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12-54 御遣いの宿

 大人がひとり、余裕をもって通れるだろうという内径の、壁に金属製の梯子が埋め込まれただけの簡素な昇降通路を降りきると、一行の前に広がっていたのはまたしても金属製の扉であった。


「この先のはず、だよーぅ」

「鍵は?」

「勿論」


 ここにある、と。懐中電灯の明かりの中に無個性な、それこそどこにでもある様な鍵を照らし出すと、扉の表面に同じ形をした影がくっきりと映し出される。

 紗希が手にした鍵を扉に差し込む。すると、経年劣化を感じさせないカチリというスムーズな音で錠が外れた事を示す。

 扉が押し開かれ、その先が顕わになると同時。


 ――パッ。


 と、関知式だろう天井の照明が点灯し、懐中電灯だけの光に慣れた一行の視覚を刺激する。


「っ。なんで電気が生きてんだ」

「これも上代縁の奇跡――な訳ないですよね?」

「……あれ」


 コンクリート壁に埋め込まれる形で設置された天井照明の電源について首を傾げるルカと黄泉路だったが、いち早くそれに気が付いたのはきょろきょろと天井の照明から壁、更にその奥を見透かす様に(・・・・・・)目を凝らしていた歩深だった。


「なんか気づいたのか?」

「うん。さっきの大きな家から、電線が続いてる」

「なるほど。リーダーと御心先生が過ごすには電気が必要だから、あっちで動かすとこっちも生き返ることになるんだね」


 歩深が言うことが正しいならば、斗聡は恐らくそこまで見越してあの場所をこの地での活動拠点として定めたのだろう。

 紗希もそういった事情こそ聞いていなかったものの、向こうで生活に困らない為にはどのみち電源の復旧は不可欠だったので結果は変わらないと早々に納得し、懐中電灯の明かりを消すと招き入れる様に扉の奥へと踏み出して脇へと退く。


「さーぁ。ここがゴールだ。といっても、私も斗聡君も、この先に何があるのかは伝聞でしか知らないがねーぇ」

「良く自信持って言えるな」

「君たちがここに来たということそのもので、奇跡的に(・・・・)ここが無事だという証明にもなるのだから、大目に見てくれたまえよーぅ」

「……そりゃそうか」


 上代縁という奇跡を知っているからこそ、紗希の態度に納得したルカは小さく鼻を鳴らす。

 紗希や斗聡の態度にかつての御遣いの宿の信徒――上代縁という個人の能力に頼り(あまえ)きった姿――を思い出していると、そんなルカの視線に気づいたらしい紗希は自嘲する様な、困ったような微笑を口元に浮かべる。


「君が私達のような人間を嫌う理由も分かるよ」

「……」

「でもね。私も斗聡君も、少なくとも彼らの様に安易に奇跡を求めてるわけじゃない」


 特徴的な間延びがなりを潜めた、真剣な音を孕んだ紗希の言葉にルカは一瞬言葉に詰まる。

 黄泉路と歩深が先に部屋へ入ったふたりに続いて室内へと立ち入れば、照明によって照らされた室内はどうやら保管庫のようなものであるらしく、壁際に均等に並べられた金属棚、取り付けられたガラス戸の奥に収まったいくつものファイルが見て取れた。


「だったら、お前らは何が目的なんだ」

「……そうだねーぇ」


 ルカと紗希の会話に興味が無いわけではない。だが、あくまで目的はこの部屋に残されたこれらの書類の中身だろうと、黄泉路は聞き耳を立てながらも手近なファイルへと手を伸ばす。


