視線で黄泉路を射抜き、同時に発生した今までの比ではない大出力の電光が悠斗から頭上に一直線に伸びて爆音を響かせて晴れ渡った晴天に稲光と残光の大樹を描く。


「僕が祐理と一緒に居る為には。僕が、僕が役に立つ(つかえる)って、示さなきゃなんです」

「何を――」

「だから、だから。僕の手で、貴方を――!!」


 炎天に煌めく太陽が地上に落ちたかのような錯覚すら抱く程の光を発する大質量の電流を身に纏った悠斗が地面を爆ぜさせ、磁力の反発を用いただろう超加速で黄泉路へと飛びかかる。


「(原理は分からないけど、アレは受けられない……! なら) ――銀砂の槍よ」

「あぁあぁあぁあああぁッ!!!」


 黄泉路の胸元から突き出すように迸った銀色の奔流が添えられた黄泉路の手の中で滑らかな流線を描く槍へと姿を変え、悠斗が突き出した腕から放射された、光で象られた手の如き雷と正面からぶつかり合い、銀と白の火花が両者の目を焼いた。

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