12-52 神蔵識村跡2
御遣いの宿本部であった建物の前。閉じられた鉄柵門の前で待ち受ける様に立っていた男性――神室城斗聡に黄泉路が溜まらず口に出した問いは、短い中にもあらゆる感情がない交ぜになったものであった。
「久しいな。活躍は見ていた」
「……答えて、ください」
はぐらかす様にも聞こえる、再会までの間を感じさせない淡々とした口調で応える斗聡に、黄泉路は再度問いを絞り出す。
黄泉路の隣へと追いついたルカは黄泉路のそんな様子を横目に、正面に立つ男をジッと見据え、奥歯にものが引っ掛かったような違和感にも似た既視感に斗聡の姿をじっと観察する。
灰色の髪。サングラスで目元を隠し、こんな猛暑の中、緑あふれる廃村だというのにスーツを着こなす姿は違和感しかない。
だが、男が黄泉路の知り合いであるという以外にもどこかで自分はこの男を知っているという確信がルカの中にはあり、それが何であったかだけが出てこない中、黄泉路の口からその答えが飛び出した。
「リーダーが昔、この村に居た時の写真がありました。……あれは、いったい何なんですか」
「――。そうか、アンタ……」
黄泉路が口にした写真――その単語で、ルカは目の前の人物、神室城斗聡の顔が記憶の中に微かに引っかかっていた人物と、つい最近黄泉路に提示された写真と一致し、理解と納得と共に僅かに息を呑む。
そんなルカと黄泉路を一瞥し、斗聡は後を追ってやってきた歩深を僅かに視線に留めた後に体を邸宅の方へと向けながら口を開く。
「中へ入ると良い。證司遼共々、歓迎しよう」
「っ」
明星ルカ――孤独同盟で、裏社会で仕事をするにあたって名乗っていた偽名ではなく、ルカの本名として呼びかけた斗聡の言葉にルカは覚えていたのかという驚きに僅かに眉が動く。
答えにならない答えではぐらかされた黄泉路も、一旦は提案に乗らない事には答えてくれることはないと理解して僅かに眉を顰めたものの、唐突な再会から若干混乱気味で焦りすぎていた事を自覚して小さく息を吐く。
鉄柵で出来た門がぎぃぎぃと錆混じりの軋んだ音を立てながら開かれ、斗聡が先導するままに3人は邸宅へと足を踏み入れる。
「……」
分かっていた事ではあるが、村の倒壊した家屋などに比べれば比較的マシにも思えていた邸宅も扉を潜って一歩中へと足を踏み入れれば、やはりこの場所も20年前の悲劇の現場であったのだと理解できる惨状が黄泉路達を出迎える。
割れた窓などは板などで釘打ちされて補修されており気密性は最低限確保されているとはいえ、壁のいたるところに残る銃痕らしき穴や、清掃する人が長らくいなかったことで掃除されてなお染みとして残っているどす黒い染みの痕など、これまで村の建物は遠目に見ながらも足を踏み入れず来たため見えていなかった当時の惨状がありありと残る広い玄関に、黄泉路は思わず言葉を失う。
だが、そうした光景に目を奪われていたのも束の間。
「おや、本当に来たんだねーぇ」
「御心先生!?」
奥の通路から姿を現した女性、その特徴的な声音に黄泉路がハッと視線をそちらへと向けると、そこには三肢鴉の本部で保護され、襲撃と同時に行方知れずとなっていた女性、御心紗希の姿があった。
「――アンタも、あの写真の……」
「んーぅ……? キミはー……見覚えがあるんだけど、どこだったかなーぁ?」
「證司さんの息子だ」
「――ああ、なるほどぉ。大きくなったねーぇ」
「アンタも俺を知ってるんだな」
「そりゃあそうさーぁ。ここで産まれ育った子たちは皆、忘れようにもない能力があったからねーぇ」
緩く笑いながら黄泉路達のもとへとやってくる紗希の姿は斗聡とは対照的で、この土地で過ごすに合ったロングパンツに薄手の大き目の半袖シャツという夏らしいもの。
眼鏡の奥で見透かす様な眼差しを向けてくる表情ばかりは相変わらずだが、最後に見た時よりも聊かやつれているように見えた。
とはいえ、健康状態は悪いものではなさそうで、無事だったことに安堵しつつ、黄泉路は先ほど斗聡に答えてもらえなかった問いを紗希へと向ける。
「リーダーも御心先生も、今までどうしてたんですか……。皆心配してたんですよ」
「あの一件以降政府の監視の目が厳しくてな。一度完全に隠れるために三肢鴉とは繋がらないセーフハウスを転々としていた」
「連絡しなかったのも、出来なかったからってことですか?」