「――神の子計画」


 不意に、ファイルに目を落としていた黄泉路が認識した文字と、紗希の言葉が重なった。


「あの実験は、確かに教団上層部の一部が縁さんを説き伏せて強行したものだ。だけどね、私は、あれが完全な間違いだったとは思えないんだ」

「……その実験の内容が、ここに?」

「――ああ。恐らくねーぇ」


 独白のような紗希の言葉に挿し挟むように、黄泉路が手元のファイルのタイトルを見せながら問いかければ、紗希は僅かに目を細めて同意する。


「……話の続きをしようか。私、斗聡君、幹人君の3人は同じ大学のゼミに在籍していたのは知っての通りだろう?」


 カツカツ、と。コンクリートの床を歩く音が殊の外大きく響く。

 紗希はゆっくりと奥に置かれたシステムデスクと、使い古されてはいても経年劣化をしているとは思えないオフィスチェアへと歩み寄り、黄泉路達へと向き直る。


「当時から私は能力というものについて研究をしていた。……すなわち、能力(スキル)とは何なのか」

「それが御心文書の――」

「そう。あれこそが私がたどり着いた最終結論。能力の元となる、素粒子よりも更に微細な――いや、観測されることで素粒子に変態する万象の根源にして万物を構成する概念性素粒子(・・・・・・)想念因子(イデアファクター)。私はそれこそ能力の根源であると突き止めた。だがね、それはあくまで私の研究、私の到達点であって、縁さんの理想にとってはただの中継点に過ぎないのさ」


 椅子へ腰かけながらそう言い切った紗希は真っ直ぐに黄泉路を見据える。


「私の――私達の(・・・)目的を語るには、縁さんの思想についても触れる必要がある。長くなるからその辺りの資料を見ながらでも良いさーぁ」


 黄泉路が手元のファイルに多少なり意識が向いている事を察しているとばかりににまりと笑う紗希に、黄泉路は目礼だけしてファイルを開く。


「縁さんは常々こう言っていたよ。“能力者(わたしたち)が差別されることなく、他のヒト達と共に生きて行ける、優しい世界であってほしい”とね」

「それって」


 聞き覚えのある言葉が飛び出し、黄泉路は思わず顔を上げてしまう。

 かつてその言葉に救われた、そして、自分の手を零れ落ちていってしまった人たちが口にしていた言葉だったから。


「斗聡君なんかは分かりやすかったねーぇ。私が見つけた想念因子だって、斗聡君の頭なら私より早く見つけてもおかしくなかったのに、早々に研究から見切りをつけて活動(・・)に注力するなんて、思い切ったものだよ。……ま、そのおかげで私も助かったんだけどねーぇ」


 黄泉路のそんな態度もわかっているという風に、ゆっくりと噛みしめる様に呟いた紗希は話を続ける。


「当時、今よりももっと能力者というものが奇異の目で――差別的な視線に晒されていた頃。神の如き力を揮える縁さんは崇められる一方で恐れられても居た。当然だねーぇ。何せ事故に見せかけて邪魔者を殺す、なんてことも、楽々と出来てしまう能力なんだから。ま、縁さんはそんなことをする人じゃないけど。さておき、縁さんは生まれつき他人からの距離が遠い人だった」


 紗希の口から語られる、上代縁という女性の半生は能力者であるルカや黄泉路にとっては覚えのあるものだ。


「“能力者は人より少しだけ手の届く範囲が広いだけ。その広い手で、誰かの手を取ってあげられたら素敵でしょう?”……そう言っていた縁さんに私達は惹かれた」

「それで、お前らは御遣いの宿と一緒に何をしてたんだ」

「あの頃は私達は関わらせてもらうだけの立場だったからねーぇ。私達がしたことなんて、彼らがやっていた実験に際して記録をつけたり、環境データを増やすための提言をしたくらいだよーぅ。その辺りも、恐らくそれ(・・)に書いてあるんじゃないかーぁ?」


 紗希が目線で示すのは、黄泉路が今まさにページを捲っているファイル。神の子計画の概要とその経過のまとめが抜粋された総集にも似たファイルの文字を追っていた黄泉路は一度顔を上げて口を開いた。


「――上代縁の代わりとなる奇跡を宿した子を作る。神の子計画の概要は分かりました。それと、その実験の内容が穏当だったことも驚いてます」

「当然さーぁ。私達はあくまで能力者が普通に暮らせる世界を目指していた。縁さんがそう主張する以上、強欲な一部幹部だって表立ってそれに反する事は出来やしない。いや、やっても意味が無いというべきかな?」

