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12-55 雷の急襲

 地下にまで響く轟音を肌で感じた瞬間、黄泉路とルカはその場で臨戦態勢へと瞬時に意識が切り替わる。


「今のは」

「静かに」

「……」


 思わずといった具合に口を開いた紗希に短く制止を掛けた黄泉路はジッと天井へ――地上を見透かすように意識を尖らせる。


「感知範囲ギリギリだが病院内には居ないぜ」

「病院の外には居ない。けど、少し離れたところに反応がふたつある」

「どっちにせよ、全員揃ってここで閉じこもるのは無しだな」


 手早く結論を出したふたりは成り行きを見守る様に静観する紗希と、黄泉路達の真似をするように頭上へと目を向けていた歩深へと向き直る。


「これから僕とルカさんで地上を見てきます。3分経って僕らが戻ってこなかった場合か、上で異常が起きてると思った時は歩深ちゃんは先生を連れてリーダーの方に合流してこの場から離れて欲しい」

「わかった。歩深は出来る子、任せて」


 歩深の返答に頷いた黄泉路がルカと共に地上に向かうと、照明に照らされていた地下から一転して仄暗い院内の様子にルカが目を瞑る。


「問題は?」

「ない」


 証拠とばかりに先を歩きだしたルカの淀みない足取りに、黄泉路はどうやら能力で周囲を感知しながら移動できるのだろうとあたりをつけて横に並んで病院の外を目指す。

 踏み込んだ際にゆっくりと歩んできた道を30秒掛けず疾駆し、エントランスの大扉前までやってきたふたりは同時に足を止める。


「――ッ!」


 突如として正面玄関のガラスを融解させ飛来した閃光。大気を灼きながら水平に、自然現象ではありえないその雷を前に、黄泉路達は各々に防御を敷く。

 ルカは自らに飛び込んでくる速度を持つモノ(・・・・・・・)に対しての支配権を得ることで。

 黄泉路は魂に直接作用するものでない限り無敵とも言うべき圧倒的な能力特性によって。

 だが――


()はっ(・・)

「迎坂!?」


 効かないはずの雷撃が黄泉路の胸を貫いた瞬間、黄泉路の口から嗚咽とも息ともつかない呼気が内臓が焼けた微かな煙と共に吐き出され、隣で雷撃を霧散させていたルカが思わずぎょっとなる。


「(なん、で――)」


 無防備に見えてダメージを受けないのはわかりきっていたことだと自らを守ることのみに注力していたルカは勿論、瞬時に肉体を回復させた黄泉路は内心ではルカ以上に驚愕していた。

 黄泉路は不死身であり、魂を自らの領域に留めて現世の肉体を遠隔で操る限りダメージを受けない。

 それこそが黄泉路の能力の本質であり基本。あらゆる物理攻撃を現世と幽世の境界で隔てることで本体を守る無敵の法則。

 能力の自覚や習熟が疎かであった頃には肉体の大きな損壊を修復する際に魂が現世に寄りすぎてしまい痛覚が繋がるという欠点もあったが、現時点で言えばそうした欠点も解消され、真正面から黄泉路に傷をつけられる存在は黒帝院刹那のような、黄泉路とは別の法則性を極めた同格とも言える存在のみ。

 それ故の油断と言ってしまえば身も蓋もない。しかし、そうなるのも仕方がない程度には、黄泉路の本体の守りは硬いもののはずであった。


「大丈夫か?」

「う、ん。――大丈夫」


 幸い、雷撃という一瞬に過ぎ去る攻撃であったこともあり、痛みは肉体の修復に伴って消えた事で復帰した黄泉路が警戒度を限りなく引き揚げながら先の攻撃(・・)の使い手を探る様に病院の外へと意識を研ぎ澄ます。


見つけ(・・・)ました(・・・)


 どろりと融解し、鉄枠もガラスも一緒くたに赤熱して飛散した大きなガラス扉の向こうに見える長閑な自然の風景に割って入る様に、小柄なほっそりとしたシルエットが浮かび上がる。


「お前は」


 ゆらりと、炎天で滲む陽炎の様に肩を揺らしながら歩いてくる姿がはっきりと認識できる距離になるや、黄泉路はその青年の正体を理解して俄かに睨む。

 黄泉路とさほど変わらないだろう身長の、額の中央から分けた明るい茶髪の前髪が左右にピンと跳ね、その下に除く藍色の垂れ目で黄泉路達を――正確には黄泉路を、じっと見据えた状態で融解した扉を潜る様にエントランスへと踏み込んでくる青年を、黄泉路は知っていた。