「そうだ。盗聴の恐れはなにも電波的なものに限らなくなってしまったのでな」
紗希へ向けた問いかけだったが、それに答えたのはつい先ほどまで回答を拒んでいるようですらあった斗聡で。黄泉路は紗希も居たから合流をしてから話をするつもりだったのかと理解しつつも、それならば先にそう言ってくれれば良かったのにと、リーダーの言葉が足らない言動に思わず斗聡の顔をじっと見つめながら小言を口にする。
斗聡は三肢鴉の創設者であり指導者だ。一度は千々に散らばらざるを得なかった面々が戻りつつある今、その所在は組織を上げて探されている真っ最中である。
なにより、黄泉路が預かっている神室城姫更は彼の娘であり、預かっている妹分が態度には出さないものの父親の安否を気にしているのは当然と言えた。
そんな渦中の人物がこうも平常運転であまつさえ自分を待っていたというのだから、黄泉路としては疑問は勿論だが呆れにも似た感情が滲んでしまうのも無理からぬことであろう。
「まぁまーぁ。せっかくここまで来たんだから、じっくり話し合ったら良いじゃないかーぁ。斗聡君もそのつもりで待っていたんだからねーぇ」
お茶も何もないけどゆっくりして行けばいいと緩い態度で仲裁に入った紗希の言葉に、黄泉路が首を傾げる。
「で、アンタらは結局何が目的なんだ? さっきから、まるで待ち伏せしてたみてぇな物言いじゃねぇか」
黄泉路同様、疑問を抱いていたルカが口を挟む。
蚊帳の外気味であろうと、この土地は自身にも関係がある場所だ。そこで神子を待っていたというふたりはあまりにも怪しすぎた。
「――縁の紡いだ奇跡を」
「?」
決して大きな声ではない。だが、はるか遠くで空気に溶ける様な蝉の声だけが環境音として存在する静寂の中ではこれ以上ないほどにはっきりと斗聡の声が広々とした邸宅の玄関に行き渡る。
「迎坂黄泉路。お前を待っていた」
誤解の余地がないほど明確な断言でもって、斗聡がサングラス越しの眼差しを真っ直ぐに黄泉路に向けた。
「経緯があるのだろう。答えられる限りの回答はしよう」
待っていたという割には黄泉路が歩んできた道程は知らない様子の斗聡にますます疑問がわいてくるものの、黄泉路はこれまでの経緯を話す。
黒帝院刹那という常世を統べる力に手を届かせた魔女の遺した言葉をきっかけに、自らの出自を辿ったこと。
父が遺した手記を頼りにこの場所までやってきたことを。
――そして。
「父の手帳には、この写真が挟まっていました」
若かりし斗聡たちが写った1枚の写真を取り出した黄泉路に、当事者であろうふたりはそれぞれの反応を見せた。
斗聡はサングラスで隠れており詳細は窺い知れないものの、写真を――その一点を注視する様な仕草を。
紗希は懐かしいものを見たという顔で目元を緩めて遠き日に思いをはせる様な。
その態度は確かにこの写真が在りし日の彼らであったことを示していた。
「この写真……リーダーと御心先生、それから――我部は、知り合いだったんですか?」
黄泉路の問いを斗聡は静かに肯定する。
「私達3人は、大学の同じゼミのメンバーであり、共にこの地で御遣いの宿の――上代縁の思想に触れて研鑽を重ねた仲で……我部と私は親友だった」
「親……友……」
「ある一件から道こそ違えたが、私と我部、御心は確かに縁の遺志を継いでここに居る」
「……聞きたいことが色々ありすぎて何が何だか……」
薄々、予感はしていたことだ。しかし面と向かって肯定されてしまえばその衝撃は確かなものであり、黄泉路はゆるゆると頭を振った。
そんな黄泉路を見かねてか、それとも、単純に蚊帳の外で話を聞いていたからなのか。助け舟を出したのは意外にもこれまで黙ったままであった歩深であった。
「死なない人が一番聞きたいことから、順番に聞けば、いいと思う」
「……歩深ちゃん。ありがとう」
「ん。歩深は出来る子なので」
「――ここでやってた実験について、教えてください。僕の出生に関係があるんですよね?」
しっかりとふたりを見据えて告げた黄泉路に、紗希は斗聡へと視線を一瞥させると、続きを引き受ける様に口を開いた。
「その質問にここで答えるより、直接見せた方が早いからねーぇ」
「直接……?」
玄関へ向かい、黄泉路達の横をすり抜けた紗希が扉に手をかけて振り返る。
「案内しようじゃないかーぁ。縁君が守り抜いた私達の成果を、ね」
そう言って扉を開けた紗希の表情は逆光で良く見えなかった。