「奇跡的に失敗するから、か」

「ああ。縁さんはおそらくそんなことまで能力は使わないだろうけど、彼らはそれを恐れていただろうねーぇ」


 実験の成否に偶発的な失敗というノイズが積み重なることは恐ろしい。紗希は研究者の顔で首を振る。


「確かに、見ている限りやっていた事は、生後間もない赤子を能力に触れ合わせて生育する接触実験……これ、身内に能力者がいて、その人が能力を隠していなければどの家庭でも起こりうる話ですよね?」

「そうさーぁ。彼らは当時から能力者には能力者の縁者が多いという経験則を知っていた。だから彼らは、能力が当たり前にあるという環境を整えて、“常識として能力を持っていることが当たり前”である環境を作り出し、赤子に関わる親兄弟にも“能力者として生まれてくることを祈る”という形で能力を肯定する環境を整えた」


 私の研究の着想も彼らのそうした経験則と、奇跡頼りとはいえ成功例を残した所にあったのだと語る紗希に、ルカは僅かに眉を寄せる。


「そんな理由で能力者がポンポン生まれるってか」

「実際、君たちが産まれたからねーぇ。今なら専門的な理屈をつけて説明することもできるが、そういう話が聞きたいわけじゃあないんだろーぅ?」

「……」

「話を戻そう。……元々ね。御遣いの宿というのは縁さんの想いを発端に、非能力者の社会に隠れて自分を抑え込んでいる能力者に居場所を。まずは傷つけられた心を取り戻せる場所を提供しようと作られた団体だったんだ」

「それで何で能力者を造ろうなんて話に転がったんだよ」

「能力者であるという理由だけで人目を憚らねばならなかった彼らの自己肯定感を養うため、能力は人の役に立てる素晴らしいものなのだという認識を作り上げなければならかったのさ。まぁ、それが成功した後も、暫く経った頃に能力者は選ばれた人なのだとかいう、まぁ、よくある選民思想が顔を出し始めてね。それは良くないと抑えに回った縁さんが圧倒的な能力を持っていたから、元々縁さんの人となりに惹かれた人が多かったこともあって大事にはならなかった。だけど、その所為で縁さんの寿命が長くない事が上層部を含めた一部の人にバレてしまったのさ」

「カリスマがいなくなったら選民思想に染まった能力者が野放しになって尖鋭(カルト)化するから、か……」

「そうさーぁ。縁さんも、そう言われてしまえば自分の体の事もある。断り切れなかった。そうして始まったのが――」


 神の子計画。すなわち、上代縁という現人神の後継者を作るための宗教儀式という名の人体実験。


「あとはさっき語った通り。私達は縁さんと交流を持ちながら神の子計画のデータを取っていた。あの日、御遣いの宿が政府の襲撃を受けるまでは、ね」


 当時を思い返したのか、寂しそうに、どこか後悔を抱く様な声音を吐き出す紗希に、ルカは小さく息を吐く。


「つまりお前らは、縁さんの思想を継ごうとしてるって言いたいのか?」

「ざっくり言えば、ね。私達は私達なりの方法で、能力者と非能力者が共存できる世界を目指したんだよーぅ」

「リーダーが組織を立ち上げて政府から能力者を護ったように……」

「私は、未知を克服して既知とすることで、振り分けられない異分子を規格として社会が受け入れられるようにすることで。人は未知に恐怖し、遠ざける生き物だからね。原理が分かっていて、広く理解が得られれば、互いの距離は近くなるだろうと思ったんだ」


 それこそが、紗希が能力の原理を究明し、能力者という存在の成り立ちを解き明かそうとした動機の根源。

 黄泉路はふと、ふたりがそうであればと浮き上がった疑問を口にする。


「じゃあ、我部は……?」


 神室城斗聡、御心紗希が共に上代縁の理想を叶えようと手段を講じた結果であるのだとしたら。

 残ったひとりである我部幹人は、何を想い抱いているのだろうか。


「幹人君は――」


 紗希が口を開いた、その時だった。






 ――ドォン、と。




 地上からそれなりに深い位置にあるはずの地下まで揺らす様な音が一行の体を揺さぶった。

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