対策局の雷使い(・・・・・・・)……」


 ガラス片や鉄に惹かれる様に体からパチパチとはぜる様な小さな音を鳴らしながら細かな放電が周囲を疎らに照らす。

 青年――渡里悠斗が吹き飛んだガラス片を靴の裏で踏みながら、近づいてくる中、黄泉路は浮かび上がる疑問全てをねじ伏せて悠斗へと声をかける。


「見つけたって、まるで僕を探してたみたいだね」


 当てずっぽうではあるが、事情も何もかも分からない唐突な襲撃、その一端を紐解くための情報は何であれ得たいが故のカマであった。

 黄泉路の声に応じ、悠斗はゆらりと黄泉路を見据えたまま口元を歪ませる。

 それはかつて、一瞬ではあったが祐理という空域支配能力者と共に行動していた時のような、おどおどとしたモノではなく、


「僕の、僕と祐理の為に――」

「……?」

「死んでください!!!」

「ッ」


 決意と焦燥が入り混じったような裂帛と雷光が弾ける。

 同時に、直前で異変を察知した黄泉路が身を捩るが、


「くっ」


 空間を伝う電気の速度そのもに対応する事は至難であり、黄泉路の胸を狙った一撃が肩を貫いて後方に樹状に炸裂する。


「コイツ――!」


 黄泉路が被弾したことで加勢に入ろうとルカが能力を巡らせ、コートの袖口に仕込んだ暗器を繰り出そうとした瞬間、ルカの足元に広がった影が揺らめく(・・・・・・)


だめ(・・)

「なッ」


 咄嗟に自身の速度を跳ね上げ、跳躍を何倍にも早回しに、加えて落下速度(・・・・)を減速させることで重力を無視し上方へと射出する様に飛び上がったルカの足元、靴の底面スレスレを漆黒のナニカ(・・・)が鋭利に掠めてはらりと靴底の一部をこそげ取った。


「お前、いつからそこ(・・)に居やがった」


 吹き抜けになっていたエントランスから2階の通路に飛び乗ったルカが階下を見下ろし、つい先ほどまでルカがいた場所に立つ女性へと声を投げる。

 仄暗い影の中に浮き上がる様な白いワンピースに赤いブーツを履いた、項垂れる様な姿勢と合わせ、顔を完全に隠しきる程に長い黒髪のお陰で古典的な幽霊のようにすら見える外見の女。

 近くに居れば嫌でも気づくだろうその存在を攻撃される直前まで認識できなかった事実に内心で冷や汗をかきながら、それらを表面には一切出さずに警戒するルカに、幽霊のような女――逢坂愛は答えるでもなくそのほっそりと白い指で、すぐそばの黄泉路の方へと突き付ける。


「ッ」


 咄嗟に、雷撃からの復帰を済ませたばかりの黄泉路が距離を取ろうと飛ぶが、それよりも先に逢坂の足元から沸き立った黒色の何かを、水平に薙ぐような雷撃が打ち払う。


「逢坂さん?」

「な、なに。かしら」

「僕の邪魔、するんですか?」


 ぴりっ、と。悠斗の電気が起こす様な物理的な音ではない、空気が張り詰めたような錯覚。


「わ、私、そんなつもりじゃ。私、私も、先生(・・)に、ほめてもらいたくて」

「なら。そっちをお願いしますね。僕の邪魔をするなら、貴方も敵だ」

「ひっ。ご、ごめんなさい、ごめんなさい、そんなつもりなかったの、わたし、私……」


 仲間割れを期待したわけではないが、それでもなんらかの糸口にはなるだろうかという思考を共有していた黄泉路とルカ。

 だが、温和そうな顔立ちとは裏腹に酷く直接的な物言いで同僚だろう女性を威圧する悠斗の言葉で解決してしまったことを悟ったルカが声を張る。


「迎坂!!」

「わかってる!」


 ルカが呼びかけと共に今度こそ取り出した暗器を射出すれば、逢坂の足元が粟立って黒い流体のようなモノがそれを打ち払う。

 同時に足から赤い塵を大量に吹き上げながら飛び出した黄泉路が未だ帯電する悠斗へと猛然と距離を詰める。


「はぁっ!」

「うっ……!?」


 勢いをそのままに突き出された黄泉路の右足に、咄嗟に腕をクロスして受けた悠斗の体が宙を浮いて後方へ――病院のガラスへと叩きつける勢いで飛ぶ。

 そのまま背をガラス戸で強打するかに思われた悠斗の体はバチリと大きく発光すると、無差別に放射された雷がゴロゴロバリバリと大気を焼く音を奏で、背後にあったはずのガラスを一瞬で赤熱させる。

 融解したガラスが悠斗の体を覆う雷によって除けられ、悠斗の体だけが病院の外へと投げ出されれば、黄泉路もまたその後を追ってガラス戸に空いた穴から飛び出した。


「それで? お前が俺と踊ってくれるのか?」

「……」


 手すりに足を掛け、見下ろす様に睥睨したルカの声に、エントランスにぽつりと立ち尽くして外へと視線を投げていた逢坂が顔を上げてルカを見上げる。


「あなたも、わ、わたしを、みて、みてくれる、の?」

「――!」


 ぶわり、と。逢坂の足元から沸き立った()がエントランスを呑み込んだ。

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